第2話 なんとできた人物であろう
ゲームの能力とアイテムなどが使えるという事は冒険者稼業で一生分の金銭を一瞬で稼ぐ事も出来るだろうし、婚約させられたり跡取りを産めだの領地経営だの、どこそこの派閥へ入りパーティーに参加して顔を見せろだの、逆にパーティーを開けだのなんだのという面倒くさい事から解放される。
そう考えるだけで俺の心は晴れやかになる。
そもそも前世の記憶を思い出す前までの俺が何故こんな権力に固執していたのかというと、自分自身『何も持っていない』という事がコンプレックスであった為である。
だからこそ俺は俺に無い剣術と魔術の才能を持っているスフィアを自分の物にするべく婚約者にしたし、公爵家という権力も欲しがっていたにすぎない。
しかしながらゲームの能力を引き継いだ今、それらは俺の目から見て一気に色あせてしまった訳である。
「我ながら憐れなものだな」
「あら、もうお目覚めになられたのですね。ラインハルト様」
そんな事を思っていると扉がノックされ、俺が返事をする前に俺の側仕えメイドであるアンナが入ってくる。
そのアンナは水の入った桶と、タオルを持っているので、どうやら俺を看病するつもりだったようだ。
俺みたいなゴミなど看病したくもないだろうに、思えばアンナにも今まで苦労を掛けて来たものだ。
「アンナか。折角看病の用意をしてもらって申し訳ないのだが、今から帰宅しようと思う。スフィアも婚約破棄した相手がいつまでもここに居ては良い気分はしないだろうしな」
「…………どうされました? ラインハルト様。変な物でも食べましたか? いつもならば癇癪起こして暴れ回ると思うのですが……。それに私やスフィア様の事を慮った言動をするのもおかしいです」
流石俺の側仕えである。細かな違いにも気付くとは……、さてどうしたものか。
「……これで俺が当主になる道は消えただろうからな。もう馬鹿なふりをする必要も無いだろう。アンナには今までその分苦労を掛けたな」
「いえ、むしろ私にとってはご褒美でしたので」
「……え?」
「いえ、何も。ただ、これからも私の事は変わらず汚い言葉で罵って欲しいで──」
「さて、勝手に帰るのも迷惑かかるだろうし、早速ダグラスさんへ挨拶と謝罪だけして帰るとするか」
思い返してみれば確かにアンナは仕事ができるメイドの癖に小さなミスが多いなとは思ってはいたんだよな。
敢えて俺に罵倒される程度で終わるように調整して些細なミスをしているような気がしていたが、本能がその部分には触れては駄目だと警告して来ていたのは正しかったようである。
今も『あぁ、ゴミを見るような目でラインハルト様が私を見ています……っ!!』と、嬉しそうに悶えている姿が目に入ってくる。
逆にいうとこういう特殊性癖を持っていたからこそアンナは俺の側仕えとして長くやって来られたのだろう。そう考えれば自業自得でもある為ここは受け入れるしかない。
むしろその性格のお陰で今まで辞めずに支えてくれたのだから感謝しても良いくらいなのだろうが……流石にそれをしてしまうと(アンナの癖を褒めてしまうと)俺も同じ性癖であると勘違いされかねないので見て見ぬフリして流すのが最適解と判断し、俺は敢えてアンナの言葉には触れずに話題を変えてここから出る話題へとシフトしするのであった。
「……謝罪は受け取ろう。娘を利用されたのは癪だが、私も娘を幸せにするために公爵家の爵位を利用しようとした事には変わりないからな。それに罰ならば私の娘が公衆の面前で婚約破棄をした事を罰としよう……。まだ君が爵位を継いでいなくて良かったとすら思う。我が娘ながら猪突猛進なきらいがある為、もし君が爵位を継いでいたのならば不敬罪で死罪もありえた。そして、どちらにせよこの不幸な結末を作ってしまった切っ掛けは娘を公爵家に嫁がせようと君や娘の意見を聞かずに進めた私の責任でもある」
なんとできた人物であろう。
俺の謝罪を受け入れたどころか、自分にも責任があるというではないか。
ゴリラみたいな見た目から、俺は開口一番ぶっ飛ばされるものと思っていたのだが、話が通じるようでホッとする。
あのあと俺が考えた事は、これから先の事を考える前にまずはスフィアの父親であるダグラスさんに謝罪をする事であった。
そうと決まれば早速行動あるのみなので、ゲームの能力で引き継いだマップ機能でダグラスさんの居場所を把握、書斎にいるようなのでそのままぶん殴られる覚悟で謝罪しに行くのだが、ダグラスさんの反応は俺が当初予想していたものと真逆であり、ダグラスさんの方が俺に謝罪して来るとは思てもおらずどう反応すればいいものかと、固まってしまう。
その瞬間、目の前に拳が迫って来ており、俺は思わず手首を掴むとその勢いのまま拳を放って来た相手を背中から床に突き飛ばす。
や、やってしまった……っ!!
気づいた時にはダグラスさんを投げ飛ばした後であり、今さらどんな言い訳をしても覆せるビジョンが何一つとして浮かばない。
そもそもゴリラがいきなり襲ってきたら誰だって身を護る為に何かしら行動を取るだろう。俺だってそうする……というかしっかり反撃をした訳で。
なのでこれに関しては俺が悪いのではなくて急に襲ってきたダグラスさんが悪い。そう言う事にしてくれないかな? と現実逃避する。
「がはははははっ!! これはお見事っ!! 娘だけではなく私まで騙されていたとはなっ!! しかし、そこはまだ若者。一瞬の気の緩みを見せてくれたお陰で君の化けの皮を剥がすことができたようだっ!!」
もしかしたら物凄く怒られるかもしれないと思っていた俺の予想に反して、ダグラスさんは豪快に笑いながら立ち上がると、してやったりといった表情で『君の化けの皮を剥いでやったぞ』と言うではないか。
それを聞いて俺はやられたと思ってしまうのと同時に、身体能力までゲームのパラメータを引き継いでいるであろう事に気付く。
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