第5話 最後の力
「くそ、どこに逃げても追いかけてくるな……」
肩で息をして立ち止まった今宮に、正面から氷の粒が飛んでくる。それを咄嗟によけ、今宮はまた走り出した。
クロはまだ苦しそうにもがいている。落ち着くどころか悪化し始めていた。空気は重く、人間である今宮を疲労させるには十分な環境が整っている。
慣れている今宮でもこの空気は重いと感じていた。ここに代々木さんがいなくて良かったと今宮は心底思う。
しかし、鳥居までまだだいぶある。距離も長いが、それよりも大勢の人でないものが襲い掛かって来るのが問題だった。まっすぐ鳥居まで行けないのだ。
また一人、襲い掛かって来る。今宮はまた脇道にそれた。
また一頭、襲い掛かって来る。今宮はまた右に曲がった。
また一匹、襲い掛かって来る。今宮はもう何回目か分からないほど道を曲がった。
そして次の道は———行き止まり、であった。
誘いこまれた。そう気づいた時にはもう遅い。振り返ると、大勢の人でないものたちが迫ってきていた。
ここまでか、と今宮は死を覚悟する。
もう足に力が入りそうもない。修羅場をいくつも潜り抜けた先のこの絶体絶命のピンチに耐えられるほど、今宮の精神も強くはない。
その時、クロが目に映る。苦しそうに悶える姿に、なんとか助けたいという気持ちが今宮の中にわいた。
これまでもそうだったのだ。諦めかける度、クロの姿が目に映って、助けたいと今宮は立ち上がって来た。
「もうすこしだけ、あがくか」
そう呟き、足を迫って来る者たちのほうへ向ける。走り出すその瞬間、一瞬だけ、あたりを白い光が包み込んだ。
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「わっ、ほんとにできた!」
「これ桜子。集中じゃ、集中」
桜子の付けている腕輪に、まばゆい光がともっている。それを桜子は澪に教わった感覚の通りに動かしていた。
むむむ、と眉間にしわを寄せる桜子に澪は時折注意を促しながら微笑んでいた。
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何かが人でないものを阻んでいる。その淡い光は、桜子が付けていた腕輪から発せられていたものと同じものである。今宮は周囲を警戒しつつも、全速力で鳥居に向かっていた。
あと少し、あと数メートル。
今宮にはそれがとても長く、長く感じられた。
それでも、それでもこうして走っていられたのはクロのおかげであった。
そうして辿り着いた鳥居をくぐり、今宮は光に包まれた。
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