第6話 水鞠
「う……」
「あっ目覚めましたか?」
今宮が目を開くと、眩しい太陽と桜子、そしてクロが彼をのぞき込んでいた。
ゆっくりと体を起こした今宮は、目の前にいる少年を睨む。
「あんただな、あんな目に合わせたのは」
少年、澪は今宮の睨みをものともせず、楽しそうに笑った。
「そうじゃ。良かったの、桜子がいて」
「……まあ」
澪の言葉に、今宮は顔をしかめ、桜子のほうを向いた。
「助かった、代々木さん。……ありがとう」
「いえいえ、お二人が無事でよかったです。ね、クロ」
桜子がクロに笑いかけると、ぶんぶんとクロは頭を縦に振った。
かわいい。と桜子は思わずガッツポーズをする。
そんな桜子を見て澪は苦笑を零し、さて、と手を叩いた。
「六郎も起きたことじゃし、始めようかの」
澪は軽い足取りでクロのもとへ近づき、頭に手をのせた。
ぶわっと泉が波打った。たくさんの水しぶきが上がる。
それは重力によって落ちることなく、その場にとどまっていた。
その美しい水鞠たちは、澪の手によってクロのそばへ大きな水球となって近づいていく。
それは暖かな光を帯び、クロへと降りかかった。
クロの纏っていた呪いが、キラキラとした光の雨によって洗い流されていく。
その美しい光景を、桜子も今宮もただ茫然と見つめていた。
「桜子さん、このご飯を斎藤さんのお部屋に持って行ってくれないかい?」
「分かりました。行ってきますね」
桜子は、今日も今日とて働いている。
あのあと、今宮は少し観光をして、この町を出て行った。
クロも元気に今宮に巻き付いている。
呪いがなくなって変わったことと言えば、クロが声を出せるようになったことだろうか。
短い間だったので、桜子は「グッ」という声しか聴けていないが、それだけでも彼女はとても満足した。
澪と桜子はあの後何回か会って話をしていた。出てこない時もあるものの、大抵は姿を現して出てきてくれている。
桜子の最近の密かな楽しみとなっていた。
桜子と今宮は、あれから特に連絡を交換することもなく、店と客という立場でお別れをした。
どちらも相手が今何をしているか知りはしないが、相手のことを忘れることはないだろう。
その日、町には天気雨が降っていた。
窓からそれを見た桜子は、今宮と、クロと、澪と、あの時見た美しい光景に思いを馳せながら、仕事を再開した。
水鞠 ~呪われ子と龍神の奇跡~ 夜うさぎ @syk29
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