第3話 龍神様のお社

二日後、桜子は今宮の観光に付き合うという名目で業務中の外出を許されることになった。

準備を整え、桜子は家を出る前に自室の隣にある部屋に向かう。


「真白さん、おはよう」


桜子はできた食事を手に扉を開ける。


「桜子ちゃん。ありがとう」


扉を開けた先にいたのは寝たきりの老人の女性だった。口元に柔らかい笑みを浮かべているが、凛とした雰囲気があるその人は、水鞠旅館の女将であり、桜子の恩人だ。


「今日は龍神様のところに行くんだろう?失礼のないようにね」

「はい!」


それから少しの間、二人は話をした。旅館のこと、今宮のこと、龍神様のこと、しばらく経って女将が言う。


「もう時間だろう?行っておいで」

「うん。行ってきます」


手を振って扉に向かった桜子に、女将も行ってらっしゃいと手を振り返した。








「改めまして、代々木桜子です」

「今宮六郎という」


よろしくお願いします、と言葉を交わし、桜子たちは歩き始めた。

今宮の肩にはクロが体を巻き付けていて、心なしか機嫌がよさそうだ。


「それはそうと、今宮様はその服装で暑くないんですか?」


先程から桜子はずっと気になっていたことを聞く。今日の今宮の服装はとてもじゃないが夏に着る服装とは思えない。色も黒を基調としていて、太陽の光をよく吸収しそうだ。

それなのに、何故彼は汗ひとつ掻いていないのか。桜子は少々不満に思った。


「いや、クロの冷気があるからな」

「えっ……便利ですね」


いいなぁ、私も欲しい。桜子がそう思っていると、今宮は不思議そうに首を傾げた。


「暑いのか?クロの冷気を浴びているのに」

「……え?」

「俺だけじゃなく、周りの人にも影響を与えるはずなんだが」


だからいつもの着物を着ているのかと、と言った今宮に桜子は目を見開く。そしてうーんと唸って腕を見た。


「これのせいでしょうかね」

「恐らく」


桜子とて許されるなら半袖を着たいのだが、一応客なので着物を着てきただけである。全く冷気は感じない。

とはいえ、桜子には外すという選択肢は全くなかった。



しばらくして二人はやっと山道の入り口に着く。二人は山を見上げてそれぞれ呟いた。


「随分遠かったな」

「近くに神社を建てた人の気持ちがよくわかりますね」


ここまで来ると、観光客はほとんど見えない。住宅もそれほどなく、ひっそりとしていた。木々のせせらぎや、鳥の鳴き声が良く聞こえてくる。


「行きましょう」

「ああ」


お社までの道のりは長い。おまけに今日はかなりの暑さだった。自然と二人とも無口になる。それでも桜子は後ろを気にしながら歩いた。



どれくらい経っただろうか。川の音が聞こえ始めた。


「少し休憩しましょうか」

「ああ」


桜子は道を少しそれて川の方へ向かう。


「こっちの方が涼しいですよ」


そう言って手招きをすると、今宮は黙ってついてきた。河原まで行くとどさりと座りこんだ。


「水です。どうぞ」

「ああ、助かる」


今宮はペットボトルを受け取ると勢いよく飲んだ。半分くらいまで減っている。桜子はそれを見て熱中症の心配はなさそうだとほっと一息つき、自分の水を飲んだ。


「そういえば、どうして龍神様のところへ行きたいんですか?」


今更感がぬぐえない質問に今宮は半目になりつつも答える。


「呪いを解きたいんだ」

「呪い?」

「クロのな。こいつがこんなに禍々しいオーラを纏っているのは呪いのせいだ」


ファンタジーな話になってきたな、と桜子は自身の経験を棚に上げて思った。


「専門家に聞いてみたり、自分でもお清めしてみたりはしたんだが、全く上手くいかなくてな」

「それで龍神様を頼りに来た、と」

「いや、他の神のところへも行ったし片っ端から呪いを解くよう頼みに行っているんだ。もう呪いを解こうと思って3年になるな」


3年。桜子はふむ、と顎に手を当てる。


「お願いを聴いてくださる神様はいなかったんですか?」

「いなかったな。皆気まぐれだ。力が足りないと言われたり、到底飲めないような要求をされたり、そもそも俺たちが領域に入るのを嫌がって入れてもらえないなんてこともあった」


どうやら思っていたよりも神様は優しくないらしい。桜子は自身の腕輪を見て立ち上がる。


「龍神様が呪いを解いてくれると良いですね」


今宮の話を聞いて、きっと呪いを解いてくれると桜子には言えなかった。それでも、きっと大丈夫、という自信が確かにそこに在った。




青々とした木々の中に、ぽつんと真っ赤な鳥居がそこにはある。その先には泉があり、その真ん中に社が建てられていた。


「近づいていたときから感じていたが、強力な神力だな……」


驚きの混じる声で呟いた今宮に桜子は笑う。


「今宮様、もし龍神様が呪いを解いてくれなくても突然取って食われたりはしません、多分」

「最後の一言は余計だと思うが」


少しムッとしたように言ったのは、怖気づいていると思われたと思ったからだった。もちろん桜子にそんな意図はないのだが。

行くぞ、という今宮の言葉によって、二人は鳥居を同時にくぐった。


ぽちゃんっ


水が、落ちる音が聞こえた。

と同時に、今宮の姿がフッと消えた。


「今宮様……?」


ぐるっと周りを見回し今宮を探す桜子の後ろから、足音が近づいていた。

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