契約

ZZ・倶舎那

第1話 契約

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 僕は上体を起こし、額の汗を拭った。まだ両手にあの感触が残っている気がした。

「どうして、こうなってしまうんだ?」

「どうして? そりゃあ、あなたが失敗するからですよ」僕のベッドに腰掛けた、ろうのように白い顔の男が言った。「失敗したらリセットされて最初に戻るんです。最初に言いましたよね。子どもでもわかる簡単なルールだ。失敗しなきゃいいんです。1回目でやり遂げていれば、こうして9回も同じ会話をしなくてすんでます。――ま、私は100回でも1万回でもつきあいますがね」

「そんなにやれるか」

 僕が吐き出すように言うと、男はしらっとした顔で言い返した。

「やるんですよ、できるまで。1万回でも、1億回でも。契約ですから」

「そんな契約してないぞ」

 不覚にも僕は涙を流しながら言った。男はあきれ顔で言った。

「したじゃないですか。『お願いだから、これを悪夢にしてくれ』って叫んでいたのは、あなたでしょう? それを聞いた私が、『いいでしょう、悪夢にしてあげましょう』と言ったんです」

「悪夢の中に閉じ込めてくれと頼んだわけじゃない」僕は床に転がっている彼女の死体を見ないようして言った。「僕がしたことを、悪夢の中の出来事だったことにしてほしい、と願ったんだ」

「もちろん、わかっていますよ」男は肩をすくめて言った。「何度も言いますが、あなたが、やるべきことをきちんとやってくれれば、あなたの行為は夢の中でのことになる。だが、それには条件がある。この悪夢の中で、あなたが現実でやってしまったことを、現実とまったく同じにやるということです。それで現実が悪夢に転換する。あなたの犯罪はなかったことになる。――簡単なことです。なにしろ、一度はやっていることなんですから。悪魔が出す条件としては、信じがたいほどやさしいものです」

「で、でも、愛する彼女をもう一度殺すなんて、僕にはできない」

 僕は両手で顔を覆い、首を振った。

「もう一度? もうすでに10回殺しているじゃないですか。現実で1回、悪夢で9回。今さら何をためらうんです? 最初の時のように憤怒にかられて力任せに彼女の首を絞めてしまえば、それで終わりです。そうそう、首を絞めながら彼女を口汚く侮辱するのもお忘れなく。9回目はそこがダメでした。死体を蹴る角度も違ってましたし。――アドバイスはこれくらいにして、10回目にいくとしますか」

 そう言うと男は、首と右腕が折れている彼女の死体を抱き上げた。

「さて、あなたの『待てよ』からでしたな」

 気がつくと、生き返った彼女が、怯えた目で僕を見ていた。

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