布団の上の天下無双

西川笑里

第1話

 その夜、俺は夢を見た。


 目が覚めると、俺は薄暗い体育館の中央に立っていた。どこかで見たことのある景色だ。がらんとした床。無数の観客席。しかし、そこに人の姿はない。


「よう、待ってたぜ」


 声のした方を振り向くと、そこに――巨大な布団がいた。


 いや、布団だ。どう見ても、ふかふかの綿が詰まった綿布団。人の形なんかしていない。ただ、そこから声がしたんだ。


「お前、ダンスから逃げてるらしいな。そんな奴に、“天下無双”の称号は渡せねぇ」


「は? 布団が何言ってんだ」


「俺は“布団界の王”だ。眠りの世界じゃ、俺が天下無双。だが、お前がこの俺を踊りで倒せたら、称号をくれてやる」


 何だこの夢は。くだらねぇ。そう思ったのに、気がつけば俺の足は勝手にステップを踏んでいた。ダンスなんて大嫌いなはずなのに、体が勝手に動く。


 王者・布団は、ゆっさゆっさと揺れた。重そうなその身体で、それでも布団は舞った。信じられない速さで回転し、リズムを刻む。


「どうした! かかってこい!」


 逃げ出したい。でも、逃げたらきっと一生ダンスができないまま終わる気がした。俺は腹を括った。


「上等だ! やってやるよ!」


 音楽が鳴った。どこかで聴いた、芽衣のスマホから流れていたダンスミュージックだ。俺は跳ねた。右足、左足、ターン。覚えたてのステップを必死に刻む。


 布団も回る。ふかふかの綿を撒き散らしながら、狂ったように踊る。まるで、最後の戦いみたいだった。


 気づけば、俺は布団と同じリズムでステップを踏んでいた。嫌いだったはずのダンスが、楽しくなっている自分に気づいた。


 そして――布団の動きが止まった。


「……認める。お前、なかなかやるな」


 布団は、ぽとりと何かを落とした。見れば、それは「天下無双」と書かれた札だった。


「持ってけ。これはお前のもんだ」


 そう言い残し、布団はふわりと舞い上がり、天井の闇に溶けて消えた。


 俺は「天下無双」の札を握りしめたまま、目を覚ました。


 ――朝だった。


 隣には、あの布団が静かに置かれていた。どこにでもある、俺の布団だ。


 だが、その端っこには、確かに「天下無双」と縫い込まれていた。


「……マジかよ」


 その日から俺はダンス部に入った。もう逃げない。俺は、天下無双の布団ダンサーだ。

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