第22話 霊獣が凄い

二人は、のんびりと加茂ノ浦の郷で夕餉を食べて、寝て典尚郡に渡ろうとしていた。すると声が聞こえる、(主様……)(主上……)、俱利伽羅と、凛仙が呼んでいた。

「来い、俱利伽羅」

「来なさい、凛仙」

二体が姿を現した。俱利伽羅は、

「主様御一人でしたら、、我が背に乗せ、空を飛び、目指す所に御連れ出来ます」

凛仙は、

「空狐に成れましたので、、主上を背に乗せ、千里眼を使い、最も短い距離で、目指す所に疾走出来、海も渡れます」

弥とマサトは、キョトンと目を合わせ、大笑いした。

「よっし!じゃあ頼むぜ!俱利伽羅」

俱利伽羅が弥を背に乗せ、大空に舞い上がった……

「ぅわぁああ、兄さまが空を飛んでる……」

人が龍神に乗って空を駆けるなど、神話にしかない話だ。

凛仙が伏せて、待っていた

「お願いしますね、凛仙!」

「主上、しっかり御つかまりください!」

そう言うと、凛仙は疾風の如き凄まじい疾さで駆ける。彌榮郡と典尚郡の間の海も、海面にわずかに出ている岩礁を足場に、トン・トンと跳ね跳ぶ。

ほぼ時を同じに、典尚郡の浜に着いた。掛かった時間は四半刻(30分)、それを知り二人は、また笑った。

「まいったね、まだ夕刻にもなっちゃいない、このまま亀ヶ崎城に向かうぞ」

「はい、兄さま」

亀ヶ崎城は、さきほど着いた浜から、寅の方角(東北東)に五里(20km)なので、二人の脚では、すぐに着いてしまった。マサトには、「被衣姿かつぎすがた」の女従者になってもらった。

当然門番は、この二人を警戒する。当たり前だが。

「お前たちの、この城にきた目的をお教え願おう」

「某は、彌榮郡塩之祇郷より参りました、火曜の七曜の『有栖弥』と申します。隣にいるは、従者の『マサ』と申します。此度は、郡将・真寿豊将実ますらいまさざね殿に、申したき儀があり、参上仕りました」

「承知いたした」

と、門番が城に戻るや、いなや、大慌てで戻ってきて、息を切らしながら、

「……お、御館様が、すぐに会いたいとのこと、御案内いたします」

そして城の「上段の間」に通された。郡将・真寿豊将実が座っていた。恵まれた体躯、座っていると、巨大な岩が眼前にあるような錯覚を覚える。

「本日は、急な訪問にもかかわらず、御目通りかない恐悦至極に存じます。お初にお目にかかります。某は、彌榮郡の郡将・朝倉時雅の名代として、まかりこしました『有栖弥』と、申します。控えているは、従者の『マサ』に、御座います。某は火曜の七曜の継承者にて是認の主に御座います……」

「お初にお目にかかります、某は典尚郡の郡将、そして『金曜の七曜・天槍・北辰』の継承者である」

将実は、弥とマサトから感じた気色で瞬時に悟った。

(今のこの者には勝てん……あと従者にも……二人とも相当な手練れだ……)

将実は、話を続ける、

「いや、貴殿たちも、隣国とはいえ、道中大変だったであろう。して此度はどのような話で?」

「……将実殿は、今上の聖皇を、どう、見定める……?」

あえて、すぐに核心をつく言葉を放った。将実から動揺を感じられたが、彼は丁寧に言葉を紡ぐ。

「ぅ、うん私は、先代の双聖眼を知っているから、正直、今上聖皇の力は、差が有り過ぎるというか、だが私は、五つの時に父を亡くした。後ろ盾になって育ててくれたのが、叔父上様の直重だ。あの方は為仁様の五賢老にも任じられておる。おいそれとは、動けなんだ……」

(やはり直重が枷になっているようだな)

「我ら彌榮郡は、媱泉郡・賢正郡と先日『三国同盟』を結んだ。貴殿も味方になってくれんか?」

「現今の状態では、直ぐに答えを出すのは、難しい……すまぬ」

「まぁそんなショげんなよ。なぁ、仕合しねぇか?」

「断る意味など御座らん、是非とも、お願い申す」

「どこで、どうやるよ?」

「この城には広い武道場があるので、そこで行いましょう。あとお互い扱う武具も違いますので、法術なし、体術のみの仕合はどうです?」

弥は瞳を輝かせ、

「良いねぇ!良いよ!それでやろう‼」

武道場に着き、二人とも上衣と袴に着替え、対峙した。

 先に動いたのは、将実。六尺(180cm)はある巨躯だが、素早い動きで、瞬時に弥との距離を詰め、右腕を突き出し、弥の顎を狙う、それは躱され、直ぐに将実は左手の手刀で弥の、頸の脈を狙う。また躱される。足払いを掛け、手刀を喉元にと思ったが、弥が上空に高く飛び、躱した。そして右膝を将実の頸椎に刹那に叩き込む。

「……黒影膝砕……」

将実は、立っているのも大変な状態だった。

 弥は、五歳の時から、体術を塩婆から、暗殺術を父から叩き込まれた。将実が

相手を出来る者ではなかった。弥は、身体を低く構え、眼の光が消えた……

「……五連穿掌《ごれんせんしょう……」

弥は、人体急所のうち、「いち・こめかみ、喉仏のどぼとけさん鳩尾みぞおちよんあごの先、うなじ

を、瞬時に拳と手刀で叩いた。弥の「五連穿掌」、塩婆と父からの教えと修行を合わせて体現化したものだった。将実の両膝は着いた。

「体術と……暗殺術まで修めておるとは……参りました」

被衣かつぎ姿の従者が衣をとり、聖眼を開く

それを目にした将実は

「聖皇‼‼」

……と言いひれ伏した、真仁は、

「将実よ、朕の臣下になれ、という『勅命』を、下すつもりは、毛頭無い。幼い頃より育ててくれた叔父上の直重への思いは、そなたの「義」の心だ。咎めだてする気など毛頭ないよ。だが……いま御国が乱れ、禍ツ神の力も漏れ出し、禍忌が暴れておる。民は不安に喘いでおる。

じゃから朕は、今こそ世をあらため、静謐をもたらす、そう決めたのじゃ。良い返事を聞けたら嬉しい。今日は帰るとする。あとな見送りは要らぬ」

「御意」

郡兵たちは、

「はははははぁぁぁ」

と、平伏する

マサトは衣を羽織り、弥と共に城を出て行った。

 将実は、先ほどの、真仁とのやりとりが、夢・幻でも見たかのように、戦いの疲れも相まって、少しフラフラとしながら、静寂に包まれたについた、玉座の間の「厚畳あつだたみに腰を下ろす。(長かった、そして疲れた……だぁ)

そこに叔父の直重が、玉座の間の将実の前に控えていた。

「御館様」

「叔父上、ことの次第は、ご覧になっていたのでしょう、叔父上の気色が感じられたので」

「えぇ、火曜の七曜の御方は、強う御座いましたな。はは」

「手も足も出ませんでした。あそこまで化け物じみた……いや、言葉が汚いですね、あのような鬼神の様に強いと、むしろ清々しい気さえ覚えます。はあ、まさか、真仁様の御尊顔を拝すことが出来ようとは……」

「真仁様が御存命で、聖眼を覚醒されたことは、この前の御前僉議で知りました」

直重が両の手をつき、

「潮目が大きく、とても大きく変わりました!御館様、どうぞ真仁様のもとに、おゆき下さい!」

将実は、

「……叔父上様が来ることは叶いませぬか……?」

「拙者は九十八代聖皇・為仁様の『五賢老』……おいそれとは抜けれませぬ、あと拙者は、東宮殿下の東宮傅(教育係)を任されております。周りからは噂は、驚くほど入ってきますよ、為仁様を、『暗愚』や、他にも陰口を叩かれているのは、存じております……それでも拙者は、為仁様に付いていく所存です」

「そうか、相分かった、ところで、某が国許を離れている時、誰にまつりごとを仕切らせるかのう……」

すると直重が、ニコリとしながら、

「弟君の『信実のぶざね』様に、のちの政は、お任せなされよ。あの方にも、人心掌握の心得、勘定の考え方、拙者が教えられること、全て伝えたと、思うております。あと後任の宰相も信実様の右腕になる、私も信を置ける者を推薦しました」

「大儀であった……。だがそれは、某が七曜として郡を出ることを、考えてですか?」

「……ん、そうですね。御館様が郡将・真寿豊将実と七曜の継承者を、完全に兼任すれば、いつ七曜が呼ばれるか、分からない不安、急に主が七曜の定めでいなくなれば、指揮系統は乱れます、民も困惑する。それで、僭越せんえつながら、『信実』様に、御館様と同じくらいの指南をいたしました、頼もしいですぞ」

「叔父上様の先見の明には、感服いたします……」

直重は、静かに、名残惜しそうに、「息子・将実」に言葉を伝える

「御館様、あなた様と典尚郡が真仁様のもとに行かれる今、拙者は、この郡を離れ、京に移るつもりです、拙者は、典尚郡が発展する姿を見ていますよ」

「息災で、叔父上様」

将実は、弟の信実の部屋を訪れた。歴史書や、風水、五行など、様々な書物が積んであった。将実は、弟に叔父上様との話をしようとしたが、

「知っておりますよ、兄上、真仁様に付いてゆく決断ができたのですね。私は賛成ですよ。典尚の政は、私に任せて、兄上は、存分に『天槍・北辰』を、振るい、立ち廻ってくださいね!」

将実は、信実の、両の掌をとり、

「ぅう、いつも、いつも、いつも、こんな兄の影となり、支えてくれていること、感謝の念に堪えぬよ……」

「兄弟なのに、何を畏まって……はは、これから私は影でなく、政の表舞台に上がりますので、御心配なく!ぁあ……でも御国中を旅出来るのは、なんともワクワクしますね」

「⁉、それなら、事が一段落ついたら、七曜の継承者を譲る!某が郡将・執政官となり、政を行う。お前は御国中を旅をする。これが某からのお礼で、どうじゃ⁉」

「ぁはは、わかりました兄上、楽しみにしてますよ」






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