第20話 宴のあとで

 現今より数刻前、御前試合が終わり、マサトが、

「いやぁ、観るに徹した試合でしたが、我々も気づくことの多い実り多き一日でしたね。華那音殿も得るものがあったのでは?」

「…………そうですね、今の媱泉郡の近衛衆・武人衆は、弥殿、御一人で全滅させられるでしょう。ですが、真の強き者を見た。あの者たちは、もっと高みを目指すでしょう」

「右近衛大将・赤瀬藤吾殿、左近衛大将・白崎真勝殿と対峙した時の兄さまは、鬼を纏っていましたからね、ふふ……本当に恐ろしいほどに……」

そこから雪乃が

「っと、いうわけで、マサトに、試合で疲弊した者達をねぎらって、筝の琴を奏じてほしいのです」

小迦華も、

「私も久方ぶりに、お聴きしとう御座います」

華那音は、

「あら、ズルい。主上……、どうぞ私めにも、御聴かせ賜りたく存じます」

マサトは諦めた様子で、

「承知いたしました。心を込めて『琴弾き』を奏じます……」

雪乃と小迦華が

十二単じゅうにひとえは、御座いますか?」

「もちろんありますよ。賢正けんせい媱泉ようぜん倫姚りんようの郡は、女系の血筋だから、儀式のための衣として御座いますよ……多分」

雪乃がニコニコしながら、

「主上……いえ、マサト、十二単を羽織ってくださいな……」

「ぁ、はい……もちろん……」(この姉さまは止められない……)

別の部屋で、マサトは、女三人に、化粧を施された……

そして現今に至る。


扉が開かれ、十二単を纏った、天女か女神めのかみの様な姫が出座する。その後ろには、巫の衣を羽織った、雪乃と小迦華がいた。弥だけは天女に気づいた。

 姫が絨毯に座り、筝の琴を奏じ始めた……皆が、うっとりと聞き惚れていた。華那音は、(ぁあ、……これは、まごう事なき、中宮・澪子様の調べ……宮中で私が、七曜の襲名の儀を、終えたことを、先代の主上に奏した時、澪子様から、優しい御言葉を賜りましたね……、澪子様、私はこの命に懸けて、貴方様の「宝」を御護りいたします……)

「筝の琴弾き」、を終え、姫と、巫の二人は、一礼して去っていった。

 少しして、マサトが戻ってきた。

「へへ、ご苦労さん、あの二人の戯れ、だろ?」

「…………正しくは、三人ですが」

「ぁはははは、それで、あの衣な!納得だ、まぁ呑めよ」

「……頂きます……」

「ここでの最後の宴だ、楽しもう!」

「そうですね、たしかに……」

 次の日になり、マサト、弥ら、塩之祇郷の衆の帰りとなった。

華那音は、媱泉郡の郡将として、

「畏くも、主上、この度の媱泉郡への行幸、恐悦至極に存じます」

「大儀であった、貴重な経験をさせてもらった」

左近衛大将・白崎真勝と、右近衛大将・赤瀬藤吾は、弥と、

「弥殿、次の手合わせまで、精進いたします。」

「えぇ、こちらこそお願い申す」

華那音は、小迦華と、雪乃を呼び、言葉を伝えた。

「小迦華……これからはもっと厳しい道を歩んでいくことでしょう。でも貴方には、こんなにも、味方がいてくれる、精進なさい……雪乃様、いえ雪乃ちゃんと呼ばせて、私は、たった三日ですが、貴女を知ることができた……勇ましく、武人としても優れているけれど、その幹は、皆を護りたいという『慈愛』の心。さすが月曜の『巫』と、感服いたしました。そのような貴女を『娘』と呼んで良いかしら……ふふ」

雪乃は胸が熱くて熱くて、泣きそうだった。

「ありがとうございます。華那音様……いえ、母様、今度、お暇がある時に、是非、塩之祇郷の御案内をさせてください」

「ぇえ……もちろん楽しみにしているわ」

「雪乃ちゃんと私は、姉妹になりましたね、ふふ」

そして、塩之祇郷の衆たちは、たくさん土産を買い、塩之祇郷に向かっていたが、その船の上で、郷人たちが、

「ぃやあ、たしかに、あそこでの、朝餉は豪華だし、旨いし、こんなの、朝から食って、天罰喰らうんでないかと思ったら、やっぱり、山盛りの白飯と、味噌汁と、漬物が、良いなぁって、はは、そんなオイは変かね?」

「いや、泰造、俺も次の日、同じこと思ってた。……なんと、いうか……贅沢は、年に一、二回で良いのかと……、その方が、有難み感じるだろ?」

「たしかに、んだね!」

それを聞いていた、他の郷の衆も頷ていた。弥は、それを見て、少し嬉しくもあった。(……別に塩之祇郷は、貧しくねぇが、質素倹約が定着してるのは、良いことだ)塩之祇郷に到着すると、、皆が出迎えてくれた。土産で持ってきた物を、披露する。女子や、幼子には、菓子や飴。鍛冶場の連中には、媱泉郡で作られた金銀細工を渡した。親方たちは大層喜び、

「若殿‼塩之祇郷でしか手に入らない、『きわみの逸品いっぴん』作ってやるぜ‼」

「ぉう、楽しみにしてるぜ!へへ、ところで、うちは『神の御塩』に頼り切っている、感がある。外の郡をみて感じた……頼むぜ!『極みの逸品』!」

 弥は、じいちゃんと、父・智弥に同盟の報告をした。

「んで、これから、時雅殿に、報告して、そのまま、雪乃の父、賢正郡将名代・清晴殿にお会いします」

じいちゃん・龍弥と父・智弥は目を合わせ、相づちし、弥に言った。

「時雅殿には、儂が伝える。清晴殿には智弥を、向かわせる」

「え⁉なんで?」

「こうする方が早く事が進むでのう、時雅は、元・儂の右腕、清晴は、雪乃の父、智弥とは、旧知の仲じゃ、任せておけ」

「弥よ、時は今激しく動いておる。主上を支え、己がすべきことを全うせよ」

弥は、呼吸をおき、祖父と父に聞いた……

「……なら、じいちゃん、父さん、聞いてくれ、そして答えてほしい……このあと、俺がすべきこと、戦で奪うか、調略で引き込むべきか……いま、本当に迷っている……」

典尚郡てんしょうのこおりの、ことじゃな……」

「今は、典尚郡だけが、九十八代に従ってる形ですね……」

龍弥は、少し黙ったあと

「弥よ、戦は、今は起こすな。三国同盟を結んだ今、三国が協力して戦を仕掛ければ、半日で決するであろう。だが、そこに住まう者たちの禍根を残す……ならば、お前が気張って、調略を成し遂げてみよ!かははは!」

「……うん、そうだよな、武を以て制しても、押さえつけられた者には、反発する」

父の智弥は、ニコニコしながら、

「父さんは弥が、どんな世を導くか、楽しみだよ」

そして、祖父・父・息子の三人は家路に着いた。中では夕餉の支度がされていた。

「あら、御帰り、弥~。媱泉郡では、随分な御馳走食べてたみたいね~?」

「ま、まあ賓客扱いだったからな……」

灼弥・輝弥が話したんだろうな……

「ぃやぁまあ、贅沢だったけど、落ち着かなかったね、正直……」

今夜の夕餉は「禍忌の猪の禍忌汁、汁をすするとホッとした、隣を見れば、弟妹が、ムシャムシャと、食べている。この子らも、この子らで、気を張っていたのだろう、と心の中で労をねぎらう。

 次の日、例の小屋に集まった。真仁・弥・雪乃・小迦華・瑆連である。真仁は、

「朕の言葉は、あとで言う、弥が話を進めてくれ」

「御意。皆、次の目標だが、知っての通り、典尚郡てんしょうのこおりだ。当代の郡将は『金曜の七曜』、真寿豊将実ますらいまさざねだ。詳しいことは瑆連せいれんから頼む」

「畏れながら、申し上げます。典尚郡てんしょうのこおり郡将ぐんしょう真寿豊将実ますらいまさざね・金曜の七曜・よわい十七、七曜襲名の儀は、済んでいるとのこと。天具は『天槍あまのやり北辰ほくしん』天槍の使い手です。五歳の時に父を亡くし、家督を継ぎました。後見人として、叔父の真寿豊直重ますらいまさざねが付きます。将実は、直重を、父の様に尊敬し、育ったようです。勉学や槍術、体術は直重が指南したそうです。

『青龍殿の変』のあと直重は、九十八代聖皇の直参じきさんとして組織された

五賢老ごけんろう』に取り立てられます。身分・地位としては、筆頭の『関奏かんそう』に次ぐ位置です。それもあってか、典尚郡てんしょうのこおりは為仁様についたと思われます……以上です」

真仁は、

「父親代わりの直重が、五賢老に抜擢され、それに従い、為仁についたか……はて、困ったのぅ、弥」

弥は、少し考えたのち言葉を紡いだ

「今の連携で、三国同盟を結んだ我らが、勝つのは必定ひつじょうだがそれでは、双方に死傷者が出る。特に向こうは、甚大になりましょう。それでは禍根を残し、次の大略も叶わぬ夢となりましょう……」

雪乃は恐る恐る、

「次の『大略』=『大計画』って……なんなの?」

弥は、一息おいて、

「真仁様の新たな朝廷とみやこおこす‼‼」

小迦華は、

「ちょ……朝廷を興すのですか⁉」

真仁は、

「ほう……」

「ほう……って主上!知っていたのですか⁉」

「いや、おおまかな考えは聞いていたよ、なにより朕も即位せねば、日曜を襲名出来んからのぅ」

「ぁ……その通りですね……」

小迦華は、

「土地はドコですの?」

「先ずは、みやこと、いう場所についてだが、東に倫姚りんよう、南に典尚てんしょう、西に媱泉ようぜんに囲まれ、東西と、南北に、それぞれ、二千六百四十丈(8km)あり、高い城壁に囲われている。その他の地は、『聖領』と呼ばれ、郷に分かれている。こちらに、つけたいのは、『みやこ』から、ひつじさる=南西・の端にある菱檀郷りょうたんのさとだ。塩之祇郷の目の前、媱泉の湊も、すぐそばだ。兵糧、物資を容易に運べる。典尚郡が、味方に付けば、もっと利便性があがる。その為にも、戦を起こすでなく、調略で向かい合いたい」

雪乃が、

「慣れない土地よね、なら誰で、何人で向かうの?」

「某が、一人で向かう。それが最良と判断した」

真仁は、

「さすがの、そなたでも一人だけでは許しを出せん。誰か一人、供をつけるように……」

「御意」

僉議は終わった……





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