第19話  御前試合

 次の日、、やはり朝餉は、とんでもなく豪勢だった。

華那音が立ち上がり、

「本日は巳の刻(午前九時頃)より、媱泉郡の武人衆と、塩之祇郷の武人衆、双方による、『御前試合』を執り行います‼皆の者、準備を怠らぬように!」

「おおおおぉぉぉ‼」

っと、何やら楽し気な声が上がった。試合の場所は、城外に作ったらしい。綾峰城の外の草原を、皆で歩いていると、四角い土の地面が見えた。近くで見ると、草が根からキレイに刈られて、丁寧に均されていた。一辺六間(11m)四方の試合場だ。真仁の観覧の為の、御野立所おのだちしょと、玉座が用意された。媱泉郡の郷人達も、仕合を観ようと、多く集まった。

武器は木刀、双方十名ずつからの、一対一。いよいよ御前試合が始まった。双方の力量、技術は拮抗していたが、媱泉側は、全員、華那音の近衛兵であるので、少し向こうに分があった。六試合終わり、四対二で、媱泉郡が勝ち越している。次は灼弥の出番だ。堂々としている、弥も嬉しかった。

「媱泉・宮本和義、塩之祇・有栖灼弥」

二人が刀を構え対峙する。

「いざ!尋常に!はじめ‼」

灼弥は踏み込み、

「……迅閃躯断……」

灼弥の体は、一瞬で相手の真横にいた。そして木刀は相手の胴にピタリと、あてがわれていた。相手は、

「ま、参りました……」

「それまで!勝者、有栖灼弥!」

すると、雪乃が、

「はい!次は私が出ます!華那音様、小太刀の木刀はありますか?」

「ええ、ありますよ。少々お待ちになって」

「では、媱泉郡からは、私がお相手しますわ」

小迦華が立ち上がった。媱泉の者たちは、

「ひ、姫様が出られるのか?」

水曜の七曜の天具は「珠」で、術者の霊力を高め、扱う法術を強力無比にするものだが、術を使わず戦う時は、小太刀を用いる。現に、華那音が腰に差しているのは、刀と脇差ではなく、二刀の小太刀だ。

 雪乃と小迦華が向かい合い、構える……

「いざ!尋常に!はじめ‼」

雪乃の姿・気色が消えた……

「……え……?」

弥(見事な「気色断ち」だ……)

小迦華の顔の目の前に、雪乃の顔がある。躊躇なく、小迦華の頸の脈を断ちにきた。小迦華は刹那に、小太刀を縦に持ち、防ぐ。が、

「ぅううぐっ」

小迦華の鳩尾みぞおちに、雪乃の左手の拳が刺さった。小迦華がひざまずく、雪乃の姿がない……(ど、どこ⁉)立ち上がり後ろを振り返る。三間(5m)先に、雪乃の姿があった。(な、なんて疾さなの……)

 雪乃が腰を落とし、低く構える、口元の位置で小太刀を逆手で持つ、薄眼になり、瞳から光が消える……

(……あれは、暗殺者の眼……)

雪乃が、はぁ……っと息を吐き、じりっと踏み込む、

「……影疾風かげはやて……」

雪乃が、消えた、小迦華の真後ろで、ザっと音がした。小迦華の頸の脈に雪乃の小太刀が、あてがわれていた。

「ま、参りました……」

「それまで!勝者、遊兎雪乃!」

小迦華は、へなへなと崩れた。雪乃が、小迦華の手を、よいしょと持ち上げ、

「ぃやあ~、まさか一撃目入らなかったのは、驚いたよ!さすがだね!」

「……な、何を言っているのですか……?本当に殺されると錯覚しましたよ……肝が冷えましたよ……ふふ……ふぅ」

「……お前、本気で殺りにいってたろ……」

「何を言ってるの、本気でいかない方が相手に失礼でしょ」

「ま、まあ、そうだが……」

(さて、次は九戦目、右近衛大将が来るかな?)

「弥殿、次の試合、是非、某と手合わせ願えないか?」

右近衛大将・赤瀬藤吾だ。その言葉を聞き取った華那音は、

「うんうん!双方存分にやっておくれ!立会人は、私が代わります!双方、用意して!」

試合場に二人が立ち、互いに礼をする。そして木刀を構え、

「いざ!尋常に!はじめ‼」

「きえええぇぇぇ‼」

赤瀬藤吾が、両手でしっかり持った、木刀を脳天から潰すかの如く、振り下ろしてきた。

「……ぐ、うっえ……」

弥は右近衛大将の真横にいた。弥の木刀は右近衛大将の胴を叩き、身体が「く」の字にへし折られていた。

「一本!それまで‼」

「お、おおおおおぉぉぉ……」

周りからは、驚きと称賛の声が上がった。

「素晴らしいです、さて……もう一人、あなたと手合わせするのが、楽しみで仕方ない、者がそこにいますね」

左近衛大将・白崎真勝がいた。この男とは、宴席でも、かなり差しで、呑むことが多かった、武人としての矜持、郡への考え、郷人への思い、どれをとっても感銘を受けた。こいつを武人として好きになった。

「では!双方!礼!」

俺の、今の弥の、ありったけを出してやる。そして、見せてやるよ……

マサトは(兄さまの気色が、鬼のようだ……)

「いざ!尋常に!はじめ‼」

    ……力の差を……

左近衛大将の木刀が、宙をクルクル回っている。左近衛大将の喉仏に、弥の木刀の切先が触れている……

「…………ま、参りました……」

華那音は、呆気に取られていたが、すぐに、

「し、勝負あり!勝者、有栖弥‼此度の御前試合、塩之祇郷の武人衆の勝ちとする‼」

「おおおおおおぉぉぉぉ~~!‼」

そうして、御前試合は幕を下ろした。

鳳翔の間では、最後の宴が用意されていた。たったの三日だが、濃密で勉強になったであろう。

「弥殿‼」

右近衛大将の赤瀬藤吾だ。

「御腹の傷は大丈夫ですか?思いきり打ち込んだので……へへ」

「いえいえ、お相手してくださり、恐悦至極に存じます!此度の試合で、こちらが足らぬものや、直すところが見えて、儲けものですよ!はは」

「これは、ズルいなあ、右近衛大将殿……某を仲間外れとは」

「お、来ましたね、左近衛大将殿、大変見ごたえのある試合をなされたとか、某は、昼寝をしていたので、見れずに残念じゃ、ふぅ」

「ぉお、それはすごい手合わせじゃった、もう、こう、鍔迫り合いが……くく……堪えられん……ぶふ」

三人は、、ふと、二つの試合を思い返したら、また笑いが込み上げてきた、もう笑いを堪えるのは限界だった。

「あああはっはっは!はっは!……へへ」

周りの席の者は、大爆笑に、なんだ?と不思議がっていた

「ぉい、藤吾、昼寝だぁ⁉弥殿の胴切り喰らって、身体を「九の字」に、へし折られて、泡吹いて、気居ぃ失ってただけだろ?某は、はっきりこの目で見たからのう」

「なら真勝!激しい『鍔迫り合い』⁉、おぬし、『はじめ!』の言葉と同時に、木刀が、空を舞ってたらしいな?んで喉元に、弥殿の切先があったと、試合にも、なっとらんわ‼」

「へへへ……、二人は仲良いんだな。某が言い切る!近衛・武人衆を統べる要の、左近衛大将と、右近衛大将が、こんなにも仲が良いんなら、媱泉郡は、もっともっと強くなれる、……、まぁ某もかなり歴史書を読んだが、仲の良い左近衛大将、右近衛大将は、少ないように見えるね、あくまで某の推測だが、お互いの矜持がぶつかって、お互いに、そっぽをむいてしまうのかなと……お互い、郡を護りたいって思いがあるのなら、なおさらだ。もったいない……」

真勝は

「……そうですねぇ、まあ某は、藤吾といつもつまらん喧嘩をしていますが、嫌うとか、疎ましいという思いは無いですね……藤吾の右近衛大将としての矜持も、某と重なりますし、こいつがどれだけ、郡、郷を思っているのは分かってますし……」

藤吾は、

「某は、真勝を敬っております。媱泉郡・綾峰城の近衛衆・武人衆の長として、白崎真勝を。ただ時折というか、日々言い争ってはいますが、どうしたら、もっと郡は、良くなれるのか、が、争点ですね、はは」

華那音が、ニコニコしながら、こちらにきた。

「あらあら楽しそうですわね」

「い、いや御館様、そんなつもりは」

「これから『天女様』が、『琴弾き』なさいます……」





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