第18話 小迦華の七曜の襲名の儀

 次の日の朝、客間に朝餉あさげが用意されていた。塩之祇郷の衆は静かに着座した。が、皆おずおずとしていた。用意された膳に目を遣れば、御頭付きの鯛!「媱泉の鯛といえば、媱泉郡の辰巳=(南東)の湾で獲れる、薄朱色の鯛で「御国一」と称される。京の御所にも毎日献上される。その他にも、海の幸、山の幸が盛られた膳を前にし、普段の朝餉は毎日、山盛りの白飯と味噌汁と漬物が当たり前の塩之祇郷の衆は、青天の霹靂であった……。もちろんこの膳は客人のためのものだが、媱泉郡は、豊富に金が採取される。経済力は、零楽・倫姚、を抜き、御国随一であろう。

郡将・華那音は、富を郡府に一極集中させず郡中を巡らせることで、郡民の生活水準は高かった。この経済の礎を築いたのは宰相・正房である。

「ほんとにコレ食べていいのか?」

「バチ当たらんかね、はは」

塩之祇郷の衆の遠慮気味な様子を見た華那音は、

「さぁ、皆さん、もう我らは友なのです。いっぱい食べてくださいな」

「は、ははぁ!有難く頂きまする‼」

弥、雪乃、灼弥・輝弥は、すでに箸を付けていた。

「兄上!これが名高い『媱泉の鯛』ですね!とても美味に御座います!」

華那音は、

「あら、食べっぷりの、気持ち良いのは、兄上様譲りですね……たくさん召し上がってね……ふふ」

「は、大変美味しゅう頂いております!」

「兄様、この貝のお料理は?」

「おぅ、それは『牡蠣』という貝を、焼いた料理だ、酢橘すだち

絞った汁を垂らし、塩を少し振りかけ食してみよ」

「んんん~~~……美味に御座いますぅ」

「ぁはは、輝弥可愛い!」

雪乃が、コロコロ微笑んでいる。

その様子と会話を聞いた、華那音は、弥の側に寄り、瞳を潤ませ……

「弥殿、……もし出来ればで良いのですが、今より多く、『神の御塩』を仕入れたいのです。媱泉の郡民は味にうるさくて、取り合いには、なりませんが、塩之祇郷の『神の御塩』は、垂涎の的なのですよ、ほほ……」

「……そうですか、では某が、御塩の庵の主に申し伝えておきます……」

「感謝申し上げます。ところで、皆さまは、この後の御予定は……?」

「そうなんですよね……ん~、媱泉郡と同盟を結べた、真仁様と小迦華様も、『ひ定まり(婚約)、これからどうしようかですね、はは。特に今は塩之祇郷での急務もないですし……これからどうしようか、評議ですね」

「もし、急ぎの用がないのでしたら、もう三日ほど、いてくださいな。今宵は特別な宴も御用意しますし」

「特別な宴ですか?」

「はい、『小迦華の七曜の襲名の儀』を執り行います……」

「え……襲名の儀……」

「もう、聞いたら、弥殿、雪乃様は済まされたと。では、いま、小迦華の七曜の襲名の儀のための、時は満ちたと判断しました……うふ」


夕の暮れとなり、小迦華の「七曜の襲名の儀」が始まった。儀式は綾峰城から少し離れた森の中、「媱泉神社」で行われる。城門から出て、先頭を松明たいまつを持った神官が二人が道を照らし、その後ろに、媱泉神社の宮司、その後ろを白装束の小迦華が歩く。その左右後ろを、白い絹布で囲う。御供するのは、

媱泉郡からは、郡将・華那音、宰相・正房、左近衛大将・白崎真勝、右近衛大将・赤瀬藤吾。

塩之祇郷からは、真仁、有栖弥、遊兎雪乃、有栖灼弥、有栖輝弥、他に護衛四名。

 媱泉神社に着いた、大きく荘厳な造りである……神社の真後ろに、一筋の滝が流れ落ちている。

高龗神たかおかみのかみの滝』媱泉神社の「御神体」である。滝の前で小迦華が屈み、宮司が「榊の束」を左右に振り、穢れを祓う。小迦華が滝壺へ、ゆっくり向かう、滝の真下に行き、滝に打たれる、離れて見ると、細い滝でも、重さが凄い、首がへし折れそうだ……何とか耐え、祓詞はらえのことばを唱える……

「水を司りし『淤加美神おかみのかみ』よ、清き水をもたらせ、潤わし育み、穢れを祓い給え」

 小迦華の身体の周りに無数の薄翠色の光の玉が生まれ、小迦華を囲う……七曜と認めれた証であった。

戻った小迦華は、真っ白な絹の打掛を羽織る、そして跪く。朱い高坏たかつきを両の掌で持った宮司が小迦華の前に立つ。高坏には白の絹布が敷かれ、その上に

「天玉・翠月華」が、のせてあった。宮司が、

「水を司りし、淤加美神より、『醐柳・朝臣・小迦華』、水曜の七曜と認め、証として汝に天玉を賜ふ」

「畏れ多くも、この尊き珠を賜りしこと、恐悦至極に存じます。神の御心に背かぬよう、正しく用い奉らん……」

 無事に水曜の継承の儀が終わった……が、宰相は、可愛い娘、水浸しの小迦華が風邪を引かぬよう……

「左近衛大将!小迦華を抱えて全力で走り、城に戻り、焚火の側に座らせなさい‼‼」

「は!御意に‼‼」

すると、弥とマサトが、

「ちょっと待ったぁ‼‼」「待ったです」

「え⁉真仁様、弥殿、いかがしましたか?」

「……ぃやあ正房殿、真仁様が結界を張って、某が焔術で空気を温め、真仁様の風を起こせば、小半時(30分)も、かからないかと……へへ」

……やってみたら思った以上に、すぐ乾いた……

「あぁぁ……ありがとうございます。弥さん、マサト様~。あぁ暖かい……想像以上というか、……それを絶するほどに龍神様の御水は冷たく……本当に心ノ臓が止まるかと思いましたよ……ふふ……」

華那音は、真仁と弥に瞳を輝かせながら

「今見た光景は、大変感銘を受けました。戦の時に異なる五行を交える戦術は御座いますが、こうして普段の生活でも五行を組み合わせ使えるのですね……ぃや、すごいですわ」

「せっかく加護があるのなら、生活でも、どんどん使うべきですよ」

「早速、媱泉郡の全郡民に奨励しますわ」

(この御方の行動力は、こちらが是非見習うところだな……)

そして綾峰城に戻り、儀式の成功を伝え、祝いの宴が始まった。客人扱いの塩之祇郷の衆は、鳳翔の間に呼ばれ、旨い酒、旨い肴を楽しんでいる。皆も普段の、どんちゃん騒ぎは、せず、媱泉郡の郡兵や武人衆と楽しく、武術や稽古について、相語らっていた。元々塩之祇郷の武人衆は武勇に優れていると、知れ渡っているので、他の郡の武人衆と楽しく呑んでいる姿を見た、弥は嬉しかった。すると雪乃が、

「なんか嬉しそうね」

「あぁ……こうして他の郡の人たちと、呑んでるってのが、なんか不思議で、嬉しくてな……東の郡の人たちとも、こう、なりたいなと思ってな……」

「そうだね……」

華那音と、正房がそばに来て、

「さぁ弥殿も、雪乃様も、御一献……」

華那音は、弥に、正房は雪乃に酒をいだ。

「かたじけない」

「頂きます」

華那音は少し頬を赤らめながら、

「あ、あの弥殿、明日ですが、御前試合を催したいのですが……媱泉郡の武人衆と、塩之祇郷の武人衆で……いかがでしょうか?」

隣を見た雪乃は、ぎょっとした。弥は瞳を爛爛らんらんと輝かせている。

「華那音殿‼是非!是非とも行いましょう‼‼立会人は某が務めまする!」

「ぁら、弥殿は出ないのですか?残念ですわね」

「ぃやあ、いきなり参加するかもしれませんよ!はは!さぁ華那音様も正房殿も御一献‼」

(コイツが出ない訳ないでしょ‼)と、雪乃は思った。

庭の池の畔で、マサトと小迦華が座っていた、

「継承の儀、ご苦労様でした、小迦華」

「マサト様、ありがとうございました。弥さんと雪乃ちゃんが、継承の儀を終えたの見て、少し焦りを感じておりました。先を行ってる様に思えて……でも今はこうして襲名の儀を終えて、やっと、あの二人に肩を並べることが出来たと思うと、すごい安堵して……」

「それは良かった……」

「……あの……真仁様の襲名の儀は、なにか特別なことをなさるのですか?」

「ワタクシの日の神の襲名の儀は、それ即ち聖皇への即位です。なので、少しまだ先ですね。聖皇は民を安寧へと導く存在とありますが、ワタクシにとって、導いてくれる存在は、兄さまですね。常に正道を歩み、『威あり・風格あり・人望あり』

ワタクシが聖皇として成長するための御手本です。はは、あの人といると、なんでも出来てしまうって思わせてくれる」

「マサト様と弥さんは、本当にお互い尊敬しあって、おいでですものね、こちらが妬けてしまうくらいに……ぅふふ」

「時折、とんでもない驀進しますがね……まぁ火曜の気性ということで、ただ、ここでの立ち振る舞いには驚きました。礼儀作法はもとより、媱泉の方のいる前で、一回も、『俺』って、言わなかったんですよ!」

「驚くこともないでしょう。弥さんの御祖父母、御両親、皆、『彌榮・塩之祇』の要職の方たちですもの、おじいさまは、元・郡将で『剣聖』ですよ。灼弥・輝弥見ればわかるでしょうに……」

「ぁ、たしかに、そうだよね」

「さ、宴の席に戻りましょう……ふふ」





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