第16話 媱泉郡《ようぜんのこおり》へ

 そうして、弥達は賢正郡の平定を成功させた。その夜は、香頭ヶ浜で、ささやかな宴を催した。そして、次の日、清晴・時貞の賢正郡の籍となった者たちと別れ、他の者たちは彌榮への帰路についた。

 次の日は、弥の祖父・龍弥と弥、マサトと小迦華達は、彌榮郡の郡将・朝倉時雅へ、戦の成果報告に来ていた。

「時雅殿、此度の戦への御助力、感謝申し上げます」

「先代の郡将の頼みとあらば、喜んで御受けしたまで」

時雅の対応、歓迎はすごく、真仁の姿と、聖眼を拝した時には、その場に泣き崩れていた。よほど九十七代・時仁を敬愛していたのであろう。時雅には、これから媱泉郡に行き、彌榮郡と媱泉郡との同盟を結びに行く話をすると、時雅自ら、彌榮郡の郡将として、媱泉郡の郡将に「親書」をしつらえてくれた。すると時雅が、

「ところで、小迦華殿、貴殿は媱泉郡の姫君というのは、存じています。そこで大変無礼ながら、お聞きしたいのだが、御父上の宰相殿が、大変、貴方を大切に、なさっておいでと」

小迦華は、質問の意味が察知できたようで、

「はい、とんでもない『かなし過ぐる親』=(親バカ)に御座います……隣郡まで伝わっているとは……はぁ」

珍しく小迦華がため息をつく。時雅は、

「子をかなし過ぐる親の、目も心も曇りがちなるは、世の常なりけり。=(子を愛しすぎる親が、目も心も曇ってしまうのは、世の常である)と、いう歌も、あります。娘親なら、仕方ない、ふふ」

小迦華は、うっぷんを晴らすように、

「父上ったら、縁談の話がきても、『うちの娘は、七曜だ‼こんなのとは釣り合わん‼』とか、色々難癖つけて、破談にします。まぁ、私も今すぐ嫁ぐ気はありませんが、醐柳家の跡継ぎは私だけなので、御家断絶にでもするつもりなんでしょうか……?」弥(……小迦華、目が怖いぞ……)時雅は、

「なら、貴殿が自信をもって、『この方に嫁ぎます!』という相手を紹介することだねぇ、ふふ」

小迦華は頬を赤らめ、

「あ……は、はい……」


 弥達は郡府をあとにし塩之祇郷に戻った。小迦華は、雪乃と輝弥に誘われ、風呂に行った。弥とマサトも風呂に向かったが、雪乃たちとは、離れた場所に浸かった。

「さて、……小迦華の父上は、かなりの強者だな、けけ」

「面白がらないでくださいよ……」

「まぁマサトも小迦華もお互い好きでいるわけだし、あと父は宰相で、母は郡将なんだろ?いざとなれば、母上に味方になってもらえば良い」

「それも良いのですが、兄さまが、皆の前で、誓った夫婦めおとの誓い、あれは感動しました。ワタクシも小迦華の御父上、御母上様に心に残る様なことをしたい」

「ぉ、おいマサト、俺の変なことは、真似しなくて良いからな!」

マサトは、ザバっと立ち上がり、

「⁉うん、そうだ、良いですよね!」

(ん?なんか思いついたか?)

雪乃たちが、こちらに気づき、

「なに、そんなとこで、こそこそやってるのよ!何かいかがわしい話でも、してたんでしょ⁉」

輝弥が冷めた眼で……

「兄様……」

「ち、違う真面目な話だぁ~~~!」

  それから五日経ち、媱泉郡へ向かうことにした。見識を高めるため、今回の旅には、灼弥・輝弥の同行も許可された。

 日が昇る前に出立し、媱泉郡に渡り着いた。街道が整っている為、道中は、禍忌も現れず、皆、安心して歩を進めた。

 媱泉郡の郡府・綾峰あやみね城、五重六階の荘厳な天守をもつ城である。薄墨色の瓦に、美しい白漆喰の壁、別の名を「鶺鴒せきれい城」とも呼ばれる。城主は、小迦華の母「華那音かなね」。

「あの娘、小迦華は、もうそろそろ来るのですね……友の方たちを連れて。半年がこんなに長く感じるとは……恋人も連れて来たりして、ふふ」

 それを聞いた、小迦華の父で宰相の正房は、

(どこの馬の骨とも分からん奴に小迦華をくれてやるはずもないわ……)

天守から華那音は小迦華たちの来る方を眺めていた。

「あらあら、こちらに何か向かってきたわね。きっと小迦華たちね……ん……?あら……ら……?」

華那音は深呼吸して、

「宰相……あなたには、何が見えます……?」

「?……ぇ、あ、はぁ」

小迦華の父である宰相も、身を乗り出す様にして、遠くを見つめる……そして、

「……ぇ、……鳳輦ほうれん…………?」

華那音は背筋が凍った……

「ちょっと‼あなた‼あの子の手紙に『天子様を御連れする』なんて、一文も書いてなかったわよ‼‼‼‼」

「わ、私は、文を読ませてもらえなかったから、そんなこと言われても、分からんよ⁉」

「天子様に階段を昇らせるなんて、畏れ多い‼‼‼‼城の皆、外へ出よ!って、あぁぁぁ、その前に、皆の者、一番上等な着物に着替えよ!私の着物を着ても構わん‼」

「それと‼‼離れの『鳳翔の間』を今一度、徹底的に掃き清めよ‼塵一つ残すな!城内の宝物も、『離れ』へ移せ‼」

 そんな事情も知らない郷人たちは、

「なんか、今日は、お城が騒がしいねぇ、戦でも始まんだろか?」

……なにか、別の不安を抱いていた。

 綾峰城が、とんでもない騒ぎになってることなど、つゆ知らずの弥一行は、のんびり鳳輦を担ぎながら、城へ向かっていた。

「あ、皆さま、城が見えてまいりました!」

「ぉおおお、あれが噂に名高い『綾峰城』かぁ‼でっかいねい!」

「小迦華って、あんな凄いお城の姫君なのね」

「別の名を『鶺鴒せきれい城か……見事だ」

(ぃや、マサトが、こういう手段として鳳輦を使うとは、意外だったね。これじゃ相手の御父上様も、さぞ、たまげるだろうな……くく)

 そして城の前に到着した。門番は当然だが、天子の出迎えなど、したことが、ないので、何して良いか分からず、只々平伏していた。みかねた弥は、

「こちらに御座すは、天子・真仁様。門を開けよ」

「……は、ははぁぁ」

ぎいいぃぃっと、重い城門が開かれた。目の前には、郡将・華那音を先頭に、後ろに宰相が、その後ろに、家臣、郷人衆が全員平伏していた。華那音は、緊張した面持ちで、奏する。

「畏れ多くも、天子様が、この城を行幸されたこと、恐悦至極に存じます」

「大儀である。よい、皆の者、面を上げよ」

その場にいた、全ての者たちが、真仁の双聖眼を拝し、喜びに打ち震えていた。

「朕は、九十七代『聖皇』時仁の、『一ノ宮』なり」

(……そろそろ限界じゃな……)

真仁は瞳を閉じた。すると周りの人たちの緊張が解けた。マサトは小声で弥に、

「……兄さま、続けて同盟の話を、……」

「ぉお!おお任せとけ!」

「小迦華……御母上様にワタクシの話を……」

「御意に」

小迦華が華那音の、もとに寄り、話をした。華那音は、少し驚いた様子だったが、すぐに、ニコニコとした。

 弥と他の塩之祇郷武人衆は、皆、華那音にひざまずいて、

「郡将・華那音殿、某は彌榮郡の郡将・名代『有栖弥』と申します。畏れながら、申し上げます。此度こちらに赴いたのは、貴郡と彌榮郡とが同盟を結びたく、参じました。こちらは、彌榮郡の郡将・朝倉時雅殿より預かり『親書』」に、御座います」

「あら……時雅殿?懐かしいですわね……ぅふふ……」

(気色とか色々が、小迦華の御母上様って、よく分かるよ、はは)

華那音は、

「このような所では、落ち着かないでしょうし、当家の『離れ』へ案内いたします」

 マサト一行は鳳翔の間に通された。

天井には荘厳な鳳凰図、、金の屏風、瑠璃の壺、紅玉の勾玉、切子細工、水晶玉、等々……マサトは驚き、

「……はあぁ、すごい、豪華絢爛、煌々赫赫とは、このことですね」

……当たり前である。直前に片っ端から城の宝物ほうもつを、ここにかき集め、飾り立てたのだから。

「恐悦至極に存じます……」


やっと、同盟についての僉議せんぎが始まった。

「此度の申し出、媱泉郡の郡将として、こちらからも願ったり叶ったりですよ。多くの『利』があれど、害が無いですもの。こちらの金山の『金』と、そちらの『神の御塩』の取引を活発にしたいですね。……あと私が考えていたのは、先日、賢正郡を平定し、郡将を雪乃様の御父上で、そして嫡流が就いたそうですね。……なれば、媱泉郡・賢正郡・彌榮郡で『三国同盟』を締結しましょう。賢正郡は、まだ疲弊しいますが、媱泉郡と、彌榮郡で支えれば、そんなに時を掛からずして、立ち直り、『三郡』で歩んでゆけるでしょう!そして西国全体で、真仁様を支えましょう‼」

(……参った……華那音様、媱泉郡の郡将は、先を見据えておいでなのだな、そしてどんどん先へ進む『しるべ』と、なられる御方だ……)

 夜になり、宴席が用意された。塩之祇郷の衆は客席に案内された。

……慣れない……というより、塩之祇郷の宴しか知らないから、立ち回り方を知らないのだ。皆そわそわと、落ち着かない様子だ。女中が、次々と御料理を運んで来る。その数々の料理の豪華さ、盛り付けの美しさに、皆、言葉が出ない。塩之祇郷の宴といえば、量は豪快、味は濃いめ、だが、ここの料理を食すと……刺身の魚が甘い……合わせる醤油が、塩之祇郷と違うからだろう。煮物が薄味だが、旨味が染みている。

全てが美味い、旨い、ここは竜宮城か⁉

「ぉい、おめえらよ、ポカンとしてねぇで、郡将殿に『美味です』とか『盛り付けが綺麗です』とか、感謝の言葉も言えねえのかよ?」

「も、申し訳ございません、若殿。呆気にとられてしまい……」

すぐそばにいた華那音が、

「そう申されるな……弥殿、良いのです……こうして、今夜は同盟を結んだ日、つまり友となった日に御座います。格式張らずに、楽しく吞みましょう……どうぞ、御一献……」

「……頂きます……」(敵わないな、この御方には)

「では、皆の者、今宵は、彌榮郡と媱泉郡の同盟を結んだ、めでたき日です。お互いの手を携えながら、前へ進んで参りましょう……真仁様、乾杯の御言葉を賜って宜しいですか?」

「うむ」

弥と宰相は思った……(天子様に乾杯の言葉……?)

「皆、いまは世が乱れ、不安に思うておるじゃろう、だが安心せい、朕がこの世に静謐をもたらしてみせよう‼いざ、乾杯‼」

皆も両手で杯えを持ち。

「乾杯‼‼」











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