第15話 故郷を取り戻せ

 賢正郡の制圧の日が来た。真仁と小迦華たちは、先に船で出立し、北から回り込む、そしてこれから、弥と雪乃たちが、賢正郡の東側の冥極殿めいぎょくでん方面から攻め入る戦力は、真仁・小迦華の軍に「三割」、弥・雪乃の軍に「七割」に分けた、なぜ半々でないかと、いうと、弥達の経路は、起伏も激しく、敵兵に加え、禍忌も現れるためと、真仁たちには、特別な作戦があるからである。

弥・雪乃軍は、岸に着くと、総員一気に森に驀進ばくしんしていった!弥が先頭を駆け、敵兵はかわし、相手にせず、後ろの者に任せ、現れる禍忌を、次々に滅殺していった。

 一方、真仁たちは、無事に香頭ヶ浜に到着していた。

「よし‼慎重に運び下ろせ‼」

大の武人衆二十人掛かりで降ろし、上を覆っていた、布を取る。

そこには美しく、荘厳な「鳳輦ほうれん」が姿を現した。

 「鳳輦ほうれん」とは、漆塗りの艶やかな屋形に正面と左右に御簾みすがあり、屋形の上には、金色こんじきに輝く鳳凰の装飾があり、天子・聖皇のみが乗ることを許された車である。これを造ることが出来たのも、「塩之祇郷の豊富な財力」、「材料を調達出来る情報力と伝手つて」、「非常に高い装飾細工の職人衆」が、合わさって、これだけの「鳳輦」が造れた。もしかしたら、御所の本物を凌いでいるかもしれない出来栄えである。

 小迦華が背面の扉を開き、

「さあ、主上、お乗りあそばせ」

「うむ」

鳳輦を支える朱色の棒は、輿丁よてい=担ぎ手が、前後四人ずつ、左右四人ずつ、計十六名で支える。

「進めえぇ‼‼‼‼」

賢正の兵たちも、こちらに気づき走ってくるが、鳳輦の姿と真仁の放つ聖眼の神聖な威厳に圧倒され、動けないでいた。

          ーーー東宮御所ーーー

「……⁉……波が来た!そうか……賢正郡を平定し、嫡流の流れに戻すか……余も、そなただったら、同じことを、しただろうな、此度の波は凛としておる、ふふ」

見ていた文殊は、

「貴仁様……はしゃいでいます……」

真仁も「響鳴」の波を感じ取った(みやこからだ、大きい波の方……だが、気色は……喜々としているような……?……朕は見誤ったな!大きい方が、九十八代で小さい方が、皇太子と勘違いをしていた。逆だ!大きい方が皇太子だ!間違いない。

しかも、いちいち響鳴しては、こちらの位置・行動が筒抜けではないか……こやつとの響鳴には結界を張ろう……)

「あ、ぁ奴、真仁……結界を張って遮断しよったぞ……」

「もう……貴仁様、当然の対応だと思われます」

「いけずな奴じゃな……はよう会いたいのう……」

「……もぅ、真仁様は、貴仁様の敵なのですからね……」

「分かっておる、こちらも、やることは山積みじゃしの、ふふ」


「聞けい‼‼‼‼ここに御座おわすは、天子様なり!我らは御軍みいくさ=(聖皇が直接統率する軍隊)、郡将・幽遠に『勅言』がある!道を開けよ‼‼」

 歯向かって来る者など皆無であった。そのまま郡府・球磨崎くまさき城へと向かう。

そのころ、弥・雪乃軍は球磨崎城を眼前に捉えた。瑆連が

「隠密衆は城に侵入し、中から制圧せよ‼」

その指示に隠密衆は高い塀をものともせず、鉤の付いた縄を使い、次々と侵入していった。

弥と雪乃と武人衆は正門の前に到着した。

「某の名は『有栖・朝臣・弥』彌榮郡の者である。郡将・遊兎幽遠殿に、話がある。ここを開けられよ!」

城門は「ぎぃいい」と、すぐに開けられた。すると法術師十人ほどが、身構え、先頭の三人は、詠唱が終わり、すでに法円を構成していた。

「郡将様は私たちが、御護りいたします……お覚悟を!」

「氷槍突‼‼‼‼」

「氷牙裂‼‼‼‼」

「凍絶波‼‼‼‼」

三種の氷術が弥に向かう。瞬時に雪乃が弥の前に立ち、「蒼月華」を扇ぐ、術が全て消し飛んだ。

「そ、そんなこと……ぇ、なに」

「私の名は『遊兎・朝臣・雪乃』賢正郡の長の嫡流であり、月曜の七曜にして、『天扇・蒼月華』の是認ぜにんの主なり。道を開けよ‼」

 時を同じくして、真仁も着いた。……鳳輦から降り立つ……聖眼を見て賢正郡の者たちは、皆、震えながら平伏する郡将の幽遠と家老・側近十名が隠密衆に囲まれ、平伏していた。

「……ふむ……おぬしが幽遠か……うぬが朕に、二千の兵で攻めるよう焚きつけた張本人だな……」

隠密衆の調べた内容によると、政は全て幽遠の独断専行で家老たちの意見には耳を貸さなかったという、どうしようもない男だ……

「天子様‼‼‼‼私、幽遠と家老ともども軍門に下ります!どうか命だけは……」

うぬの言葉に『郷の民』という言葉はないのだな……あれだけの愚政を行い、あまつさえ自分は助かろうとする……今すぐ八つ裂きにして、禍忌の餌にしてやりたいが、今は、雪乃がここの長じゃ……雪乃よ、沙汰は任せる……」

「御意。主上……恐悦至極に存じます、家老たちは不問とします。これからも賢正郡のために頑張ってね。

ただ……幽遠……あなたは地獄の底で、苦しみながら、己が行った愚政を猛省しなさい……」

「ひ、ぃや、ゆ……雪乃様⁉」

「弥、此奴こやつくびねよ」

陽炎かげろうの一閃、幽遠の首を刎ね飛ばした。血潮が吹く

弥は、

「いま是を以て鬩ぎあいは終わりだ!」

すると真仁が、

「本来なら、雪乃が賢正郡の郡将のしきに就き、まつりごとをするところじゃが、雪乃は七曜としてかんなぎとして、朕の側にいてもらわねばならぬ、因って、雪乃の父の清晴を賢正郡の郡将名代として賢正郡の政を任せる。立て直してくれ……」

「御意、しん恐懼きょうくに堪えず、深く天恩を奉戴ほうたいし、職掌しょくしょうを尽くし、誠を以て務め奉らん」

「うむ、頼むぞ」

「元・左近衛大将、狩川時貞これへ」

「は、主上」

「そなたを賢正郡の家老筆頭に任ずる、清晴を支えてやってくれ」

「御意。恐悦至極に存じます」




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