第8話 帰還

 賢正郡けんせいのこおりでの朝廷軍との、戦も終わり、辺境の郷で、半隠居していた「元・左近衛大将もと・さこんえたいしょうの狩川時貞と、その妻・夕月と、従者三人を加え、海を越え、彌榮郡いやさかのこおりに渡った。

夕霧を身籠っている夕月を気遣いながら、歩を進め、時折、猪の「禍忌マガキ」と、何頭か出くわしたが、流石は、元・左近衛大将、毎晩四尺(120cm)の「丸太」を振り、精神統一の為に、愛刀の手入れも欠かさなかったようで、七尺(210cm)も体躯のある、猪の禍忌を、一刀のもとに切り伏せたのは、圧巻であった。

 従者三人の腕前も素晴らしく、連携もとれていて、下手な雑兵なら二十人が束になっても勝てないだろう。

 そうして五日間かけ、夕刻近く、塩之祇郷しおのぎのさとに、近づいた頃、マサトは時貞達に、

「とりあえず、しばらくの間は、ワタクシが聖眼に目覚めたことは、塩之祇郷の皆様には、内緒にしていてください」

「は。承知仕りました」

すると……郷の入り口の方から『……ズドン!ずだだだだ‼‼‼‼」と、と、なかなか良い体躯をした少年が、突進してきた!そして、弥の胴ッ腹に、ガシリと、しがみ付いた。

弥兄あまねにい‼‼雪乃姉ゆきのねえ‼‼、御勤めお疲れさまでした!お帰りなさい‼‼」

「へっ、何だよ村正むらまさひと月、村に居なかっただけじゃねぇか」

「ただいま……村正……無事に帰ったよ。ふふ」

この村正という少年は、塩之祇郷の鍛冶師の跡取り、それより、弥と雪乃にとっては、本当の弟のように可愛がっている。

「……ねぇてか、弥兄の後ろにいる、綺麗な二人は誰だん?」

「あらぁら、闊達かったつな、若子わかごですわね。初めまして、小迦華こかげと、申します」

「ワタクシは、マサトと、申します」

村正は、四人をぽぉ~~~っと、見た後、

「弥兄は、三人も嫁さん貰うのか……?塩之祇郷に、そんな慣例なかったから、それを変える弥兄は、すごいな、ぅん」

「え”ぇ、ち、違う」「は⁉は”ぁ」「ぁ、あららぁ……」

「村正!ワタクシは、おのこですからね!」

……良い大人が童の一言で、顔を赤らめ慌てふためく様は、滑稽である。

「……ところでさぁ……弥兄が明日からオイラの学術指南してくれよ……」

「どうした?いきなり、聞かせろ」

(塩ばあちゃんの指南……怖いんだもん……)

「へへ、大変だったな、まあ、あれでために、なるんだがな。任せときな。でも面倒見れんのは、ひと月くらいかもな!」

「それでも、弥兄に見てもらえるの、嬉しい‼‼‼‼」

 

 御国では、「青龍殿のせいりゅうでんのへん」の後に、みやこや、こおりが、混乱していた為、本来あった、「学校」が機能しなくなり、学問・武芸に於いては、身分の高い貴族や、武官は、自分の子息には「せんせい」を、付けて、教育するのが通例であった。

 平民の子息らは、学識の高い親族・知人から、武の稽古は心得のある者に教えを求めた。

 その点、弥はと言うと、剣術の師は、剣聖の祖父、暗殺術の師は実父、焔術の師は、焔術師の実母と祖母、今は一線を退いているが、母は九十七代・時仁様より・祖母は九十六代・春仁様より聖印のかんざしを下賜された術師である。

 そして、学問に於いては、塩婆こと、現世うつりよことわりを究めた「罔象女神みつはのめのかみ」である。つまり弥は、生まれながらに、学習環境は、京の、最上級貴族を凌駕していた。この条件は、雪乃にも、灼弥・輝弥にも、当てはまる。

 「なぁに、やってんだい…………?」

塩婆が、阿瑠華と共に迎えに来た。

「ひぇややぁ⁉」

びくついた声を上げ、村正が弥の後ろに隠れる。

塩婆は、そんなこと、気にも留めず、マサトの元に向かう。一言……

「……目覚めて、己の出自を知ったんだね…………」

「はい、『罔象女神みつはのめのかみ

「やめとくれ、この郷では、塩婆の光波だよ」

弥の背後に……スっ…………人影が現れる……

「弥様……」

背後に気摂られず……

「……い……ぃ」

虚を突かれ、弥は、少し跳ねた。

「……ぁ、申し訳ございません、ぉ、驚かせるつもりは……」

その男も少し焦って少し焦っていた様だった。

「ほっ……なんだよ瑆連せいれんかよ、相変わらず、お前の「気色断ち」は、見事だ……これが戦場なら、頸をもってかれたな……へへ」

「戯れも、その辺に……あなたが本気を出したら、どうなりましょうや……少しは、御自分の立場をわきないまされ……」

「お褒めの言葉、恐悦至極に存じます。当代、智弥様からの修行のお陰です」

「みんな‼この者は瑆連せいれん有栖家の隠密だ‼初代から仕えてくれている

大事な同胞だ。斥候と暗殺が主な仕事で、歳は俺と一緒だが、これでも塩之祇郷の隠密衆五十人を束ねる頭領だ‼‼」

主従関係とはいえ、幼き頃より互いに研鑽を積んできた友であり戦友だ。

「俺が留守の間、郷を護ってくれてありがとうな」

「恐悦至極に存じます……」

「みんな、仲良くしてやってくれ」

(っても、普段は姿を消してるからな……はは)

瑆連せいれん」は、小さい時から、隠密の才があったからね!」

「隠密五十人衆の頭領……おぉ……」

小太刀使いのマサトとすれば、同じ小太刀使いの隠密の技を知りたいのであろう

すると、瑆連が振り返り、

「真仁様がお望みあらば、私がお相手いたしましょうか……?」

「……さすが兄さまの腹心……是非、ご教示願いたい!」










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