第7話 恩返し

 ある郷での話…………マサトは、元・尚侍ないしのかみの「夕月」と、夫で、元・左近衛大将の狩川時貞のもとに訪れた。……のどかな郷、キレイに手入れされている。マサトが、畑仕事をしている婦人の元に向かう。

「こんにちは。精が出ますね」

「……ぁはい、こんにちは。前に……どこかでお会いしたことが……?」

(ぁあ……この御方誰かに似ている……とても……とても懐かしい……あぁ……でも両瞳を閉じてらっしゃる……目が不自由なのかしら……?)

「ワタクシは、貴女に恩返しに参りました……亡くなった父と母の代わりに……」

(えぇ……⁉恩返し?父と母の……代わり……)

「朝廷の愚か者たちが、理を曲げているのです。ならば、こちらも少しくらい理を

あらためても良いでしょう……姉さま、小迦華……「後ろ見」を任せます……

「御意」「主上」

マサトが瞳を開く……両の瞳に聖眼が顕現する……真仁の身体が無数の蒼翠の光の珠に包まれる……

(主上……?いえまさか……でも、この風格と慈愛の光……何よりも……見紛うことなき、その瞳……あぁ……あぁ……またお会い出来ましたね……時仁様……中宮……

あぁ……真仁様……こんなにも……こんなにも御立派に成長あそばしたのですね……)

真仁が、天笏を手に取り、言葉を紡ぐ……

「水を称えし罔象女神みつはのめのかみよ、淤加美神おかみのかみよ、いまこそ、このものを、「をちかえらせ」「こまがらせ給う……」

夕月の身体が若返った。

「木霊よ、木霊……我のもとへ集い給え……幼きに散りし空蝉うつせみの、欠片を此処に集めておくれ……」

「木霊よ、木霊……この両のてのひらに、幼き心を乗せておくれ……」

真仁の両の掌が輝く……その光を、掬った両の掌を夕月の御腹に触れる……夕月の御腹の奥から……

『とくん……とくん……」と、音が伝わる……

「……嘘……」

「……十余年もワタクシの為にお辛い思いをさせ、申し訳ありませんでした……」

マサトは頭を垂れる……

「いま、貴方様の御胎おなかには、『夕霧』が宿っています……」

「まさひと‼‼‼‼」

夕月は力一杯、真仁を抱きしめた……幾星霜も逢えなかった息子との再会のように……夕月は、嗚咽を漏らしながら、言葉を紡ぐ……

「……貴方様は、ずっとお辛かったでしょう……帝の皇子として、生を受けたばかりに…………うぅう”」

「……いいえ、ワタクシは幸せでしたよ……澪子母様は、最期までワタクシを愛してくれました……そして今は、頼りになる、兄さま・姉さま・小迦華がいてくれています」

「そして、いま、もう一人の母様に、お逢いできました……」

「真仁‼‼」

力一杯、抱きしめる……涙が、涙が、溢れて止まらない……中宮の皇子だが、我が子同然に想っていた。その子が生きて、立派に成長していた……

「ごべんね……お”えんね……辛かったね……頑張ったね……頑張ったね……ありがとうね……ありがとう……」

「……はは、母様……夕霧が苦しがってますよ」

「っは!ぁあら、そうですよね。ごめんなさい」

そばから、ひと際、体躯の優れた漢が現れた。元・左近衛大将「狩川時貞」である。身体は六尺五寸(195cm)はある。

今は農業をしていても、発する気色は尋常ではない……

「真仁様、……いえ、畏くも帝におかれましては、我が妻と、娘を救って頂き、恐悦至極に存じます」

「よい、そなたも大儀であった、朕は、その忠義に報いよう」

「その……良かったら、ワタクシの力になってもらえませんか?この地の安堵は、約束しますので」

「まさか、また主上に仕えることが出来るとは……」

時貞は跪いて、

しん恐懼きょうくに堪えず。深く天恩を奉戴ほうたいし、職掌しょくしょうを尽くし誠を以て努め奉らん」

「よろしく頼む」

「あ、母様も夕霧も一緒ですからね、ニコニコ」

(私が母様なら、真仁様、を何と御呼びすれば良いのかしら……)


「さて面白くなってきたね!他の七曜に、会いにいこうぜ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る