第2話 導かれし出会い

 ワタクシが生まれたところは知らないけれど、今は彌榮郡いやさかのこおり真樹郷しんじゅのさとに住んでいる。周りに人はいない。一人だ。母様がいたが、三年前に亡くなった……近くの郷に移ることも出来たが、母様を置いて行けるはずもない。

 母様からは、この世で生きるすべを一通り教えられた。弓術と小太刀術、獣と魚の捕え方、捌き方、煮炊き、縫物、そして「そうの琴」。特に何の不便もなく、他の郷に移る理由もない……時に銭貨が必要な時は、獣の皮を売りに隣郷の水沢郷みずさわのさとを訪れる。売ると結構な額になる。

 時は一三九七年・皐月。少年は一羽の兎を追っていた。すると、嫌な別の気配を感じた……とても禍々しい……

木霊こだまよ木霊……のモノをあらためよ……」

(⁉‼これは禍忌まがき‼)

のそり……のそり……と、こちらに近づき姿を現す……カタチは猪だが、その体躯は八尺(240cm)を超える……何よりその眼、黒く染まり赤い光を放ち、瘴気しょうきは雲煙として身体を纏う。

(こ……これはマズいな。弓と小太刀では敵わぬ……逃げよう‼‼)

すると……上から人が降ってきた……

「はあぁ‼‼⁉」

少年はたじろぐ。

「どりゃせい‼‼‼‼」

禍忌の脳天に陽炎を叩き込む‼

「あっちゃ……割れねえわ」

しかし、禍忌は蹌踉よろめいた

「雪乃‼水で包め‼‼」

「はい!任せて‼」

禍忌の身体が水に包まれる、禍忌が激しく苦しみだす。

「ぁは、おばあちゃんの御塩溶かしてあるから効果絶大だね!」

禍忌は息絶えた。

「よっし!御塩のおかげで禍忌の瘴気も祓えたね!」

「毛皮もばっちり売れるな!」

「……てかお前」「……あなた」

「誰……⁉??」

「ば、はいぃぃ!ワタクシは、この郷に住んでる『鞠守まりもりマサト』と申します」

「なんか珍しい名だな」

「ハ、ハイ、元々苗字も無い貧乏な家なのです……ですが亡き母様が『さて……苗字もないなんて恰好つきませんね、では、苗字をつけましょう!母様は、母様の母上様、つまり、あなたのおばあ様から頂いた「鞠」が宝です。では、鞠を守るで鞠守にします』と、言う話です……はぃ」

「はは……すごい名付けというか、苗字付けだね」

(……妙だな……皇国は籍の統制と把握の為に貧民でも苗字を与えているはず……)

「どうしたの、弥?」

「……いやなんでもない」

「ところで、マサト左眼は、どうした?」

「あ、この左眼は、生まれた時から開かないというか、潰れているのです……でも片目のおかげで、百丈ひゃくじょう(300m)先の鳥も見えるのです!」

「それは凄いな、ところでマサト、すまんが一晩、俺ら二人を泊めてくれんか?宿代は払うから」

「いえいえ、このような庵で御代は頂けませんよ。ゆっくり過ごしてください」

「……なら、御母上の墓前に花を手向けたい、良いか?」

「……はい、是非、母様も喜びます」

弥と雪乃、マサトは母様の墓前に花を添えた

(そういえば庵を一通り見渡したが、風呂は無いようだな)

「マサト、すまんが、湯で身体を拭きたいのだが、竈で湯を沸かして良いか?」

「あ、そばに温泉がありますよ。兄さま」

「お‼‼そうか!」(……ん?兄さま?)

「姉さまも、湯上りのときの衣はこちらに置きますね」

「ありがとう!」(……ん?姉さま?)

「ぁ……へへへ、生まれて十四年余り、ちゃんと人と話をしたのは、母様だけで……兄さま・姉さまと、お呼びして宜しいでしょうか?」

キラキラとした笑顔で問われ、弥と雪乃の二人には理由わけの分からない愛しい思いに揺さぶられた。

「良いぞ‼‼弟よ‼‼」

「いくらでも甘えてね‼‼」

「ぁあはは、ありがとうございます。どうぞこちらへ」

「ぉぉぉおお!って、ずいぶん良い風呂じゃねぇか⁉」

「景色もすごいね!森に囲まれたお風呂‼」

「あ、姉さま申し上げにくいのですが、母様の言いつけで長幼にかかわらず、何事もおのこが先と言われてまして、姉さまは少しお待ち頂いてよろしいですか?」

「ええ、いいわよ」

弥(……ふむ……)

「ぃや~~~風呂って良いよなぁ~」

「そうですね兄さま」

「まぁこの先、大変になるから、ゆっくり出来る時は、ゆっくりとな……」

「ワタクシも、兄さま、姉さまと旅に出れるのが嬉しいです。母様には少しのお別れ                      も伝えましたし……」

「……そうか」

「湯加減どう?」

「おぅ、ちょうど良いぞ」

「あ、ほんとだ」

(……ん?姉さまが入ってきた……なんだコレ……ぇ……裸ですね……)

「ちょっ……!な、何ですか⁉」

「……んぁ、なにがだ?」

「どうしたの、マサト?」

「……ぇ……いや、男女が同じ湯に浸かるなんて、夫婦の契りを交わしてなければ、ぁ、あり得ないことで!」

(ぃや、交わしてても変だろ⁉)

「ぁ、兄さまと、姉さまは、もう夫婦ということですね⁉」

(なら何故、ワタクシが此処にいる⁉)

「……いや、違うが」

「違うよ」

マサトの頭の中は真っ白になった……

「てか、そんなに変なのか?いつもみんな一緒に入ってるし……」

「郷によって違うのかな?」

マサトの耳から湯気が吹いていた

「ぁ姉さまの父上は認めてらっしゃるのですか……?」

「認めるも何も、私の父さまも母さまも弥と入るし、私も弥のおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんと一緒に入るしね」

「あ、そういえば、旅立ちの日、五十人くらいで入ったよね!楽しかったなぁ~」

「最高の門出だったな」

「ほんとに思い出話尽きなくて、のぼせそうになったね、ぁはは」

(……ぇぇ……オカシイのはワタクシなのですか……?母様から教わった「倫」の教えとは……」

「ぉい、マサト、茹でタコみたいになってんぞ」

「……ぁ、はい先に上がらせて頂きます……」

「……大丈夫か?あいつ」

「習わしの違いって面白いね」

「…………ねぇ弥……私たちの赤ちゃんは、いつ来るの?」

「……まぁ、戦が落ち着いたらかね、そしたら三人でも五人でも来るぞ……」

「……じゃあ待ってるね……」

すると雪乃のそばに、

「ぁら可愛い白蛇!」

雪乃にかまってほしいみたいだ。

「おいで……」

「お前に懐いだようだな。守護獣にしたらどうだ?白蛇は霊力が凄いぞ」

「あ、良いねぇ、ねぇ白蛇さん、私を護ってくれますか?」

白蛇は、シュルシュルと雪乃の指に絡む。

「よし!じゃあ貴方はマシロよ!よろしくね」

マシロは喜んでいるようだ。

「そいつ、背中に羽が生えてねえか?」

「?骨が出っ張ってるだけでしょ」

二人は風呂からあがり、マサトが用意した衣を羽織り、庵に着いた。

(簡素だが、気品を感じる佇まい……何より安らぐ……)

「おう、戻ったぞ」

「お腹が空いたわ」

夕餉ゆうげができてますよ。ん?その白蛇は……」

「うん、懐かれちゃって、守護獣にしたの。この子、知ってるの?」

「ええ、ワタクシが狩りをしていると、時々現れて、狩った肉を少し分けると、一礼してスルスル森へ帰っていくんです。へぇ姉さまの守護獣に」

「名前はマシロよ」

「よろしくね、マシロ。ではワタクシの守護獣も」

「来なさい……」

マサトの言葉に応じ、体躯が五尺(150cm)はある、真っ白な美しい雪狐が姿を顕した。

「この子は名を『凛仙りんぜん』と申します」

「よろしくね!凛仙」

弥(霊獣か……)


夕餉も楽しく終わり、マサトが別の部屋へ案内する。琴が用意されていた。

「すごい、お琴だ」

「いや、それは『そうの琴』だ」

雪乃(???)

マサトは母の形見の白い打掛を羽織り奏でた。

(やはり、マサトの母君は、やんごとなき身分の御方だな……)

「ねぇ、何で弥は琴と、筝の琴の違いが分かるの?」

「……ぁあ、それな、昔、俺が六つの童の時、ばばぁの琴を琵琶みたいに胸で支えて、ジャカジャカ弾いてたら、ババぁが、『こんの馬鹿童がぁ~‼‼』って、その筝で三往復ぶん殴られたよ……痛かったなぁ……」

(……ん⁉おばあちゃん琴でブン殴ったの⁉)

「……そんで、そのあとに延々と筝と琴について、講釈垂れられたね……嫌でも覚えるだろ……」

「……へ……へぇ、そうだったんだ……」

「なあ、マサト、筝を弾くときに、なんで打掛を羽織るんだ?」

「あ、はい、母様からの教えで、人前で奏する時は、打掛を羽織るようにと」

「……そっか、良い調べが聴けたよ、婆さん並みに上手だわ」

「ワ、ワタクシも、その御方の調べを聴きたいです!」

「絶対に!やめとけ」

兄さまから良からぬ念を感じた……

「ねぇマサト、暇な時で良いから、私にも筝の琴教えてよ」

「はい、姉さまが望むなら、いつでも」

「ありがとう、雅楽って、郷で学べなかったから」

(……てか、おばあちゃん、筝の琴弾けたんだ、何でも出来るのかしら)


 

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