強く美しい輝きの『聖眼』を持つ『聖皇』と『七曜』の物語『聖皇記』

雪村

第1話 混沌の終わりと始まり

 現今げんこんより、千四百年前、大地と人々は、突如として顕現けんげんした「禍ツまがつかみ」と呼ばれる恐ろしく巨魁きょかいなる瘴気しょうきを放つ邪神と、その瘴気に冒され、眷属けんぞくと成った獣達=禍忌まがきにより世は蹂躙じゅうりんされていた。

 その時、神皇天帝より、一柱の皇子みこと、六柱の導かれし者たちが、地に舞い降り、天帝より授かった、五行の「もく」・「」・「」・「ごん」・「すい」の神力を使役し、「禍ツ神」を大地の底に封印した。

 戦いののち、皇子みこは「聖皇せいおう」に即位し、「皇国こうこく」(御国)を建国した。聖皇の瞳は、特別な輝きと力を宿し、「聖眼」と尊ばれた。「聖眼は御子に受け継がれる、「聖眼」を顕現させた、皇子みこ姫皇子ひめみこが聖皇の資格者とされた。そして聖皇は、六柱の臣下と共に「皇国の七曜」と民たちから称された。

 皇国は、中央のみやこと、六つのこおり、郡は幾つかのさとに分かれた。郡の長は「郡将ぐんしょうと、称され、それぞれに七曜が就いて、統治した。

 現今げんこんは皇歴一三九七年、時の聖皇は、九十八代・為仁ためひと東宮とうぐう=皇太子は貴仁たかひとである。

            「これから物語が動き始める」

 月夜が綺麗な、静かな真っ青な草原で、夜空を見上げながら、一人横になる少年がいた。

「ワタクシは誰なんだろう……生まれし時より、左眼が見えず、不便に感じたことは無いけれど……星って、こんなにも綺麗なんだね……母様は、三年前に亡くなった……悲しかった……あの何処かの星になったのかな……寂しくは無いけれど……誰かと、お話をしたいな……

 場面は移り、ここは彌榮郡いやさかのこおり塩之祇郷しおのぎのさと。とある青年が、祖父に剣術の稽古をつけてもらっていた。青年の名前は有栖弥ありすあまね、歳は十五、「火曜の七曜」の血を継ぐ者である。

「だりゃああぁ‼‼」

(木刀一本で剣聖に修行つけてもらえるんだ!ありがてぇ)

兜割りにきた弥の一太刀を翁は、軽くいなし、弥の脇腹に一閃打ち込んだ。

「ぅうげえ……」

弥はひざまずいた。

「ほっほ、無駄に跳ねるでない、その間に相手は態勢を直せるからの」

この翁の名は「有栖龍弥ありすたつや、弥の祖父で、先代の郡将にして、先代の「火曜の七曜」である、かつては無類の強さを誇り御国中で「剣聖」と称えられた傑物である。

 そこに母さんと、ばあちゃんが迎えに来た。

「はい、二人とも夕餉ゆうげが出来ましたよ」

囲炉裏いろりの間に急ぐ、腹がペコペコだ。さとの役場で、文官をしている父も帰ってきていた。この穏やかそうな優男やさおとこの父が、当代の「火曜の七曜」の継承者である。

「弥、お帰りなさい……」

「父さんもお帰りなさい!夕餉ゆうげ楽しみだね。灼弥しゃくやも、輝弥かぐやも、いっぱい食おうな‼」

「はい、兄上」

「はい、兄様」

灼弥と輝弥は、弥の年子の双子である。灼弥は、剣術・体術・焔術を得意とする。輝弥は、元・焔術師の祖母と、現・焔術師の母の力を濃く受け継ぎ、焔術の威力は絶大である。小太刀術と暗殺術は父から修行をつけてもらっている。

……少しすると、大鍋で、何やら煮込まれたものが置かれた。

「……あのさ、母さんと、ばあちゃん山菜取りに行ったんだよな……?」

「えぇそうよ」

「んだよぉ……」

「天婦羅とかじゃないの⁉」

「ほら、よく見なさい、コゴミ、ゼンマイ、タラの芽、ワラビが浮かんでいるでし   ょ」

「鍋の具の要は何が入ってんだ……?」

「冬籠り明けの熊よ」

「……"え」

「冬籠り明けは、気が立ってるからねぇ、大丈夫だったかい?」

普通に聞く父、

「ぃやぁ……旨味が出て美味しいねぇ……」

ぉい、じいちゃん

「私とおばあちゃんの焔術があれば即死よ」

ニコニコしている。

「でも毛皮が燃えちまって残念だったね……」

「売れば良いお金になったでしょうね」


夕餉が一通り落ち着くと、父が言葉を掛けてきた。

「弥、夕餉が終わったら、庭に来なさい」

「はい」

腹は八分目に満たし、庭に赴く

「来たね、上を脱いで、目隠しをしなさい」

暗殺術の修行だ、今夜で最後だ。父からの修行は単純だ。目隠しで視界がさえぎられた状態で父の持つ一尺(30cm)の竹棒をかわす、ただ手で払ったり、弾いてもいけない、跳ねて避けてもいけない。文字通り、地に足を着いたままかわすのだ……

父の攻めは、突きを中心としてくる。音が聴こえず、且つ、急所を狙ってくる。対する俺の対応真後ろに引けば、踏み込んだ父に殺られる。ならば体裁さばきで、かわす。右足、左足のどちらかを軸にして、突きを躱す。微かに聴こえる父の脚の踏み込みの音を拾う。初手、軸足を右に乗せ躱す、二手目、軸足を左に乗せ躱す、三手目「ゲシュ‼‼」父が左のかかとで地面を踏み込んだ!回し蹴りじゃない‼右足からの前蹴りだ‼

 蹴りが上段・中段・下段か判断つかない、ならば後ろに引く、刹那せつなに、追い打ちの突きが来る‼ならば、下段の足払いで迎える‼

「ぃでぇ‼ぁちち」

父さんがひっくり返っていた。

「ぃやぁ……ここまで読めるようになってたんだね……へへ、さすが」

「父さん、ありがとう御座いました」

「とりあえず僕からは、「殺知さっち」の伝授を終えて、暗殺術は、免許皆伝めんきょかいでんだ。もう弥も元服かあぁ、早いな……時とは、さて、剣術は、じいちゃんから、焔術は、あの二人から修めなね。ところで明日は「御塩の婆さん」とこ行くんでしょ?」

「”あぁ、そうだ‼ごめんね父さん、おやすみなさい‼」

弥は脱兎の如く走り去った……

「あら、もうあの子を免許皆伝にしたの?」

「もう、十分と判断できたよ、天は二物を与えずと云うが、あの子は、三物も四物も持っている」

「身内には優しいの?」

「そんな訳あるか……息子だから、殺す気で修行をつけてたよ……たとえ身内でも息子でも容赦はしなかった」

「それはなんで?」

「親父も僕も、あいつも焔を司る「七曜」の血を受け継いでいるからさ」

「……でしょうね、まだ力を開放しきれてないんでしょ?相手してあげるわよ」

「手合わせは、五年振りかな、よろしく」

 良い試合だったが、ブチ切れた嫁さんの上位爆焔術で死合いは終わった。


 翌朝、弥は「塩婆しおばあいおり」へ向かっていた。塩婆こと塩のばあちゃん、「光波みつは」は、塩之祇郷しおのぎのさとの元・かんなぎである。今のかんなぎは、孫娘の阿瑠華あるふぁが継いでいる。阿瑠華は郡では珍しく、美しい銀の髪に、左眼は蒼、右眼は翠の美しい少女である。

 そして、ここ「御塩みしおの庵」が、弥の働き先である。庵の眼前には「御海みうみの池」がある。塩婆が女神めのかみの力で、浄化している弥は、御池の御海を汲み、柱に登り、三十三尺(10m)あり、縦に格子状に組まれたやぐらの上から、御海水をかける。陽光に当たり水分が飛ぶ。その作業を何十回と繰り返すと、やぐらの元には、濃い塩水が溜まる、溜まった御水を、庵の中にある、六尺(180cm)ほどある鉄釜に注ぎ、薪をべて、底が焦げないように、じっくりと煮立たせ、水気を飛ばす、その際に出る上澄み液は「にがり」と呼ばれ、豆腐を作る時には、欠かせないものだ。米を炊くときに数滴入れるだけで、抜群に旨くなる。

そして櫂棒で、ゆっくり、ゆっくり混ぜ、水分を飛ばせば

  「塩之祇郷しおのぎのさとの水神様の御塩」

の、完成だ。驚きだが塩之祇郷の一番の稼ぎ頭は「ばばあの塩」らしい……御国中から珍重され、貴族は食事に使い、神職からは「御払いの御塩」として、重用されてるらしい、とはいえ冗談抜きで、この塩のすごさは驚く。

 俺が五つの時、父さんが、ばばぁと俺を引き合わせてくれて、働いて十年か……

給分きゅうぶん=給料は安いが、阿瑠華の旨い飯が食えるし、塩婆から、学問と体術が習えるのは、本当に有難い!」

 阿瑠華が昼餉ひるげを持ってきて

「どうぞ、弥様、召し上がれ」

身体を芯から使い果たした弥には、女神めのかみのありがたい一言であった……


ある別の日、遊兎ゆうと 雪乃ゆきのが、塩婆の夕餉ゆうげに招かれていた。雪乃は、俺の幼馴染で、俺の家と、雪乃の家は、かなり昔から仲が良い。

 昔、雪乃の高祖父の代、身内におとしいれられ、賢正郡けんせいのこおりから逃れてきた遊兎一家を、当時の郡将、有栖 炫弥げんやが保護した。雪乃の高祖父・和朝かずともに才を見出した炫弥は重臣に取り立て、それに応えるべく活躍・功績を数えきれないくらいあげ、副将にまで上り詰めた傑物である。


「雪乃様、どうぞ、お召し上がりください」

「阿瑠華、御食みをしありがとう御座います。頂きます……」

食事が進み、塩婆が話し出す。

「ところで雪乃よ、お前さんは、もう自分の出自くらいは、知ってるんだろ?」

「ええ、まさか私が七曜なんて……」

雪乃は箸を置いた。

「七曜も七曜、賢正郡けんせいのこおりの嫡流なんだよ。「月曜の七曜」で守護神は「罔象女神みつはのめのかみ」そして高祖父が、ちゃんと天具「蒼月華」を何とか持ち出し、代を経て、そなたに繋いだ。よくあの状況で護り抜いたか……」

「えぇ、でも高祖父の代で、御家騒動で追い出されて、今更蒸し返しても……へへ」

「……はあぁ、お前さんね……今のあのボンクラどもの政では、こおりは潰れるよ、間違いなくね……民草の反乱か、他の郡に喰われるか、西の大陸に付け込まれるか……どの道、死に体だね。そうだ雪乃、ワシの依頼を受けてくれないかい?頼み事だよ」

「ぁら、おばあちゃんが頼み事なんて、珍しいわね、何するの?」

「なに簡単さ……」

婆は、ニコリとし、

賢正郡けんせいのこおり杵築郷きねつくのさとにある、神殿「月虹殿げっこうでん」で「天扇・蒼月華」の是認の主になってきておくれ。そうすれば、お前さんの嫡流の正当性の証になるし、わしにも助かることが多いんじゃよ」

「……はあぁ、?天扇・蒼月華の是認の主⁉何言ってるの、おばあちゃん⁉」

「そんなに難しい頼みじゃあるまいて……」

婆は茶をすする……

「あんなとこ、一人じゃ無理だよ……」

「そばに利口なイヌがおるじゃろ」

「⁉、え、弥を連れてって良いの⁉」

「あぁ、話は通しておくよ……」

(イヌ、即ち弥って、こ奴ら、どういう間柄なんじゃ……)


  そして次の日、……

「ジイちゃんと父さんから、話は聞いたが、……なんで俺がお前の旅に?」

「御塩のばあちゃんと話したら、そうなったの‼」

(俺は蚊帳の外か……まぁ良いか、お陰で業物の刀を貰えたし、しし)

「んで、とりあえず、どこに行くんだ?」

「先ずは北に向かって、水沢郷みずさわのさとね‼」

 一夜明け、二人は出立した。雪乃の後ろを弥は、ノコノコ付いていく……

「……弥……迷ったわ……ここ……どこ?」

(簡素な地図も書かず、方角も分からんとは陰陽師じゃあるまいに……)

「……ぃや、俺が聞きたいわ……まぁ海を渡ってないから、彌榮いやさかの何処かだろうな」

すると草むらから「ガサり……」と音がし、瘴気が漂う。禍忌まがきだ。雪乃は戦慄わななく、六尺(180cm)の体躯たいくはある、狼の禍忌。

「迷わずして断を下す‼‼ジイちゃんから貰った、妖刀・陽炎かげろうの初陣だ‼‼」

一閃で禍忌の狼のくびね飛ばした!

「よっっし‼皮は丁寧に剥いで、肉は干し肉にしよう。肝は薬になるって、婆さん言ってたな……御塩は、たっぷり使おう。瘴気が消え、匂いが消え、禍忌の肉も柔らかくする女神の塩」

「弥、肝とかの処理は任せて‼塩のおばあちゃんから、薬師の心得は授かってるから」

「ぉお、任せた」(さて、どこで野宿するかねえ)














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