何もかも失われた町

どれだけ歩いたのか分からないが、ようやく変化が訪れた。


目の前に、ひとつの町が現れたのだ。


しかし、町は奇妙だった。


建物はある。道もある。電灯もある。でも、人はいない。いや、それどころか、"音"がなかった。


ボクの足音ですら響かない。風の音もしない。まるで、この町そのものが"無"に飲み込まれたようだった。


ボクは試しに声を出そうとした。


「……」


出ない。


どれだけ叫ぼうとしても、声にならない。喉が震える感覚すらない。


「これは……どういうことだ……!?」


恐怖に駆られて、町を駆け抜ける。


そのとき、ある店の窓ガラスに映った"自分"を見て、ボクは凍りついた。


──ボクの顔が、"なかった"。


目も、鼻も、口も、何もなかった。ただの"のっぺらぼう"が、そこに立っていた。


「っ……!」


ボクは思わず顔を触った。でも、何も感じない。


そうか。だから声も出ないんだ。


これは"代償"なのか?


ボクは世界を戻すために、"自分の一部"を失っていくのか?


──もし、すべてを取り戻すまでに"ボク自身"がなくなってしまったら?


そのとき、町の奥から"何か"がこちらを見ているのを感じた。


影──あの時の影とは違う、もっと歪んだ何か。


ボクは再び走り出した。


行かなければならない。あの黒い塔へ。


自分が"何を失うことになるのか"を知る前に。

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