ボクだけどボクじゃない
──ボクは何かを失いながら進んでいる。
声を失い、感覚を失い、そして次は何を失うのか分からないまま、ただ足を動かす。
目的地の黒い塔への道はまだ遠い。それでも、前へ前へと歩みを進まなければならない。
次にボクが辿り着いたのは、見覚えのある街だった。
「……ここって、ボクの街じゃないか?」
見慣れた駅やコンビニ・学校がある。すべてが、世界から消える前と同じ場所にあった。ただひとつ違うのは、やはり人がいないということ。
ボクはふと、自分の家へ向かって歩いた。
家のドアは開いていた。リビングに入ると、食卓には食べかけの朝食が並んでいた。まるで時間だけが止まってしまったように。
そして、部屋の奥には鏡があった。
鏡に映るボクを見ると、さらに欠けていたのだ。
目も、口も、髪も、影のように消えている。まるで存在そのものが薄くなっていくように。
そのとき、リビングの奥で何かが動いた。
ボクは息を呑んだ。
──そこに誰かがいる。
それはテーブルの向こうに立っていた。
……ボクだった。
いや、かつてのボクだ。
顔があり、声があり、まだ何も失っていないボクがそこにいた。
ボクが一歩踏み出すと、それも同じように動く。まるで鏡を見ているように。
そして、ボクに向かって話しかけた。
「お前は、誰だ?」
──ボクは、誰だ?
返事をしようとしても、声が出ない。
鏡のボクは冷たい目でこちらを見ていた。
「お前はボクじゃない。ボクの姿をした、何かだ」
違う違う!ボクはボクだ!でも、それを証明する言葉がない。
鏡のボクは静かに言った。
「お前は世界を戻すために進んでいるんだろ?でも、それは本当にお前の意思なのか?」
──ボクの意思?
「……」
答えられない。
世界を元に戻したい。そう思って進んできた。でも、それは本当にボクが望んでいることだったのか?
もし、世界が元に戻ったとしたら、ボクは何を得て、何を失うのか?
──それが分からないまま、ボクは何かを失い続けている。
鏡のボクは最後にこう言った。
「進め!とにかく進め!だが、お前が最後に何者になっているか…それはお前の行動次第だ」
次の瞬間、目の前の景色が崩れた。
街が灰色に染まり、すべての形が崩れていく。
──気がつくと、ボクはまた荒野を歩いていた。
そして、黒い塔はすぐ目の前にあった。
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