何気ない「独り言」

視線を感じる夜が数日続いた。


最初は気のせいだと思った。でも、何度も何度も、背後から、あるいは建物の影から、誰かが見ている気がする。振り向いても、誰もいない。


なのに、確かに「いる」と思った。


試しに夜の街を歩いてみた。無人のコンビニ、無人の公園、無人の駅。どこも静まり返っているのに、背中にぴたりと張りつくような気配だけは消えない。


「……誰か、いるのか?」


思い切って声を出してみた。


しかし、返事はない。


でも、その瞬間、どこかでカサッと何かが動くような音がした。


ボクは息を呑み、ゆっくりとその音の方を向いた。


──ビルの屋上に、影があった。


暗闇の中、ぼんやりと黒い人影っぽいものが立っていた。そしてボクの方を見下ろしている。


「……!」


心臓が跳ね上がる。


ボク以外にも、人間がいた? でも、直感でそれは違うと分かった。あれは「人間じゃない」。


逃げた方がいい。そう思ったのに、足が動かなかった。


その影は、ゆっくりとこちらに向かって動き出した。


──その時だった。


『ようやく見つけたよ』


頭の中に、直接響くような声が聞こえた。


それは男でも女でもない。機械のようでもあり、生き物のようでもある、不気味な声。


視線を上げると、影はビルの端から真っ直ぐに飛び降りた。普通なら地面に叩きつけられるはずなのに、影はまるで空気のようにふわりと着地した。


そして、ボクの方へと歩いてくる。


「……お前は、誰だ?」


ボクは震える声で謎の影にそう問いかけた。


影はすぐ目の前まで来ると、ようやく姿をはっきりと見せた。


人間に見える。でも、目がなかった。顔の真ん中には、ぽっかりと黒い穴が空いている。


なのに、確かに「ボクを見ている」と分かった。


『お前は、ではない』


影はそう言った。


「どういうことだよ……!? じゃあ、他に誰かいるのか!?」


ボクの問いに、影はゆっくりと首を横に振る。


『そういうことではない。それは、お前がこの世界を滅ぼしただから』


──影はいったい何を言っているんだ?


頭が真っ白になる。


世界を滅ぼした? ボクが?


影はさらに続けた。


『よく思い出せ!お前がことを!』


思い出せと言われても、特に何も思い当たらない。でも、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。


──ボクが"願った"こと?


……それってまさか、あのことか!?


ボクは、数日前──世界が滅ぶ前の夜、寝る前にふとこう思ったのだ。


「世界なんて、全部消えてしまえばいい」


「ボクだけになれば、好きなことがなんでもできるのに」


あれは、ただの独り言だった。たまたま疲れていて、誰にも会いたくなくて、口に出しただけの何気ない言葉だった。


でも、それが──本当に叶ったのか?


「そんな……バカな……」


声が震える。足がすくむ。


影はただ、ボクを見つめていた。


そして、最後にこう言った。


『世界を元に戻したいなら、お前がそのを払え』


その言葉の意味を考える間もなく、視界が真っ暗になった。


──ボクが次に目を覚ました時、ボクは知らない場所にいた。

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