6. 賢者マーリンと不思議な水の機械

 猫にとって――いや、飼い主にとって、猫に水を飲ませるというのは、ある種の挑戦だ。


 ごはんは食べる。でも、水はなかなか飲まない。気まぐれなのか、はたまた理由があるのか……

 いや、理由なんて『気分じゃない』以外にあるの!?


 とにかく、猫に水を飲ませるのは一苦労なのだ。

 だからこそ、私たちは考えた。


「猫用自動給水器、買おう!」


 水が流れ続けるタイプのやつ。猫は動いている水が好きって、ネットにも書いてあったし!これでマーリンもゴクゴク飲む未来が見える……はず!


 そして届いた最新型の流水式給水機。さっそくセットして、廊下に設置。スイッチを入れると、機械の口からちょろちょろと水が流れ出す。

 それを見て――


 賢者マーリン、すぐさま反応。

 まるで賢者モードにスイッチが入ったみたいに。

 音に気づいたのか、テテテッと近づいてきて、水機の前にちょこんと座る。

 尻尾をきゅっと自分の体に巻きつけ、背筋をしゃんと伸ばし、まるで茶道の見学に来た子猫のような完璧な座り姿。


 そのまま、じーーーーーーーーーっと、水の流れを見つめる。いや、その集中力どこで手に入れたの!?


「ちょっと待って、もしかしてマーリン、この水機をエクスカリバーの湖だと思ってる!?」


 頭の中で、給水機からキラキラ光るエクスカリバーが浮かび上がり、マーリンが賢者っぽく見守る姿が完全に魔法使いっぽく見えた。


 私と同居人は、その様子に内心ガッツポーズ。

 頭の中では『やったぜ、マーリン水分補給計画成功!』って勝利宣言してた。


「いいぞ、マーリン! 興味あるってことは、もう飲む気だよね!?」

「これで水分不足の心配、しなくて済むね!」


 ……しかし。

 飲まない。

 見てるだけ。

 延々と、ただ見てるだけ。

 いや、賢者なら何か賢いことしろよ!?


「……まあ、今はまだ喉乾いてないのかもね?」

「うんうん、そのうち飲むでしょ~」

 私たちはそのまま日常作業に戻った。


 20分後。


「……あれ? マーリンどこ行った?」

 姿が見えない。どこかに移動したのかな?

 と思って水機の方をのぞくと――


 いた。

 まったく同じポーズで。同じ位置で。いや、置物かよ!ってくらい動いてなかった。

 ずっと水を見てた。


「そんなに楽しい……の?」


 もしかして、賢者マーリンにとってこれが瞑想タイムなのか……?

 と、つい聞きたくなるくらい、ガン見。飲む気配ゼロ。


 その後も、マーリンが水を自分から飲む場面には、あまり遭遇しなかった。


 でも、不思議なことに――

 給水機に水を補充しようとすると、どこからともなく「シャッ」と飛んでくる。

 棚の上だろうが、クッションの山の向こうだろうが、障害物なんて関係ない。

 音を聞いた瞬間、ぴょんっ!と身軽に跳び出してくる。


 平時はのろまで、普通の猫の0.8倍くらいしか動かないマーリンなのに、その瞬間だけはまるで忍者みたいに速かった。


 ――いや、ヴィヴィアンを呼び出す魔法師みたいに速かった。


「マーリン、もしかして水入れる音を『ヴィヴィアンの召喚呪文』と勘違いしてるんじゃない!?」


 目的はただ一つ。


「水を入れるところを観察する」こと。


 いや、飲む方が大事だろ!?

 興味の対象は「水」じゃなくて、「水を入れる瞬間」だったらしい。


 しかも、もし水がちゃんと流れてないと、マーリンはめちゃくちゃ気にする。

 流れが止まってると、水の出口に前足を入れてツンツン……いや、ズボッ!と詰めてくる。

 いやいや、それで直るわけないじゃん!?


「おい、流れてないぞ。点検だ。」みたいな顔で見てくるその姿が、まるで「エクスカリバーを守る湖の管理者」みたいだった。


「マーリン、君まさかこの水機をヴィヴィアンがエクスカリバーを預けた聖湖だと思ってるの!?」


 給水機にこんなに真剣に向き合ってる猫、初めて見たよ……。

 というわけで、今のところマーリンにとって「給水機=飲み物」ではなく、

 **「神秘的な装置」もしくは「監視対象」**らしい。


 ……でも、それでもいいかな。


 今日もまた、ちょこんと座って水の流れを見つめるマーリンの背中は、やっぱりちょっと賢者っぽかった。

 いや、もしかしたら本当に賢者で、この給水機がアーサー女王にエクスカリバーを授ける湖を預かってるのかもしれない……なんて、妄想が止まらなかった。


 そのうち飲んでくれたら、それでいいよ。うん。

 私はマーリンの頭をそっと撫でて、そう呟いた。

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