5. 入浴大作戦


病院で診察を受けた帰り道。


マーリンのお腹がぽっこりしていた理由はただの消化不良だったけど……新たな問題が発覚した。


ノミ、発見。


アーサーにも、マーリンにも、しっかりと住みついていた。先生曰く、「駆虫薬を飲ませて、さらにスポットタイプのノミ駆除薬を滴下してください」とのこと。


そして、できればシャンプーも。


――つまり、ふたりをお風呂に入れるってこと!? いやいや、私たちにそんなスキルあったっけ!?


帰宅後、私と同居人はスマホを片手に「猫 お風呂」「猫 洗い方」などを検索。


ネットの声はどれも同じだった。


『いや、ちょっと待って、こんなホラー体験談ばっかりって何!?』と心の中で叫んだ。


「猫のシャンプー=地獄」

「血を見る覚悟を」

「逃げる・叫ぶ・暴れる」


……終わった。


私は彼女と顔を見合わせ、無言のまま大きくうなずいた。


「覚悟はいい?」


「うん。アーサー女王と賢者マーリンに、いざ決戦よ。」

彼女はスマホを置いて、まるで剣を抜くみたいに気合を入れた。



最初のターゲットはマーリン。


お湯をぬるめに張ったバケツにそっと入れてみると……「にゃーっ!!」と一発、悲痛な叫び。

でも、それだけだった。暴れることもなく、ただ鳴くだけ。


なんか『お風呂嫌いー!』って訴えてるだけみたいで、ちょっと可愛かった。


……意外と平和。


むしろ浴室の外から聞こえてくるアーサーの声の方が大きかった。


「……めぇぇぇ……」


えっ、何今の? 羊??


一瞬、アーサー女王が羊の国から来たのかと本気で疑った。


明らかに「にゃー」じゃない。明らかに「メェ」だった。アーサー女王、鳴き声まで個性派。


洗い終えたマーリンは、タオルでざっくり拭いた後、書斎の段ボール箱(急造のベッド)にふわっと寝かせた。


……すぐ寝た。きっと疲れてたんだね。


そしていよいよ、本日の大ボス――アーサーの番。


正直、マーリンがあれだけおとなしかったから、アーサーも案外……と思ったけど、


「冷静すぎる。」


いや、女王ってこんな無抵抗でいいの? 威厳どこいった!?


無抵抗。静か。鳴かない。


……だけど。


「めっちゃ汚い!?」


洗ってる最中にお湯が、なんかいきなり真っ黒に変わっていく。


「えっ、ちょっと待って、君そんなに汚れてたの!?」


見た目は普通の茶トラなのに、流れる水が黒すぎて、まるで魔法みたいだった。


「アーサー……これは女王としてどうなの……」



問題はその後だった。


風呂上がり、ふたりともタオルとドライヤーを全力で拒否。逃げる、隠れる、睨む。

なんか私たちの方が悪者扱いされてる気がしてきた。


「……まあ、乾くまで放置でいっか。」


そんなわけで自然乾燥に任せることにしたのだけれど――


ふと見ると、マーリンがアーサーの頭をひたすらペチペチ叩いていた。


「な、なにしてるの……?」


一瞬、マーリンがアーサーを教育的指導してるのかと思った。


よく見ると、アーサーの毛の中に――


「ノミ!!」


慌ててアーサーを抱き上げ、密歯のノミ取りコームで毛をとかしてみる。


1匹……2匹……3匹……


「うそでしょ……」


手が震えてきて、もはやノミハンターになった気分だった。

気づけば30匹以上のノミを駆除。


「小さな体に、どんだけ抱えてたのアーサー女王……」


その後、念のためマーリンも梳いてみたけど――一匹もいなかった。


「……全部アーサーに吸い寄せられたの……?」


まさかのノミ吸収体質? 王の器が広すぎる……。

いや、広いのはいいけど、ノミは遠慮してほしいんだけど!?


こうして、我が家の猫育てはまた一歩、カオスの道を歩み始めたのだった。

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