呪いの雑貨屋さん

夜ノ烏

呪いの雑貨屋さん

 親友を殺さないといけない。


 私は焦っていた。

 何とかしないと、このままでは彼を盗られてしまう。


 冗談じゃない。生まれた時からずっと好きだったのに。

 そんなことになったら、私は生きていけない。


 ――二度と現れないように。

 最悪、殺してしまうことになったとしても。


 何か方法を探さないと。

 どんなやり方でもいい。


 でも後のことを考えれば、私の仕業とバレないことが重要だった。


 そんな方法を探しているうちに、ネットで見つけた噂話。

 わずかな情報を頼りに、この雑貨屋へとやってきた。


 ここでは呪いの品を売っているという。

 私にとって、理想通りの品物だった。


 「ひっひっひっ。お嬢さん、その本が気になりますかぃ?」


 低くしゃがれた声がして、振り返る。

 

 そこには腰を曲げ、杖を突いた小柄な初老の男がいた。

 頬を歪ませ不気味な顔で笑っている。


 服装は全く似合わない、おろしたてのような白いスーツ。

 その見た目が男を、余計に気持ち悪く感じさせる。

 

 薄暗い店内は、どこをみてもボロボロだった。

 壁紙は剥がれ、床板は変色しめくれあがっている。


 目につく至る所に埃がたまり、棚には様々なものが乱雑に並ぶ。どれも私にはガラクタにしか見えないものだ。


 ふと、視線を感じて、ぞくりと身体が震えた。

 店の中を見渡してみれば、蜘蛛の巣が張られた部屋の隅。


 そこに鎮座する、西洋人形が虚ろな目で私を見ていた。

 ……気のせいだ。たまたまこっちをむいているだけ。


 そう自分に言い聞かせて、人形から目を逸らす。

 

 ここは雑貨屋ではなく、お化け屋敷だ。

 空気さえも、重々しくよどんでいる。


 けれどその、不気味な雰囲気が、逆に商品の信ぴょう性を物語っているような気がした。

 

 「あたしの店の品物は、どれも効果抜群です。お使いになるなら、よくお考えを」


 「……これ、本物なの?呪いだなんて」


 私が手にした本。それを呪いの書だと男は言った。


 「えぇ、もちろんで。あたしは嘘は言いません。結果にも責任はとれませんので。ただ、お嬢さん――」


 ごくりと、喉を鳴らす。

 男の言葉はもう耳に入っていなかった。


 「これがあれば、誰にも気づかれずに遥を」


 想像して身体が震えた。

 この本で、自分は何をしようとしているのか。

 どうかしてしまったのかもしれない。


 親友を、呪い殺してしまおうと考えているなんて――。



 

 気付いたのは一週間前だった。

 

 楠ケ谷栞くすがやしおりには秘密がある。


 一つ年上の、実の兄が好きなこと。

 楠ケ谷拓海くすがやたくみに、異性として好意をもっている。


 絶対にバレてはいけない秘密だ。

 その時がくるまで、誰にも知られてはいけない。


 「ま~た拓海さんの話してるよ。お兄さん好きだねぇ、栞」


 「な、何言ってんの!? そんなの」


 あたり前じゃないと言いかけて、ギリギリで飲み込む。

 冗談でも違うと言えない自分が、恨めしくて誇らしい。

 

 「ここまでブラコン拗らせた妹もつと、拓海さんも大変だわ」


 窓際にある私の席でお弁当を広げて、他愛もない話をする。

 そんなお決まりの昼休み。


 彼女は私の親友『澤田遥さわだはるか』だ。


 校則違反ギリギリの淡い茶髪は、サラサラと美しく。

 薄く自然にのせた化粧は、もとが整った彼女の魅力を十分に引き出している。


 恵まれた容姿に加え、相手を選ばないサッパリとした性格。

 そんなだから、男女問わず人気だった。


 あとおっぱいが大きい。やるせない。すごく。


 「……なにしてんの? それ」


 「別に。ちょっと、格差社会について考えてた」


 胸に手を当て、実らない努力に眉をひそめる。


 遥は校内で一番モテる生徒だった。

 噂ではなく、私は身をもって日々それを体感してる。


『なぁ、楠ケ谷。俺の事、澤田に紹介してくれよ』


『マジで教えてほしいんだけどさ、澤田って彼氏いる?』


 先輩、後輩、同級生よりどりみどり。みんな遥目当てだ。

 

 「いや、直接聞きなよ。なんで私を挟むの」

 

 もうすっかり言いなれた常套句だった。

 顔も自動で不機嫌になる便利機能つき。

 

 でも、気持ちは分かる。


 兄さんがいない世界で、もし自分が男子なら。

 遥に絶対惚れてると思う。


 それくらい遥は、女の私から見てもいい女だった。


 けど遥は不思議なことに、彼氏がいたことはないらしい。

 特定の男子と仲良くしてるのも、見たことがなかった。


 不思議に思って聞いてみると、興味がないわけじゃない。

 ただ好きな人がいないだけ、ということらしい。


 だから場合によっては、一番敵視してたかもしれない。


 家で遥と兄さんがバッタリ出くわした時。

 私は心臓が止まりそうだった。


(最悪、遥の心臓を止めるつもりだったのは内緒の話)


 「お邪魔してます。お兄さん?」


 「あぁ、いらっしゃい。妹がいつも迷惑かけて悪いね」


 くすくすと笑う遥と、気恥ずかしそうな兄さん。


 なぜか二人とも、初対面と思えないほど自然に打ち解けていて。私だけが焦って、あたふたと殺意を募らせていた。

 

 けど幸いなことに、遥は兄さんの好みとは違ったらしい。他の男子たちのように、遥の事を聞いてきたりはしなかった。

 

 兄さん――拓海は、一言でいえば『いい人』だ。

 たまらなく愛しい。好き。


 そこそこ整った顔に、毎朝苦労してるくせ毛。

 毎晩鍛えてる引き締まった身体。身長は普通。体重は理想的。少しかすれた声は、聞いてるだけで身体が熱くなる。

 

 なにより世界で一番、私を大切にしてくれる。

 彼女が出来ても変わらない。


 拓海は完璧な兄さんだ。

 

 ただ、そこに『都合のいい』『どうでもいい』が含まれる。

 困っていれば放っておけず、いつも誰かに振り回されていた。


 可愛い。守ってあげたい。


 だからいつも、ロクでもない女に騙されてた。

 都合よく拓海を捨てたビッチどもには、いつか復讐したい。


 これはバレないよう、綿密に計画中だ。


 「あ。みてみて栞。校庭で――」

 

 初めては……寝ている間に奪っておけばよかったと後悔した。

 いまは最後になればいいかと開き直ってる。


 遥と拓海の初対面で感じた違和感も、調べたらすぐ納得がいった。二人のバイト先が同じだっただけ。


 念のため判明してすぐ、一か月の張り込みで確認もした。

 結果はシロ。問題なし。

 

 私にとって遥は安心安全。最高の親友”だった”。


 ――そう。過去形だ。


 「ぉ~い……ねぇって。栞、聞いてる?」


 「えっ? あぁ、ごめん。なんだっけ?」


 いつの間にか俯いていたらしい。顔を上げると遥が身を乗り出し、私の顔を覗き込んでいた。肌から、ふんわりと甘く香る大人びた匂いに、どきりとする。


 「やっぱ聞いてなかった。ほら、あそこ。教えとかないと栞は怒るからね~」


 やれやれと頬杖をつきながら、窓の外を指さす。

 数人に追いかけられ、校庭を走っている兄さんがいた。


(昼休みにご飯も食べないで、あの人はなにしてるんだろう?)


 聞き取れないけど、何か叫んでるみたいだ。


 兄の姿に考えてたことも忘れ、笑みがこぼれる。


 「ふふ。なにしてるんだろ兄さん。お昼おわっちゃうのに」


 「ほんとにね。なにしてるんだか」


 呆れたような声で呟き、遥はくすりと笑った。

 その横顔を覗き見る。


 頬杖をついたまま、眼を細めて微笑む元親友。

 そこに、知らない女の顔があった。


 息をのむ。その瞬間、時が止まったと錯覚した。


 暖かい陽だまりの中で、穏やかに微笑むその姿は、まるで一枚の絵画のようだ。その、あまりにも美しい横顔は、紛れもなく。

 


 ――恋する女の顔だった。


 

 このとき。私の中の、安心安全で大好きな親友は消えた。


 そして今。

 この本を使って、彼女に呪いをかけようとしている。


 迷いはあった。

 この本に出会わなければ、私は何もできなかっただろう。


 でも、もう遅い。見つけてしまったから。

 私は兄さんが欲しい。だから仕方ないんだ。

 

 男に本の使い方を聞き、店をあとにする。


 もう――後には引けなかった。



 ***



 少女が店を出た後。

 あたしは腑に落ちない顔で首をかしげていた。


(なにやら思いつめた顔で、出て行かれましたねぇ?)


 思えば初めから、ただならぬ雰囲気の少女だった。

 きっと何か悩みがあったのだろう。それはわかる。


 しかしなぜだ?

 だからなおさらわからない。


 なぜあの本を、あんなにも必死な顔をして持ち帰るのか。


 『だんな。わしは思うんだが』


 後ろで柱時計が喋った。

 驚かせてはいけないと、黙らせていた古時計。


 この店には意思のある品も多い。付喪神というものだ。


 「なんですかね? 言ってごらんなさいな」


 『あの女子おなご、だんなの話を途中から、聞いておらなんだぞ』


 ぽん、と手を叩く。

 あぁ、なるほど。それで合点がいった。


 少女は勘違いをしていたのだ。


 「どうりで。おかしな顔をなさると思った」


 『放っておいていいのかね?』


 「構いやしませんよ。他の品ならともかく、あれはどう使おうと問題ないでしょう」


 『やれやれだの。だんなが”呪い”の本などというから』


 柱時計が男を責めるように一度、ごーんと鳴った。


 「なんです? ちゃんとあたしは言いましたよ。どうも聞いてもらえなかったようですが」


 そう。あたしは説明していた。


 「力が強すぎて、み~んな幸せになっちまう、『まじない』の本だって」


 『……若い女子おなごに、呪いのろ呪いまじなの区別はつかんじゃろ』


 ため息交じりにそう言ったきり、柱時計は黙ってしまった。


 少女が持って帰ったのは、使う者と相手、みんなを幸せにする『祝福のまじないが記された本』だ。


 ここは呪いの雑貨屋さん。


 誤解されやすいが、のろいではなく。


 まじないの雑貨屋さんである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪いの雑貨屋さん 夜ノ烏 @yorunokarasu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画