第2話 『黄衣の王』
わたしが通う女子高は全寮制だ。寮は2人1部屋だが、わたしと相部屋になるはずだった学生は急に進路が変わったとのことで、入校を取りやめたらしく、わたしは1人で部屋に住んでいる。当初、引っ込み思案なわたしは内心ラッキーだと喜んだが、入校から約半年、そろそろ10月も終わろうとしている時期に、未だに周囲に馴染めていない今となっては、一緒に暮らしてくれる人がいてくれた方がよかったと恨めしく思っている。長い夏もようやく南半球に旅立ったのか、朝の空気も冷たさを感じるようになってきた。1人の自分には、ことさら冷たさが
別に、いじめにあっているわけではない。
ただ、友人や知人といった関係の人がいないのは確かだ。
1人で登下校して、1人で勉強して、1人で寮で過ごす。
開幕の友達づくりレースに乗り遅れてしまったわたしは、たぶん、このまま3年間、ずっと1人で過ごしていくに違いない。
午前中、ぼんやりした頭で授業を受けながら、わたしは今朝の9回目の夢のことをずっと考えていた。
9回目の同じ夢。
だが、夢の後半、猫耳の男性がわたしを救ってくれる場面が徐々に変化していることに、わたしは気づき始めていた。
男性のダメージが、次第に大きくなっている。
明らかに、疲労と傷が蓄積しているようだ。
そして、回数を追うごとに、最後にわたしの方に向ける瞳の色へ、寂しさと諦めの思いが強くなっている気がする。
特に、今朝の夢の彼の瞳は、まるで最後の別れを惜しむような惜別の念を帯びていた。
朝日を照り返す、金色に輝く彼の瞳。
実は、わたしには、その瞳に見覚えがある。
初めは半信半疑だったが、今では確信に変わっている。
何とかして、彼を助けなければ。
きっと、何か手掛かりがあるはずだ。
放課後、人もまばらな図書室の片隅で、わたしは一冊の本を眺め続けていた。
本のタイトルは『黄衣の王』。
この本を読んだ夜から、その後、9回も続く悪夢を見続けることになった。
元から本は好きだったが、1人で過ごす時間が増えてから、わたしの読書量は激増した。主にファンタジーやラノベ、ごくたまに、ホラー小説なんかも読んでみたりはしたけれど、この『黄衣の王』もかなり昔のホラー小説だ。
古い本なのでネタもカビが生えたようなものであり、別段恐怖は感じなかったが、妙に気持ちがざわついたことだけは覚えている。
でも、本当にこの本がきっかけなのだろうか……。
「女子高生にしては、ずいぶんシブい本を読んでるなあ」
「ぴっ!」
突然、耳元から響いてきた声に、わたしは思わず座ったまま飛び上がった。
何時の間にか、わたしの隣の椅子に一人の美少女が座っていた。
さらさらと流れるようなセミロングの髪の毛。銀縁の眼鏡の奥で怜悧に輝く切れ長の両眼。美しく整った目鼻立ち。笑うと耳まで割けてしまいそうになる薄い唇。
間違いない。
この人は……!
「あ、天津……キツネさん?」
「僕の名前と
いや、知らない方がおかしい。この学校で彼女を知らない人はいない。
通称、キツネさん。
今、学校は彼女の話で持ち切りだ。日々、彼女の件で話題が尽きることがない。
しかし、何故?
「わ、わたしの名前を知ってるんですか?」
「僕は全校生徒の名前とニックネームを把握しているのだよ。君は僕の大好きな『怪談』の著者、小泉八雲と同じ苗字だから覚えやすかった。ああ、ちなみに君はクラスのみんなから“ムージー”と呼ばれてる。可愛い呼び名だな」
む、ムージー!?
なんだそれ?
思わず、わたしの顔に苦笑が浮かんだ。
苦い笑いだったが、久しぶりに心から浮かんだ、笑顔だった。
「ところで、その本だがね。眉目秀麗な君にはとても似つかわしくない本だ。何故、君がそんな本を読んでいる?」
「び、眉目秀麗……?いや、わたしはそんな……。わたしのことは、ともかく……。実は……」
「実は?」
わたしみたいな地味な子とは違い、本当に見目麗しいキツネさんが、ずい、と身を乗り出して、わたしの顔を覗き込む。
思わず、赤面しながら
縮こまってしまったわたしに意味深な笑みを浮かべながら、キツネさんは『黄衣の王』をぱらぱらとめくりはじめた。
「この
キツネさんの言葉に、わたしははっとして顔を上げた。
「どうやら、ビンゴのようだな。何があったか話してごらん。場合によっては力になれるかももしれんよ。まあ、ここだと少なからず人目につくし、あらぬ
さあ、おいで!
そう言うと、キツネさんはわたしの手を取り、図書室からわたしを連れ出した。
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