忘れじの猫を夢に見て(「ウルタールの猫異聞」)

神田 るふ

第1話 9回目の夢

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 夢の内容は、ほぼ同じである。


 わたしは、夜の海の中を進む白い帆船に乗っていた。船の中に幾つかの人影が見えるが、真っ暗闇なので顔も容姿も伺い知れない。


 やがて、船は霧深い港にたどり着き、下船する人影たちと共に、わたしも港に降り立った。港を進むと、突然、わたしの前に巨大な門が現れた。門の両脇にはフードを被った人間らしき姿の門番が立っており、わたしが近づくと、門の奥を指さして導いてくれる。


 門をくぐり終えると、それまでの荘厳で神秘的な夢の雰囲気は一変し、わたしの眼前には、グロテスクな奇岩の群れが広がる洞窟のような景色が広がっていた。洞窟の天井には所々に穴が空いているのか、数条の弱々しい月の光が差し込んでおり、その光を岩に生えたコケがうっすらと反射して、洞窟の内部をぼんやりと、青白く照らし出している。


 その洞窟の中で、わたしは探し物を始める。


 それが何なのか、わたしには思い出せない。


 やがて、探し物を思い出しながら、捜索を続けるわたしの周囲に、不気味な人影が何体も現れてくる。


 月光に照らし出されたその姿は、わたしと同じくらいの身長で、確かに人間じみてはいるものの、手足の関節の長さは人間とは明らかに異なっていた。顔の構造も、目は深く窪み、耳は尖り、鷲鼻は歪んだ口唇まで達している。その姿はゲームによく登場する、小鬼ゴブリンにそっくりだ。


 彼らは斧や金槌といった原始的な武器を手にしており、それらをかざしつつ、まるでカンガルーのようにピョンピョン跳ねながら、わたしを追い立ててくる。

 逃げ惑うわたしは足がもつれ、倒れ伏す。


 怪物たちがわたしの周囲を取り囲み、それぞれが手にした武器を一斉に振り下ろそうとした時。


 一陣の白い風が、わたしを囲う怪物の群れを突き崩した。


 わたしの目の前に、近世ヨーロッパの軍服のような衣装を身に着け、フード付きの白い外套マントをまとった長身の人間が、長槍を手にして、立っている。


 襲い来る怪物たちに槍を振るい、時に傷つき、倒れながらも、男性はわたしを守るため戦い続ける。


 やがて、天井から射す光が青色からオレンジ色に変わろうとする頃、まるでその光を恐れるかのように、生き残った怪物たちは洞窟の奥に退散していった。


 男性は、よろめく身体を槍に預け、まるで杖をつくかのように槍を洞窟に突き立てながら、わたしの元を去っていく。


 その後ろ姿に、9回目の今回も、わたしは何事なにごとかを語りかける。


 自分で発した声なのに、わたしの耳には、その言葉が響かない。


 しかし、わたしの音無き声に男性は反応し、被っていたフードを脱いで、わたしの方へ振り返った。


 髪の毛は茶色。


 そして、その頭頂部には猫の耳がついている。


 安堵と寂しさの感情を宿した金色の瞳を見て、わたしが何か言葉を発しようとした、その時。


 夢は、何時もここで覚める。


 9回目の、今回も。

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