第60話ここが変だよ本圀寺と変。
「信玄公との賭事の事ですか?
そりゃ又古い話を、わざわざほじくり返して来たッスねぇ・・・。」
「本当にな。
まぁ、幕臣連中にとって
溜め息混じりに信吉の呆れに同意する秀吉。
「揚げ足を取るって事は、いちゃもんの類いって事ッスか殿?」
「まぁそう言う事よ小吉。
都で人気を博して時の人になっとる殿の、やる事為す事が幕臣連中には、どうも面白くないらしい。
直接陳情を受け持つ奉行をしとる、儂や明智殿にまで
深々と嘆息して天を仰ぐ。
陣所から本圀寺にゆっくりと向かう道すがら、今回の騒動の背景を小吉に話す秀吉。
ノッブの命に依り奉行に任命された秀吉は、主に
そうして秀吉達が列をなす陳情を捌いている反面、閑古鳥が鳴いているのが義昭や幕臣連中の居る、御所が再建するまでの間、幕府の仮御所となっている本圀寺である。
王城鎮護を朝廷より賜り、本来自分達が陳情を受けている筈なのに、全く誰も寄り付かない現状に幕臣連中は、「信長や秀吉達が自分達の役目を奪った」と怒り、抗議や嫌がらせを秀吉達にしている様だ。
「いやそりゃまぁねぇ・・・何代・何十年も都の統治をほっぽりだしてた上に、マトモに銭も無い無責任で
無駄足になるのが明白なんだし。」
呆れ顔でバカじゃないの?と呟く信吉。
「常識で考えればそうなんじゃが、お花畑な幕臣の面々はそうは思えんらしい。
ま、大方「陳情を受けて叶えた名声と実績は自分達のモノ、
信吉と同様の表情を浮かべつつ、
「それと同時に明智殿の分析に依ると、殿が堺の統治権や屋形号は欲しても、管領じゃの副将軍などの幕府の役職を、固辞して受け取らなんだ事も理由の1つらしいがの。」
肩を
「もしかして大殿様が、幕府の
「それもあるじゃろうが幕臣共は殿、いやお屋形様の
「良い歳扱いた大人が言う話じゃ無いでしょそれ?・・・見えるもクソもそら大殿様の立場からしたら、三好長慶の様に将軍の下風に立って、要らぬ気苦労をしたくないのは当然でしょうに。」
幼稚園児かよと心底呆れる信吉。
「ま、向こうと此方は立ち位置が違えば
そんな訳でどうにかこうにか、綾を付けたかった幕臣連中にとってお前の話は、格好の的だったちゅう訳じゃ。」
「それでわざわざ訴訟を起こしたと?」
「そう言う事じゃ。
お前を弱年と見て取って幕臣連中は、与し易いと思ったんじゃろうなぁ・・・。」
フルフルと首を左右に振って、意味深な視線を信吉に向けた。
そうこう話していると本圀寺に辿り着き、現在は室町御所が焼失しているため
そうして神妙に待機していると、向かい側に60近い老齢の爺さんが、ドカリと訴人席になる筵に座って信吉を睨み付け、弁護人席には懐かしの細川藤孝が無表情で座った。
そして弁護人席の後ろにゾロゾロと、此方側には森可成・丹羽長秀・池田恒興が、向かい側にも同じく3名が各自で床几を持って来て座り、中央の外階段の上がり口に明智光秀、上の信吉側の渡り廊下にはノッブ、反対側の渡り廊下には貴人風の色白なオッサンが座って、場が整った様である。
幕臣側は藤孝を除いて信吉を睨み付け、織田家側は一様に訴人の爺さんを、何故か憐れみの籠もった目でみつめていた。
(お?あれ?藤孝の兄ちゃんじゃん。
久し振りだなぁ・・・)
久し振りに会う旧知の人間に懐かしみを覚え、ぺこりと会釈する信吉。
信吉に会釈された藤孝は眉間に皺を寄せ、訝しげな表情を浮かべていたが、やがて何かを思い出したか、突然クワッと目を見開いて驚愕の表情を浮かべて、プルプルと体を震わし始めた。
「・・・さて、場が整った所で訴・「あいや待たれよ!此度の訴訟は此方の勘違いにて取り下げまする!」
「おいどうした細川!!いきなり貴様は何を言い出すのだ!?」
「京極殿!マズいです!
あの者を訴えるのは大変マズいのです!
京極と呼ばれた爺さんが、自身の弁護人である藤孝の発言に驚き、ワタワタする藤孝を怒鳴りつける。
結局、テンパっているのか「マズい」と連呼する藤孝を、傍聴席に居た他の幕臣連中が外に連行して退場させ、「弟が取り乱して失礼し申した」と、戻って来た傍聴人の1人・
そうした一連のバタバタが収まり、さぁ審議の開始といった所で、
「ホッホッホッ・・・大樹殿に何やら面白いモノが観れると聞き、居ても立っても居れず見物に参ったでおじゃる。」
如何にもな貴族風の笑い声を上げつつ、幕臣側の渡り廊下から、政敵の近衛前久が義昭に因って、関白の地位と都を追われた後、関白に就任した二条晴良のオッサンが現れた。
この晴良さん、前述の通り元は朝廷内に於いて、「反幕府・親三好派」のトップの存在で有ったが、長慶の死後の内紛によって
言葉巧みにちゃっかりと義昭に接近し、追放された前久の
それはさておき、
「さてさて
「あ、これはこれは二条様、お久しゅうございまする。
先代様の審議の際は松永様共々、ご助力ありがとうございました。」
ぺこりと以前の裁判沙汰のお礼を、信吉が感謝を込めて述べると、
・・・・・・バタン!
「もし二条卿!?誰ぞ!誰ぞある!二条卿が俄かに倒れられたぞ!!誰かぁ!?」
急に仰向けに倒れた晴良を慌てて介抱し、悲痛な叫び声を上げる光秀。
今現在、すったもんだの大騒ぎに付き、暫くの間お待ちください・・・
「・・・え~、これより審議を始め申す。
畏れ多くも大樹様及び
双方、神仏の前と同時に
始まってもいない間に起きた騒ぎの影響なのか、グッタリと疲れた様子の中、漸くといった体で裁判開始を告げる光秀。
(う~ん、小五郎さんも大変やなぁ。
普段の紳士然とした身構えが乱れてるわ)
自身が光秀の疲労源とは欠片も思わず、右往左往していた光秀に同情するゲス。
明智光秀・・・秀吉が天下人になる過程に於いて、悪い意味で重要なキーマンになる人物であり、「天下一の謀反人」と後世に謳われた、裏切り者界に於けるレジェンドである。
前世知識の先入観で初めて有った時、どんなヤバいオッサンなのかと思っていた信吉だったが、案に相違して丁寧な言葉遣いで物腰の低い人物であり、「セバスチャン」とか「ゴンザレス」とかと呼びたくなる、燕尾服が似合いそうな執事然とした紳士であった。
前世の幼少時に、実家の近所に旧華族の末裔(地元藩の藩主の子孫)の方が居て、高齢の爺さんにも関わらずピシッと背筋を伸ばし、自分の挨拶に綺麗な会釈で返してくれた、老執事と同じ雰囲気を持つ人物であり、リアル執事を見知っている信吉は、「ガチで執事(筆頭家臣)やん」と思ったのであった。
因みに、余りに光秀を観て秀吉の粗野さが目立つので、義父・山科言継に
それはさておき、
「え~訴人・京極
訴状を読み上げた後、信吉を観る。
「いいえ、亡き義輝公の名誉に掛けて事実無根にございます。」
「何を白々しい!」
「訴人、ちと落ち着かれよ。
して論人よ己の名誉ではなく、先代様の名誉に掛けてとは一体如何なる事か?」
憤りを見せる高吉を制し、疑問点を指摘して問い掛ける。
「はっ、ご覧の通り私は若輩者。
その当時は元服間もない、世間知らずの青二才も良いところにございます。」
自分を指差して年齢をアピールし、
「そんな若輩者の呪詛だの
幾ら何でも「死人に鞭打つ」が如くな、
首をゆっくりと左右に振って弁明した。
高吉の訴えを肯定してしまうと、前述した様に現状でさえ義輝は、時代背景的に世間から「小物に討たれた不覚者」という、不名誉なレッテルを貼られているのに、それに加えて「子供の呪詛程度に負けた雑魚将軍」だの、「ガキの謀にすら気付けなかった、オツムがガキ未満のパー将軍」の称号が、自動的に付与されてしまう為、流石に
「「「「「・・・・・・グクッ!」」」」」
異口同音な声を出し、顔を真っ赤にして怒りを顕わにする幕臣連中と、顔をバッと下げて俯く織田家連中。
前者の幕臣連中は綺麗に信吉に、己達の訴えをカウンターで返された上、言い募れば募る程、義輝の貶めてしまうので二の句が継げなくなり、歯噛みして唸っているのであり、後者の織田家連中は、自信満々に訴えて元主君を貶める事に気付かず、青二才且つ訴えた信吉に諭されて、漸く悟った幕臣連中の滑稽さに、笑いが込み上げて笑い声を押し殺した
((((グクっ・・・だ、駄目だ笑っては、笑ってしまうと色々と
必死に笑いを堪える秀吉達。
この場で笑って見せるのは、完全に幕臣連中を嘲笑するのと、同義でありアウトなので、リアル「笑ってはいけない」状態になっているのである。
因みにノッブも扇子で自分の顔を覆い隠しており、小刻みに肩を震わせていた。
「あ、後、蛇足かも知れませんが、訴えられた京極様も下手すれば、先代様以上の不名誉を世間から
「ガキの自分でも気づいたのに気付かなかった、自分は無能のバカで~す」と周囲から見なされるよと、心配そうに気遣う(風に装って追撃をする)ゲス。
ゲスの追撃に最前と同じく反論すれば、自分の無能とバカさ加減を認める事になるので、幕臣連中は沈黙して、プルプルと青筋を浮かべる事しか出来ず、織田家連中はプルプルと笑いを堪える事しか出来なかった。
プッツン逝くのでは?と思うくらい、赤黒く顔色を変色した高吉を余所に、
「呪詛や幇助に関しては取り下げ申す。
しかし、先代様の進退を賭事に使った不敬に関して、改めて訴えたく存ずる。」
高吉の弁護人である藤英が、別の論点を展開して訴え直した。
「ふむ、論人よ、訴人の弁護人の訴えを認めるか?」
「いいえ、申し訳ありませんが認めれば、大樹様の器量・度量を、貶める事になりかねませんので、認める訳には参りません。」
義昭の面子を潰す事になるから、無理と再び首を横に振る信吉。
「「「「なっ!?」」」」
「訴人側は静粛に。
論人は如何なる訳か述べよ。」
幕臣側を目線で制して理由を問う。
「はい、先だって大樹様は先代様殺害に、直接関与した
義昭の行いを心にも無くヨイショして、
「それなのに直接処か間接的にも関与していない、私や武田様を咎め立てて罪に問うのは、大樹様の度量・器量に深刻な疑義を世間に知らしめ又、武田様と険悪な関係になる要因となりかねず、却って大樹様の為にならぬと愚考した次第です。」
しれっと
「「「「・・・・・・・・・。」」」」
信吉の反論に黙りこくってしまう幕臣連中。
(駄目だこりゃ・・・初っ端から俺だけじゃなくて、信玄も当事者になる=敵に回すって考えにも至らないのかよ。
こんな
成る可くして成った事を理解した信吉。
「さて、訴人側よ、論人はこう述べているが、訴えを続けるか?」
「・・・・・・いえ、取り下げまする。」
口惜しげに取り下げを宣言する。
「では訴人側が全ての訴えを取り下げたとし、これにて閉廷とする。
大樹様、雅楽頭様も宜しいですな?」
閉廷を告げて両者に図る光秀。
「うむ、良かろう。」
「では私から。」
「はっ、雅楽頭様、何か?」
ノッブが物言いを付けた事に問い掛ける。
「京極とやら並びに幕臣達に問う。
お主らは「人の振り見て我が振り直せ」という、慣用句を知って居るか?」
「それは無論、存じておりますが?」
「では何故、お主らは此処に居るのだ?」
幕臣達に厳しい視線を投げかけた。
「は?意図が判りかねます。」
「お主らは散々先代様の非業の死を当て擦り、そこな信吉の罪科を問うておるが、間近に居って「先代様の死」を防げず、殉じもせずにのうのうと生き延びておる、お主ら自身の「不忠・過失」の罪科はどうするのかと、私は聞いておるのだ。」
察しの悪い幕臣連中の反応に、益々不機嫌になって問い掛けるノッブ。
「そ、それは不意の出来事にて!」
「お主らは先代様と共に、何度長慶の時から三好家と戦をしておるのだ?
遠く離れた儂でさえ、険悪な間柄だったのを知っておるのに、そんな敵をお主らが警戒しておらず、攻撃を受けただけの不用心の賜物、過失であろうがそれは。」
バッサリ言い訳を切り捨てて、
「我等は先代様の御遺命に依り、
「ほう、そうか・・・こうして無事に大樹様は、将軍におなり遊ばされたぞ?
遺命を果たした今、天下に
容赦なく責め立てる。
「そ、それはその・・・。」
「同じ先代様の事柄で有りながら、己の失態・不覚は糺さずにおき、他人を責め立てるのは道理が通るまい?
言葉遊びをしただけの信吉や、武田殿の罪科を問う以上、当然お主らも己の罪科を問われて服す、覚悟があるので有ろうのう?」
パシパシと扇子で手の平を叩きつつ、目線をせわしなく動かして狼狽する、幕臣達を睥睨するノッブ。
「・・・ま、良いわさ。
お主らが訴えを取り下げた以上、此方も事を荒立てるつもりは無い故。」
そう言ってスクッと立ち上がると、
「あ、そうそう。
ウチの奉行の行動に、アレコレと茶々を入れる者が居るそうじゃが、先の慣用句を理解しておる
ニヤリと京極達に笑いかけると、義昭に一礼して去っていくノッブであった。
こうして幕臣連中の妨害を完封したノッブは、復興事業の総責任者を、「貴様が居ればあのたわけ者共も、要らぬちょっかいは出すまい」と、信吉に命じて美濃に帰国。
ノッブの予想通り、ピタッと文句を言わない処か、細川藤孝等は「どうか今上陛下には、よしなにお取りなしを!」と、平身低頭詫びて来る程で有った。
そうしてノッブ達が帰国して、ほぼ信吉隊のみ残留し、平穏に迎えた12月末、
「申し上げます!一大事にございます!!
三好残党の兵約1万が阿波から堺に上陸!
堺より京に向かって進軍中!!
どうやら公方様が居られる、本圀寺を標的にしている由にございまする!!
急ぎ対策を!」
「・・・・・・・・・へ?」
風雲急を告げる急報が、信吉の許に舞い込んだのであった。
続く
太閤「便乗」立志伝 @iyomatuyama
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