第59話上洛して・・・会っちゃった。

「え~じゃあ本日もご安全に~!!」

「「「「「ご安全にぃ!!」」」」」

信吉の掛け声に、大量の野太いオッサン達の返事が木霊こだまする。


(しくしく・・・何で転生してまでドカチン建設関係やんなきゃいけねーんだよ?)

前世で散々観たむくつけき野郎共を前に、脳内でさめざめと泣く信吉。


1568年11月、信吉はノッブの「京の都復興プロジェクト」の主任者として、官位受領名ずりょうめいが「小進」だからという理由で、復興作業の監督役になっていた。


9月に南近江を制圧して京に上洛を果たした織田軍は、そのまま余勢をかって撤退する三好三人衆を追撃した結果、次々と河内・和泉・摂津国の国人衆がノッブに降伏し、10月末には近畿圏から三好三人衆勢を駆逐。


あっという間に山城国を含めた、近畿5カ国を制圧したノッブを観て、大和国にて三人衆と争っていた三好義継・松永久秀らは、ノッブの威勢に恐れをなし、自ら出頭してノッブに臣従。


上洛戦を開始して僅か2カ月でノッブは、尾張・美濃・伊勢から南近江・山城・河内・和泉・摂津・大和国と、中国地方の雄・毛利家をしのぐ10カ国もの広大な領地を支配下に収め、名実共に覇者となったのであった。


とはいえノッブが、実質的にガッチリ支配したのは山城国ぐらいで、南近江には甲賀郡に逃げ込んだ六角親子、地元・阿波国に逃げ帰った三好三人衆らが健在であり、両者は領地奪還・勢力の巻き返しを図って蠢動しゅんどう


又、降伏して来た河内等の関西の国人衆は、長年の中央の混乱状態により身に付けた、「長いモノに巻かれる=強者に逆らわずに家を存続させる」という習性によって、ノッブに表面上従っただけで心服をしておらず、大和も久秀を介しての統治=間接支配をしているに過ぎず、前途多難の様相をなしていた。


そういった情勢の中、ノッブは先ず真っ先に上洛ルートの安全確保、即ち南近江に残存する六角残党の仕置きに着手。


元々六角家は過去2度に渡る将軍親征に依り、窮地に陥ると南近江の南奥・甲賀郡に逃げ込んで、有名な「まがりの陣」と呼ばれるゲリラ戦を展開し、徹底抗戦をして敵を疲弊ひへいさせ、撤退に追い込んで窮地を凌ぐのが伝統となっており、そういった深い地縁から甲賀郡の代表格・三雲家は、六角親子を保護して支持し、織田家とは敵対を選択して六角残党の中核となっていた。


そして三雲家と同じく甲賀郡の東隣、日野郡の代表格・蒲生がもう家当主・蒲生賢秀かたひでも、籠城をしてノッブに抵抗の意思を示しており、南近江の北側=琵琶湖沿いの街道筋は勢力下に抑えているものの、南側の伊勢側は非常に不安定だったのである。


そういった不安定さは北伊勢と南近江を結ぶ、八風・千種街道の流通等にも悪影響を及ぼしており、不安定さを排除する為にノッブは、先ずは蒲生家の降伏勧告を試みて賢秀の義弟に当たる、北伊勢の豪族・神戸具盛かんべとももりを説得役に起用。


情に訴えさせて降伏させると、すかさず賢秀の嫡男・鶴千代(後の蒲生氏郷うじさと)を自分の娘婿にする事で、蒲生家をガッチリと自家に取り込み、日野郡を勢力下に置く事に成功。


観音寺騒動以後、南近江国人衆内で最も六角家を支持していた有力者且つ、南近江国人衆の信望が厚い蒲生家を準一門に取り込んだ事で、明確に「南近江の国人衆を無下にしない」事をアピールし、甲賀郡以外の国人衆からの支持を得て、南近江の情勢安定化にも成功したノッブであった。


そして同時に一部を除いて敵対の意思を示した、三雲家を始めとする甲賀郡の国人衆に対しノッブは、領内の商人に甲賀郡に向けての一切の交易や売買を禁止する、荷留め(経済制裁)を命じて発動。


甲賀郡の商人達を通行・滞在すら禁じて追い返し、領内から締め出したのに併せて、とあるゲスの発案による「同じ甲賀郡の商人なのに、何故か山中家領内の商人だけは通行・売買・交易が可」という、離間策も発動させて分断を画策。


甲賀郡のボス・三雲家に従っていた山中家だったが、ゲス発案の離間策により即座に裏切り者扱いをされてしまい、何時三雲家から攻撃を受けても不思議ではない状態に陥ると、たまりかねて前から親交のあった秀吉を介し、ノッブに降伏して臣従。


そうして甲賀郡の南、南近江から鈴鹿峠の出入りを管理する、山中家が織田方になった事で、ほぼ流通が遮断されて経済封鎖を掛けられた、三雲家を中心とする六角残党は、深刻な経済停滞と疑心暗鬼に陥ってしまい、史実よりも勢力が大幅に衰えて縮小化。


結果、六角残党はジワジワと分断されていき、秀吉による調略勲功稼ぎの的となって自然消滅をしていき、史実では信長包囲網の一翼を担った勢力だったが、現世に於いては末期の武田家の如くに、まともに軍事行動がとれない有り様になったのであった。


その様に南近江の仕置きをすると、今度は南伊勢で抵抗を続ける北畠具教と、10月初頭に病死した義栄に代わり、新たに将軍となった義昭を介して講和停戦を持ち掛けて和睦。


和睦といっても実質は北畠の降伏であり、具教の娘がノッブの次男・茶筅こと信雄に嫁ぎ、信雄を婿養子として後継ぎにする事を強いられ、当主の具教は強制的に隠居させられて、厳しい監視のもとで軟禁状態に。


世継ぎだった嫡男・具房ともふさも、強制的に廃嫡させられた上に監禁状態となり、事実上ノッブは北畠家乗っ取りに成功したのである。


南伊勢を乗っ取りで鎮定したノッブは、次に北伊勢の神戸家にも蒲生家説得に成功した、具盛に男子がいない事を知って惜しみ、蒲生家と同じく準一門とするとして、三男・三七こと信孝を婿養子として送り込み、先に実弟・信包が中伊勢の長野家に養子入りしたのと併せて、完全に伊勢を直轄領に組み込んだのであった。


こうして本拠地・美濃から南近江・伊勢と、京への道筋をしっかりと固めたノッブは、応仁の乱以降、数々の将軍家絡みの変乱で度々被害を被り、時の支配者や将軍家も放置して荒れるに任せていた、京の都の復興作業を開始したのである。


当初都でのノッブは「※木曾義仲の再来」と噂され、都の人々は固く門扉を閉じて忌避していたのだが、例え一文でも盗んだり奪った者は、問答無用で身分に関わらず斬首に処すという、通称「一銭切り」の法令を布告して織田軍全体に通達。


法令を甘く見た愚か者達が容赦なく悉く、三尺1m(一尺=約33Cm)高い獄門台に首を晒す事になった事で、織田軍で乱暴狼藉を働く者は皆無となり、同時に都にも法令を布告した事から、盗賊の類いが京より逃亡して居なくなり、都の治安が劇的に良化。


そうした治安維持を主とした施策によって、今やノッブの都での評判は鰻登りであり、都の人々の引きも切らない陳情に、ノッブは家臣の木下秀吉・村井貞勝や、史実通り両属の士として織田家にも禄を食む事になった、明智光秀を奉行に任じて対処する状態になっており、具体的な復興政策を発表した事で、「ノッブフィーバー」が都で巻き起こっているのであった。


(※・・・本名は源義仲。

現代だと側妾そくしょう(側室)の巴御前の方が知名度が高く、モブ化している悲しい武将。

源頼朝・義経兄弟の従兄弟にあたり、頼朝達よりも先に上洛し、京に居た平家一門を追い落として征夷大将軍になった後、頼朝の命を受けた義経との戦で敗死。

京で放火・強盗・略奪・殺人といった、有り余る暴虐の限りを尽くした事から、近代まで「乱暴者」の代名詞となっていた。

因みに側妾の巴御前は、義経の側妾・静御前と同様、架空の人物な模様)


それはさておき、


そういった過程でジャンジャン金を注ぎ込んでいる、ノッブの復興プロジェクトだが禁裏の修繕を中心に行われ、徐々に公家屋敷から各町内へと復興される予定となっており、都はプロジェクトの特需に依り、大いに活気づいていた。


復興政策には織田軍の兵士を使うだけでなく、都の男性は建築部材である材木や石材の運搬、部材加工の補助といった人夫作業、女性は人夫や兵士に提供する食事の炊き出し、燃料調達(柴刈り)といった仕事に溢れ、「仕事があって働けば賃金が貰え、食い物にありつける」という状態になっており、食い扶持を得る事が出来たからである。


そうして始まったプロジェクトであるが、


(ヒ~ン!忙しいよ~!!)

毎日の様に発生するトラブルや、山の様にドンドン積まれる書類の処理に、脳内で泣き言を呟く信吉。


畏き辺りの御方が住まわれる御所禁裏の本格的な改修こそ、近隣から寄り集まった宮大工達を、木工寮もくりょう(現代で云えば国交省土木・建築課に相当)の役人や他の修理しきに一任し、ポイッと丸投げする事が出来たが、公家屋敷や庶民家の復旧作業を担当する事となり、要望というクレーム対応や工事過程の段取りに於けるトラブル、部材の仕入れの調達・調整に奔走する羽目になっていたのである。


俗に言う「割普請」と呼ばれる、家大工達を幾つものグループに分け、懸賞金を掛けてトップを競わせてスピードアップ、屋敷や民家はそれぞれ統一規格・間取りで建てて、作業効率化アップを図っているのだが、如何せん数が膨大なので洒落にならないのであった。


因みに「自分の所を優先しろ」とか、「こういう外見・間取りで建てろ」とかいう、何様なクレームに関しては容赦なく、「文句があるなら自分で建てろ」と復旧をせず、貴族・庶民の区別なく突き放してガン無視で対応。


グループ同士のケンカに関しては、妨害や資材を強奪・破損をした場合、「一文切り」の法令に従ってグループ全体が、連帯責任でクビちょんぱの晒し首、殴り合いの場合は問答無用で懸賞金の無い、延々と同じモノを製造する加工場送りにしており、元々加工場で従事している連中よりも、低賃金で働かせる罰を与える事で、人為的なグループ同士のトラブルが、ピタッと収まったのである。


人権だの労働基準もへったくれも無い、戦国時代でやりたい放題のゲスであった。


それはさておき、


(しんどいけど・・・今上陛下の御期待に応えなきゃな)

グッと握り拳を握って背筋を伸ばし、やる気を奮い立たせる信吉。


京に上洛して以降、義父の山科言継に「茶々に頼まれた」と言われ、銭風呂騒ぎで狐憑きと勘違いされた結果、伏見稲荷ふしみいなり等の寺社仏閣に度々連れ回され、ムニャムニャとお祓いをされていた。


因みにお祓いをした神主や坊さん曰わく、「冴えない中年男の霊が取り憑いている」らしく、その霊が悪霊の如く悪さをしているとの事で、前世の自分が悪霊扱いをされる事に、信吉は地味にダメージを受けていた。


そうして傷心を内心で抱えていると、


「婿殿、ちと付いて参れ。」

グイッと袖を引っ張る言継。


「いやもう良いッス義父様!

充分憑き物は落ちたッスからホンマに!」

仏閣参りをイヤイヤと拒否する信吉。


「いや今度はそっちではない婿殿。

良いから儂に付いて参れ。」

「はぁ、左様で・・・?」

半信半疑で追従して行く。


テクテクと言継に付いて行くと、木槌の叩く音やかんな(材木のデコボコや厚みを、削って整える大工道具)で材木を削る音の響く中、言継は躊躇なく御所に入り奥に向かっていく。


ドンドンと人の気配が減っていき、多少荒れてこそいるものの、玉砂利の敷かれた庭の様な所に辿り着き、「此処で静粛に待っておれ」と正座させられる。


「いやあの、此処は何処です?」

「畏れ多くも内裏だいりじゃ。」

「内裏!?内裏って今上陛下の私的な場所(居住区)じゃないスか!?」

キョロキョロと周囲を見回しつつ言継に尋ねると、言継の口から出たぶっ飛んだ言葉に、信吉は素っ頓狂な声を上げる。


言継のオッチャン曰わく、今上陛下はどうしても信吉に会って礼を言いたいらしいのだが、かといって信吉は官位が低くて昇殿が許される立場でなく、正式に面会するのは(ノッブでも)不可能なので、陛下から私的に呼び出しを受けた、中納言の言継の付き添いという形で御所に入ってはぐれてしまい、道に迷って信吉がうっかり内裏に。


そして連れ戻しに言継が来た際に、偶々急用で内裏から陛下が出廷する事となり、偶然的にバッタリと渡り廊下で会った・・・という筋書きの模様。


何でそんなまどろっこしい事をするのかと問い質すと、武家の棟梁である将軍の義昭でさえ、御簾越しに遠く拝謁するのが普通であり、今回の様に間近で拝謁するのは、五摂家レベルの破格の待遇の様で、下手にバレると色々と大問題になるらしいとの事。


「いやちょっと待って!?

急にそんな話をされても!?」

大慌てで身支度を整え始める。


そうこうバタバタとしていると、ギシリと廊下を踏む足音が近付いて来た。


(これっ!主上が此方こちらに参られておる!

平伏して畏まらぬか!)

「へぶっ!?」

言継にひそひそと窘められ、後頭部を掴まれて平伏する信吉。


ギシリ・・・ギシリ・・・


ゆったりとした歩調で近付いて来る足音が、ピタッと止まったと同時に、


「・・・おお、山科内蔵頭か。」

柔らかい声が信吉の耳朶じだを打つ。


「ははっ、主上に於かれましては、ご機嫌麗しゅう存じ奉りまする!」

「うむ・・・して、隣の者は?」

「はっ、この者は私の娘婿になる、木下修理めにございまする。

供として連れ立ったものの、うっかりはぐれて内裏に迷った由にて、平にご容赦を!」

あくまでも不慮の事故と主張して、意図的に後の問題を避ける体を装う言継。


「良い良い、不問に致す・・・そうか、お主が木下修理か・・・。」

「は、はは、ははい!左様にございます!」

テンパって呂律の回らない信吉。


「殆どの者が朕を見向きもせぬ中、お主の赤心の志は誠にありがたい。

そしてお主が朕に求めた事は、朕にとって心の支えになると同時に、己が沈鬱な心情を払拭する金言となったぞよ。」

そう言って言葉を切り、


「今の末世の如き世であればこそ、朕は笑顔で日の本の民を照らさねばならぬ。

日の本で1番贅を尽くしている朕が笑わねば、民が笑える筈もなし。

お主の言葉で朕は蒙が開かれた。

誠に感謝するぞ木下修理よ。」

現状でも貧窮に喘いでいるのをおくびにも出さず、己を1番の贅沢者だと言い切る主上。


「そ、そんな事はありませぬ主上!

私めが至らぬばかりに、主上には色々と手許不如意で御不便をお掛けしており、恐縮の至りにて!」

「何を申す内蔵頭よ。

報いる事が出来ぬ朕を見捨てず、私心なく朝廷に尽くすそなたや、赤心を以て勤王の志を捧げてくれる、そこな修理が居るのじゃ。

これほど贅沢な者は朕以外に居るまいよ。」

朗らかな笑い声を上げる。


(ぐわ~止めて~陛下ぁ~!

そんな清らかな発言されると、俺の内なる邪心が浄化されちゃうから~!?

ざ、罪悪感がグサグサ刺さってるのぉ!?)

平伏状態の脳内で、某「南の島の大王」的な気功波を受けて光と共に消滅する、敵キャラみたいな感覚を味わい、身悶えるドゲス。


最終的に「朕の笑顔はどうじゃ?」と、直接尊顔を拝す事を許された信吉は、気が付いたら言継に背負われており、気絶していたのであった。


(いや~やっぱり平成の上皇陛下や、令和の今上陛下の血筋だけあって(?)、破壊力がハンパないわ。

ノッブや殿が同じ事を言ったりしても、鼻で笑うか医者に連れて行くぐらいなのに、役者というか立場が違うと全然違うわ~)

ウンウンと頷いて自己完結し、さり気なく秀吉達をディスっていると、


「おい、小吉は居るか!」

噂をすれば影と言うべきか、秀吉が大音量で現場事務所になる、陣所に顔を出してきた。


「うん?どうしたんスか殿?

昼間っから色街へのお誘いです?」

「違うわ!アホかお前!

お前を連れて行けば即寧々に筒抜けになるのに、そんなバカを誰がするんだよ!?

それと殿の耳に入ると、下手な誤解を招くから止めろよ本当に!?」

そう言ってキョロキョロと不審者の如く、周囲を見回した後、


「とりあえず一大事が出来したから、儂と共に行くぞ小吉!」

問答無用でグイグイ引っ張る秀吉。


「はい?一大事って何?

つーか何で俺が?」

「お前が当の当事者で、お前の所行を訴えた幕臣が現れたからだよ!」

「へっ!?幕臣って義昭の家臣が?」

全く面識の無い連中に訴えられた事に、幾つもの疑問符を浮かべる信吉。


「一応だが、義昭「公」と言え義昭公と。

先代将軍・義輝公の時に、お前が武田信玄殿とした賭事を、どっかの拍子に知った幕臣達が、お前が義輝公を呪詛しただの、三好三人衆と結託しただのと騒いでいるんだよ!」

片手で信吉の袖を引っ張りつつ、残った片手で額を抑えて怒鳴る。


こうして信吉は、幕臣と義昭が巣くう拠点・本圀寺ほんこくじに、秀吉に引きずられつつ向かうのであった。


                  続く

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