第58話吹いて飛んだ六角と飛ぶ鳥落とす織田。

「小猿よ、最前さいぜん傅兵衛の申した通り、我が軍はようやく六角領に入って侵攻したばかり。

なのに何故、早期決着になると申す?」

厳しい目線で問い掛けた。


「はい、それはですね・「失礼仕る!お召しにより森三左、まかり越し申した!」

信吉がノッブに解説しようとすると、ガチャガチャと音を立てつつ甲冑姿の森可成が、本陣に現れてノッブに片膝を着いて畏まる。


「おお、よう参った三左。」

「ははっ、して如何なるご用でしょうや?」

「ふむ、前線はどうじゃ?」

先鋒である秀吉軍の後ろ、第2陣を担当する可成に進捗状況を尋ねた。


「はっ、小癪にも六角軍は、進路上に長きに渡って逆茂木さかもぎ(木製フェンス)を建てており、露払いをしている藤吉郎秀吉殿は、撤去に中々手こずっている様です。

恐らく少なくとも一刻2時間以上は掛かるモノと思われまする。

畏れながら詳細は藤吉郎殿を呼んで、直接問われるのが間違いないかと。」

何故自分に聞くのか?といった感じで、小首を傾げて報告する可成。


「うむ、まぁ進捗状況を聞いたのはついででのう、本来の用件は傅兵衛の事よ。」

「はっ?ウチの伜の事ですか?

何ぞ事を仕出かしましたか?・・・はて?近侍している筈の伜が見えませぬが?」

ノッブの用件を聞き、強張った表情で陣中をキョロキョロ見渡すも、当の本人が見当たらずに首を傾げる。


可隆を探す可成にノッブは、く斯く然々しかじかと初陣を果たす事を許し、秀吉軍に向かった事を告げたのであった。


「はぁ・・・殿がそう判断なされたのなら、某に異論はございませぬが。

しかしながら未だ戦は始まったばかり。

此度の戦が如何なる根拠で、早くケリが着くと仰るのでございましょうや?」

ノッブと異口同音に疑問符を浮かべた。


「だそうじゃ小猿、早よう答えよ。」

「え~とはい、因みに森様。

長く敷かれた逆茂木の向こう側にいる、敵の六角軍の兵数や様子はどうですか?」

「うん?あ~推測や目測になるが、周辺の国人衆達の所属兵と思しき部隊が、大凡おおよそ1千居るかどうか位の兵数で、未だ六角本隊らしき影は見当たらず、といった感じだな。」

小首を傾げつつも、信吉の問いに答える。


「この期に及んでも、本隊が来ていないのが答えッスね。

そもそものかのかは、はっきり解りませんけど。」

「はぁ?どういう事だ信吉?」

益々首を傾げる可成。


「長距離に渡って設置されている逆茂木は、枝木の伐採・回収・設置の工程を鑑みれば、六角は我が軍の進行路を予め、早くに把握していた事は想像に難くありません。」

「まぁ、それはそうであろうな。」

可成と共に頷くノッブ。


「つまりはそれだけのが有りながら、幾ら農繁期で兵の集まりが悪いとはいえども、六角本隊の先触れすら此処前線に居ないのは、戦術・戦略的にどう観ても六角はの一手を踏んでおり、六角家崩壊が確定しているからです。」

はっきりと言い切る信吉。


「何故言い切れる小猿?」

「それは大殿様自身が良くご存知でしょう?

往年の田楽狭間の際、敵の今川軍が強大と知りつつ、兵数で劣るのを承知で出兵なされたのは、何故でしたか?」

「それは無論前線である丸根まるねと、鷲津わしづの両砦が今川軍の攻撃を受けた故、救援せねば家臣達の・・・おお!そういう事か小猿よ!」

得心がいったとばかりに扇子で膝を叩いて、


「つまり逆茂木を設置する時間即ち、兵を集める時間が充分に有ったにも拘わらず、六角めは前線に後詰め援軍を送っておらぬ訳か!!

そう観れば南近江の国人衆達は、「六角が前線を」と見なし、各々おのおのが六角に不信感を抱いて自家の保身に走り、我が軍に対して抵抗しようとする国人衆など、居なくなるよのう確かに!」

ピシリと扇子で信吉を指す。


近代以降の国家単位で編成された軍=国軍とは違い、封建社会の軍隊は大名国王をトップとした直轄軍と、国人衆貴族が兵権を持つ私兵の混成軍で成り立っており、基本的に国人衆は自家の利害得失で動き、一族や領地を犠牲にしてまで、主家に尽くす様なはほぼ居らず、状況に応じて離合集散をするのが常であり当たり前であった。


そうした国人衆を大名が繋ぎ留める手段が、恩賞や領地安堵=功績に応じた報奨と、国人衆一家の存続と領地の所有の保障であり、敵からの攻撃を受けた際の救援ケツ持ち、即ち国人衆との信頼関係の構築であった。


これらを怠ると大名は、「君、君足らずんば臣、臣足らず(現代風な訳:マトモに給料を出さずに医療保険も掛けず、責任逃れをする様な会社なんぞに居られるか!ファ○クユー!)」と、あっさり国人衆社員達離反離職される為、大名会社にとっては死活滅亡問題になる事になるのである。


そういった理由でノッブも田楽狭間の際は、決して勝算が有って出陣した訳でなく、尾張国人衆の離反を防ぐ為に出陣しており、徳川家康の場合も最大の敗戦、三方原戦に於いて武田信玄の策略と理解しつつも、家康が籠城をしていた居城・浜松城を無視し、信玄が他城=国人衆の領地に向かっているのを観て、「見捨てたと見なされると、国人衆から総スカンを喰らい、武田に寝返ってしまいかねない、そっちの方がヤバい」と見過ごせず、慌てて籠城を解いて追撃。


そうして追撃に転じた結果、三方原に誘引されて大惨敗を喫した様に、如何に不利な状況下でも救援を出さないと、例え勝っても国人衆との間に深い溝ができ、相互不信に拠る内部崩壊になって、お家滅亡の要因になる事が多く、非常に重要な事であった。


因みにだが上野・武蔵国の国人衆の様に、普段は後北条に属して、上杉謙信が関東に襲来した際は上杉に寝返り、謙信が関東から越後に帰ると、再び後北条にころっと寝返るという、「表裏比興」の異名を取った真田さんばりの、変節的な行動をとる国人衆も居たが、

恐らく後北条とは「暗黙の了解」があったと思われるので、彼等は例外中の例外である。


それはさておき、


「ええ、大殿様が仰る通り六角は、大名としての義務を怠ったに等しいと同時に、国人衆には体の良い「逃げ口上」を与えており、精々各自が居城に籠城するぐらいで、マトモに召集令に応じて六角に組する国人衆は、殆ど居ないでしょうね。」

肩を竦めつつノッブの意見に頷く。


「うん?逃げ口上とは?」

「六角は国人衆に、「主家六角家でもする程に強大な敵に、我々が正面きって対峙出来る筈もなし、故に籠城して敵を引きつけるのが精一杯、召集に応じて兵を送る余裕も無し」という風に、召集令を断っても咎められない名分を、他ならぬ六角自らが作ってしまっているんですよ森様。」

国人衆の逃げ口上=言い分を解説する。


実際にノッブの南近江の侵攻に於いて、逆茂木の妨害工作以降、国人衆の中でマトモに抗する者は居らず、殆どが傍観に徹するか降伏しており、ノッブは六角家の居城・観音寺かんのんじ城や支城・箕作みつくり城に向けて、電車道(遮るモノが何も無い、一本道という意味)で進軍するのであった。


「戦術的にも悪手ですが、戦略的にも億万が一我々を撃退したとしても、その後に控えているのは無傷の浅井勢。

北近江との国境沿いの国人衆からは、確実に信望を失っていますので、先ず間違いなく前線が崩壊し、浅井にかなり押し込まれる事になる、悪手になっていますし。」

「確かに・・・敵ながら何故こんな愚行をするのか、理解に苦しむな本当に。」

敵の総大将・六角義治をなじる可成。


「まぁ、義治は後詰めを出したくても、出せない状況下みたいですけどねぇ。」

「はっ?いやいや三好は義栄側に回った事で味方になっていて、後背から突かれる恐れなどあるまいが信吉よ?」

「ええ、後背を突かれる事は無いでしょうが、内部即ち家臣達に依って往年の斎藤龍興の如く、土手っ腹を刺される居城を乗っ取られる危険性は有るようでして。」

再び肩を竦めつつ苦笑いする信吉。


「・・・ふむ?小猿よ、もしやそれは何年か前に有ったと風の噂で聞いた、義治に依る「家臣の誅殺騒ぎ」の影響か?」

「ええ、正しくその通りにございます。」

ノッブの問いにコクリと頷いた。


約5年程前に現当主・六角義治は、重臣で有った後藤賢豊ごとうかたとよという人物を斬殺しており、俗に言う「観音寺騒動」を引き起こしていて、六角家臣達から総スカンを食っていた。


秀吉が南近江調略の際に、国人衆から仕入れた情報によると曰わく、父・義賢承禎から家督を譲られ当主になった義治は、父の消極的な統治運営を嫌い、祖父・定頼の様に華々しい活躍をして名声を得たいと思ったらしく、将軍家と三好家との諍いに介入し、積極的な軍事行動を画策。


当然の様に六角家臣達に、史実で例えるなら江戸時代に、「享保きょうほうの改革」を行った祖父・徳川吉宗に倣って、孫の松平定信が起こした「寛政かんせいの改革」に、享保の改革で※えらい目に有った幕府の幕閣重臣が、悉く反対して失敗に終わったのと同じく、猛反対されて実現しなかった。


(※・・・表面上は幕府の財政を回復させた改革だが、実際は緊縮コストカット政策により公共事業が縮小。

公共事業の下請けの人足アルバイトで生計を立てていた、大多数の江戸庶民が失業・失職する事となり、当時飢饉も発生していた事で低賃金物価高や、失業者の増加で「安くしないと売れない・雇ってくれない」という、デフレスパイラル(物価・賃金・米が安くなり経済が停滞)も発生し庶民は困窮。

庶民の懐が空になった事で、庶民向けの店がドンドン潰れて景気が低迷。

扶持米を換金して収入としていた武士も、幕府が米相場に介入した影響で、乱高下が激しくなって収入の不安定化や、米の増産による米価格の下落=収入減を招くなど、庶民から武士まで悪影響をこうむり、江戸時代でも有数の不況を齎した。

そういった経緯で吉宗は、大層江戸市民に恨まれていたらしく、同時期に「開放公金注入政策」を行って、空前の好景気を名古屋に齎した徳川宗春むねはるは、死後に名古屋市民が宗春の死を悼み、自主的に喪に服した程慕われていたのに対し、吉宗の場合は死去が江戸市中に伝わると、江戸市中のあちこちで万歳三唱の声が湧き起こり、お祭り騒ぎになった模様)


事あるごとに益体も無い事を画策する、義治の軽挙妄動けいきょもうどうを諫めていたのが、先代・承禎と共に先々代・定頼の負の遺産の始末に奔走した、家老の後藤賢豊であり、賢豊は六角家家中全体の代弁者として、家中からの人望が厚い人物だった。


そうして義治の軽挙を止めていた賢豊を、疎んじると同時に家中の人望に義治は嫉妬し、遂には賢豊を斬殺する暴挙に出たのである。


余りに身勝手な暴挙に家臣達は怒り、義治処か隠居していた承禎まで観音寺城から追放。


そうした一連の騒動の結果、南近江は政治的な空白状態となり、それを浅井や三好に付け込まれるのを恐れた重臣達に依り、蒲生定秀がもうさだひでを中心に騒動の沈静化が図られ、騒動から約半月後に何とか収束。


結局義治は当主としての権限を、重臣達との合議制になった事でかなり縮小され、実弟・義定よしさだの子=甥を娘とめあわせて後々に、婿養子として次期当主にする事を約束させられたのであった。


そうした経緯で家中の信望を失った義治は、「宿敵・浅井打倒」を掲げて、何とか当主としての権威回復を試みるものの、戦では浅井長政に惨敗と悉く失敗しており、今では悠長に甥に継がせるよりも先に、弟の義定を当主にするべきではと、家中内では活発化している有り様である。


それはさておき、


「・・・とまあ、悲しいぐらい信望の無い義治は、何時何時いつなんどき家臣達に背かれて、当主の座を追われても不思議ではない、切羽詰まった状態の様なんですよど~も。」

「いや、それ・・・良く義治は当主で居られるモノだな?土岐様よりも酷いのに。

それにそんなガタガタの家中で、良く浅井に対抗する処か優勢になったな?」

信吉の言を聞いて絶句すると同時に、つい最近まで六角有利の状況下という、最早怪奇現象に等しい状態になっていた事に、驚嘆を隠せない可成。


「あ~まぁ、国人衆にとっても浅井は因縁が深く、目の上の瘤的な存在ですから、「打倒浅井」という方向性は一致しているんで、家中が一本に纏まっていたんスよ。」

共通の敵認識で纏まっていた事と、


「それに有利になったのも「怪我の功名」と言うべきか、義治が国人衆から指揮官失格の烙印を押され、朝倉宗滴みたいに優れた軍代が居ない分、自然と会戦を避けて消耗戦になった結果、地力に勝る六角の方がジリジリと物量の差で、しれっと優勢になっちゃった、って感じですねぇ。」

リアルに「事実は小説よりも奇なり」を知って、遠くを見つめる信吉。


「まさか義治が居ない方が、戦況が有利に傾くとは・・・有る意味で凄い。」

「上には上と言うべきか、下には下と言うべきか悩むっスよねぇ。」

「おい、小猿に三左。

長政にはその話を言うなよ?

最前会った時に義治に勝った事を、胸を張って自慢げに言っていたからな。」

三者三様の感想を述べた。


「ふむう、という事は小猿、義治の許には碌に兵が集まって居らぬ、という訳か?」

「ええ、今までの経緯と指揮官としての軍才の無さ、加えて将軍家絡みの戦という、南近江国人衆にとっては怖気おぞけの走る戦です。

好き好んで参戦する者などおりますまい。」

気持ちを切り替えて、信吉に問い掛けるノッブに肯定する。


「では逆茂木の向こうに居る国人衆は?」

「恐らく名門の残滓ざんしと言うか、落日の最期の灯火ともしびと言うか・・・。」

「・・・武門の意地、か。」

後詰めが無いのを承知で、自分に対峙する敵軍に切なげな視線を送るノッブ。


(まぁ、実際は殿がとっくに調略済みで、カッコ良く見せかけて、功績を高く積み上げる為の工作だけどな)

脳内でどす黒い笑みを浮かべるゲス。


予め定例会で言っていた様に、国境沿いの国人衆は秀吉が取り込んでおり、今彼等が居るのは秀吉サイドの功績作りと、国人衆サイドのアリバイ工作=万一織田軍が敗れて撤退しても、毅然と対峙した後にやむなく降伏したという、名分を作る為のモノであった。


「敵ながら誠に天晴れな気骨。

どうか寛大なお心をお見せするべきかと。」

「うむ・・・伝令!」

「はっ!これに!」

「猿に敵軍へ攻撃する前に、降伏勧告をするよう伝えよ!」

「ははっ!降伏条件は如何致しまするか?」

使い番がノッブに尋ねる。


「ふむ~・・・小猿、貴様ならどうする?」

「はい、私なら領地安堵に兵役免除とし、その代わりに周辺国人衆への、降伏勧告の呼びかけを提示しますが。」

「う~む、領地安堵は兎も角、兵役免除はちと甘過ぎやせぬか?」

眉根を寄せて呟いた。


「どの道此度の上洛戦では、南近江の国人衆は過去の労苦を思い出し、マトモに使い物になりません。」

「ふむ、無理やり加えて数が増えても、士気がだだ落ちに落ちるし、反発を買って後々の統治に支障が出かねんか。」

政治的リスクを勘案するノッブ。


「それに領地安堵・兵役免除の条件は変わりませんが、他の国人衆の降伏に際しては、別の条件を提示します。」

「ほほう、降伏勧告の呼びかけではなく、別の条件にするとな?」

顎をしゃくって続きを促した。


「なれば兵役免除を提示して、温情を示す代わりに兵糧供出を命じ、身近で補給を得る事で進軍速度を上げ、観音寺城に向かいつつ、国人衆の軽挙妄動を防ぎます。」

「ふむふむ、腹が減っては戦が出来ぬ。

無駄飯食らいになる兵を得るより、兵糧を吐き出させる事で、マトモに兵を動かせぬ様にして、進軍した方がマシか。」

口許に手を当てて、利害得失を計算する。


「・・・良かろう。

その条件で降伏勧告をする様、猿にしかと申し伝えよ!」

「ははっ!では御免!」

颯爽と去っていく使い番。


「あの~殿?それではウチの傅兵衛が、藤吉郎殿の陣営に行った意味が無くなり、初陣を飾る事も出来なくなるのでは?」

「・・・うん?あ・・・。

おい、小猿!?それでは貴様が言っていた、婚い・「わ~わ~わ~!大丈夫っス大殿様!

ちゃんと傅兵衛殿が、活躍出来る場面は有るっスから大丈夫!?」

ポロリと画策した事を漏らしかけた、ノッブの発言を遮り、誤魔化しに掛かる信吉。


「とりあえず傅兵衛殿には、前線で戦場の空気を感じて慣れて貰い、箕作城か観音寺城付近での戦は必至ですから、其処で活躍して貰う運びの予定ですんで!」

「ふむう、まぁそれなら良いが・・・。」

落ち着きを取り戻したノッブ。


「いやあのですね殿、私としては全然良くないのですけども?

ウチの倅を出汁にして、何かを目論んでいる様にしか聞こえないのですが?」

疑心暗鬼の目を向ける可成。


とりあえずどうにかこうにか、可成からの追及を誤魔化し、あっさりと降伏勧告に応じた国人衆に、周辺の降伏勧告をさせつつ進軍。


進路上の国人衆は次々と降伏して、供出された兵糧で現地補給をしつつ、一週間程で観音寺城付近に到着。


3千に満たない数の六角軍と対峙するも、戦オンチの義治クンの神采配により快勝。


箕作城に籠城した六角軍を、三日三晩に渡って間断なく、攻め立てて落城に追い込むと、六角親子は観音寺城を捨てて甲賀方面に逃亡し、半月足らずで六角家は事実上、滅亡したのであった。


そして件の傅兵衛こと可隆クンは、「忖度そんたくしろ」という信吉の指示通り、意を汲んだ慶次達が箕作城攻防戦に於いて、可隆に「一番首」を取る手柄を立てさせ、可隆クンは塩漬け状態だった、「婚姻報奨」を喜色満面のノッブから授かり、記念すべき第一号になったのである。


こうして紆余曲折ありつつも、異様な速さで南近江を攻め落とし、織田軍は京に進軍。


余りの速さに泡を食った三好三人衆は、防備も整わずに義栄を連れて京を放棄。


そのまま織田軍は入京し、あっさり上洛を果たしたのであった。


因みに信吉は、可隆の為に婚姻報奨を餌にノッブを釣ったものの、仲人役が秀吉夫妻だった事を綺麗に忘れており、責任を以て寧々姉さんに報告の手紙を書く事を、秀吉に命じられて頭を抱える事になったのであった。


                 続く

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