第57話ゴロ寝の上洛戦。
「・・・あ~暇だ・・・。」
遠くに聞こえる
1568年9月、ノッブ率いる上洛戦に参加している信吉は、暇を持て余していた。
先年に中伊勢の代表的存在の長野家が、北畠家から織田家に寝返り、長野家家臣団の「信長公の一門を当主に」という要望に応え、ノッブは史実通り実弟・
封じ込められた北畠具教は、松阪に近い
そして苦境に拍車を掛けるが如く、滝川一益を通じてノッブに恭順していた、
北畠の援助をほぼ失い、弱体化していた志摩水軍衆は、嘉隆と尾張水軍衆に敗れて降伏し、嘉隆を代表とした新生
逆に制海権を得たノッブは、尾張から海路で松阪に程近い、
加えて元々北畠とは、先代から支配権を巡っていざこざがあり、良好な間柄ではなかった伊勢南西部・伊勢神宮の商人達、宇治山田衆も今年の4月に入ってノッブに恭順を表明。
最早限られた地域の支配力しかなくなり、北畠滅亡が秒読みなのを見て取ったノッブは、攻略軍の規模を縮小。
織田家譜代の柴田・佐久間、軍監の丹羽等を引き上げさせて、一益を伊勢攻略軍の軍団長に任命し、嘉隆を副将格に任じて北畠攻略を一任したのであった。
そうして信吉から上納された軍資金を含め、秀吉からの提言を容れて着々と上洛戦に備え、軍備増強を行っていたノッブに、天から追い風が吹き込む。
5月、北近江の浅井長政から同盟の申し入れがあり、ノッブの要望通り北近江から南近江に、進軍が可能になったのである。
但し、流石に他家の軍勢通過の是非に、浅井家中でも否定的な意見が多かったらしく、人的保障(人質)として史実通りノッブの妹・お市が、長政に嫁ぐ事で決着がついた模様。
そして水面下で長政や家康と、上洛戦に向けての摺り合わせを行いつつ、越前・朝倉家に
2月にライバルの足利義栄が、朝廷より将軍宣下を受けて14代将軍になった事で、政争に敗れ灰になっていた義昭にとって、ノッブの申し出は願ってもない事であり、8月上旬に話を聞くと、朝倉義景とお互いに心にもない別れを惜しみ、下旬には美濃に到着する程の飛びつき様だった。
その様にして義昭を迎え入れたノッブは、堂々と上洛を告げて京に向けて出陣。
徳川軍約1千と浅井軍約1千を加えた、約3万弱の軍勢で形ばかりの
(あ~あ・・・折角姉さんや義兄さんの恩義に、報いようと思ったのになぁ・・・)
ゴロゴロと転がって内心で愚痴る。
過日、稼いだ金5千貫を強制預金させられ、一握りの砂を見つめていた信吉は、流石に腹に据えかねて、寧々に抗議しにいった時に、厳しくも思いやりのある、とある出来事があったからである。
「寧々姉さん!あんまりじゃない!?
人の金を強制的に取り上げるなんて!?」
「金は預かっただけでしょうが小吉。
因みに取り上げられた気分はどう?」
「理不尽さに
目を怒らして怒鳴る。
「理不尽・・・ねぇ。
小吉、その理不尽がまかり通るのが今の世なのよ?解る?」
「どういう事!?」
「アンタも世間体や立場、後先をちゃんと考えなさい、って事よ。」
真剣な目で信吉を見つめる寧々。
「アンタが稼いだお金、差し引き1千貫の筈なのに、どっから湧いたお金かは知らないけれど、相当に多いわよね?
それが世間に知れたら、アンタを周りがどう観ると思う?」
「え?え~と、結構お金持ってんな?」
突然の問いに咄嗟に答えた。
「それだけなら良いんだけどね。
口さがない連中が知れば、「もっと財産を隠し持っていて、殿様への上納をケチっている」だの、「金で地位を買った武士の恥曝し」だのと、悪評をバラまく良い
信吉に目線を固定しつつ、
「それにアンタが笑納している禁裏への献金だって、アンタが大金を抱えているのを知ったら、「献金までケチっている」と、喜んで騒ぎ立てて広めるでしょうし。」
「うわーい、善意者ぶった本物の偽善者を、招き寄せちゃうって事?姉さん。」
「そう言う事よ。」
真剣に注意喚起する寧々。
「アンタは騒ぎをしょっちゅう起こしているけど、その辺の世間体には、殆ど無頓着だから旦那様曰わく、殿様に
とりあえず旦那様が火消しに回って、広がらない様にしているそうだけども。」
「はぁ、どうもありがとうございます?」
ピンと来ずに曖昧な感謝を述べる信吉。
「殿様は聡明な御方だから、そういった口さがない連中の讒言なんかは、そうそう耳を傾ける事は無いでしょうけど、数が増えれば増える程無視出来なくなる。
旦那様なんかは昔の自分みたいに、アンタが家中から
「え~とはい、心配掛けてすみません。」
最近「自重しろ」・「周りに気を配れ」と、何度か秀吉に言われた事を思い出し、素直に頭を下げて謝罪する。
「旦那様みたいに
アンタの代は良くても、それこそ慶次君みたいに理不尽な事を、勤王丸ちゃんに招く因になりかねないのだから・・・後。」
そう言うと両手で目を
「後、後ね、あんな奇態というか痴態をしていると、ほぼ確実に慶次君や才蔵君が出奔するわよ?本当に。」
文机に両肘を付いて、絶望したとばかりに頭を下げて嘆く寧々。
「さ、さっきのはその・・・!
それならさっき言えば良いじゃん姉さん!
銭を取り上げる必要性も無いだろ!?」
それにしても銭没収はやり過ぎと、逆ギレ気味に反論する信吉。
「アンタねぇ・・・さっきのアンタの変態行動を観て、「マトモに人の
両手の隙間から半眼で見据える。
「え、え~とその~・・・はい、自分でもちょっとムリかな~と、感じますですはい。」
寧々のド正論に、客観的な視点で観ると自分でも無理と断じた。
「それにアンタの銭を問答無用で取り上げたのだって、アンタの変態行動を茶々さんは狐
私、おかしな事してる?」
「いえ、全く。」
寧々の行動を肯定し、
「え?じゃあ返してくれるの?」
恐る恐る尋ねた。
「返すも何も、最初からアンタが稼いだアンタのお金でしょうが。
あのまま放っておいて、今まで以上におかしくなられても困るし、かといって茶々さんに投げるのも怖いから、正気に戻ったと判断出来るまで、一時的に預かっただけよ。
確たる理由も無いのに、アンタが勘違いしている様な没収なんて横暴な事を、私がする筈が無いでしょうに。」
ため息混じりに失礼ねぇとボヤき、信吉の持っている預かり証を指差し、金蔵に選別して置いて有る事を告げ、
「私も旦那様も、長屋住まいの貧乏暮らしから付いて来て呉れて、色々と助けて呉れてるアンタには感謝しているのよ?
アンタが再々バカ騒ぎを起こしても、大概の事は許容してぶつくさ言いつつも、出来る限りは庇い立てするつもりだし。」
慈母の如く信吉に微笑んだ。
「ね、寧々姉さ!「けどね小吉?物事には限度があるのは、お願いだから覚えておいて欲しいの・・・切実に。」
慈母の表情がスッと消え、「無いわ~、アレは無いわ~」とばかりに、感動している信吉の台詞を遮りつつ、虚ろな目線を虚空に這わす寧々姉さん。
「お騒がせして大変スンマセンした!!
今後二度としませんので、ごめんなさい!」
ペコペコ平謝りする信吉。
そうして前世の雑誌にあった、「お金風呂」をリアル体験してみたいという、個人的な興味本位でやった事で、周囲に思わぬ迷惑騒ぎを起こした結果、寧々と秀吉の心情を知って、感動した信吉であった。
それはさておき、
そういった経緯から、「良し!今まで以上に頑張るぞ」と奮起して、上洛戦に臨んだ信吉だったが、初っ端から頓挫してしまう。
出陣して直ぐに、京におわす畏き辺りの御方より、義父・山科言継が密使として来て、「京の都で会うのを楽しみにしている」といった、内容の手紙がノッブの許に届き、
「皆の者!今上陛下も我等の上洛を、心待ちにしておられるぞ!!」
そう発破を掛けて士気を上げた後、
「者共、小猿を捕らえよ!」
突然に秀吉の後ろに控えていた、信吉の捕縛命令を出した。
「うぇっ!?何で!?」
「畏れ多くも
上洛するまでに貴様が戦場で万一が有れば、今上陛下に顔向けが出来ぬ。
依って上洛するまでの間、貴様は本陣詰め(待機)を命ずる!
儂の目の届く所に控えておれ!」
扇子でビシッと、電光石火秀吉に捕らえられた信吉を差し示す。
そうして秀吉軍が先鋒を務める上洛戦に於いて、速攻で外されて暇を持て余し、ノッブの居る本陣でゴロ寝しているのであった。
ノッブか呆れ半分、有る意味で感心半分の表情で信吉を目端に観る中、
「ち、ちょっとぉ信吉義兄上!?
殿の御前ですよ殿のぉ!?」
紅顔の美少年こと森可成の嫡男・可隆が、ノッブの近くでぐて~としている信吉に、注意喚起を促してノッブに目線で謝罪しつつ、必死に揺り起こそうとしていた。
因みに可隆が信吉を義兄上呼びするのは、先年の信吉の末妹・椰々の
因みの因みに、ノッブの最古参の家臣で最も信頼の厚い、森可成を父に持つ可隆は、結婚相手なんぞ引く手
「私的にも森家にとっても、椰々殿が1番の良縁ですので。」
爽やかな笑みで答えたのであった。
可隆曰わく織田家譜代衆から、相当数結婚の申し入れが有るものの、譜代衆はノッブとの間に、
そしてノッブの妹達や一族の娘、側近の丹羽長秀・池田恒興らにも、釣り合う適齢の娘が居らずと、意外にも嫁選びに難渋していたらしく、義兄が織田家の出世株・秀吉で、実兄が「勇雅の仁」と名高い信吉という、競馬風に謂えば「超良血血統」になる、椰々との縁談は公私共に願ったり叶ったりだった模様。
そうして利害が一致して縁談が纏まり、木下家と森家が縁戚になるのとは別に、木下家全体で観れば、秀吉の長女・
他にも利家の長女・幸が秀吉の養女として、蜂須賀正勝の長男・
それはさておき、
「捨て置け
最早怒る気も失せたわ。」
扇子を左右に振り、ため息混じりに可隆に放置を命じるノッブ。
「はぁ、しかし・・・。」
「そうそう可隆殿、大殿様の仰る通り。
こんな所に居てぶらぶらしていたら、あっと言う間に南近江攻略が終わって、すぐに上洛しちゃうだろうから、手柄を立てる事が出来なくなっちゃうよ?」
悪びれる様子も無く、ノッブの発言に便乗してゴロ寝を続けるゲス。
「こんな所って、此処本陣ですよ本陣!?
それにあっと言う間って、戦が始まったばかりのまだ序盤ですけど・・・?
それと私も戦に出て、手柄を立てたいのは山々なんですが、父上から初陣のお許しを貰ってないので難しく・・・。」
口惜しげに俯く。
「え、あ、そうなんだ。
う~ん・・・じゃあ可隆殿、君が戦に出れる様に私が協力しようか?」
口惜しげに俯いて唇を噛む、可隆の様子を観て助け舟を出そうとする信吉。
「え?本当ですか義兄上!?
しかしながら父上はかなり頑固な
「可成様が頑固だろうと、大殿様が許可を出せば関係無いだろ?
と言う訳で大殿様、可隆殿に初陣を飾る許可を頂きたく。」
「たわけ、親の三左が成らぬと言うモノを、儂が許す筈も無かろうが小猿。」
「いや~大殿様、可隆殿が初陣を果たして武功を上げれば、結構大殿様の利益にもなる事なんスけどね~。」
素気なく首を左右に振るノッブに対し、意味深な台詞を呟く信吉。
「ほう?儂の利益にもなると?
フンッ面白い、貴様が
鼻を鳴らして続きを促した。
「先ず将来を観た場合、確実に
「ふむ、名の有る家臣を持つ事は主君にとっては
利益薄弱と否定的な態度を崩さないノッブ。
「はい、本番はコレからでございます。
現状で初陣の可隆殿が功を挙げたとあらば、軍の
「なぬっ!?誠か!いや、しかし・・・。」
ススッと寄ってきて、耳打ちの内容にグワッと目を見開き、信吉を観てなお
「因みに今回を見逃してしまうと、次は何時になるかは未定になりますね。」
「うぬぬ・・・確かに。」
ちらちらと可隆を観つつ唸る。
「しかし・・・能うか?」
「そのまま森家で初陣を果たせば、家臣から貰い首(手柄を譲られる事)を貰ったと、諸将から物言いが付きかねませんが、義兄弟になる
連々とそれらしい
「う~む、それなら文句も出まいな。」
「ええ、ついでにウチの慶次と
それとなく良い事をしていますよと、思考誘導していく。
(まぁ、ウチも森家に貸しと恩義を売れるこったし、ちゃんと利益になるし)
ちゃっかり貸し借りを作る利益を、こっそり画策しているゲス。
「ふむ・・・傅兵衛、お主が望むとあらば三左には、儂が話を付けてやろうぞ。」
「ま、誠ですか殿!?
是非ともお願い致しまする!」
歓喜の表情を浮かべて平伏する可隆。
「一応ですが可隆殿。
私が出来るのはお膳立てまでで、貴殿が武功を挙げるかは武運次第。
それを念頭に置いておいてね。」
「それは無論!
感謝こそすれども文句などありませぬ!」
コクコクと頷いて感謝の念を送る。
そうしてノッブの軍令書と、信吉の添え状を持った可隆は、喜び勇んで秀吉軍の陣営に向かうのであった。
「行ってらっしゃい~。」
笑顔で義弟を見送った後、
「おい、小猿。
貴様、先程南近江攻略が、あっと言う間に終わるとか申しておったな?
如何なる根拠を以て言ったのかを申せ。」
厳しい表情で諮問される信吉であった。
続く
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