第56話信吉金策狂騒曲。

「うっひゃひゃひゃっ!儲け儲け!

銭の山の銭風呂じゃあ!」

うずたかく積まれた金銭を前に、奇声を上げつつ狂喜乱舞する信吉。


この様に信吉が奇態と奇声を上げているのは、次の様な経緯があった。


1568年3月、去年の9月に主君・秀吉に因る特別扱いに依り、信吉にとって頭の上がらない絶対的強者、実姉の寧々が公的に目付役とされた事で、信吉は戦々恐々とした日々を送っていた・・・のだが、「あれ?よくよく考えたら日常と変わらんやんけ」と、一週間程でふと思い至り、在り来たりで平々凡々な生活を送っていた。


懸念材料だった慶次や才蔵も、ペロペロと刃物を舐めて鉄分補給をしつつ、色々と騒ぎを起こす様な、何処ぞのヒャッハーな世紀末のモヒカンな方々と違い、戦時にはヒャッハーでも平時は普通に大人しく、問題行動を起こす事はなかったのである。


こうして平穏無事に過ごして2月、木下家は出産ラッシュに入り、信吉と茶々・秀長と涼夫婦には男の子の第一子が、秀吉と寧々夫婦には女の子の第二子が生まれ、家内は慶事に包まれたのであった。


嫁さんの父・山科言継に名付け親になって貰い、「勤王きんのう丸」と祖父の期待等、色々な背景を生まれながらに背負いこんだ、名前を付けられた子供に同情しつつ、守り役を可児才蔵に任命したのである。


「ええっ!?オイラがぁ!?

旦那ぁ、人選誤っていますぜ?」

「うん、気にしなくても俺もそう思ってる。

選択の余地が無いんだからしゃあない。」

「・・・オーイ旦那、もうちっと言葉を選んでくんねーか?

何気に地味に傷付くんだけど・・・。」

身も蓋も遠慮会釈もない、信吉のドストレートな返事に、消沈気味に文句を垂れる。


「選択の余地って慶さんは?」

「慶次の方は、息子君にウチの倅の側近になって貰う予定だから、守り役まで頼むのはちょっと近くなりすぎて、後々家臣が増えた時に、問題になりそうなんで難しいんだよ。」

もう1人の候補者の却下理由を述べた。


「あ~、確かになぁ。

若君の周りを慶さん一家でガッチガッチに固めてしまうと、後々に入って来る家臣との軋轢問題になる、っつう事か。」

「そう言う事。

現状で慶次とお前しかウチは直臣が居ないから、消去法でお前になる訳だわ。」

コクリと才蔵の予測を肯定する。


仕官当初は前の仕官元である柴田勝家を憚り、客将として登用していた才蔵だったが、冷却期間の過ぎた現在は本人に確認の元、やらかした中伊勢・長野家の調略の功で得た、2百貫の加増の内の百貫を与え、正式に家臣として召し抱えていた。


そして信吉の直臣は慶次と才蔵しか居らず、慶次が駄目なら才蔵のみになるので、選択の余地が無いのである。


因みに秀吉の嫡男・日吉丸の守り役に、「ハイはいHi!自分が成ります!」と、手を挙げて立候補した信吉だったが、「お前を守り役にすんのなら小一秀長に頼むわい!日吉が破天荒にでもなられたら堪らんし、儂の胃袋と命が幾らあっても足りんわ!!却下却下!!大体お前は日吉の叔父だろうが!?日吉を守るのは当然じゃろ!?」と素気なく断れ、前野長康が守り役になったのであった。


それはさておき、


「お前は学問所の子弟からの受けが、滅茶苦茶高くて慕われてて、坊さんも子守りが上手いって褒めてたし、守り役が意外に適任かなぁと、とりあえず塵芥ちりあくた(ゴミくず)程は思ってるんだけど。」

「・・・あのよ旦那、前後の内容が褒貶ほうへんしてて、キレイに打ち消し合ってんぞそれ?

全っ然嬉しくねーよ、はぁ・・・。

まぁ、子守りの方は小坊主時代の、杵柄みたいなモンだけどな。」

深い溜め息を吐く才蔵。


才蔵曰わく城下町市街地の近在にある寺社は兎も角、戦時の際には地方田舎にある寺社には各寺社の持つ権利、※守護不入しゅごふにゅうを頼りに戦に巻き込まれるのを恐れた、地域住民の避難場所になっている事が多く、炊き出し等で忙しい母親に代わって年少の小坊主が、幼子の面倒を看るのが当たり前だったらしく、そういった経験で子守りに慣れているし、面倒見めんどうみも良くなった模様。


「まぁ教育係としては兎も角、勤王丸の護衛役としては満点だから才蔵、宜しく。」

「う~んまぁそれなら・・・。」

不承不承ふしょうぶしょう頷いて了承する。


こうして我が子・勤王丸が、脳筋丸になる可能性を秘めつつも、勤王丸の守り役が決まったのであった。


(※・・・鎌倉時代以降に寺社仏閣が、幕府より公認された権利で不輸ふゆ=税金の免除と、不入=警察機構の不介入が認められていた。

同時に寺社仏閣に武力行使をするのは、当時の信仰心も相まって禁忌扱いに近く、基本的には忌避されていた。

因みに徳川家康の三大危難の1つ、三河一向一揆は不入権を家康が侵した事で、発生したと云われている)


そのように過ごしていた信吉だったが、


「あ、あれ?・・・嘘ん!?銭がねぇ!!」

貯金がスッカラカンになっていた。


ノッブが小牧山から岐阜に本拠地を移転した際、清洲にあった「芳仁寺」内の学問所人材養成所では、距離が遠くて行き来が不便な為、岐阜城下近郊にあった空き寺を、伊勢攻略時の功績の報酬の一部として、ノッブの許可を得た上で新たに分寺である、「芳源ほうげん寺」として改修した後に学問所を移設。


人夫こそ「己の子女の将来の為だから」と、木下軍の兵士を※ロハただ働きでこき使ってコストを抑えた信吉だが、食事代や建材等の建設費用は当然掛かっており、それらの費えに貯金が溶けたのである。


(※・・・一見するとゲスな行為に見えるが、実は日本では近代まで集落に於いては、集落内で建物が建つ場合に集落の人々が、「困った時はお互い様」という「相互扶助」の観点から、総出で無料で協力して、地元の大工の指導の元で建てる風習があり、意外にも信吉の行いは、当時の観点ではゲス行為ではないのである)


(う~ん・・・子供が出来てるのに、懐が素寒貧すかんぴんは不味いな・・・どないしょう?)

うんうんと(仕事中に)唸っていると、


「コラ小吉、ちゃんと仕事しなさい。」

ペシリと寧々に軽く頭を叩かれる。


「どうしたのよ小吉、アンタが考え事しているなんて珍しい、似合わないわよ。」

「うん、あのね寧々姉さん?

心配する体で人をけなすのは止めて?

ソレを言うなら悩み事だから。

姉さんの言い方だと俺は、考え無しで能天気なパッパラパーになるから。」

半眼で寧々の発言を訂正する。


「当たらずも遠からずでしょうが。

今の状況を自分が進んで招いているのに、否定出来るのアンタ?」

「うう、確かに・・・否定が出来ない。」

寧々の指摘に唸る。


「そんで一体どうしたのよ、小吉?

悩み事なら相談に乗るわよ?金銭以外で。」

「うん、刹那せつな(一瞬)にして相談する事が無くなったよ姉さん。」

秒で予防線を張られ肩を落とした。


とりあえず話すだけ話そうと、現況の懐事情を寧々姉さんに告げると、


「う~ん・・・あ、それなら小吉、アンタが絵を描いて売ったら良いんじゃないの?

そこそこ結構な値段で売れるでしょ?」

「あっ、そうか、その手があったか。

内職して小遣い稼ぎすっかなぁ。」

寧々の助言にポンと手を打ち、キレイさっぱり忘れていた事を思い出す。


(はぁ、幾つか新作を描いて売り捌くか)

とりあえず金策に走る信吉であった。


そうして1番売れそうな伝手である、堺の天王寺屋・津田宗及に連絡を取り、前と同じく競売方式で絵を売る事にしたのである。


連絡を取って約1ヶ月後・・・


「うん?うんん?あ、あれは明の船!?

大変じゃあ!?明船が来たぞぉ!!」

数隻の明船が尾張・津島に来航し、巷では大騒ぎになった。


基本的に海外の交易船は、北九州の対馬つしま(長崎県)と山陽の赤間関あかまがせき(山口県下関市)を主とする、勘合符貿易中心の日本海ルート、琉球国(沖縄県)や南九州の薩摩を中継点とした、東南アジア主体の南方貿易である、太平洋ルートに大きく別れており、大体は能登半島や紀伊半島から東に、外国交易船が行く事は滅多になく、かなりの珍事だからである。


津島の人々が、下船して来た明人を遠巻きに見守る中、明人と通訳と思しき面々は津島に一泊し、津島衆から歓待を受けた。


そして津島商人でノッブの姉が嫁いでいる、大橋家の紹介状を貰って岐阜に向けて出発。


ノッブに謁見した明商人達は、「遂に我が家も明人が来る程、名が大きくなったか」と、欣喜雀躍きんきじゃくやくするノッブに丁重な扱いを受けて、明商人達一行は客分として、暫く滞在する事となったのであった。


岐阜城内でも異国人が来たと騒ぎになったが、信吉はノッブの呼び出しが無かったので、会う事もなく「何年か前に早く来いよ」と、絵を描きつつ愚痴っていると、


「おい、小吉!

明人がお前に会いたいって訪ねて来たぞ!」

焦った表情で養父である杉原家次が、秀吉邸の離れに居候している、応対したらしい堀尾茂助と共に、信吉の許に飛び込んで来た。


「へ?明人が?何で?」

「オレが聞きてーわ!

何でも和泉の堺で面識があるとか何とか?」

「堺で面識の有る明人って・・・もしかして鄭のオッチャンか?」

還暦の祝いに羽織る衣服の様な名前の、火を噴く某サイボーグ6号と、瓜二つでソックリだった人物を思い浮かべる。


「そうそう!鄭って名乗ってたぞ!」

「あ~それなら存知寄ぞんじよりの者ですね。

こちらに通してください。」

そう言って暫くすると、


「お~久シぶりネ~ボーズ・・・じャナかた、小君シャオジュン(年少の貴族に対する呼称)。」

似非えせ恵比寿えびすっぽい笑みの人物が、ひょっこり顔を見せる。


「いやはや本当に久し振り鄭さん。

そんでわざわざどうしたのよ?」

「チょと人前デは・・・。」

家次達を見つめて躊躇する素振りを見せた。


改めて人払いした後、


「んで、何なのよ一体?」

「是非トもワタシに「裏モノの絵」を売っテほシいよ!」

「はい?裏モノ?」

「コレよコレ!」

自分の胸の辺りで両手を前後に回し、揉む様なジェスチャーをする鄭のオッサン。


「あっ、春画18禁か。」

「ソうソうソレよソレ!」

「何で?」

「前に小君ノ描いタ春画が、明国デは裏デ高値デ売れテいルからヨ!」

「あ~表立って売買出来ない代物だから、裏モノって事か。

言い得て妙な表現だなぁ。」

鄭の表現に感心する信吉。


鄭曰わく、前に信吉の絵を買った商人が、絵を自慢気に周囲に見せびらかした結果、※ご禁制の密輸品と発覚し、本人は処刑されて家財没収となり、描いた絵は競売品として散逸さんいつする事になった。


その競売に掛けられて散逸した絵の内、春画・危絵の図柄に新たな性癖、所謂いわゆる「2次元の扉」を開いた者が続出し、好事家マニア達が血眼になって信吉作の、18禁絵争奪戦を繰り広げている模様。


好事家には自分の財産処か、己の社会的地位や権力を使って、収集している強者までいるらしく、世も末であった。


「好事家ノ垂涎もノデ、確実に高値デ売レる商材ナんテ滅多ナいヨ!

是非トも売っテほシいよ!」

「え~と、幾らで?」

「1枚百貫デドうヨ!?」

ピッと人差し指を出す鄭。


「百貫!?・・・へほ~・・・じゃあ百貫から競りに掛けるね。」

一瞬飛び付きそうになる金額に、揺さぶられつつも咄嗟に立て直した信吉。


(鄭のオッチャンの目、笑って見えるけど値踏みをしている目だ。

安く買い叩こうとしてやがる)

前世で単価賃金を値切ろうとする、狡猾な監督連中と同じ目線を感じ、逆に揺さぶりを掛けたのであった。


「ま、マつね小君!

ジゃあ2百貫デドうヨ!?」

「ふ~んへ~・・・。」

「ワかタワかタ!3百貫デドう!?」

「・・・・・・・・・。」

「4百貫!こレ以上は無理ネ!」

「4倍も跳ね上がってるじゃんか!?

どんだけ安く買い叩く気だったんたよ!?

おいこらオッチャン!」

買い取り価格の急上昇に突っ込む信吉。


(ん?いや待てよ?

この価格高騰を逆手に取って、こうしてこうすれば大儲け出来るやんか!

ウッヒッヒッヒ・・・鄭のオッサンを利用して、ボロ儲けしてやる)

突如ピコーンっと電球が頭上に浮かび、邪悪な笑みを浮かべるゲス。


「ド、ドうしタヨ小君、醜悪な顔しテ?」

「いやいや鄭さんの熱意には負けたよ。

その値段で直接売るからさ、ちょっこ~と協力してくんないかな?」

「条件ヲ持ちダしテル時点デ、かケらも熱意を汲んデナいヨソレ。

ソんデナんネ?」

訝しげに問い掛ける。


信吉の話を聞いた鄭は、「小君アんタ商人にナタ方いいヨ」と、呆れつつも自分にも損が無いので、協力を約束したのであった。


(※・・・中国・明王朝は海禁政策という、江戸幕府の鎖国に近い政策を敷いており、従属国以外との民間交易を禁止していた。

その為室町時代に於ける、日本に来る中国の交易船の殆どは海賊であり、日本でも廻船問屋貿易会社はほぼ100%水軍海賊衆だった)


数日後・・・


ザワザワ・・・ザワザワ・・・


明商人達が興味津々の、信吉の作品が競売に掛けられるという、噂を聞きつけて津島・熱田・桑名といった、領地内の商人だけでなく、松坂・宇治うじ山田(伊勢神宮にある内宮=宇治町と、外宮=山田町の2つの門前町)内で名のある豪商達が、会場となっている秀吉邸に集まっていた。


因みに会場から少し離れた特別座敷には、頭巾を被って行儀悪く、脇息に片肘を付いている正体不明の人物が居たが、謎である。


「え~、では競りを始めます。」

司会進行役を務める家次が、「何でオレが?」と半泣き状態で宣言すると、途端にピタッと喧騒が止み、しわぶき1つなく静まった。


「競りに掛ける作品はこちら!」

パッと4枚の掛け軸を開くと、朱雀・白虎・玄武・青龍といった、所謂方位神である「四神」の絵が開陳される。


「では本人の希望売却価格である、50貫から始める事とします。」

オオ~っという唸り声を余所に、家次がオークション開始を告げると同時に、


「5百貫!」

「こっチは7百貫ネ!」

「ナらワタシは千貫ヨ!」

ドンドンと値を吊り上げていく明商人達。


「「「「「せ、千貫~ッ!?」」」」」

一瞬で跳ね上がった金額に、日本の豪商達が悲鳴の様な声を上げる。


「あの・・・正気ですか?」

義息の作品についてぶっ飛んだ値付けに、正気を疑う義父。


因みに謎の頭巾さんは、脇息から肘が外れて横に崩れている。


「正気も正気ヨ~!

明デは好事家ノ富豪ヤ貴族も血眼にナっテ、小君の(春画)絵ヲ買い求めテるネ!

皇帝陛下ノ耳にも届いテいル噂もアル、明国デ注目ノ絵ヨ(たぶん)!」

「「「「「なっ!?からの帝まで!?」」」」」

鄭の言葉を聞いて絶叫する参加者達。


室町期の日本の文化人は特に、文化的先進国であった明への憧憬が深く、例えば室町期に大流行した、茶道で使用される茶道具=茶器の内、大名物と呼ばれる超一流品は、明からの輸入品が多い様に、明の製品=ブランド扱いをされていた。


そういった風潮の中で、ブランドの中心人物とも言える皇帝から、注目されている絵と聞いた豪商達=文化人達は・・・


「1千2百!」

「1千3百!!」

「1千4百や!!」

「是が非でも己のモノに!」と目の色を変えて、値を吊り上げていく。


(ウッヒッヒッ・・・ソムリエ価格操作作戦大成功!)

内心でほくそ笑むゲス。


後年「茶器ソムリエ」である千利休が、「名物」と評した茶器は本当に「名物」扱いとなり、高額で取り引きされた様に信吉は、「文化発信国」出身である鄭達を利用して、絵の印象操作と価格操作を行い、それにまんまと豪商達は乗ってしまったのである。


絶妙な合いの手で価格操作する、鄭達明商人に踊らされた豪商達は、4枚の絵を平均2千貫=約8千貫で買い取り、会場に居た家定や長吉は後ろにひっくり返って失神。


1枚も買い取れなかった鄭達は、表向きは悔しがりつつ内心で、「裏取引成立」とニタリと笑い、豪商達は稀有な物が手には入ったと、惜しげもなく現金払いで支払い、笑顔で帰ったのであった。


そうして8千貫を稼いだ信吉は、5千貫は呆気に取られている、謎の頭巾さんに「軍備費」として渡し、2千貫は秀吉寧々に献上して残りの1千貫は懐に入れて、自己保身に余念のない信吉である。


こうして実質裏で売り捌いた裏モノ、10枚=4千貫を鄭達から巻き上げ、冒頭の信吉の奇態になったのであった。


因みに信吉の奇態に妻の茶々が、怯えて義姉の寧々に相談・通報。


話を聴いた寧々が離れに赴くと、パンツ一丁で銭風呂で泳ぐ信吉と目が合い、お互いの時間が自然と停止。


色んな意味で危険性を感じた寧々に依り、即座に銭は口座番号引き出し口の無い、「寧々銀行」に強制預金させられ、稼いだ約5千貫の銭が「預かり証」という、紙切れ1枚に化けた事に慟哭する信吉であった。


こうして死んだ目で一握りの砂を見つめつつ、ブツブツ呟く信吉を余所に1568年9月、ノッブは上洛を開始するのであった。


                 続く

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