第52話徳川の狸との邂逅と小猿の仕込み。
「あ~・・・だりぃ。」
相変わらず粛々と三河に向けて進む、徳姫の花嫁行列を眺めつつボヤく信吉。
当初はそれなりに緊張感を以て臨んでいたが、3日も経つと変わり映えの無い景色と、池田恒興以外には
「おいおい信吉、何しけたツラをしてやがんだよ、オメーは?」
実質的な花嫁行列の統括者である、恒興が馬を寄せて信吉に尋ねた。
「いや~何か色々とバタバタしてたんで、気疲れが出たというか・・・。」
「あ~・・・まぁ、オメーは私的に
信吉のテキトーな言い訳を真に受ける。
「ハァ・・・公私のどっちのゴタゴタ騒ぎも、大殿様が原因なんですけどねぇ。」
「・・・確かに。」
信吉のため息混じりの発言に、同じく肩を落として同調する恒興であった。
大殿ことノッブは苗木遠山家から養女にして、武田信玄の息子・勝頼に嫁がせた姪の時には、2~3度顔を合わせたぐらいで殆ど興味関心を示さず、担当の家臣任せにしていたクセに、徳姫の場合は事細かく嘴を挟んで来て、恒興や信吉を困らせていたのである。
例えば最初の行列人数は数十人規模だったのに、「待てよ?余りに少なすぎるか?」と、一挙に数百人規模にまで拡大して、差配をしていた統括者の恒興を混乱状態に陥れたり、
「五徳の花嫁行列を貴様の時みたいに、お祭りの如く華やかにしたいのじゃ小猿。」
出発予定日10日前の土壇場に、ど~考えてもその場の思い付きで言ってみたりと。
「はぁ・・・そうなんスか。」
欠片も気のない返事をノッブに返した信吉。
「・・・おい、小猿貴様ぁ!?
そのさも私は関係有りませんという態度は、一体どういう了見じゃ!?」
「どういう了見もクソも、実際に私は無関係ですし、当事者達と行列を差配する池田様と協議なさいませ。」
「当事者達だと!?
貴様以外の誰がおるのじゃ!?」
青筋を顔に浮かべて、怒声を上げるノッブ。
「誰って大殿様お抱えの楽士達ですよ。
彼等こそ今回の場合は、その手の事をするのが本筋でしょうに。」
「うぬっ?・・・ぬう、楽士共か・・・。」
信吉の指摘を受けて、ハッと気付いたかの様な表情を浮かべて落ち着きを取り戻し、矛を納めて席に戻る。
この時代の大名ともなれば、琴・笛・
これらの先生役は子女の指導だけでなく、雇い主の大名の
例えば現代ではほぼ廃れたが、貴人の葬儀の際には音楽に合わせて、坊さんが読経をあげるといった事をしていたりと、特に楽士達音楽関係者は、神道・仏教の宗教的行事には欠かせない存在だった。
そう言う訳で信吉から言わせればノッブの言は、そういった専業者達がいるのにも拘わらず、個人的な趣味で笛を吹いているに過ぎない自分が、専業者達を
「そもそも私の婚儀は私的なモノであり、今回の徳姫様の婚儀は、織田家の面子が掛かった公的なモノですので、当然の如く根本的に意味合いが違います。」
そう前置きしつつ、
「
「ぬぐぐ・・・なれば演奏は兎も角、踊る者達だけでもどうじゃ!?」
「公私混同すんな」という信吉のド正論に、食い下がるノッブ。
「その事柄に関しても、大殿様の
特に今回の様なお家の面子が掛かる事柄は、そういった方々をキチンと使わねば、
「くっ・・・一理ある。」
「それに下手にお祭り
「なぬ!?何故だ小猿!?」
目を剥いて再び詰め寄る。
「お家柄とお国柄の違いですよ。」
「家柄と国柄の差、じゃと?」
「はい、尾張衆はどちらかと云えば、新しもの好きで派手好みな気質で、三河衆は質実剛健且つ保守的な渋好み、といった気質であり、お祭り騒ぎが好きな我が家は兎も角、保守的で堅実な感じの徳川家からは、「
特に家康は※
「うぬう・・・徳川に嫁ぐ以上は、あちらの家風に合わせるのが筋か・・・。」
徳姫の為に成らずと悟ったノッブ。
そうして大人しく引き下がった・・・かに見えたノッブだったが、徳姫の輿入れ出発に合わせて前々から、農繁期(田植え)に伊勢方面の出陣に託けて、ぎりぎりまで同伴するべく画策していたり(慶事に血生臭い理由で同伴するのは、言語道断と
そうしたはっちゃけたノッブの行動に、信吉達は振り回されつつも懇々と、「要らん面倒事を招きかねんから止めろ」と、諭し続けたのであった。
(※・・・家康は常に脇差しを2本差しており、その内の1本を正宗作の名刀と称して、家臣に褒賞として渡していたが、その正宗作の脇差しは実は真っ赤な偽物で、しかも家康自身が褒賞をケチる為に、コッソリと密造させていた確信犯的な贋作であった。
因みに石田三成も同様に、大量の正宗の贋作を密造してバラまいており、両者の大量の贋作のせいで現代では、「現存する正宗作の刀は殆どが偽物」といった状況になっている)
それはさておき、
「・・・他家とのやり取りや折衝よりも、大殿様の方が扱い難くて面倒くさいって、何なんスかね?」
「・・・んなモンだろ宮仕えってモンはよ。
一応言っとくがな信吉、殿はああ見えても少年時代に比べりゃあ、未だ大人しくなった方だからな?」
「・・・ご苦労様です。」
生まれた時から近侍している恒興に、心底同情する信吉であった。
そうしてノッブへの愚痴を肴に、ぞろぞろと尾張と三河の国境に有り、
「お初にお目にかかり申す。
私、織田家家臣・木下信吉と申しまする。
そして此処に控えて居りますは、副使の池田恒興と申す者にてよしなに。」
ぺこりと恒興と共に会釈する。
「おお、貴殿が尾張随一の豪胆者で名高い、「勇雅」の木下殿でござるか!
貴殿のお噂はかねがね・・・。
あ、申し遅れ申した某、此度の婚儀の統括を任された
そして脇に控えるは、竹千代様の守り役・
此方こそよしなにお願い申し上げる。」
40代っぽいオッサンと、20代半ばの青年が揃って会釈を返した。
「おお、これはこれは
又、平岩殿には姫様の事も竹千代様共々、
再び会釈をする信吉。
そうして互いに会釈を繰り返した後、護衛役の織田兵達は引き返して、そのまま駕籠に乗った徳姫を忠次に引き渡し、信吉達使者団と徳姫と一緒に徳川家付いていく、使用人達は共に新たに護衛役となった、忠次の差配する徳川兵の後ろに付き、徳川家の居城・岡崎城に向けて出発。
そして綺麗に掃き清められた宿場町を経由し、無事岡崎城に到着した一行は、それぞれ身分に応じて割り当てられた宿や、徳川家臣宅に分散して婚儀に備えて宿泊し、旅の疲れを癒やすのであった・・・と言っても、信吉と恒興は忠次達と共に、席次の確認や段取りの調整にバタバタと追われ、気の休まらない状態であったが。
「もう面倒くさい、イヤだ」と内心で泣き言を言いつつ、岡崎城に到着してから3日後、岡崎城内にある酒井邸から、家康と竹千代が待つ本丸に粛々と、忠次夫人(家康の父・松平
「三河守様に於かれましてはこの度の婚儀、
誠に祝着至極に存じ奉ります。
主・信長に於いても、竹千代様の様な
畏まって家康に平伏して、口上を述べた。
間違ってもノッブが竹千代を、可愛い娘に寄ってくる
「いやいや当方も、
儂がそう申しておったと、
「ははっ、必ずや。」
平伏しつつ、チラッと家康を覗き見る。
ノッブの様に細身の
(造形はノッブには劣るが悪くないな。
まぁ、仮にも大名家の当主なんだから、美人の母親が多いだろうし、嫁も綺麗どころが来る事が殆どなんだろうから、そうそうブサ面は生まれ難いわな)
家康と竹千代親子と、生駒の方の葬儀で観た信忠・信雄兄弟と、ノッブの親子を思い浮かべて納得する信吉。
(ま、俺が知ってるのは年取った、爺さん時代の肖像画だったから、若い時の姿形が違うのはおかしくないし、当てにならんか。
顔の筋肉が衰えて別人の様に、様変わりする人もフツーに居るしな)
前世の家康像をフォーマットし、新しく現在の家康を脳内でインプットした。
家康の隣に座っていて、貴族風な作り眉である
こうして実家の因縁で発生するかと思った、嫁姑トラブルも無く
そして・・・
(何か・・・めっちゃジロジロ観られてる?)
笑い声が響く会場の中で、築山殿を始めとする複数の視線を感じる信吉。
そう感じて微妙に居心地悪げにいると、
「あ、あの修理殿!」
「はい、何でしょう?」
徳川側の中座ぐらいに居る、精悍な顔付きの青年に声をかけられた。
「え~と?」
「あ、申し遅れ申した某、徳川家臣・本多忠勝と申す者。」
「おお、徳川家随一の武辺者で名を馳せている、本多
高名はかねがね聞き及んでおります。」
義理堅い和式呂布かと、ガン見する信吉。
「何か御用ですか?」
「あ、いや、伊勢での貴殿のご活躍振りは、我が家でも持ちきりでして。
「はぁ、どうも?」
要領を得ない話に曖昧に返事する。
「それでその・・・その剣林弾雨の中で、どの様な曲を吹いていたのか、家中でも無論某も気になっておりまして・・・。」
「はぁ、え~と、演奏しましょうか?」
「おお!是非にお願いしたく!」
キラキラしたお目々で頷く忠勝。
忠勝のリクエストに応え、「時の引き金のブレイブフロッグのテーマ」的な、勇壮な曲を演奏して披露すると、
「あの・・・修理殿、
今度は築山殿がリクエストを
どうやら瀬名さんは大の音楽好きらしく、武田家に嫁いでいる義姉(今川義元の娘)づてで、信吉の演奏の腕前をしっていた様で、演奏して貰う機会を窺っていた模様。
「これ、瀬名!」
「あ、いえいえ私は構いませんよ。
それでどの様な曲をお望みで?」
「では義姉様が、「戦場の臨場感が溢れる」と賞していた、「
(え~と、確かスーパーな某ロボット曲の、チャンポン組曲だったっけ?)
うろ覚えの組曲を思い出していく。
こうして信吉は、「ヒーローロボットが集結して、大戦するシミュレーションゲーム」っぽいゲーム曲より、進軍→「サンクストゥユー」、決戦前→「最後の審判」、遭遇戦→「三位一体の偶像」、激戦状態→「守護者」、救援到着から終戦→「限りなく近い様で限りなく遠い様なワールド」といった感じで、神曲をチャンポンした組曲を演奏するのであった。
結局、忠勝のリクエストを皮切りに、次々と徳姫や竹千代からも演奏をリクエストされ、
そして翌日・・・
初っ端から披露宴という宴会状態であり、昨日よりもやたら馴れ馴れしくなった、三河衆を笑顔で捌いて宴が、たけなわになった頃を見計らった信吉は、
(さ~て、そろそろ仕込みをしますか)
暖めていた計画を実行に移す。
上機嫌な家康に、「寄騎先の主・秀吉より出来れば、恩義ある生駒の方の御息女や、婿様に贈り物を渡して欲しいと頼まれた」と告げ、快く承諾を得た信吉は、
「徳姫様にはコレを。」
「わぁ~、可愛い♡」
愛子ちゃんで「喜怒哀楽」を表した、4体のデフォルメ人形を渡し、
「竹千代様にはコレを。」
「うん?コレは!?
義元公の佩刀・
刀の目利きが出来るらしい、家康が驚いた表情で刀と信吉を見つめた後、信吉から「義元公の孫に当たる竹千代様に」と云われ、納得して竹千代に渡した。
因みにこの宗三左文字、小吉時代にノッブから分捕り、怒れる寧々姉さんを宥める為に献上し、秀吉の佩刀になっていたモノであり、信吉が秀吉の数々の女遊びの
「それでは最後にお二方にはコレを。」
「???・・・は!?コレは一体如何なる所存じゃ修理!?」
仰々しく会場の中央に置かれた絵に、怒りを露わに立ち上がる家康。
信吉が出した絵は、幹と枝しかない枯れ木の絵であったので、家康が侮辱されたと激昂するのは当然の絵であった。
「「「「「ッッ!?おのれ!!」」」」」
家康に遅れて家臣達も、絵は「竹千代には先が無い」と意味を取り、宴会ムードから一転して一斉に片膝を立て、脇差しに手を掛けて激昂する。
「さて此処にある枯れ木の絵。
今から花を咲かして見せましょう。」
「「「「「なにぃ~!?ふざけるな!!」」」」」
淡々と告げる信吉に、そんな事が出来るかと怒声を浴びせる徳川家臣達。
「まぁまぁ論より証拠で・・・ほいさ。」
懐から竹筒の様なモノを取り出し、筒の先から霧状なモノを出して絵に吹き掛けると、
「ば、ばば、バカな!?
か、かかか枯れ木の絵に、はな、花が!?花が咲きおったぁ!?」
驚嘆して腰を抜かした三河狸が、呆然とした表情で指先を震わせる。
ザワザワと徳川側だけでなく、恒興達織田側もどよめく中、花が咲いた絵を徳川側に渡して、元の席に戻る。
因みに花が咲いたトリックは、アルカリ性と酸性の特性を利用したモノであり、予め酸性のモノ(お酢等)で花の部分を描いておき、乾くと無色になるので、アルカリ性のモノ(灰を溶かした水等)を吹き付けると、描いた図柄が浮かび出るというモノである。
前世で曇を盗むと謂われる、某怪盗の漫画を思い出し、やってみた信吉であった。
「こ、この様な珍奇なモノを、本当に貰っても良いのか修理よ?
昔話に出て来る神宝に等しいモノを?」
「はい、主・秀吉から是非にとの事ですので、どうかご笑納頂きたく。」
「そ、そうか、では遠慮なく頂戴致そう。
秀吉殿には必ずこのお礼は致すと、伝えておいてくれ修理よ!」
「御意に。」
奇跡を観たとばかりに、興奮覚めやらぬ表情な三河狸に、平伏して「プププ、やっすいトリックに引っかかった」と内心で笑うゲス。
(クックック・・・「イタリアンマフィア計画初動」成功せり)
脳内で真っ黒な笑みを浮かべる。
(後々最大のライバルになるっつっても、端から敵意や警戒心を露わにするのは下策、3流のやり方よ。
1流はイタリアンなマフィアの如く、さも親友面をして親密になり、相手が信用した所をブッスリ後ろからやるモノ。
・・・まぁ、万一史実通りに家康の天下になった場合の、保険にもなるしな)
しっかり自己保身も忘れないゲス・信吉。
こうして大騒ぎして、トリックアートに群がる両家の家臣達をよそに、密かに計画を進める信吉であった。
因みに前の勅使下向と同じく、当然の如く織田家でも大騒ぎになり、前と同じく預かり知らない秀吉が、ノッブの追及に高速フル回転で首を左右に振りつつ、あうあうと半泣きで否定し、「いい加減にしろよお前!?」と、再びノッブの許に
続く
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