第49話思わぬ「福」次効果。

「この度大殿様の命に依り、赤母衣ほろ衆に配属となった木下信吉にございまする。

若輩者じゃくはい故に皆様方には、何かとご迷惑をお掛けする事が多々有ろうかとは思いますが、何卒ご指導・ご鞭撻べんたつの程を宜しくお願い申し上げまする。」

ぺこりと職場の先輩になる人達に、定例的な挨拶をする信吉。


1567年5月、伊勢攻略戦から帰国した信吉は、今までは一応対外的にはノッブの家臣扱いで、一時的な対松平家の外交官相当であったのだが、ノッブから2千貫の捨て扶持とは別に、伊勢攻略時の軍功で2百貫の家禄を貰った事で、正式な役職が付与される事となり、ノッブの直々の指名でノッブ直属の親衛隊である、赤と黒の母衣衆の内の赤母衣衆に、籍を置く事となったのであった。


因みにノッブの赤・黒母衣衆はそれぞれ定員が10名、両方合わせて20名という非常に狭き門であり、織田家臣団内では垂涎すいぜんの的である超エリート職である。


そんな超エリートな役職に実質上陪臣に過ぎない信吉が、抜擢される事にさぞや家臣団内で紛糾したかと云えば、殆どと言っていいくらい無く、前に自分の縄張りを荒らされた事で隔意を持つ織田掃部達、外交閥や古株の老臣が苦言を呈すぐらいであった。


まぁもっとも、そういったやっかみに近い声もノッブに、「ではお主達も小猿と同じ事をやってみよ。口先ではなく行動で示せ」と言われれば、口を閉ざして沈黙するしかなかった様だが。


そうした空気の織田家中で、真田信繁の如くたった一戦で名を轟かせてしまった信吉は、「やべえ・・・俺、これから先陣をさせられたり、名を挙げたせいで命を狙われるかも」と、帰国後の論功行賞の時に思い立ち、


「弱輩者の私でさえ先陣を切ったのですから、此処にいらっしゃるお歴々武功派は、武芸に疎いウチの殿秀吉以外は以後、大殿様の御前で先陣を切られる事でしょうなぁ。」

しれっと主・秀吉をカテゴリーに外しつつ、「今後先陣を拒否れば武功武断派としての面子が丸潰れになるぞ」と暗に示し、先陣の機会を譲る体で武功派に、面倒な厄介事の押し付けを図るゲスなのであった。


何か熊髭の柴田勝家とか隣りの佐久間信盛とかが、涙目になってイヤイヤと首を振ったり、顔面蒼白になる者達が続出した気がしたが、見間違いだろうと無視する。


「フッ・・・ワッハッハッハ!道理である!

初陣の貴様が無手で出来たのに、歴戦の者共が出来ぬとは言えぬよのう。」

信吉ゲスの意図を読んで大笑しつつ、ノッブも便乗して居並ぶ武功派の部下達を見渡し、


「よもやうぬらは出来ぬとは言わぬよのう?

権六ごんろく(勝家)に右衛門うえもん(信盛)よ?」

武功派の中核メンバーに問い掛けた。


「「む、無論にございまする!」」

「良し、よう言うた!

今後の貴様らの活躍に期待致そうぞ!

ああ、言わずもがなじゃが、もし怯懦に陥ったと見做せば橙武者臆病者・痴れ者として処断致す。

一族郎党揃って腹をかっさばく覚悟を以て、戦場に臨む様に!・・・ハッハッハッハ!」

しっかりと釘を刺して、武功派の引き締めを図るノッブ。


こうして信吉は、面倒な厄介事をしれっと武功派に押し付け、自分が先陣を切らずに済むようにし、危険を回避したのであった。


それはさておき、


「おう!俺の方こそ宜しく頼むぞ小吉!

まさかお前と同輩になるとは夢にも思わなんだが、共に頑張ろうぞ!」

快活な口調で、信吉の畏まった挨拶に返事した、赤母衣衆の1人・前田利家は、くるりと向き直って同僚に向かい、


「どうか皆の衆も、この小吉の事を宜しくお頼み申す。

武芸の師の立場としてお願い申し上げる。」

信吉と同様に、平伏して頭を下げた。


そうした律儀者の利家の行動に、若干緊張気味だった場の雰囲気が緩み、他の同輩衆は苦笑しつつも信吉を歓迎するのであった。


その後歓迎会という名目で秀吉推薦の揚げ屋風俗店に移動し、※で宴が開かれてドンチャン騒ぎとなる。


(※・・・現代だと歓迎会と云えば、会社組織の先輩・上司達が新入社員を歓迎し、会社組織や先輩・上司が費用を持つモノだが、江戸時代までの武士社会に於いては逆に、新入りが先輩・上司達を挨拶代わりにもてなし、接待するのが常識であった。

因みにそういった事をしておかないと、先輩・上司に嫌われていびられたり、マトモに業務内容を教えて貰えない等、確実に人生が詰んでしまう為、場合によっては借金をしてまでも無理に接待をしていた模様)


(・・・ま、名目上は赤母衣衆の所属になるけれど、実質は木下家への出向寄騎扱いで、赤母衣衆の籍は腰掛け処かの幽霊隊員になるんだけどね。

かと言って定例を無視して、無駄に敵を作る必要性もないし。

人脈を広げる必要経費と思えば良しだろう)

脳内で利害得失の算盤そろばんを弾きつつ、名目上は先輩になる人達に酒のお酌をして回り、挨拶をしていく信吉。


実際に現在秀吉の木下家の中核を為す、蜂須賀正勝・竹中重治・堀尾吉晴は現状ではノッブの家臣であり、織田家中での3人の立場は、小六は長柄組槍の先鋒隊の小頭、半兵衛は黄母衣衆近衛隊の軍監、茂助は徒士かち組(歩兵下士官)所属といった肩書きを持っていた。


そういった事例が有る様に信吉も家禄を貰った以上、何らかの肩書きが必要となったのだが、事前に内示を知らせに来た利家曰わく、信吉の待遇を巡ってすったもんだと織田軍内で揉めたらしい。


当初は蜂須賀のオッサンと同じく、長柄組に所属する筈だったのだが、組頭達が揃って「当組では信吉殿の勲功に合った所とは言えず、もっと相応しい所があろうかと存ずる」(※意訳:んなキ○ガイじみた奴が同じ所属になったら、自分達もやらなきゃ面目めんもくが立たなくなるから、絶対に嫌じゃい!他を当たってくれや!)と遠回しに拒否。


ならばと黄母衣衆ではどうかと話を持っていけば、長柄組と異口同音の答えが返って来る始末であり、たらい回しの結果ノッブの推薦という形で、行き着く所最上位クラスまで行き着いた模様。


「あの~前田様?

そ~いった盥回しってフツー、どんどん閑職に回って行くモノでは?」

素朴な疑問を利家に投げかけると、


「普通ならばそうなのだろうが、お前の場合は特殊過ぎるんだよ。

役職の格を下げれば殿の沽券こけん(面子)に関わるし、下げたら下げたで軍部内もお前以上の役職連中は、お前に比するか準ずる特攻していく働きをせんと面目が立たなくなる者達が、大量に発生するオマケ付きだからなぁ。

柴田のオヤジ様なんざ、「せめて得物ぐらい持って行けよ」って愚痴ってたぐらいだし。」

内情を溜め息混じりに吐露するのであった。


どうやら信吉のぶっ飛んだ軍功の影響で、人事面でのリバースフロー逆流現象が、発生してしまった様である。


「それに黒と赤、どっちの母衣衆に属するかでも一悶着あったしなぁ。」

「はぁ・・・そうなんスか?」

「ああ、黒母衣衆筆頭の川尻かわじり殿が、是非ウチにとしつこくてなぁ。

師匠の俺が面倒を診るっつってんのに、一歩も退かなくて弱ったモンよ。」

「いやあの・・・?悶着の原因って前田様本人ですやんかそれ。」

呆れ声で突っ込む信吉。


「つーか川尻様ってそもそも面識自体無いのに、何故に私を是非にと?」

「あーまぁ、川尻殿は若君信忠が生まれて以来の専属と言うより、守り役に近い立場の人故に、基本的には殿の側近くに居ないから、お前が顔を知らないのは当然だろうな。

それと川尻殿が是非にという理由は、川尻殿の祖先に関わる事柄かららしいぞ?」

信吉の疑問に、曖昧な返答をする利家。


「はい?祖先スか?」

「ああ、何でも川尻殿のかばね(家祖かそ)は醍醐だいご源氏らしくて、祖先は川尻殿曰わく鬼に雅楽を教わった逸話を持つ音楽家らしい。」

「源氏出身者で鬼関係つったら酒呑童子しゅてんどうじ討伐で有名な、源頼光みなもとのよりみつぐらいしか知りませんけど?それが私とどう関わりが?」

うろ覚えの前世知識を引っ張り出す。


「頼光の方は清和せいわ源氏で出所が違うだろ?

え~と、源博雅みなもとのひろまさという人物だったか?」

「???誰ですかそれ?」

全く聞き覚えの無い人物名に首を傾げた。


「まぁその祖先と同じく堂々と、具教と対峙したのに感銘を受けたらしく、是非とも黒母衣衆にという事だった。」

「いやあの・・・んな個人の感情でモノを言われても・・・。

そう言った理由で川尻様がウチの妹を、何か身内の嫁にって、えらい熱心に言ってきている訳ですか。」

しょうもない理由にがっくりと肩を落とす。


信吉が仕出かした公的な通称、「雨矢うし逍遥しょうよう(矢の雨の中を散歩)渡り」の結果、信吉の名声が爆上がりしたのと同時に、妹の椰々の嫁入り先を探している事が知れ渡ると、上は件の川尻秀隆ひでたかや森可成から下は家定の元同僚までと、大量の釣書見合い書信吉の許に舞い込む事となり、婚姻の決定権を持つ実兄・家定に丸投げ。


そして完全に空気扱いにされた家定は、空気扱いを嘆く処か、信吉が持って来た釣書のタワーに唖然呆然。


釣書の差出人の名を観る度にドンドン涙目になり、「コレの中から1人決めるの?・・・決めたら他の差出人の怨みを買うよね?絶対にコレ?・・・もうやだ!家督を小吉に譲って隠居するぅ!」と、完璧な貰い事故で地獄を観る羽目になった事で、プッツンと何かが切れて幼児退行をするのであった。


因みに可成の釣書を持って来たのは、ちょくちょくノッブの呼び出しを伝えに来る、紅顔の美少年だったのに信吉は驚き、可成との関係を問い質した所、可成の長男・可隆よしたかだった事が判明して、2度ビックリした信吉。


同時に「あの美男子で有名な、森乱丸の同母兄だったわそう言や」と、思わぬ事で納得した信吉であった。


最終的に信吉の所属を巡っては、ノッブの裁定にまで発展したらしいが、流石のノッブも幾ら森可成と同じ最古参といえども、スピリチュアルと云うかオカルトな理由の秀隆よりも、師弟関係に有る利家に理があると判断し、晴れて赤母衣衆の所属になった様である。


それはさておき、


「中々に良い店だな小吉。

まぁ藤吉秀吉の薦めだろうが。」

「あ、やっぱり判ります?」

「そりゃあなぁ、お前の歳でこの店を知っているのはちと考え難いしな。

お前の伝手でこの手の店に通暁つうぎょう(熟知)してる奴つったら、藤吉一択だろ?」

「ええまぁ正直、義弟妻の弟としては嬉しくない話なんですけどね~。」

眉根を寄せてボヤく。


「ブフッ!違いないなそれは!

ゴフッ、ンン!・・・それはそれとして、どうかね小吉クン?上士になった感想は?」

盃の酒を笑って吹き飛ばした後、イタズラっぽい笑みで尋ねる。


信吉は赤母衣衆所属となった事で、岐阜城下の下士屋敷から、城内の上士屋敷(奇しくも元竹中邸)にお引っ越しとなっていた。


「う~ん、正直言って使用人は兎も角、幹部家臣が集まらなくて困ってますね。」

「はい?お前、殿から家禄を拝領する前に、藤吉からも禄を貰っていただろうが?

今までどうやって遣り繰りしてたんだよ?

それに藤吉と違ってお前の実家は武家なんだから、一族一門の中から腹心を寄り集めるのには事欠くまいに。」

信吉の返事の内容に首を傾げる。


「え~とその、遣り繰りの方は殿からの禄は実際は返上して貰ってなくて、家臣の方は姉さんが実家との折り合いが、兄弟姉妹以外最悪なのと同じで、俺も悪くて親戚付き合い一切してないモンで。」

ポリポリと頬を掻く。


今まではノッブからは、兵役の義務の無い捨て扶持を貰い、秀吉からは名目上の禄を貰っていて、秀吉の方は内々で実態の無い、現代風に云えばペーパーカンパニーの様な状態で、体面的に誤魔化していた。


しかしノッブから正式に家禄を貰った以上は、当然の如く兵役の義務が発生する為、云わば「木下信吉隊」の形成が必須となり、その根幹家臣を得る事に信吉は、頭を悩ます状況になっていた。


信吉的には家臣養成所である、方仁寺学問所の生徒達から募集をしたい所なのだが、開設してからの月日が浅すぎてまだまだ生徒が未熟であり、一部を除いて採用基準にも達していなかった為、現段階では不可能であった。


一部の者は優秀な成績を修めており、個人的には欲しい人材ではあったが、そもそもの養成所のコンセプトは「秀吉の後期以前の、万年人材不足を解消する為の施設」なので、筋的に秀吉に推薦するべき人材であり、自分の所で青田買いして採用するのは本末転倒と思い、やむなく諦めたのである。


かと言って、長老以下マトモな人材が生家の杉原家、父方の家利系木下家には居ないのも判っているので、一族一門だからと無能な人物を採用する気にもならず、「人は居ても有能な人が居ない」という、有る意味秀吉よりも深刻な人材不足に陥っているのであった。


「あ~・・・そうだったな。

そう言や松がそんな事言ってたな確か。」

思い出したのか納得顔の利家。


「どうするつもりなんだお前?」

「いっそのこと殿と同じく、嫁さん側の伝手を辿ってみようかと思ってますけど。」

「いや嫁さんの実家って貴族家だろ?

とても戦場に出て、命のやり取りをする人物が居ると思えんがなぁ。

それなら斎藤龍興に仕えてて、浪人になってる奴がちらほら居るから、そいつらを採用した方がマシだと思うが。」

現実的な話をする。


「いや~居るには居たんですけどねぇ。」

「居たんですけどって、どうしたんだ?」

「殿に推挙しました。」

「何をしてんだよお前は・・・。」

本末転倒な信吉の行動に呆れる。


一応、軍学に精通した半兵衛や、顔が広くて武芸に明るい小六に協力して貰い、信吉の名を知ってそれなりに集まって来た、浪人の採用試験を行ったのだが、殆どが箸にも棒にもかからない半端者であり、試験に通ったのは僅かに1人であった。


その浪人は「岸教明きしのりあき」と名乗り、「あれ?どっかで聞いた事有る様な?う~ん・・・あ、加藤嘉明の親父の名じゃねーか!?」と前世知識で思い出した信吉は、躊躇なく秀吉に推薦したのである。


思わぬ掘り出し物を発掘した信吉だったが、結局事態は全く解決していないのであった。


「う~ん・・・あ、そんなら俺が家臣候補を紹介してやろうか?」

「え、前田様が?

前田様も最近、実家の家督を継いでバタバタしてるのに、そんな余裕有るんですか?」

利家の話に首を傾げる信吉。


「まぁ俺が実家を継いだ、「副産物」みたいなモンなんだが・・・。」

「ちょっと厄介事は・・・。」

「そう言うなよ、可愛い弟子の為に師匠の俺が紹介してやるのに。」

「厄介事なのを否定しないの!?

あからさまに師弟関係を持ち出して、俺に押し付ける気満々ですよね!?」

露骨に目を逸らす利家に突っ込む。


「まぁまぁそんなに邪険にすんなよ。

間違いナシにお買い得物件だから。」

「・・・前田様の顔を立てて会ってはみますが、駄目な時はキッチリ断りますからね?」

「ああ、それで構わんよ。」

寂しい横顔で頷く利家。


こうして信吉は、自身の家臣団の形成に四苦八苦しつつ、利家が紹介する人物と会う事となるのであった。


                 続く

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