第40話昔の結婚式って長い・・・。

(・・・ふぅ、遂に来たかXデーが)

式場となる方仁寺の本尊仏像が安置されている本堂の奥に、同じく正装に身を包んだ秀長と共に座り、昏くなった室内を照らしている灯りを、白い息を吐きつつ何の気なしに、ボンヤリと見つめる信吉。


1566年2月末、信吉と秀長は合同結婚式に臨んで、花嫁を迎える状況となっていた。


婚儀の為に信吉達は、小牧山から方仁寺がある清洲に朝方には移動し、他の家臣達と同様に維持・管理を留守居に委任していた、秀吉の清洲屋敷で日が暮れるまで待機、日没前に方仁寺に入って花嫁の茶々達や、付き添いで一緒に来る仲人役の秀吉夫婦の到着を、2人は今か今かと待つ身となっている。


何故清洲の屋敷を維持していたかと云うと、あくまでも小牧山城はしっかりと造られ、町割りもちゃんと整えてこそいるが、美濃を征するまでの軍事的な前線拠点であり、その為に織田家の直臣達は、近しい身内を引き連れて小牧山城に移転し、小牧山城下には住み暮らしていたが、清洲の屋敷には自分の家臣・親戚を留守居として置き、事務的な部分はそのまま残している事が殆どだった。


これは小牧山の城下町は新造された町な為、未だ経済・流通の基盤整備が整っていないので、物資調達等は清洲で変わらず行われているからであり、ノッブの織田家も軍政を司る林秀貞が留守居役で清洲に残り、清洲を物資集荷拠点として美濃攻略の拠点・小牧山城と、伊勢攻略の拠点・蟹江砦にと大きく分けて、軍需物資等を割り振って輸送している。


当然ご多分に漏れず木下家も、事務方筆頭の信吉の義父・家次を留守居役に置き、せっせと物資の供給を担って貰っていた。


因みに「小牧山に城を新築して、小牧の町まで新造せんでも・・・」と思っていた信吉だったが、蜂須賀小六のオッサン曰わく、「そりゃオメー仮にも国主が住まう城が、見窄みすぼらしければ大殿引いては織田家の沽券に関わるし、ついでに東美濃の豪族連中に対する軍事的な効果は無論の事、な効果もデケェからだよ」との事。


「政治的って?」

「地理的に云って、東美濃の多治見郡の商人連中の往来は、東尾張の春日井かすがいを清洲・熱田の中継地として、庄内しょうない川伝いに行けるから其処までデカい恩恵はねーけど、恵那・可児郡の連中は基本的に木曽川伝いに犬山経由で、清洲・熱田に行くのが普通だが結構距離がある。

そんで此処小牧は、大凡だが犬山と清洲の中間点になってる訳だ。」

「両地の中間点って事は、集荷地点即ち宿場町としての側面を、小牧が持つって事?」

小六の話を聞いて、答えを導き出した。


「まぁそういうこったな。

大殿が美濃を奪ったら小牧は、軍事拠点としての価値こそ失っちまうが、東美濃から犬山を経て清洲・熱田間の中継地として、商業的な価値は逆に高まるだろうよ。」

「確かに。

美濃・尾張を織田家が支配すれば、両国間を隔てる垣根が無くなり、両国の商人達の往来が活発化するか・・・。

うん?よくよく考えたら、東美濃地域を尾張の商業圏に組み込んでないかコレ?」

ふとそういった感想が脳裏をよぎる。


「間違い無く意図してやってるだろうな。

東美濃連中に大殿は、小牧山城を築いて威を示して城下に町を作り、往来の活発化に因る利益を提示して、軍政共に取り込む算段を建ててると思うぜ?

一軍の将としての大殿は色々と注文が付くが、一国の相としては掛け値無しの優れた政治家だな。」

肩を竦めて賞賛する小六。


「滅多に大殿を褒めないつーか、嫌遠している小六さんが珍しいね?」

「まぁ、俺の個人的な感情と端から見た客観的な実情は、全くの別物よ。

殿の説得で大殿に下った際、私関しせき(個人的に作った関所)の撤廃を命じられた時は、収入減を狙ってんのかと訝しんで、下った以上はやむなしと渋々撤廃してみたら、寧ろ領内を商人が通る数が増えて渡しの利用者も増え、関所が無い方が儲けになったしな。

俺みたいな凡百とは目の付け所つーか、見えているモノが違うのがよく解ってっからな。」

自身の実例を以て断じる小六であった。


それはさておき、


基本的にこの時代の結婚式は、「婚」と言う字は女編にくらいと書く様に近代とは違って、朝から執り行うモノではなく、日が暮れてから行うのが普通だった。


そして身分差によってスタートに差があり、庶民は花婿が仲人役と一緒に、花嫁の実家に迎えに行くのが通常で、武士は花嫁側が花婿の家まで送り届けるのが普通であり、大名クラスになると、物々しい武装をした護衛付きの駕籠で花嫁は運ばれ、両家の友好度の具合に因って多少は変動するが、通常は国境で花婿側に駕籠ごと引き渡され、そのまま花嫁の従者は相手大名側の後方に追従し、婚儀に出席する事が多かった様だ。


因みに同時にこの時代は江戸時代とは違い、女性にとって元服=成人式に相当する「※鬢削びんそぎの儀」を行っていない、幼い未成年で嫁ぐ事が多い為、嫁ぎ先の旦那が行う事が通例だった模様。


(まぁ茶々さんや涼先生は、とっくに済ませているから関係ねーけどな)

面倒くさい事をせずに済んで安堵する。


(※・・・鬢とは髪の「もみ上げ」部分を指し、鬢削ぎの儀を現代風に分かり易く例えれば、市松人形の髪型から、「姫カット」と呼ばれる髪型に変える事。

戦国時代中期ぐらいまでは、10~15歳位にするもので不定期だったが、戦国時代末期から江戸時代初期の、国内での戦争が減少した安定期ぐらいから、(数え年で)16歳の6月16日に執り行うのが通例となる)


有る意味「まな板の鯉」と言うか、明鏡止水の心持ちで茶々達を待っている信吉に対し、


「え、え~と嫁さんを迎えた後、あれ?

何だっけか・・・思い出せない~!?」

鶏の如く頭を前後にブンブン振って、完全にテンパっている秀長。


「おい、小一!

いい歳した男がみっともねー事してないで、どっしりと構えねーかオメーは!

隣の年少の小吉君が神妙にしてんのに、情けない姿を晒すでねーよ!」

見かねた秀長の母・仲が怒鳴りつけ、息子の無様な様子をただした。


「そうは言ったで母ちゃん・・・。」

「男のオメーがオドオドすりゃあ、遠国から嫁いで来る嫁御も不安になるもんだ。

空元気でもええ、胸張って迎えてやれや!」

叱咤激励するグレートマザー。


「全く・・・これからオメーは一家の大黒柱になるんやぞ小一?

今からそげな事で、どうすんだよ本当に。」

「まぁまぁ仲さん、そんなに心配せんと。

ウチの勝三恒興も似たようなモンでしたし、今は頼りなさげでも年数が経てば、自然としゃんとするもんですから。」

憤る仲をまぁまぁと落ち着かせる、仲と同年代と思われる池田恒興の母・養徳院。


「そういうもんだかね養徳院さん?

何せがウチの跡取りの長男坊は、小一と違って親のオレらに知らせもせんと、勝手に嫁さんと結婚しちまったもんだし、小一は兄と違って性格がノッソリしとるつーか、鈍い所が有るでど~も心配でよう・・・。」

「ええ、ええ解りますよ仲さん。

私も息子が結婚した際は、貴女と同じく心配になったモノですから。」

仲の愚痴に同調し、相槌を打つ。


2人共今日の婚儀に於いて出会った初対面なのに、余程馬が合うのか積年の付き合いが有るが如く、親しく話す仲になっていた。


加えて互いに似たような境遇経験(互いに家付き娘で夫と死別、コブ付き子持ちを連れて再婚)を持っている為に、互いの心情が良く解る上に親近感も手伝って最早、寧々と松の様な親友の間柄に近い関係になっている。


そもそも何故養徳院が此処に居るのかと言うと、恒興が涼に京風の婚礼を学ぶ為に、ノッブの居城・小牧山城から人員を、引っ張って来た事に端を発していた。


恒興が引っ張って来た人員に、養徳院も一緒に帯同して来たのである。


当然自分の仕事に母親が加わる事を恒興は嫌がり、どうにか排除しようとする目論むも、


「何を言っているのですか貴方は?

例え貴方がお役御免になっても、奥向きの私達は変わらず、婚礼の支度の仕事は任務として残るのですよ?

畏れ多くも若様信長より奥向きを与る私が、職務内容を把握せずにしてどうするのですか?」

ド正論を吐かれ沈黙し、恒興よりも養徳院主導の演習になってしまうのだった。


「止めてくれ~お袋ぉ!?

公衆の面前でそーゆー話をすんのはよ!?」

そうしてノッブの名代として出席している養徳院の息子・恒興は、自分の恥部を堂々とバラされる仕打ちに、バタバタ身悶えしつつ赤面する羽目に陥っていた。


「ほぇ~養徳院さんもそうだったかや。

ほんならご子息もアンタさんが再婚した際に、ウチの藤吉みたいに義父の存在を気に食わず、反発してグレた不良になったのかね?」

「ええ、そりゃあもうウチも。

若様が先代様に反発してかぶく様になったのと同時に、盛大にグレましたねぇ。

珍妙奇天烈ちんみょうきてれつな染め物(衣服)を着たり、(口)紅や眉墨まゆずみ(アイブロウ)で顔に落書きしたり・・・これがもう余りにも不細工で腹を抱えて笑いましたけど。」

思い出し笑いを浮かべるグレートマザー。


(※・・・ガチの史実でノッブは、チ○ポ柄の衣服を着た記録があり)


「止めろつってんだろクソ婆ぁ!?

チクショー!花道ヴァージンロードを横切って止めに行きてーけど、無礼になるから向こう側に行けねーのが、めっちゃ腹立つ!!」

ギリギリと歯軋りしつつ、花道向こうの嫁さん側に座って笑う、母親を睨みつけた。


本来なら結婚式は新郎側・新婦側に、それぞれ身内親族に分かれて座るのが普通だが、新婦の茶々や涼は尾張に親族が居らず、辛うじてタダ飯を集りに来た、※飛鳥井のオッサンが遠縁ぐらいで遥か遠国の京に居る為、通例だと新婦側がガラガラになってしまうので、男性は新郎側に女性は新婦側にと別れて座り、特に女性側は女房衆を呼んでバランスをとっているのである。


(※・・・基本的に殆どの貴族家は、藤原氏を祖とする分家や末孫なので、五摂家を本家として家礼かれい(主従)の関係を結び、五摂家の当主を「御所様ごっさん」と呼んでいた。

つまりは飛鳥井家も山科家も、フツーに同じ藤原氏の末孫なので、遠縁になるのである)


そんな風に池田親子が揉めている中、


(ちょっと小吉、面倒な厄介事が出来しゅったいしたぞ)

方仁寺の婚儀の警備隊の隊長を務める、前野長康が信吉に耳打ちして来た。


「どうしたの長康さん?」

「ああ、やたら小綺麗な雲水うんすい(托鉢修業僧)の一団が此処に訪れて来て、一夜の宿を求めて来たんだが・・・。」

「が?」

「顔を覗いたら雲水に扮した大殿ノッブだった。

隠す気あんのかあの人は?どうする?」

呆れ顔で対応策を求める。


「とりあえず雲水達バカ共には、事情を話して余所に行って貰いましょう。

ど~してもゴネるなら池田の養徳院様が、今か今かと「手ぐすねを引いて待っている」と、お伝えください。」

揉めるのなら連れて来いと暗喩するゲス。


「おお、おう判った。」

若干引き気味に答える長康。


因みに養徳院の名を伝えた途端、某電圧の単位の様な名のレジェンドの如く、ノッブは電光石火なスピードで逃げ出したのであった。


そうして同時刻・・・


「さて、ボチボチ参ろうかの?」

「うむ、左様でおじゃるのう。」

秀吉の独り言に頷く飛鳥井のオッサン。


「では方仁寺に向かうぞ皆の衆!ってあの、何を為さっているのですか?飛鳥井卿?」

「なに、修理少進信吉にちと頼まれてのう。

者共!ぶっつけ本番じゃが参るぞ!?」

「「「「「応!」」」」」

飛鳥井のオッサンと一門は、烏帽子を取って編み笠を被り始め、木下隊の部下達に声を掛け、飛鳥井の掛け声に応える部下達。


「え、え?何ナニ?」

謎の受け答えをする周囲に、疑問符を浮かべてキョロキョロ見回す秀吉を余所に、


「~~~♪~~♪~~~♪・・・。」

「あらえさっさ!ヨイショ!!」

軽快な祭りばやしを飛鳥井一門が奏で始め、祭り囃に乗じて踊りながら花嫁達の乗った、駕籠に追従して行く部下達。


「うん?祭り囃・・・か?」

「只今より花嫁御寮が通り申す!

どうか花道を通る花嫁の為に、厚意を以て道を譲って頂きたく!宜しくお頼み申す!」

清洲の街中を松明を掲げた部下が先導役として道を作り、その後を編み笠で被って素性を隠した飛鳥井一門が、信吉が教えたゲームの祭り囃風音楽を奏でて通り、部下達が思い思いに踊って、駕籠を囲いつつ練り歩いて行き、蚊帳かやの外状態の秀吉夫婦が付いていく。


因みに信吉が教えた曲は、「天外なリアルタイムリンク搭載型魔境風ゲーム」の、祭りの音楽である。


和風な曲調が特徴の名曲であった。


「はぁ、こりゃ又豪勢な花嫁行列じゃのう。

一体何処の御大尽ごたいじん(金持ち)の花嫁行列なんじゃろうかの?」

「何でも京の貴族家の姫君らしいぞ?」

「ほぇぇ・・・流石は雲上人うんじょうびとの姫君といった所かぁ。

都の婚礼は華々しいんじゃのう。」

感心しきりに脇に避けて呟く通行人。


一連の出来事は信吉が、飛鳥井のオッサンと木下隊の隊員に頼み込んだ仕込みであった。


様々な家庭の事情で不遇を託っていた、2人の新しい門出を華やかにするべく企画し、「老若男女の皆が貴女達を祝福しているよ」という、コンセプトである。


祭り好きの有志を木下隊から募り、飛鳥井のオッサンには「貧相な婚礼を行えばえある貴族家の名折れ、恥を世間に晒す事になる」と表向きは説得。


裏では「全額演奏代はノッブ持ちで青天井無制限、上手くいけば新しい家業商売の種になる」と、親指と人差し指で丸を作りつつ後ろ暗い話をし、絵に描いた様な悪代官と悪徳商人的な笑みを互いに浮かべ、密約を交わして実行されたのであった。


残念ながら信吉の所行を糺す、某繊維業者の隠居は存在せず、自分が任命して悪行を為す部下達を自分で始末する、マッチポンプ的成敗を繰り返し、旗本処か譜代・親藩すら壊滅させてそーな某将軍に類似した、暴れん某将軍は部下の三好家に、返り討ちに遭って死亡済みな為、止める者は居なかったのである。


他人の銭でやりたい放題のドゲスであった。


それはさておき、


そうしてド派手なパフォーマンスで行列は進み、文字通り「鳴り物入り」で方仁寺に到着した両人は、茶々は信吉の実姉・寧々に、涼は秀長の実姉・朋を介添え役にして、しずしずと山門をくぐったのであった。


ゆっくりと本堂に到着した一行は、そのまま席に着座して結婚式を開始。


室町時代初期の能に歌われ、以後は目出度い祝福の歌として定番化した、「相生あいおいの松(高砂たかさご)」の一節を、仲人役の秀吉が調子外れな音調で歌い上げ、三三九度の盃を互いに交わして結婚が成立。


そのまま秀吉が音頭を執り、祝杯を挙げて宴に突入する。


暫くドンチャン騒ぎをして、宴がたけなわになった頃に、


「ねぇねぇ小吉。」

「うん何?姉さん?」

「小吉がさ、昔私達の婚儀の時にさぁ、幾つかの歌を歌ってくれたでしょ?」

若干酔っているのか微妙に呂律ろれつが回ってない口調で、寧々が信吉に問い掛けた。


「ああ、そんな事もあったね。」

「もう一度余興で歌ってくれないぃ?」

「何で!?姉さんが歌う方でしょうが!?」

「いやいや私には、アンタみたいな凄い歌の才能なんかないし、出来れば小一郎君に歌ってあげて欲しいなぁと。」

「ほうほう、そりゃええ。

小吉、儂からも頼むわ。

お前が歌ってくれた歌、ありゃ本当に良かった・・・歌詞忘れたけど。」

「本当に良かったと思ってるのそれ!?」

秀吉のいい加減な発言に突っ込む。


結局囃し立てられた信吉は、「恋物語はサドゥンリ」・「木星」・「流れる方の色」・「月光レジェンド」等を歌わされる羽目になり、「嫁さん向けにも歌ってやれや!」とオッサン連中に野次られたので、「柑橘類のグローリアスブリッジ」を茶々に向けて歌い、泣かれてしまったのであった。


そうして清洲邸に戻って床入りとなり、シミの無い天井を眺めつつ朝チュンし、秀長共々ゲッソリと生気の無い表情を並べて、2日目の披露宴に突入。


秀長と共に疲労困憊し、「二度としたくない」と問わず語りで頷くのであった。


こうして無事結婚式を終えて式の内容が、新しく新設された、「婚礼褒賞」の雛型として出席した女房衆の口コミや、通行人達の口の端に上って高評価を受け、婚礼褒賞の格付けも大いに高まり結果、かなりの功績を積まないと無理レベルに昇華し、極々ノッブに近い者しか受けれないモノとして、「これなら早々はやらずに済みそうで良かった」と、自分がに当たるのにも気付かず、胸をなで下ろした恒興であった。


                  続く

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