第35話呪わば穴2つの代償と、信吉を基に観る、戦国期のエトセトラ。

1566年1月、新年を迎えて無事1年を越せた事を、皆が親戚・友人達と祝う中、


「未だだ!勝負は諦めたら終わり!

つまり諦めない限り、未だこれからだ!」

グッと握り拳を固め、熱く吠える信吉。


何処ぞの一昔前の、スポ根漫画の主人公の如く、未練がましく結婚回避に熱意を燃やす、ゲスな主人公であった。


1565年11月、武田信玄の宿臣・飯富虎昌が、謀反の疑いで嫌疑を掛けられ処断され、信玄の嫡男・武田義信も関与したとして、寺に監禁されるという事件が勃発。


尾張国内では、信吉が義信が何事かを起こすかもという、予想をしていた事がまことしやかに流布され、「又当たった!」とノットリダマスとしての名声を、順調に上げていた。


同時に押し掛け女房ならぬ、押し付け女房の如く茶々を送って来た、茶々の実父・山科言継に腹を立て、未だに納得せずに抵抗の意思を露わにする、信吉であった。


「いやもうどう観ても決着が着いとるだろ?

それにあんな見目麗しい美人で、貴族家の息女を嫁に貰えるんじゃから、誰が観ても文句なしの良縁じゃろうに。」

呆れ顔で信吉を諭す秀吉。


わりかし江戸期には「東下あずまくだり(江戸=東京行き)」といって、貴族家の息女が有力大名やその重臣(陪臣)、旗本といった所に※降嫁こうかして行く事も、しばしば有って珍しくなかったが、この時代に於いては京に程近い、近畿圏なら兎も角、地方に嫁ぐのは結構稀で、特に陪臣に嫁ぐのは非常に稀な珍事であった。


(※・・・上位者の家出身の息女が、下位の家に嫁ぐ事。

基本的に貴族家から、武家に嫁ぐ事を指す。

大概の貴族家の方が、嫁ぎ先の武家よりも官位が上な為、江戸時代までは普通に使われていた言葉だった)


「まぁ、唯一挙げるとすれば、お前よりもちと年上なのが、問題っちゃあ問題じゃが。」

若干眉根を寄せて、懸念材料を挙げる秀吉。


この時代に於いては、18歳で行き遅れとされるにも関わらず、山科の茶々さんは20歳とかなり晩婚であり、しかも相手の信吉(14歳)よりも年上という、結婚相手として家格はぶっちぎりの良縁だが、年齢に関してはかなり問題の有る縁談である。


基本的にこの時代に於いて、年下の男性に年上の女性を宛てがうのは、かなりの失礼且つ押し付けがましい行為であり、場合によっては相手側が「ウチを舐めとんのか?」と憤慨して、トラブルの元戦の火種になりかねない、わりかし不穏当な問題行動であった。


「いや、そりゃね?その辺に関しては、全く以て文句無いんですけどね?

流石に誤字に見せ掛けて、騙くらかすのは納得いきませんよ!」

猛然と抗議する。


「いやそっちに年齢差は文句無いんかい。

騙くらかす事に関しては、人の事を言えん気がするんじゃがな儂・・・。」

お前が言うな的な、微妙な表情を浮かべる。


「殿や大殿様に提言はしても、騙くらかす事はしてないでしょうが私は?

多少の年の差はどうでもいいですし、端から観れば私に隔意を持つ者には、「貴族家に取り入って、年増を押し付けられた」と見えますから、良い意味で風除けになりますので、別段それはいいんですよ。

逆に山科家にとっても、「誇り高き貴族家が、金に目が眩んで娘を売り飛ばした」と、悪い方に観られた方がから。」

何で悪し様に言われなあかんのよ?といった、憮然とした表情で反論する。


「いや、悪評が立つ方が良いって・・・。

普通は逆じゃろうが小吉。」

首を傾げて疑問符を浮かべる。


「・・・殿から観て、茶々さんは「器量良し」に観えるんですよね?」

「そりゃまぁ、大概の男衆はそう思うと思うがなぁ・・・。」

「じゃあ何でそんな器量良しなのに、行き遅れる事態になったんでしょうね?」

「うん?そういやそうよのう・・・あ、もしかして、同輩とか上下や周囲の嫉妬・やっかみの影響か?」

ポンと手を叩いて予測する。


「恐らくですが上の家格の貴族家は、十中八九そうでしょうね。

同輩や下位の方は、上位者に疎まれている山科家と、わざわざ縁を結ぶ利が無い事と、単純に貧乏過ぎてめとる余裕も無く、山科卿には貧しい貴族家に娘を、めあわせる(苦労させる)積もりも無いのもあるのでしょうけど。」

秀吉の答えに頷いた。


山科言継は羽林家という、貴族家では中間の家柄で有りながら、現時点で推定で正三位しょうさんみから従二位じゅにいクラス(後に正二位・権大納言に昇進)の高官の地位に有ると同時に、内蔵頭財務大臣としての実績も抜群に加え、ぶっちゃけポスト関白を争っている、五摂家よりも余程主上からの信任も篤いのである。


そういった背景がある上、彼自身も教養人として名高く、加えて貴族家でも極僅かな荘園しょうえん持ちで自家収入が有り、信吉にも金銭援助情報提供料を貰うといった、極貧生活を送る大半の貴族家が、山科家に嫉妬と羨望を抱く状況なのであった。


前者は安泰で、自分の立場を脅かされる事の無い、頂点の五摂家連中は兎も角、主上の信任と※極官きょくかんに近い地位を持つ言継に対して、上位者の清華・大臣家連中は、実力を以て自分達と肩を並べて若しくは、自分達よりも出世している事に、焦りや嫉妬を以て敵意・隔意を抱いていた。


後者は荘園=領地を奪われて収入源を失い、同格の飛鳥井家の様に各地を巡って、家業を元手に出稼ぎをする者や、困窮から逃れて生活援助を得る為に、姉妹・娘を有力豪族に嫁がせたりしている中、山科家は極貧生活を送る貴族家内で、毛の生えた程度ではあるが、比較的安定した生活を送っており、同格の羽林家や名家・半家連中からも、羨望からの怨恨に近い感情を、抱かれているのである。


謂わば織田家に於ける秀吉の様に、実力を以て実績を重ねて出世し、織田家臣内の嫉妬・やっかみといった、ヘイトを買っているのと同じく、言継も貴族家内でかなりのヘイトを買っており、そういった影響が子女にも現れた結果、言継の娘・茶々は嫁ぎ先が無かったモノと思われた。


(※・・・貴族家の家格に依って定められた、最高位の官位の事。

羽林家・名家・半家の場合は、正二位・大納言が最高位とされた)


「まぁ武家の殿の場合は、実績を重ねて出世していけば、そんな嫉妬・やっかみなんぞは封殺出来るんですけど、貴族家の山科卿の場合は、家格・家柄が固定されている分、武家とは違った対処が必要でしょうから。」

言継の貴族家当主としての苦肉の処世術と、父親の立場での娘の配慮として、一定の理解を示す信吉。


「う~ん・・・雲上人で有らせられる貴族社会ちゅうのは、何とも複雑怪奇じゃのう。

如何に山科卿の如く実力が有れど、保身の為に自身や自家を、貶めにゃあいかんとはな。

つーか小吉よ、其処まで理解しとって年の差も気にならんのなら、ウダウダ言わんと素直に結婚せんかいお前。」

半眼で正論をかます秀吉。


「で・す・か・ら!理解はしてもやり方の問題ですってば!

素直に言って呉れれば、喜んで普通に協力するのに、こんな詐欺紛いな事されれば、誰でも立腹するでしょうが!?」

「まぁ、確かに・・・んで、協力ってどうするんだ小吉?」

「私よりも先に身を固めるべき人が、ウチには1人居るでしょ?」

とある実質的な筆頭家臣を示唆する。


「あ、小一秀長の奴か。

確かに歳も小一の方が上じゃし、お前から雅楽允の官位をおるから、茶々ちゃんとの組み合わせは悪くないな。」

一理あるなと頷いた。


基本的に朝廷から貰った官位は、流石に上級官位=大臣クラス等は、返納する義務が有るので無理だが、中・下級官位に関しては許可さえ貰えれば、他の者にも譲渡可能であり、信吉は従六位下・修理少進と、正七位上・雅楽允を兼任という形で持っていたので、秀長に雅楽允位を譲り渡した押し付けたのである。


実際にこの手の事柄は、貴族社会では日常的に、「父祖の名誉を、子孫・縁者が賜る」という慣例が行われており、貴族の子息は元服時には、過去に父祖達が貰った中級官位を当たり前に貰い、貴族としての家格を維持していたのであった。


武家社会に於いてもこの慣例は適用され、徳川家康が松平姓から徳川姓に改姓したのも、足利幕府に、「三河守護職」任官を突っぱねられた松平家は、今度は朝廷に泣きついて、「三河かみ職」を貰おうと画策するも、朝廷の記録には三河守処か、松平家には過去に官位を貰った者が、1人も居ない事が判明。


実力で三河の国主=知事になったのに、コツコツと献金して、八位から七位=村長クラスという、チグハグな肩書きから官位を上げていく、状況に陥ってしまったのであった。


にっちもさっちもいかずに困っていた所を、記録官から三河守護・吉良きら家の分家の「得川とくがわ家」という家が、三河守を貰った記録が、残っていた事を教えられた家康は、大量の袖の下賄賂を渡して家系改竄かいざんを実行。


松平家は得川家の末裔として、家系を改竄して貰い、家康は「徳川得川」姓に改姓して、晴れて慣例に従って三河守職を得たのであった。


こういった実例が有る様に、「官位委譲」はごく当たり前に行われていて、ノッブも従五位下・雅楽頭と正六位上・弾正忠の2つを貰い、その内の雅楽頭は自身が公称として名乗り、家系名になっている弾正忠は、生駒の方との間に出来た息子の信忠に譲る事で、家中に「正式な後継ぎ・嫡子は信忠」という、明確な意思表示をしている。


それはさておき、


「年齢的にも筋的にも、小一郎殿が適任というかピッタリですし、木下家の将来を考えれば、貴族家との縁戚関係を持つ事は、口幅ったい事ですが歴とした「血筋」を得る、即ち殿が持っていない背景家柄を得る意味でも、結構大事だと思いますので。」

「確かにのう・・・没落しとった木下家の名跡よりも、貴族家の山科家の連枝の方が、聞こえが良いのは間違いないが。」

己達の子孫を鑑みれば、小一郎の方に嫁いで貰う方が利になると頷く。


「という訳で、山科卿に抗議文を送った所、漸く返信が届いたので、殿や姉さ・・・奥方様にも返信を観て貰い、一緒に吟味確認して欲しいんですよ。」

「まぁ、ええがのう・・・。」

生返事を返す秀吉。


当然の如く山科の爺に、「この様な仕儀を成さるのなら、仲介役(仲介料)を別の人に頼みます」といった抗議文を送り、その返信が届いたので、またぞろ紛らわしい誤字トラップに引っかからぬ様、秀吉夫婦の前で返信を開示し、証人として利用しているのである。


(そう、未だ野球で云えば9回裏のワンアウト、サッカーのロスタイム開始に過ぎんわ!

山科の爺に結婚話を撤回若しくは、秀長に向けて方向転換押し付けをさせれば、未だ未だ挽回は可能じゃい!)

そうゲスな思考しつつ、呆れ顔を隠そうともしない、秀吉夫婦の前で返信を開示する。


そうして開示された、山科言継の手紙には、


「畏れ多くも主上から、此度の婚姻に関し祝辞を賜り又、お祝いの品々も賜り申した。

貴殿にも下賜品が、近々届く所存にて候。

後、式場の方も主上御自らが揮毫なされた、方仁寺にて婚儀を執り行う様、御下命が下りました由にて、何卒お願い申します草々。」

抗議文に関しての釈明処か、大量破壊大陸弾道ミサイル的な、内容が記されていた。


読んだ瞬間、パタリと横に倒れて目を剥き、ピクピクと痙攣する信吉。


信吉の脳内には、ツーアウトになって悲壮な表情で、手を組んで祈りを捧げる女子生徒と、時計を何度も確認するサッカー審判の幻覚が、何故かハッキリと見えた。


「・・・こりゃもう決定事項じゃろ。

最早此処まで話が膨らめば、一大事業というか家の面子に関わる一大事。

茶々ちゃんと夫婦になるしか無いじゃろ。」

手紙を拾い上げて読んだ後、死んだ目で横になっている義弟に告げて、


「もうそんなウジウジせずに、男なら受け入れなさいよ小吉。

断ったらアンタだけじゃなく、杉原・浅野・木下定利系・ウチまでも、一緒に消し飛ぶ羽目になるんだから・・・判っているわよね?」

ゴ○ゴ寧々サーティーン(18歳)が、14歳の実弟にトドメを刺す。


寧々姉さんの鶴の一声で、脳内ではゲームセットの宣言とサイレン、終了を告げるホイッスルが同時に鳴り響いて、完全に終了した事を告げ、金の草鞋わらじ処かプラチナの草鞋を履いても見つからない、姉さん女房(20歳)を娶るのが、正式に決定したのであった。


「・・・はい・・・じゃあ、仲人役を宜しくお願いしますね?殿。」

「はい!?何で儂!?

いやいや殿ノッブだろ!今回の場合は!?」

横になった状態で仲人役を頼む信吉に、自分を指差して首を振る。


「いやいや殿こそ何言ってんスか?

俺は殿の家臣なのだから即ち、大殿様から観て陪臣っスよ?

筋から言って殿を跨いで、大殿様に仲人役になって貰うなんて、道理が通りませんよ?」

ムクリと起き上がり、筋道という正論ダイナマイトを抱えて、秀吉夫婦を巻き込む気満々のドゲス。


「うぐ、確かに・・・え、じゃあ儂達も婚儀に、巻き込まれるんか!?」

「当たり前でしょうが義・兄・上?

主君で義兄でもある殿が、第3者無関係な訳ないでしょう?

仲人役として諸々の、準備・手配・段取りの件、宜しくお願いします。

あ、後、大殿様が仲人役をやる気満々の様ですが、筋道道理を諭して説得してくださいね?」

「いやあぁぁぁぁ!?」

信吉の発言の数々に、秀吉は頭を振り乱して絶叫し、バタンと倒れるであった。


こうして押し掛け女房の茶々と、正式に婚約を交わした信吉は、人生の墓場に入る一歩を踏み出したのである。


とりあえず未だ結婚前という事で、客間にお付き兼礼法・和歌の、指導役としてやってきた、京でならず者に絡まれていた所を助け、山科家に案内して貰った瓜実顔の美人・りょうさんと共に過ごして貰い、先ずは木下家の空気に慣れて貰う事となった。


そうして木下家に入った茶々だが、涼共々高貴な出自とは思えない程、まめまめしく寧々達の手伝いを率先して行い、年下の義姉になる寧々にも偉ぶったりせず、キチンと妹分として丁寧な言葉遣いと、周囲にもへりくだった態度で接して、忽ちの内に木下家に溶け込んでいったのであった。


同時に、「毎日ご飯が食べれて嬉しい」と、心の底からにこやかに告げ、「持参金処か支度金結婚資金すら調ととのわず、行かず後家のまま朽ちていくのかと思った矢先に、こんなに優しい方々の居るお家と、縁が出来て嫁げるなんて本当に幸せです」と、嬉し涙を浮かべる茶々に、実際は実家の都合に翻弄され、悲運な末路を遂げかけた裏事情を知る、寧々姉さん達女房衆は、滂沱ぼうだの涙を流して貰い泣き。


「茶々ちゃんに、少しでも良い結婚式を!」という、スローガンを女房衆は掲げて先ず寧々は、自分と同じ貧相で寂しい結婚式だけはさせまいと、信吉に貰った京・堺土産の派手めの反物を、惜しまず花嫁衣装の打掛に仕立て、他にも色々な衣服を仕立てた。


次に娘・幸の強力なライバルとして、敵情視察というか、小姑の如くに秀吉邸を訪問していた、お隣の松さんは茶々の漏らす、庶民も真っ青な極貧生活の生々しさに、自身と同じ体験をした同志と深く同調シンクロ


寧々と同じく信吉土産の、鼈甲のかんざしや櫛などを茶々にプレゼントし、親友・寧々の意図を察した松は、新婦側に出席者が殆ど居ない事に目を向け、新興の夫・秀吉の影響で、織田家内のマダム奥様方との接点即ち、コミュニティーが狭いのとは違い、自身の顔の広さを活用して、その手の話に脆いマダムを中心に声を掛け、席の穴埋めを行っていったのである。


又、信吉の義姉になる家定の妻・嘉代や、嘉代の実母で信吉の義母・美代も、義妹・義娘になる茶々の為に奔走するのであった。


こうして、ドンドン独り身の時間が減っていくのを、「る~る~る~♪・・・」と死んだ魚の目で黄昏れる信吉を余所に、着々と寧々達によって墓穴が掘られていくのであった。


                 続く


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