第33話ノッブの時の氏神様の御名は、今川氏真クン。
「え~、南進策の利点の1つ目は、国同士が隣接しているので移動距離が短く、兵馬・兵糧の負担が最小限に済む事ですね。
2つ目は、1つ目に準拠して統治・管理維持が容易な事です。
3つ目は、甲斐・信濃よりも豊かな農地と、海産物を持つ駿河を得る事で、武田家の食糧事情が改善される事です。
4つ目は、今川家から駿河を奪う事で、最早遠江・三河に遠慮会釈無く、攻め入る事が出来、旧今川領を吸収する事で、益々強大になるのが可能な事でしょうか。」
主に4つの利点を挙げる。
「ふ~む・・・パッと聞く限りでは、西進策よりも利点が大きい感じだな。」
「まぁそうですね。
古来より拓かれて移動が容易な平坦な陸路と、大量の兵糧や兵馬の移送が出来る海路が、遠・三の2国攻略に使える事を考えれば、尚のことでしょうか。
武田家から観て、政治的・軍事的に於ける堅実性を鑑みれば、南進策の方が西進策よりもマシでしょうね。
ついでに駿河・今川家を制せば、残る敵は松平家のみに加えて、我ら織田家は武田家・松平家の双方共に同盟関係にある以上は、両者の抗争は傍観せざるを得ません。」
可成の言に、プラスアルファで相槌を打つ。
「う~む・・・そう観れば儂の同盟打診は、信玄坊主に取って渡りに船であったか。
このまま武田家が尾張の眼前に来るまで、指を咥えて待つ事になるとは・・・。
しかし下手に手出しすれば、これ幸いに美濃にまで、ちょっかいを掛けて来ようし。」
忌々しげに呟くノッブ。
「まぁまぁ大殿様、ウチにも利益が有る事ですし、一概には悪いとも言えないかと。」
「フンッ、儂の得る利益は美濃一国。
対して信玄坊主は駿・遠・三の三国。
どう考えても釣り合いが取れまいが。」
鼻を鳴らして、信吉に反論する。
「利益が大きい分、不利益も大きいのが世の理ですから。」
(ガチで信玄はノッブと結んだ同盟のせいで、※瀬田に旗を立てれなかったんだしな)
同盟の副次的な影響のお陰で、信玄の行動を封じた結果を脳内で呟く。
(※・・・信玄が最期に言ったとされる言葉。
満を持した上洛戦中に病死し、京の瀬田に武田菱の旗を立てる(天下に覇を唱える)事は叶わなかった)
「しかしじゃあ何で信玄坊主は、西進策と天秤を掛けるんだよ?
普通に南進策の方が良いだろうに。」
「それは利点が大きい反面、欠点も同様に大きいからですよ池田様。」
先程に続けて恒興の疑問に答える。
「どんくらいの欠点があるんだ?」
「先ず対応をしくじれば、確実に三国同盟が破綻して、東の北条家を敵に回しますね。
最悪の場合は、対武田家の視点から北の上杉家と北条家が和睦して、同盟関係を誘発しかねない状況になります。」
「上杉と北条が同盟!?
謙信が関東管領になって以来、両家は関東の支配権を巡って犬猿の仲で、互いに争っているのにか!?」
現状で有り得ない話に、素っ頓狂な声を上げて驚く長秀。
上杉謙信家と北条家は謙信が、北条家に敗れて関東を逐われた
遠く離れた尾張の者でも知っている話であり、信吉の発言は俄かには信じ難いと言うより、荒唐無稽に近い話であったのである。
「・・・有り得るのか小猿よ?」
「少なくとも最前言った様に、「対武田家」という観点で観れば、十分有り得るかと。
三国同盟が破綻したと仮定し、北条家視点で鑑みれば、自領の伊豆・相模・武蔵の国境・甲斐を本拠地に持つ武田家は、
北条家の視点で武田家を観て、
「又、上杉家視点で鑑みても信濃の
つまり両家に取って武田家は、共通の厄介者に成る訳です。」
上杉家の視点でも、同様の敵に成っている事を示唆する。
「ふ~む・・・成る程のう。
そう観れば信濃・飯山や上野・厩橋よりも南に縦深を得て、越後の安泰を図りたい上杉家と、信濃と上野を上杉家に任せて、甲斐からの侵攻と武蔵以東の攻略に備えたい、北条家の利害と思惑が一致する訳か。」
十分可能性は有り得ると判断する秀吉。
「上野の支配権を北条家が譲歩すれば、上杉家も応じる可能性は高いでしょう。
上杉家は越後の縦深を得れる上、関東への足掛かりも得れて、謙信の関東管領という肩書きの面目が立ちます。」
上杉家の利と理を述べて、
「そして北条家も上野を譲歩する事で、信濃・上野方面は上杉家に丸投げして、
北条家にも利と理が有る事を指摘する。
「う~む、そうなると武田家は南進策を採り、忽ちの内に駿河を得ても対応を誤れば、北と東の上杉・北条家の両家、越後・上野・武蔵・相模・伊豆の長大且つ強大な、戦線を抱える羽目に陥る為、遠・三方面に出兵する余力が無くなり、松平家とは小勢での一進一退の小競り合いになってしまうという事か。
さすれば侵攻速度が非常に鈍くなる故に、貴様は信玄が南進策を採る方が、我が家にとっては良しと観る訳か・・・確かにどちらも一長一短で有るな。」
織田家にとっての、南進策の利益を理解したノッブ。
「そういう事ですね。
まぁ、信玄もその辺は理解しているでしょうから、松平家が遠江を喰って駿河に侵攻するまでは、傍観に徹するつもりでしょうが。」
何事も無ければと、脳内で付け足す。
「うん?そのまま駿河を侵食されるのを、信玄は見過ごすのか?」
「ええ、ギリギリまで追い詰められてから助けた方が、より高く恩や貸しを売りつけられますから。
その恩や貸しを盾に今川家を傀儡化するなり、子や孫を跡取りに送りつけて乗っ取る方が、堅実且つ統治・管理が楽ですし、穏便に済ませば同盟関係を維持したまま、全力で松平家を潰しに掛かれますしね。」
「・・・怖えな信玄坊主。
それを読むオメーも大概だけど。」
ゾッとした表情で信吉を見つめる恒興。
「只まぁ、信玄坊主はどっちになっても良いように、織田家と今川家を天秤に掛けて、傍観に徹する慎重さと冷静さを持っていますが、当然焦っている人物が居ます。」
「西進策を唱えて、親父越えを目論む信玄の伜・義信か。
今ならば斎藤家を煽動し、後背から儂を突いて挟み撃ちも出来ようが、時が過ぎて斎藤家が倒れ、儂が美濃を制せば義信の目論見は画餅と帰し、南進策に自然と家中の世論が傾いて、面目を失うだろうからのう。」
「それと今川氏真ですね。」
ノッブの読みに付け足した。
「氏真?・・・ああ、現在松平に侵攻されているのに、傍観に徹せられると困るか。
援軍依頼なり援助要請を、ひっきりなしに武田にしておろうからな。」
「加えて、大殿様と信玄が婚姻同盟を結んだ事で、焦燥感を募らせているでしょうし。」
「ふむ、仇敵の儂と信玄坊主が組んだと観れば・・・ああ、不利益も大きくなると言うのは、今川との間が険悪化する事か小猿よ。」
先程の信吉の言を思い出し、納得顔になる。
「ええ、その通りです。
南進策で1番肝要なのは、今川を穏便に傀儡化するか乗っ取る事です。
もしも武力行使をすれば、三国同盟が崩壊して先程言った様に、上杉・北条共同戦線との戦いに費やす羽目になり、多大な消耗戦に突入してしまいます。
大殿様との同盟は、その武力行使せざる得ない状態を作りかねませんので。
それは信玄にとっては、最も避けたい状況でしょうから。」
補足説明を入れて、
「只、刻一刻と南進策に傾いて行く家中内の天秤に、メンツを失いつつある義信。
同じく御家滅亡の崖っぷちに、徐々に追い詰められている、後の無い氏真。
どちらか又は双方が、動せず動かない信玄に業を煮やして、思い切った行動をとるやもしれませんねぇ~。」
意味深な台詞を吐く信吉。
「なぬ?まさか義信が信玄を?・・・いや、氏真が何かしらするのか?」
「さぁ?2人共が共通して「刻が無い」のは事実ですので、何を仕出かしても不思議では有りませんからね。」
肩を竦めて首を左右に振る。
(まぁ、確か義信が親父の信玄に対して、
脳内で前世知識を思い起こす。
実際に近い将来、「
義信事件の後年には今川氏真が、北条氏康と謀って荷留め(生活物資の輸出入を禁止する措置=経済制裁)の1つ、武田領に塩の輸出を禁止する措置を採り、武田家の生活物資の流通に大打撃を与える事となり、氏真の非情な行動に怒った信玄は、同盟を破棄して駿河攻めを決意したとされている。
(俺的に報復行為と言うよりは、武田家存亡の危機の事態になったから、信玄はなりふり構わず同盟を破棄してまで、駿河を攻めるしか選択肢が無かったって感じだよなぁ)
脳内で思考する信吉。
この氏真クンが起こした塩止め騒動は、信玄の宿敵・上杉謙信が塩止めには同調せず、越後からの供給で乗り切った事から、「敵に塩を送る」という故事成語の
何せ塩は人間が生きていく上で、必要不可欠なモノであるのに、海の無い山国の武田領では、自家供給が出来ない物質でありつまりは、塩を戦略物資(攻撃材料)として他家に利用されると、いとも
謂わば塩の供給元である、
そういった理由で信玄は、早急に塩を自家供給する必要性に迫られ、弱体化して攻め易い駿河を強引に攻め取り、致命的な大問題を解消したのである。
(後世に強引に駿河を攻め取ったせいで、周囲の強豪達を敵に回す、外交的な失策をしたって信玄は言われてるけど、そりゃ誰でも御家が滅亡するよりはマシでやるわいな)
実物を観た信吉からすれば、全く以て信玄らしくない、性急な行動に納得する。
恐らく氏真クンは度重なる救援要請を、のらりくらりと躱す信玄に腹を立て、「自分を蔑ろにするとこうなるぞ!?」ぐらいの、気持ちで行った示威行為だったのだろうが、物の見事に虎の尾を踏んでしまい、結果的に自家の滅亡を促進してしまったのであった。
しかしながらこの氏真クンの自爆行為は、ノッブにとって超絶妙なアシストになり、信玄は史実通り長大且つ強大な、上杉・北条戦線を抱える事になってしまい、西進する余力を失って徳川家とは国境付近での、
数年後に氏康の死後、北条家と和睦した上に信長包囲網のお蔭で、謙信も一向一揆に絡まれて、信玄に関わる余裕が無くなった為、漸く満を持して上洛を開始するも、時既に遅く病に冒され病死をしてしまう。
もしも西進に余力と時間が有れば、上洛途上の
覇者・織田信長の最大の難敵であり、「戦国期最強格の武将」と謳われた武田信玄は、「戦国期最弱格の武将」と世間に嘲笑された、今川氏真に皮肉にも足を引っ張られ、天下への道を取り損ねたのであった。
こうして謂わば氏真クンはノッブにとって、「信玄を
それはさておき、
「・・・何じゃ小猿?儂の顔をジッと見つめおってからに?」
「いえ、大殿様って豪運の持ち主なんだなぁ、と思いまして。」
「はぁ?」
「独り言ですのでお気になさらずに。」
笑って誤魔化す信吉。
「フンッ、相も変わらずおかしな奴よ。
まあ大方、南進策の利点・欠点は把握した。
確かに貴様の言う様に、手堅い用兵を好む信玄なら、南進策を採る目算が高そうじゃ。」
訝しげに信吉を観つつも、意見に賛同する。
「それでは是にて報告を終わります・・・左様ならば失礼します!」
「待てい。」
そそくさと義務は果たしたとばかりに、退室しようとする信吉に待ったを掛けた。
「未だ話は終わっておらん、座れ。」
「・・・何でしょうや?」
「貴様が帰還する前に、
ウチの使者を掃部から、貴様に変えて貰いたいとの要望が来ておるのだがの?」
懐からヒラヒラと、書状を見せびらかす。
「う~ん・・・遊びに行くのなら笛の演奏するだけで、食っちゃ寝出来るので良いのですが、仕事で行くのはのんびり出来ないので、ご遠慮願いたいっスね。」
「こ、コイツ、あの信玄坊主の所に、お気楽に
どんだけ肝が太いんだよオメーは・・・。」
軽薄口調で肝っ玉の太い発言をする信吉に、絶句をする恒興。
「おいおい小吉!?そんな理由で断るのは、流石に角が立って不味いわ!
何ぞ別の言い分で断らんかい!」
「え~・・・じゃあ、賭けをして勝ったら、行かなくていいようにするって事で。」
秀吉に窘められて代案を出す。
「ほう・・・?賭けとな?
一体何を賭けるつもりじゃ貴様?」
「そうっすね~・・・来年までに将軍が在職しているかどうか、でどうですかね?
私は今年中に、将軍が代わる方に賭けます。」
「「「「「おいぃぃ!?」」」」」
とんでもない賭けの内容に、その場の全員が大声で絶叫する。
「不謹慎過ぎるわ!!」
「只の個人同士的な賭けですって。
そりゃ大殿様と信玄坊主が、ソレを賭ければ「※討伐令」待った無しでしょうけど。」
「う~ん・・・冗句の延長上と観れば、有りっちゃあ有りか?」
「いやいや待て待て、そもそも将軍交代なぞ天下の一大事だぞ?
そんな事が起き得ると思うか普通?」
三者三様に意見が飛び交う。
(※・・・室町幕府の将軍が発する、幕府に仇なす大名に対し、全国の大名に出される討伐指令の事。
朝廷の朝敵指名よりも効力は弱かった上に、幕府の権威失墜に比例して無実化した)
「そんな一大事を、賭けの当てにするという事は小猿・・・有り得るのか?」
「わりかし高い目で。
畏き辺りの御方は
多分、次に何ぞ
剣豪将軍の周囲の評価を告げる。
「もし今年中に将軍が交代しなければ、私の負けで使者に赴く上に、官位を大殿様の婿・勝頼殿に譲り渡します。
しかし今年中に交代すれば、私の勝ちで使者に赴くのは拒否で、同時に相応の金品を頂戴しましょうかねぇ?」
ちゃっかり銭を要求するゲス。
「ふむ、まぁ断り文句としてはなんだが、それなら信玄もぶつくさ言うまい。
その様に返書しておこう。」
「宜しくお願いします。」
ペコリと頭を下げる。
(ウッヒッヒ・・・勝ち確のイカサマ博打で丸儲け!笑いが止まんねーわ!
万一外しても、厄介な官位を合法的に捨てれるし、今後は使い走りとして定例句だけ言って、織田家の内情を問われても、知らぬ存ぜぬと繰り返せば良いだけだし。
本当に知らねーモンは、答え様もねーのは事実だから、どんだけ腹を探られても、痛くも痒くもねーしな)
どっちに転んでも、全く困らない信吉。
こうして信吉は、抜け目なくどっちに天秤が傾いても、自分の利益になる様に画策して、ノッブの許を辞去するのであった。
続く
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