第30話表裏比興と小坊主。

「さ、ささ寒いぃ!つーか前が見えん!!

秋山殿~!引き返しましょうよ!?」

「ハッハッハッハ!これしきの雪なぞ、大した事ござらん木下殿!」

ホワイトアウトしている現状に、寒さに震えつつ提言する信吉の言を、快活に笑って一蹴する武田家家臣・秋山信友あきやまのぶとも


1565年2月、信吉は一応師匠に当たる飛鳥井のオッサンのせいで、武田信玄の招待を受ける羽目になり、そうした経緯で尾張を出発して、美濃恵那郡から信濃筑摩ちくま郡を経由し、一路甲斐国を目指していた。


後世に中山道なかせんどうと呼ばれて途中の下諏訪しもすわ宿で、上野こうずけ国(群馬県・グンマーとも)から武蔵むさし国(埼玉県・東京都)に至る本道の中山道と、甲斐に至る甲州街道に分岐するこの道程みちのりは、木曽川の流れに沿うように「へ」の字形にくねっており、木曽谷とか木曽路と呼ばれ、谷間を縫うような形で道が存在している。


そして信濃側の国境に勢力を持つ、木曽家の領地内にある妻籠つまご宿を出た一行は、移動中に吹雪に遭っていた。


(駄目だ聞いちゃくれねぇ!?雪慣れしている連中との、認識の乖離かいりがハンパねぇ!)

雪慣れしていない信吉は、心中で嘆く。


前世でもちょっと雪が降ると、忽ち車両の移動スピードが鈍化して、交通渋滞を引き起こしていた地域の出身なので、雪慣れしている人との認識の齟齬に戸惑うのであった。


(前世でも、ブリザードが吹き荒れても平然と作業をする、雪慣れした同業者達には本当に驚いたけど、秋山のオッサンも同類かい)

平然と突き進む信友を観て、盛大に白い息を吐き出した信吉。


本来安全性を鑑みるのなら、普通は陸路で東海道・尾張→三河→遠江とおとうみ(静岡県西部)→駿河するが(静岡県東部)を経由し、甲州往還こうしゅうおうかん(甲斐側は駿州すんしゅう往還)と呼ばれる官道公道で甲斐に行くのが安パイだし、海路で尾張から陸地に沿って駿河に行く方が、より安全であった。


しかしながら駿河は、織田家を仇敵とする今川家のお膝元なので、織田家に属する信吉は通行不可であり、三河は松平家が抗争中の今川家と、同盟関係に有る武田家の通行を拒否している為、信友が通行不可で通れずと東海道の、陸路・海路共に通行出来ず、やむなく雪深い木曽路を通行しているのである。


(まぁ、別段松平家が狭量って訳じゃなくて、基本的に大概の大名は他国者が、自国領を通行するのを嫌うのは、この時代では当たり前なんだけどな)

モコモコに幾重にも厚着した状態で騎乗し、雨雪除けのかさみの合羽かっぱ代わりに着た信吉は、覆面の如く顔に巻いた布越しに、鼻水を垂らしつつ思考する。


実際に対織田家の外交担当として、何度も美濃路を往復し、美濃の地理に精通した秋山信友が、織田家と武田家が手切れ同盟破棄になった際、武田家の美濃方面の攻略指揮官として、度々進攻をして来た様に、「何時敵になるか判らない他国者に、自国領の地理・地形を把握される」という、明確なリスクが生じる為に、忌避するのが普通であった。


(・・・駄目だ、雪で地形処か景色も覆われてて、全っ然判らん・・・)

地形を把握しようと努めるも、辺り一面の雪景色に諦める。


(つーか上杉謙信て関東管領に就任後、毎年の様に1月から豪雪地域の越後えちご国(新潟県)から、上野国の三国みくに峠を越えて関東に出征していたらしいけど、絶対にヤバいってばよ)

確実に遭難者や凍死者が出てるんでは?と、ブツブツとボヤく。


雪慣れしていない信吉視点で観れば、日本最大の遭難事故として映画にもなった、「青森八甲田山はっこうださん雪中行軍せっちゅうぎょうぐん訓練事故」と、同等の蛮行にしか思えなかった。


それはさておき、


そうした状況でもサクサクと進み、宿場町に着く度に「生きて着いて良かった」と、生の喜びを再認識しつつ、「信州信濃の新蕎麦よりも、あたしゃ火元の側が良い」と、どっかで聞いた記憶のあるフレーズを再認識して、真っ先に囲炉裏に突撃をかまし、暖を取って離れないのであった。


そんなこんなで、多少の吹雪に見舞われこそしたが、事故もなく分岐点の下諏訪宿に到達すると南下、信玄が交通の利便性を上げる為に作った、棒道ぼうどうと呼ばれる道を辿りつつ、信玄の父・武田信虎たけだのぶとら石和いさわから移転して以来、武田家の本拠地となった躑躅ヶ崎つつじがさき館に到着したのである。


(おおっ・・・でけえ!って事もない様な?

戦国時代には珍しい、平城ひらじろ?城か?って聞いた記憶あるけど、前世の地元の城跡地よりも、敷地面積が小さい気がする。

造りはシッカリしている感じだけど、少なくとも動物園は作れなさそうだな・・・)

ド失礼な感想を抱く信吉。


因みに前世では、信吉が生まれて間もないぐらいまで、県内随一の温泉街から徒歩3分弱程の、ド近所に有る地元城跡地に、何故か動物園がガチで存在しており、恐らく国内では唯一と言っても過言ではない、奇想天外な城跡の活用法で利用されていた。


なので某栄光的な「ノッブの野暮」の籠城戦で、地元の城跡地マップが画面に出ると、「この敷地の中で色々な動物達が、飼育されていたんだよなぁ」と、何ともいえない微妙な感じになったモノである。


「ふふっ、どうでござるか?※御屋形おやかた様の居わすこの館は?」

「ええっとはい、大層立派な御屋敷かと。」

後世で動物園になるよりは立派だろうと、胸を張って手で躑躅ヶ崎館を指し示す信友に、微妙に目線を逸らしつつヨイショするゲス。


(※・・・足利幕府が許可制で与えていた、「屋形号」の称号の事。

一般的に戦国大名よりも格上とされ、原則足利一門や守護大名にしか与えられなかった。

幕府の役職には興味が無かったノッブも、この屋形号は欲して手に入れている。

因みに上杉謙信は、元々は長尾ながお家という守護代家の出身だが、幕府より屋形号を貰っており、謙信も基本的には「御屋形様」と呼ばれ、その他の別称である「御実城おみじょう様」呼びは、上杉家独自の尊称)


信吉の微妙な感情には気付かず、コクコクと「さもあろう」とばかりに頷き、門扉の前で下馬をして先導していく。


てくてくと素直に付いていくと、こぢんまりした離れの様な建物に案内され、建物の前にて待ち構えている、20代前ぐらいの青年と言葉を一言二言交わすと、「後の事はこの者にお聞きくだされ」と一礼を信吉にして、サッサと去っていった。


「え~と・・・?」

「木下殿に於かれましては、この寒い中を尾張の遠路から遥々はるばる、当家にお越しになられて、本当にご苦労様に存じ上げまする。」

ぺこりと丁重な仕草で頭を下げる青年。


「あっはい、どうもご丁寧に。」

「御屋形様より、此方の建物を寝所しんじょ(寝床)として自由に使用なされる様にと、仰せつかっております。」

「はぁ、え~とありがとうございます?」

戸惑い気味に頷く。


(う~ん・・・丁重なのは判るけど、この対応がどれ位の待遇なのかが、全然判んない)

脳内で疑問符を浮かべる信吉。


一応織田家の正使の肩書き且つ、信玄の招待を受けた形になる為、悪い扱いではないのは理解出来るが、如何せん初めて他家に逗留するので、どれ程の扱いなのか皆目見当が付かないのであった。


「そして遠路遥々来られた、木下殿には大変申し訳有りませぬが、御屋形様は現在多忙を極めておりまして、謁見と演奏を披露して頂くのは、3日の後になります事をどうか平にご容赦の件と、ご理解ご協力の程を何卒お願い申し上げまする。」

「あっはい、全然全然。

じゃあ最低でも3日間は、彼処あそこで寝転んでも良いんですね?」

キラキラと目を輝かす。


「ね、寝転ぶですか?

まぁ、それは木下殿のご自由に。

只、一応館内を無断で彷徨うろつかれるのは、ご遠慮頂きたく。」

「大丈夫です!

寧ろ出ろと言われても、断固として出ない所存であります!!」

確固たる声音で、「こんなクソ寒い中、わざわざ彷徨くかいボケぇ!」と、脳内で叫びつつビシッと敬礼する。


「は、はぁ・・・あ、失礼仕った。

某、木下殿が滞在中の応対役を務めます、御屋形様の側役近習武藤喜兵衛むとうきへえと申します。

何か・「武藤喜兵衛!?嘘、マジでか!?」

喜兵衛の挨拶を食い気味に、興奮した大声を張り上げる信吉。


「あの・「うひょお~!?リアル表裏比興ひょうりひこうの昌幸さん!?

待て待て同姓同名の可能性もあるぞ?」

又遮った後、一転して頭に手を当てて、


「あの~喜兵衛さん?

お父上は「真田幸隆」って方ですか?」

恐る恐る上目遣いに尋ねた。


「えっ?某の実父を存知よりで?」

「ホンモンじゃあ!?

ホンモンの昌幸さんや!

いや~お会い出来て誠に恐縮です!

貴方様の御高名はかねがね!」

武藤喜兵衛=未来の「真田昌幸」と確信し、昌幸の手を握ってブンブン上下させる。


「へっ?某が高名?父ではなく?」

目を白黒させる、未来の表裏比興。


後世に於いて「家康キラー」と呼ばれ、親子三代揃って名将と謂われた昌幸も、現段階では全くの無名の存在であり、高名な筈もないので混乱するのは、無理もなかった。


「あ、そうだ武藤殿!

大変申し訳ないのですが、是非とも花押サインをください!」

混乱状態に陥っている昌幸に構わず、アレでもないコレでもないと、行李を開け散らかして、取り出した紙を差し出す信吉であった。


その夜・・・


「御屋形様、喜兵衛にございまする。」

「入れ。」

端的に入室を促す信玄。


通称「甲斐の虎」と呼ばれ、上杉謙信と並んで甲信越処か、関東・東海・北陸・近畿にまで、雷名が轟いている名将は、通称の様に猛々しい様相ようそうとは程遠く、沈着冷静にして怜悧冷徹れいりれいてつとも云える性質であり、「畏れられつつも敬われる」傑物である。


入道出家してツルリとした頭を撫で、今は未だ軽輩ながら「我が眼」と、能力を高く評価している昌幸を見つめて、


「どうかね喜兵衛?

お主の眼力から観て、今回の織田家の使者はどう観える?」

愛弟子の反応を窺う。


「はっ、恐れながら正直、雲を掴むが如く要領を得れず、混乱しております。」

かなり困惑した表情を浮かべて、素直に心情を吐露した。


「ほう・・・?お主が混乱とな?

信友は確かに笛の腕前は非凡だが、それ以外は見るべき所は無しと言っておったがね?」

「いえ、単純に能力の有無と言うよりは、言動が支離滅裂で理解不能なのです。」

肩を竦めつつ言葉を紡ぐ。


「言動?例えば?」

「例えば、私は武藤喜兵衛と名乗っただけなのに、彼は言ってもいない私のいみな(本名)である、「昌幸」と言ってみたり、私の実父で別姓である「真田」幸隆を言い当てたりと、本当に支離滅裂なのです。」

「幸隆との接点が有るとか、それこそ織田掃部助に聞いたとかではないか?」

有り得る可能性を示唆する。


「少なくとも父上との接点はありません。

当の本人に確認済みです。

そして掃部助の線も限り無く低そうです。

彼自身、マトモに掃部助の諱も知らない上に、官位任官を受けて嫉妬された様で、かなり険悪な間柄の様でした。」

首を左右に振って否定する。


「ふ~む、面妖な話よの。」

「はい、もっと面妖な話も有りますぞ?」

「未だ有るのか?」

顎をしゃくって先を促す信玄。


「私の次男に会いたいと、言ってきました。」

「・・・うん?お主、子供が居たか?」

「ウチには次男処か、長男すら居ませんよ。」

「本当に面妖だな・・・。」

徐々に無表情になっていく。


今現在、次男の信繁のぶしげ(幸村)処か長男の信之のぶゆきも生まれておらず、信吉の言っている事は、完全に電波系の発言になっていた。


「まさかと思うが、気狂いではないよな?」

「なればとうに秋山殿が気付きましょうし、そもそもが織田家が気付くでしょう?」

「まぁ確かに、気狂いを送りつける様な愚行は致さぬか・・・。」

「だと思うのですが・・・何故か生まれてもいない、次男の肖像画をくれました。」

「生まれてないのに!?」

思わず素っ頓狂な声を上げ、昌幸の次男(?)の肖像画を観て驚く、甲斐の虎。


現代人が観れば、「某無双ゲーム」に登場していそうなキャラクターが、かなり昌幸に似せて描かれていた。


「後・・・。」

「未だ有るのか?」

「はい・・・長男のの絵も。」

「いやいや長男はどうした!?長男は!?」

ハブられた長男の扱いに突っ込む。


「どうしたらいいのでしょうかコレ?

持ち帰ったら確実に、妻と一波乱有りそうで怖いのですが。」

新婚の妻がいるのに対し、別の女性の肖像画を持ち帰る、リスクを懸念する昌幸。


「ううむ、流石にソレはのう・・・。

しかし捨てるのも勿体ない話ぞ、喜兵衛よ。

それらの絵は尾張や堺で売れば、数十貫は下らぬ値が付く代物ぞ。」

「ええぇぇ!?コレがですか!?」

自分の数ヶ月分の給金に、相当する価値が有ると言われて、驚嘆して絵を観る。


「ああ、何せ今回の使者は、堺で明人を相手に絵を50枚余り売りつけ、1千5百貫を稼いだ者だからな。

しかもその大金を全て禁裏に差し出し、雅楽允の官位と法眼の位を得ておる。

故に法眼の絵欲しさに、尾張の豪商処か堺の会合衆まで、血眼になっているそうだ。」

さて、どうする?と、探る目線を送る。


「・・・・・・。」

スッと、無言で懐に入れた昌幸。


「ま、適当に売り捌けば良いわさ。

とりあえず使者の話は、コレで終いか?」

「・・・え~と・・・非常に申し上げ難い事が後1つ、有りまして・・・。」

「うん?言い難い事とな?」

「・・・はい、左様にございます。」

言いたく無いオーラを発する。


「申せ。」

「はっ、使者殿曰わく、「ヤマナシケンミン?なら、御屋形様に会える事にむせび泣いて喜ぶのだろうが、自分は違うので面会云々はどうでもいい。

私に会えて満足したので、御屋形様が多忙なれば又の機会に」との事ですが。」

真冬に冷や汗を掻きながら、努めて「木下殿が言ったんです」と強調する。


「つまりはお主には会いたかったが、私に会う必要性が使者には無く、サッサと帰らせろと言う事か?」

「お、恐らくは。

額面通りに受け取ればの話ですが。」

「ふむ・・・。」

顎に手を当て、黙考に耽る信玄。


これがノッブなら即座に激昂する場面だが、沈着冷静な質の信玄は、「外交的な駆け引きか?それとも別の意図が?」と、穿った見方をしてしまい、信吉が全く意図しない方向性に向かってしまう。


因みに信吉は、「食っちゃ寝が出来て、リアル表裏比興に会えてラッキー!忙しいなら何時でも良いよ?山梨県民程信玄の面会は熱望しないし、暖かくなるまで居座りたいしね」という意図だったのだが。


「・・・ふむ、敢えて乗ってみるか。

喜兵衛、使者には明日に会う事を伝えよ。」

「はっ!承知致しました。

しかし御屋形様、明日に入っている予定は、如何なさいますので?」

側役=秘書官的な立場で、主君のスケジュールを把握している昌幸は、約束された未来を理解しつつも尋ねた。


「全て後日にズラせ。

予定的に別段どうしても、当日でなければならぬ用事は無かろう?

なれば敢えて使者の思惑に乗ってみるのも、一興であろうが?」

「ははっ、仰せの通りに。」

土壇場での予定変更に因る、日程の再調整残業確定業務という超荒行に入る事に、内心で盛大なため息を吐く昌幸。


こうして自分の意図とは、全く真逆の方向性に向かってしまった事に信吉は、「うぇっ?何で!?食っちゃ寝したいのに!?」という、声を上げるのであった。


                 続く

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