第29話名代とはパシリと見つけたり。

「え~それじゃあ姉さんに問題。」

「ハイハイ、掛かって来なさい。」

信吉の問い掛けに対し、快活に返事する寧々姉さん。


1565年1月、信吉は家次より課せられた任務、「寧々姉さんの教育係」を約半年間に渡り行っていた。


そして周囲では去年の8月、クーデター騒ぎで荒れていた美濃国でも変化があり、首謀者だった安藤守就が主君・斎藤龍興と突如和睦し、稲葉山城を返還して退去。


稲葉山城を取り戻した龍興は、すぐさまクーデターの実行役・竹中家を攻撃し、斎藤軍に囲まれた竹中家当主・竹中重治は、謝罪した上で責任を取り、弟に家督を譲って隠居。


自主的に国外退去という形を以て、竹中家は龍興から領地安堵が認められ、一連のクーデター騒ぎは一応の決着が着いたのである。


対外的には、「守就達の行動は、主君・龍興の危機感を促す為に直諫ちょくかんとして行ったのであり、あくまでも主家を思っての行為」と発表し、誰が聞いても「嘘つけ」と異口同音に口を揃える、トンチンカンな公式声明を出したのであった。


実際にクーデター騒ぎのせいで、信長に東美濃地域を奪われ又、稲葉山城が有る中濃地域に於いても、騒ぎの影響で斎藤家の後方支援を失い、信長の威勢に恐れを為した、豪族や土豪・地侍が次々と降伏した為、尾張から稲葉山城に向けての直通ルートが、出来てしまった有り様と成っており、声明を信用する美濃国人衆は皆無であった。


そして史実とは約1年ズレて、美濃攻略をスムーズにする為、清洲城から北東の小牧山こまきやま城に拠点を移転し、東美濃地域支配の確立と後詰め、中濃地域及び稲葉山城攻略を本格化したのである。


同時に別働隊として鯏浦砦を中心に、伊勢攻略軍も配備され、伊勢・願証寺本願寺領を避ける様に、信吉考案・「心の友」作戦を発動して、北伊勢攻略にも着手した信長であった。


因みに鯏浦砦をノッブに築かれ、領地を奪われて本願寺にも見捨てられた、「服部狐」こと服部友貞は、起死回生を狙って北畠家と手を結ぶべく、自ら北畠家に交渉に赴く途上、ノッブの放った刺客達に襲撃されて死亡。


直後に服部領は信長の侵攻を受け、服部一族は悉く討たれて滅亡し、僅かに生き残った残党が願証寺に落ち延びるという、悲惨な末路を辿ったのであった。


そうした経緯で当然の如く、信吉達木下家一党も洩れなく小牧山城に移転済み。


そして信吉の投資で軍役が整った秀吉は、ノッブの美濃攻略軍に、蜂須賀正勝と共に従軍する傍ら、万が一に龍興が勢いを盛り返した場合、確実に「謀反人」として始末される、後の無い安藤家や竹中家を調略すべく、両家攻略のキーマンである、竹中重治の許を足繁く通い詰めており、成るべくして成る未来を辿っていた。


それはさておき、


「では問題、大兄貴が木下家にとって確実に利益になる事柄に関して、留守居の姉さんに相談せずに決めて、商人と契約をしました。

コレは良い事でしょうか否か?」

「う~ん・・・兄さんがウチにとって、利益になる行動を取っているんだったら、別段悪い事していないし、良いんじゃないの?」

弟の問い掛けに、唸り声を上げつつ答える。


「ブブー、駄目で~す。」

「え~?何でよ~小吉?」

眼前に両手でバッテン印を作る信吉に、ぶすくれて言い募る寧々。


基礎教育=読み書き算盤が出来る寧々は、元々聡明なのも相まって、めきめきと政務に関する事柄を覚え、今や研修期間を終えた秀長達と同じく、政務の一翼を担う程の成長を遂げたのだが、信吉は基礎からもう一歩踏み込んだ、応用編を教授していた。


「1番駄目な問題点は、「の大兄貴が決めた事」なんだけど、コレは如何なる場合でも絶対に認めたら駄目。」

「???何で?」

「逆に損失を齎す事柄だったら、寧々姉さんは大兄貴のやった事を認める?」

「いいえ、認める訳がないでしょ。」

問い掛けに対し、左右に首を振る。


「そう言う事だよ姉さん。

件の利害得失は大兄貴の杉原家じゃなくて、姉さん達=木下家に出るモノなのに、当事者になる殿や小一郎さん、若しくは姉さんに裁可を取らずに決めさせるのは、例え利益の有る事柄でも分限を越えるモノだから、実の兄弟でも認めたら駄目なんだよ。」

「成る程ね~、あくまでも最終決定の意思は、私達木下家に有る様にしなきゃ駄目、って訳ね小吉?」

ふんふんと頷いて、理解を示す。


「その通~り。

ついでにそういった事柄を、なぁなぁにして黙認したり、利益になったからと事後報告で済ませたりしていると、常態化して特定の権利即ち「特権」みたいな感じになって、場合に依っては「専横」の元になる可能性があるから、気をつけなきゃ駄目だよ寧々姉さん。」

寧々姉さんに補足説明をする信吉。


「うん、解ったわ小吉。」

「じゃあ第2問。

付け届け物品贈答袖の下賄賂線引き区別は、どうつけるべきでしょうか?」

「えぇ?う~ん・・・う~ん・・・「コレからもお付き合いを宜しく」が付け届けで、「コレでお付き合いを宜しく」が袖の下って感じかしら?」

暫し黙考の後、答えを出した。


「せいか~い。

付け届けは時節の挨拶や、日頃の御礼として贈られる物だから、受け取ってもまず問題無いけど、袖の下は俺達家臣が受け取ったら駄目なモノだから、もし大兄貴とかに何ぞ事で紹介をされたら十分注意してね姉さん。」

「おいコラ待てや小吉ぃ!?」

姉弟の近くで仕事をしている、大兄貴こと家定が抗議の声を上げるも、


「注意って例えば?」

「往々にして袖の下を渡す奴は、その渡した袖の下分以上に、利益を貪るのが常だから、納品した物に不良品や粗悪品を混ぜたり、実数よりも少なく納品して、水増し請求をしたりとか質量を誤魔化した差額で、不当に儲けようと目論む輩が多いんだコレが。

だから紹介を鵜呑みにせず、抜き打ちで検品を実施するとか、紹介者には相応の責任を持たせるとか、ある程度の緊張感を持たすのが、結構肝要なんだよ姉さん。」

無視して姉弟で話し込む。


「お~い!?お前らぁ!?」

「ふ~ん、成る程ね~、気をつけるわ小吉。

けど本当に皮肉な話よね。

つい最近まで仕入れ先に四苦八苦して、家次伯父様の紹介で凌いでいたのに、旦那様やアンタが官位を持った途端、商人達がわんさと寄ってくるなんて、思っても見なかったわ。」

頬に手を当てて溜め息を吐く寧々。


江戸時代に於いて京の商人達は、挙って朝廷に大枚を叩いて官位を得て、それを一流店の証し即ち社会的ステータスとして、店の看板に官位名を掲げて誇示していた様に、戦国時代に於いても、官位を持っている事は社会的ステータスらしく、国内の熱田や津島処か、隣国の桑名や松阪の商人までが、木下家に接点を持とうとやって来たのである。


そうして現在の木下家は、思っても見なかった副次効果に見舞われ、対応と対処に追われる状況となっていた。


まぁ、その内の何割かは、当時の国内文化発信の中心だった、堺の会合衆に絵画春画を高く評価された、信吉と繋がりを持とうとする中堅どころの商人であったが。


「じゃあ第3問。

大兄貴が不正をした・「いい加減にしろや!?小吉テメェ!」

怒り心頭で強引に割って入る家定。


「んだよ兄貴?」

「んだよじゃねーよテメェ!?

人の名前を悪し様に引き合いに出して、人聞きの悪い事を言ってんじゃねーよ!!」

ダルそうな表情で応対する信吉に対し、至極真っ当な事を述べた。


「一応だけど、ワザと言ってんだよ。

とりあえず間違ってもすんなよ兄貴?

下手すっと俺や長吉殿よりも兄貴の方が、これからの家中に影響力があんだからな?」

釘を刺す信吉。


「するかいボケ!

オメーだって人様の事言えんのかよ?」

「フッ、俺が寧々姉さんにシバかれる様な事、自ら進んですると思うか兄貴?」

胸を張って自信満々に答える。


幼少時から首に「こきちby寧々」と記された、見えない輪っかを装着している信吉は、これ以上に手枷・足枷に鉄球まで装着する、愚行を行う考えは微塵もなかった。


「う、う~ん・・・それを言われると、妙な説得力が有って反論が出来ん・・・。

つーかお前、寧々に頭が上がらんのを自慢気に言って、男として悲しくねーか?」

「うっせぇ!ほっとけや!?」

「まぁ、人それぞれだからいいけどよ。

それよか筆頭家臣のお前よりも、俺の方がコレからの家中に影響力が有るって、一体どういう事なんだ小吉?」

首を傾げて疑問符を浮かべる。


「家定、殿との関係性だよ関係性。

実弟の秀長殿を始め、小吉や長吉は殿の義弟という「弟分」なのに対して、オメーは家臣団では唯一の義兄という、「兄貴分」の立場に置かれている訳だ。」

そう家次は脇から理由を指摘しつつ、


「謂わば主君の殿も立場上、一歩引いた対応になる間柄になるからこそ、これから新規で入る家臣にとってオメーは、木下家家臣団を推し量る物差し基準になるんだよ。」

娘婿になる甥を諭した。


「俺が物差し、ですか?」

「ああ、小吉が言ってた問題行動を起こしたりすれば、「家臣団の統率や規律が緩い」と見做して、新規の奴らも自然と行動に弛みが生じ易くなるし、逆にオメーがビシッとしていれば、自然と新規家臣も見習って襟を正す、っといった具合にな。」

「う~ん、そういうモンですか?」

半信半疑な家定。


「そ~いうモンなんだよ組織ってのはな。

上司達がいい加減なのに、部下がマトモに成長して育つ訳も無し。

小吉が立身出世を夢見させる立場で、オメーは規律の見本に観られる立場って訳だ。

だから気をつけなきゃ行けねーんだよ、特に家定、オメーはな。」

念入りに注意する。


「判りました伯父上、気をつけます。」

「ああ、嘉代や生まれてくる孫の為にも、頑張ってくれや家定。」

娘婿を激励する家次。


「ねぇ小吉、問い掛けの途中だったけど、もし兄さんが不正をした場合って、やっぱり処罰しなきゃ駄目よね?」

「まぁそうなんだけど、応用で不正の悪事を弱味として握って、処刑切腹や連座とかと引き換えに、奴隷の様にこき使うって手段も有るんだよ姉さん。

上手くすればぐらいの代は、奴隷同然にこき使えるし。」

真っ黒な応用法を提示するゲス。


「おいコラ家定!!

すんなよテメェ絶対に!?もしも(不正を)したらオレがテメーをぶっ殺すからな!?」

信吉のゲス発言を聞いた途端、某大きい魔神の如く面相を変え、娘婿に激昂して胸倉を掴み、血走った目で前後に揺さぶる家次。


「し、しませんて義父上ぇ!?

小吉のおぞましい話を聞いても尚、不正をするバカが何処に居るんスか!?」

必死にやってもいないのに弁解する家定。


「因みに姉さん、長吉殿にも有効だから。」

「コッチにも飛び火させるの止めてよ!?」

いきなりとばっちりが飛んできて、イヤイヤと涙目で首を振る長吉さん。


そうして「いやあの、仕事しようよ皆?」と、唯一とばっちりを受けなかった秀長が、場を収めようと試みるも収まらず、ギャイギャイと騒いでいると、


「失礼します。

木下家名代殿、殿がお呼びにございます。

至急登城なさいます様。」

見目麗しい美少年の小姓がハッキリと信吉を見据えて、ノッブの呼び出しを告げに来た。


「あの~名代呼びを止めて貰えます?」

「そう言われても・・・殿がそう言われるので、我々もそう呼ぶしか・・・。」

嫌そうな表情で愚痴る信吉に、困った表情で返す小姓の少年。


官位受領以降、秀吉の副官として評定に参加させられると同時に、秀吉不在の際にも何故か評定に参加させられ、突発的に呼び出しを受ける事も、珍しくなかったのである。


他家も名代が参加しているなら、信吉も嫌とは思わないのだが、自分だけ名代で参加して他家の名代は居ない事に、居心地の悪さを覚えるのであった。


なので、


「営業回りに行ってきます!」

即座に逃亡を図る信吉と、


「営業回りって何処だよそれ!?

訳判らん事言ってないで、とっとと大殿の許に行ってこいや!」

逃亡を阻止せんと、家定と長吉と秀長との攻防が、毎度の如く勃発するのであった。


そして・・・


「・・・お召しにより参上しました。」

罪人の如く後ろ手を縛られ、ノッブの許に参上する信吉。


「・・・貴様、又逃亡を企てたのか?

又者陪臣の貴様は確かに、主君の主君に従う義務は無い※不文律は有るが、表向きは家臣扱いじゃし、そうなるくらいなら素直に参上せぬか、たわけ者が。」

呆れ顔で、溜め息混じりに呟くノッブ。


(※・・・江戸時代までの武家社会に於ける、不文律暗黙のルールな常識。

大名と家臣には、主従関係=雇用主と雇用者の関係性が有るが、大名と家臣の家臣=陪臣には、主従関係が成立していない為、陪臣は大名の命令に服従する義務は無かった。

現代風に例えれば、基本的に雇用者は雇用主に従い、直接雇用関係の無い第三者には、雇用主の指示でも無い限り、雇用者は従わないのと同じである)


「・・・御用件は何でしょう?」

「小猿、貴様は前に勅使で参られた、飛鳥井卿を覚えておるか?」

「ええ、笛を家業とされる貴族家の方で、私に免許皆伝を呉れた方なので良く。」

何じゃらほいと、首を傾げる。


「その飛鳥井卿が関東に下向される際、甲斐の信玄坊主の所に寄宿し、信玄坊主に大層お前の笛の腕前を、賞賛されたそうじゃ。」

「へ、へぇ~・・・そうなんスねぇ。」

嫌~な汗が流れる信吉。


「件の飛鳥井卿の話を聴いて、是非とも貴様の笛を聞きたいと、信玄坊主から熱い要望が参っておるぞ小猿?」

「この度の案件は自社に持ち帰り、上司と相談の上で返答する所存であります!」

何処ぞのサラリーマンの如く、すらすらと言い慣れた口調で逃げを打つ。


「それならとうに猿から了承済みじゃ。」

「証拠は!?」

無いと動かねーと座った目で観る。


「ほれ。」

「・・・白紙?じゃねーな。

え~と何々、「煮るなり焼くなり御自由にどうぞ」って、おい、クソ殿~!?」

書簡の隅っこの方に書かれた文言に激昂し、くしゃくしゃに書状を丸めた。


「と言う訳で問題無かろう?

潔く坊主の勝頼の婚礼の打ち合わせに参った、武田家の使者と共に、我が家の使者として甲斐に行って、演奏がてら武田家の内情を、こっそり探って参れ。」

「いやあの内情を探るのは、武田家の外交担当で、一族のカモン様の任務でしょうに。」

最早完全に脳内から存在を消去し、名前すら覚えていない人物を指摘する。


「今回は掃部は参加せぬ。」

「え、何で?」

「家中では掃部が上位者じゃが、対外的に観れば官位持ちの貴様の方が上位者。

なので無位無冠の掃部を正使にして、貴様を副使にすれば、儂が世間から常識知らずと物笑いの種になるし、かと言うて逆にすれば、家内の軽重を問われる事になりかねぬ。

故に此度は掃部は同道させぬ。」

対内外の捻れを煩わしげに述べて、


「・・・そもそも掃部自体、正直言って儂は信用をしておらん故な。」

心情を吐露する。


「そうなんスか?」

「ああ、元々一族でもあやつは儂に反抗した、岩倉の信賢や犬山の信清と同類じゃ。

故に追放していて、武田家との縁が元で帰参を許したが、十年近くも武田家に属していた帰り新参を、一族だからと信用する程、儂は目出たい頭はしておらん。」

「まぁ、それなら当然ですね。」

掃部の略歴を聞いて、納得した信吉。


「寧ろ武田家と外交を始め出した途端、帰参するなんてあからさま過ぎて、武田家からの細作スパイなんでは?と、疑ってしまうぐらいは胡散臭い話になりますね。」

「まぁ、そういう事だな。

武田家の内情を聞いても、美辞麗句しか言わぬから、余計に感じるしのう。」

フンッと鼻を鳴らして、


「もし細作で無くても外交官としては、マトモに相手の懐を探れぬのは、話にならぬわ。

平手の爺などは、例え些細な事でも探って帰り、親父殿に報告しておったのと比べ、まことに雲泥の差じゃ。

爺と違って和歌や茶道などの、教養を持つ訳でも磨く訳でも無く、武田家との縁が無くば、とうに解任しておる所よ。」

亡き名外交官との差を嘆いた。


「いやその~・・・そんな名外交官様と同様の、働きを期待されても困るんスけど?」

「別に爺程の活躍までは期待しておらん。

じゃが掃部とは違う視点で、武田家を観る事は出来るであろう?

特に料敵の目に優れた貴様ならな。」

言っている言葉とは裏腹に、「出来るよな?」と目線で促すノッブ。


「・・・頑張ります。」

(うぇ~ん!官位持ちになってから、ひとっつも良い事がね~よぅ!

もう官位なんざ返上して~よぉ、要らねー)

パシられる状況に、心で泣く信吉であった。


                 続く

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