第28話しんでれらぼ~いの光。

(う~ん・・・やっぱり良かった事の1番は、捨て扶持を丸々使えて、秀吉に投資出来る事だよなぁ)

ウンウンと頷く。


捨て扶持=年金であり、一般家臣の家禄と違って兵役の義務がない為、貰った扶持年金で兵士を養う必要性が無く、使用人なども自己の自由に決めれるので、現状の信吉の様に今まで通り居候すれば、捨て扶持を自由に使う事が出来るのである。


しかも、今上陛下直々の御声掛かりなので、ノッブが本能寺で横死するまでの約20年、確実に貰えるモノであり、他人の財布の金でリスクゼロプラス、数十倍で返ってくる投資が出来るのだから、ウハウハのバカ笑いが止まらない信吉であった。


(それに一応文化人の称号を持ってるけど、絵画と笛つうこの時代ではニッチマイナーな芸術分野だから、茶道の宗匠講師みたいに汎用性が無いので、弟子だの何だとの取って、人脈を広げるのにこそ向かねーが、その分そっちの方に労力を割く事もねーから、投資事業に集中出来て気楽なモンだしな)

面倒臭く無くていいわと安堵する。


元々商人を中心とした富裕層から発生し、やがて武士達支配層にも伝播して、娯楽から一般教養に大衆化した茶道と違って、信吉の絵画や笛は、史実における絵を趣味とした土岐頼芸や、笛を趣味とした伊達政宗の家臣・片倉景綱かたくらかげつなのような、特定の人物専門的な趣味人にしか受けず、弟子入りを望む者は皆無であった。


(狩野永徳かのうえいとくだの勅使だった飛鳥井のオッチャンの様に、専門の家業で食っていってる人達なら兎も角、小遣い稼ぎでやってた俺が、弟子を取るなんて烏滸おこがましい話だしね)

うんうんと自己完結する信吉。


(そんで丸々使える2千貫の内、4百は殿名義で残りの百は俺名義の、計5百貫を禁裏に年1で上納して、朝廷との繋がりを維持と)

内訳を脳内で反復する。


(飛鳥井のオッチャン曰わく、官位任官を望むなら近衛の兄ちゃんか、二条のオッチャンかに、繋がりを持った方が良いらしいけど、今は官位任官なんぞは要らないし、どっちも妙なが付いているみたいだから、中道ちゅうどう(中立)の山科のオッチャンに仲介役を頼んで、ついでに仲介料込みの50貫で、中央近畿の情報提供役を頼んだら速攻で情報を呉れたから、めっちゃ便利だわ~)

安上がりでわりかし良いネタ情報を提供してくれる、山科言継に感謝する。


どうやら近衛家は前当主・植家たねいえの代から、足利将軍家と婚姻関係を結んで繋がっており、二条家の方は現当主・晴良の母方の実家・九条家との繋がりで、三好家とは縁戚関係にあり、近衛・足利将軍家のラインと、二条・九条・三好家のラインでそれぞれ対立し、権力抗争を繰り広げているらしい。


なので、将来織田家と敵対する両ラインは避けて、※五摂家ごせっけ程の影響力は無いが、中立と言うか権力抗争に関心の無い山科言継を、朝廷への繋ぎ役にチョイスした信吉であった。


まぁ正確には、権力抗争に関心が無いと言うよりも、五摂家でも生活に困窮する程、この時代の貴族の生活は悲惨だった為、山科家や飛鳥井家の様な羽林家中流貴族以下は、自分達の食い扶持を得るのに必死で、関わっている暇が無いのが実状であり、勅使を務めた飛鳥井家の当主ですら、関東や東北地方に下向して、家業の伝授や講義を大名や豪族に行い、収入源食い扶持にしている有り様である。


そんな中流貴族達には利害得失の無い、雲の上の揉め事に興味関心なんぞ無い、と言うのが実態の様であるが。


(※・・・平安期に絶大な栄華を誇った、藤原氏の一門の中で嫡流(本家筋)とされる、一条・二条・九条・近衛・鷹司たかつかさの5家の事。

鎌倉期以降は征夷大将軍の就任資格が、源氏出自家に固定されたのと同じく、藤原氏出自家のこの5家から、歴代天皇に於ける摂政及び関白、うじ長者ちょうじゃ(一門のトップ)や太政大臣が選出される様になり、貴族でも最上位の家格であった。

因みに貴族の家格は、五摂家≧清華せいが家≧大臣家≧羽林家≧名家めいか半家はんけの、6つの家格に分類されていた)


それはさておき、


結果的に情報提供を、中立の山科言継に求めた事で、中央を動かしている三好家側や影響力の強い、将軍家側の核心情報は得られずとも、恣意的に偏った情報やプロパガンダ情報操作を受けずに済み、フラットな情報を得る事が出来た信吉であった。


(まさか今月の7月に、近畿の覇者・三好長慶が病没していたとは・・・。

確か長慶が没後の翌年ぐらいに、足利義輝が白昼堂々、三好家に暗殺されるんだっけ?

・・・まぁ、オッチャンの手紙だと、成るべくして成った感が強いけど)

呆れ顔で脳内思考する。


長慶は生前に跡継ぎの義興よしおきを失っていたので、4人の弟の内で末弟・十河一存そごうかずながの子・義継よしつぐを養嗣子に迎え、後継者として指名していて、死後に義継が三好家の当主となった。


一応、長慶が存命している様に隠蔽工作をしたらしいが、当人が一切姿を見せない事と、急な義継の官位任官の申請、幕府の役職引き継ぎを申請した事で、朝廷にも将軍家にもバレバレだったようだ。


何故他の弟の子=甥ではなく、末弟の子が跡継ぎに指名されたのかと言うと、義継の母が五摂家・九条家当主の娘であり、血筋が良かったからだった模様。


そうした経緯でコッソリ跡を継いだ義継は、長慶の覇業を支えた父や伯父達は、長慶が亡くなる前に全員死亡で居らず、伯父達の後を継いだ他の従兄弟達からは、反発されて支持を得れずと支持基盤が弱く、「三好三人衆」と呼ばれる家老達の、専横を防ぐ事もままならない状態の様である。


そしてそれを知った義輝達幕府連中は、「今こそ幕府の威光を取り戻す好機!」と、色めき立って打倒三好家を掲げ、派手に目立つ行動をしつつ、三好家を侮る態度を取っている様であった。


この一連の幕府の行動は、裏を返せば義輝の自己中な行動(三好家家臣視点)に因り、散々煮え湯を飲まされ続けて、主君長慶というストッパーに抑えられ、怒りと怨みが積もりに積もった者達=三好家家臣に対し、露骨な挑発行為をしているのに等しく、只の自殺行為に他ならない愚行であった。


(皮肉にも毛嫌いしてた長慶のお蔭寛容さで、今まで生き延びて来たのに亡くなった途端、一気にツケが返ってくるとは、義輝達も思っても観ないんだろうけど。

まぁ、欠片でも理解していたら、そもそもそんな愚挙はしないだろうし・・・)

とりあえずこっちゃに関心が向かなくて、助かるけどなと内心で呟く。


実体験で後先考え無い、幕府将軍の行動を直に知った信吉から観れば、「自業自得だよなぁ」という感想しか湧かなかった。


(言継のオッチャンの情報のお蔭で、将軍家アホ共がこっちにちょっかいを掛けて来ない事が判ったから、残った扶持資金でさぁ歴史チートの基本、現時点で無名な有能武将の青田買い召し抱えじゃあ!!と、他の転生者だったらいきり立つんだろうけど、ゲームと違ってリアルに生きてる武将達はめっちゃシビア手厳しいで、俺や秀吉みたいに無い無い尽くしのモンには、相手処か見向きもしねーんだよなぁ)

がっくりと、厳しい現実にうなだれる信吉。


現状の木下秀吉家は武名=知名度無し、背景力バックボーン=家柄・血筋・後ろ盾無し、社会的信用=経年家名存続実績無しの無い無い処か、トリプル無しという「武将が仕官したくない3つの要素」を網羅した、燦然と輝く尾張随一のド底辺人気の武家である。


現代風に謂えば、織田財閥コンツェルンの傘下企業の中でも、古くから業績に優れた柴田・佐久間鉄工や、新興だが親族経営の丹羽・池田商事、地味だが堅実な営業年数創業年数を持つ林物流といった、幾つもの企業が就業選択肢に有る中、木下組は最近独立・起業したベンチャー新興企業であり、尾張国内の武将新入社員側から観れば就職先の選択肢に、不安定且つ実績が皆無の木下ベンチャーは無かったのである。


この辺の事情は、織田家が美濃・伊勢を併呑しても変わらず、美濃衆の中でも大手はノッブが直属として吸収し、中小は前述の有力者の傘下に入り、木下ベンチャーには味噌っかすのセンゴクさんと、鬼子危険分子扱いの竹中半兵衛ぐらいしか来ず、伊勢衆は神戸や北畠グループが完全子会社化した為、そちらに挙って所属したので、悲しいかな人材不足は解消される事がなかった。


(半兵衛って現代だと、「軍略を以て秀吉を天下人に押し上げた名軍師」と、結構高く持ち上げられてるけど、この時代の武将から観れば、「少数でクーデター謀反を起こして、主君の城を奪い取ったやべー奴」だからなぁ。

一時浅井領に隠遁してた後、斎藤家滅亡後に美濃に帰って来て、秀吉に「三顧の礼」を以て迎えられた逸話が有るけど、有る意味松永ボンバーマン久秀よりもヤバい爆弾扱いされて、巡り巡って秀吉の所に落ち着いたのが、本当の実態じゃね~のかねぇ?)

ウチら秀吉陣営にとって、ガチの超ラッキーには違いねーけどなと思考しつつ、


(それに小身の美濃衆が来るなら、将来大とちりするセンゴクさんよりも、文武両道の足立重信あだちしげのぶさんの方が来て欲しいよなぁ。

全国区では無名だけど、前世の地元では治水・築城・防戦に優れた偉人として有名で、名前が一級河川の名になってるぐらいだし。

只、加藤嘉明かとうよしあきら(「よしあき」とも)の家臣だったから、生まれているのかどうかがスッゴく怪しいけども)

ワンチャン重信さんの親御さん、ウチに来てくんねえかなぁと淡い期待を抱く信吉。


(まぁ、まだ足立さんはが有るからノッブを上手く転がせば言い包めれば、美濃攻略後にヘッドハンティング出来る余地が有るけど、石田三成とかの他国出身者は、地縁が無いから現状では無理だしなぁ)

どーにもならねーと天を仰ぐ。


所領を失って放浪中の浪人は兎も角、基本的に地元に住み暮らしている人物は、小なりと云えど、土地農地を持って生計を立てている者が殆どなので、地元で農地持ち=自己裁量の自営業の者達に、他国でサラリーマン=家禄で家臣になる様に勧誘しても、


「はい?見ず知らずのアンタに今の生活を捨てろって言われても。

そもそもお前何処の誰やねん?」

疑念に満ちた視線で警戒され、一蹴されるのがオチであった。


美濃衆でも豪族が織田家直属に、土豪・地侍達が織田家臣の傘下に入ったのは、織田家が美濃の支配者という地縁からであり、石田三成達近江衆が秀吉の配下になったのも、秀吉が領主という地縁があったからこそである。


なので、ノッブの様に大名クラスならまだしも、家臣分に過ぎない現状の木下家では、幾ら無名の人物でも主従のので、隣接して支配圏に入っていない他国出身者の家臣勧誘は、無理に近かった。


又、放浪中の人物も何処に居るのか全く所在不明であり、海中の砂の中から小石を探り当てるが如く、ピンポイントで探り出すのは不可能なので、どうにもならないのであった。


(実際に俺や兄貴・長吉殿は寧々姉さん経由で、小六のオッチャンや長康のオッチャンは、直に殿との地縁があったからこそ、同じ木下家に属している訳だし)

自身の環境を踏まえつつ、


(たま~に他の転生者さんの中には、大名でもない家臣分サラリーマンの立場で、地縁の無いどっかの忍者衆の頭領豪族・土豪部下達中忍・下忍を、何やかんや何かで不遇だから士分として優遇して(?)、住み暮らしている土地を放棄させて、忍者衆に感謝されつつ召し抱えている、すげー超人が居るけどマジでどうやってんだろう?

ガチでノウハウを教授して欲しい・・・もしや催眠術とかヤバいのを使っているのか?)

益体もない事を思考する信吉。


(まっ、無い物ねだりしてもしゃあない。

無いなら残りの扶持資金を注ぎ込んで、兵や兵の子弟の中から将をしかねーわな)

グッと握り拳を作る。


信吉は朝廷工作用の5百貫余りを除く、残りの1千5百貫近くを使って、「家臣団形成の為の、兵士及び子弟の養成計画」を立案して、実行に乗り出していた。


先ずは将が碌に集まらない様に、兵士も浅野家や杉原家から抽出された兵を除き、箸にも棒にも掛からない無気力で、働く気の欠片も無い「お日さん西々給金泥棒」な、碌でなし野郎ばっかしだったので、当人が死んだら終わりの派遣切り型雇用形態をやめ、当人が死んでも遺った家族の生活をある程度保障する、労災保障込み型の雇用形態に改めた。


その話を聞いて半信半疑で、木下家の兵士になった者の1人が、急病で急死する事態になった折り、「約束は守る」と秀吉は遺った妻を使用人として雇用し、子には将来が成り立つ様にと、懇意にしている学問所に無償で通わせたのである。


そうした一連の話は、あっという間に織田兵の間に広まり、「自分が死んでも、女房・子供の面倒を看てくれるんだ!」と、嫁さん子持ちの兵士達が、我も我もと木下家の募集に殺到し、碌でなしの兵士にブチ切れていた、軍務担当の正勝は「いや待て待て!多過ぎだろ!?選別をどうすんだよコレ!?」と、嬉しい悲鳴を上げていた。


・・・ガチの悲鳴の可能性も、無きにしもあらずであるが。


無論信吉が作った労災保障には、「明確な命令違反・勝手な独断専行・怠惰な行動サボリをした者は、保障対象外」という対価も盛り込まれており、その他諸々の約束事を2通の起請文きしょうもん(神様に誓う誓約書)に興して明記し、1通は兵士側が保管してもう1通は、木下家が保管する事で齟齬が無いようにした。


そうして厳しい選別をくぐり抜け、起請文を交わして誓約に則った兵士社畜達と、碌でなし兵とを入れ替え、兵士達は厳しい訓練にも泣き言も言わずにこなしていき、木下隊は見る見る精鋭化していったのである。


因みに精鋭化していく過程を観た信吉は、「これなら殺マニア薩摩兵化もイケるのでは?」と何気なく思い立ち、※薩摩島津軍法の一部を正勝に提示した所、


「お前・・・狂人でも作るつもりか?」

ドン引きされたのであった。


(※・・・本当にトチ狂っている軍法。

1つ、命令なく一歩でも、前意外(左右後ろ)に動いたら切腹。

1つ、敵の首を取れなかったら切腹。

1つ、自分が所属している、部隊の隊長が首を敵に取られ、取り返せなかった場合は部隊員全員が切腹。

1つ、親兄弟が討ち死にした際、遺体を持ち帰らなければ切腹等々、冗談の様で実際にあった、薩摩さつま(鹿児島県)・島津家の軍法)


それはさておき、


木下隊が精鋭化していくのと同時に、兵士達の子弟も学問所になっている、禅宗の寺に送り込んで読み書きや算数、軍事訓練や軍学といったモノを学ばせ、早くて数年遅くとも十年を目処に、家臣団の人材を育成していく計画を立てる信吉であった。


子弟も子弟で、「優秀な成績を修めれば、武士に成れる!」という、明確な餌を吊り下げられて発奮し、目の色を変えて必死に学んでいるのであった。


因みにこの学問所、信吉が春画密売に利用していたボロ寺であり、学問バカで寺の維持費すら本に注ぎ込む住職を、「他人に学問を教えるのも又、1つの学問の形」と説き伏せ、信吉のポケットマネーで改修し、講師の学僧も銭で招聘して学問所にした寺である。


そして信吉の春画密売の影響で「煩悩ぼんのう寺」と、微妙に炎上しそうな名称が付いてしまったので、腐っても貴族の山科のオッチャンに、扁額揮毫へんがくきごう(寺社の名称)を依頼しようと考える信吉であった。


(駄目で元々!失敗しても俺の懐は痛まないから、一切問題ナッシング!

成功すれば最低でも一世代豊臣家に、譜代衆が出来て秀吉の死後も、史実程豊臣家がボロボロに成らずに済むかも。

そうすれば大名に成ってる(予定)俺の老後も安泰!・・・だったら良いなぁ。

どっちみち座して待ってても、豊臣家滅亡になる可能性が高いんだから、やれる事はどんどんやって行こう。

ど~せ出所はノッブの金だし、俺自身は痛くも痒くもねーし)

拳を握り締めつつ、ゲスな思考をするゲス。


こうして他人様ノッブの金を資金に使いつつ、自分の将来に向けて投資する信吉であった。


                続く

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