第19話一門衆筆頭・杉原(木下)家次誕生と無双の理由。

「はい、毎度ありがとうございました~。」

描き上がった姿絵を、営業スマイルを浮かべて渡す小吉。


1564年1月、家定の結婚式と定利の隠居騒動から半年以上が経ち、年を越して新年を迎えても相も変わらず、小吉は絵描きのバイトに精を出していた。


理由は単純にして明快、未だに一銭も貰えない、完全無給であるからである(泣)!


未だに愛子ちゃん人気は衰えず、幾つものバリエーションを販売して、変わらず盛況である杉屋の傍らに、前世でとった杵柄(大工)を生かし、掘っ建て小屋というかあばら屋に近い小屋を建てて活動していた。


最初の閑古鳥が鳴いていた頃に比べて、「姿絵肖像画が精巧で上手い」と評判が立ち、口コミでそこそこには客が来ており、一応はそれなりに儲かっていた。

 

(まぁ、売り上げの方は、あっち杉屋に比べるまでもないけどね・・・こっちの客層はオッサンかオバチャンばっかだし)

うら若い黄色い歓声の上がる、杉屋を横目に観ながら、机に肘を立てて頬杖をつきつつ、脳内でボヤいていると、


「失礼する。」

「あ、らっしゃい・・・って、森様?」

にこやかに森可成が入って来た。


「森様も姿絵をご所望で?」

「ああ、公務も兼ねて亡き爺様の回忌が近い故、法事に祖父の遺影でもと思ってな。」

小吉の問いに頷いた可成。


小吉の許に、絵画制作の依頼を頼むお客さんの殆どが、可成と同じく遺影の依頼であり、マトモに絵師に伝手のない人達に、小吉の存在はわりかし重宝されていた。


「公務、ですか?」

可成から祖父の顔形を聞きながら、「公務」という単語に反応する。


「左様、殿からのご命令で報告に参った。

つい先日、海西郡の服部友貞が長島願証寺に、年始の挨拶に行った隙を突き、蟹江かにえ砦に駐屯して諜報活動をしていた滝川一益が、鯏浦を木曽川経由で急襲して占領、砦を築いて付近一帯を平定したと一報が届いた。」

一旦言葉を切り、


「又、余勢を駆って木曽川下流域の、湾岸付近一帯も占拠。

古木江こきえに城塞を築いて、願証寺との往来の遮断にも成功したとの事だ。

残念ながら友貞は取り逃がして、巣穴に逃げ込まれた様だがな。」

事の顛末を小吉に教える。


そのまま一益は鯏浦砦に駐屯して、伊勢攻略の足掛かりにし、下流域に築城した古木江城には、信長の実弟を城主に入れて、国境付近一帯の実効支配を行う模様だった。


「へぇ~、滝川様の動きは正に「機を見るに敏」というべき、鮮やかなモノですねぇ~。

逃げられたのは惜しいですが、どの道コレで服部友貞は袋の鼠ですし。

後、尾張一向宗の反応はどうなんです?」

肝心の案件を尋ねる。


「それも問題ない。

尾張一向宗の各寺が、「御仏の教えを悪用する者は、相応の因果応報を受くる」と、遠回しに織田家に対する賛同と、服部友貞に対する非難声明を出した事で、尾張門徒の織田家への反発は無く、寧ろ占領地では殿の支配を、歓迎する者が多い程だしな。」

ドンと胸を張って自慢気に答えた。


この時代の領民・庶民は、結構ドライと言うかリアリスト現実主義者なので、しがない1豪族に過ぎないハットリ君よりも、「寄らば大樹の影」とばかりに国主のノッブの方が、安心・安全が共に遥かに高いので、突然占領下に入ったにも関わらず、占領地の領民は喜んで傘下に入っていた。


又、良政を敷いているノッブの評判は、尾張国内の領民・庶民からは元々高く、その為占領地の領民もその良政の恩恵を受けれるので、喜ばれるのも至極当然であった。


「おお、理想的な始末じゃないッスか。

特に尾張一向宗から、その声明を引っ張り出したのは見事ですねぇ~。」

「いやいや、それ程でもないぞ小吉よ。」

小吉の称賛の声に、面映ゆそうな笑みを浮かべて、いやいやと手を左右に振る可成。


「うん?一向宗への工作は可成様が?」

「ああ、ワシの妻が熱心な一向宗門徒でな。

妻が懇意にしている住職から伝手を辿って、尾張の各寺に根回しをしただけの事よ。

お主の読み通り、教区縄張りの逸脱という横紙破りをしている服部と、それを容認していた伊勢一向宗・長島願証寺には、かなり思うところがあった様でな。

殆どの寺が、二つ返事で応じてくれたわ。」

朗らかに笑って答える。


「成る程・・・根回しご苦労様でした。

今回の件で服部は死に体も同然、そして今まで長島の威に怯えて服部に従っていた、海西郡内の土豪や地侍もこぞって、大殿様の庇護下に入りましょうぞ。

コレで先年の犬山陥落を併せて、事実上の尾張統一を成し遂げられましたね、大殿様は。

新年に相応しい門出と相成った事、誠におめでとうございます。」

苦楽を共にした可成を言祝ぐ。


かたじけい・・・殿が家督を継がれて苦節約10年、漸く・・・漸く成った。」

掠れた声で目を潤ませる。


(まぁ、ず~っと付き従って来た最古参の、森のオッチャンからしたら、喜びも一入ひとしおだろうからなぁ・・・俺も秀吉が天下取ったら、同じ気持ちになるんかねぇ?)

嬉し涙を浮かべている可成を観て、益体もない事を思い浮かべる小吉。


「いやスマン、みっともない姿を晒して。

ううん!・・・そう言えば最前、店主に挨拶しようと杉屋を覗いて観たが、お主の義父殿が居らなんだみたいだったが、仕入れかなんかで留守なのか?」

慌てて袖で目元を拭い、咳払いして強引に話題の転換を図る。


「ああ、いえ、義父様は杉屋を義母様おふくろさまに任せて、殿の許に事務方の統括者幹部家臣として、出仕しておりまして。

泊まり掛けで事務処理にあたっているので、自宅には不在なだけですよ・・・南無。」

遠い目をして、超絶ブラックな職場戦場で24時間戦う、実写でリ○インのテーマを実践する家次を悼む。


去年の7月、犬山の信清が信長に気脈を通じた内通した家臣達に、半ば逐われる形で城を捨てて逃亡した後、丹羽長秀の言った通り、池田恒興の犬山城代就任に併せた論功行賞で、秀吉は侍大将に出世したのであった。


しかしながら出世したのは良かったが、木下家内部で大問題が発生してしまう。


単純に事務方の処理能力を超え、深刻なキャパオーバー人材・能力不足に陥ってしまったのである。


現代の軍隊で例えれば、150~5百前後の中隊~大隊規模の兵士を、統括する大隊長クラスから、一気に2千前後を統括する連隊長クラスに成った事で、軍役の負担増も役職に比例して3~4倍になり、それに伴って軍役を賄うのに必要な、軍需物資の補給・補充量も比例する為、既存の木下家補給ルートでは、対処しきれなくなってしまっていた。


まぁ、ノッブもそんな状態に成るのを見越し、秀吉に約1年間の軍役免除を与えて、軍役を整える猶予期間をくれていたが。


逆に言い方を変えれば、1年で軍役が全う出来る様に、整えねばならないという事であり、秀吉は美濃国人衆の調略をする傍らで、軍役を整える為に東奔西走するのであったのだが、初期段階でけてしまう。


単純に人手の方で、軍役に必要な兵士達は、新たに麾下に加わった杉原・浅野家から、抽出して募兵すれば事足りるし、指揮系統も蜂須賀正勝を改めて統括者に任じて、杉原家定や浅野長吉を研修生兼副官にすれば、体裁上は整える事が出来た。


しかし、拡大した軍役を賄うのに必要な食糧・装備品を、定期的且つ永続的に供給する、太い補給ルートを木下家秀吉は当然持っておらず、今までの蜂須賀正勝の伝手で得た、細々としたルートでは賄う事は不可能であり、新しくルートを開拓・維持する人材が、決定的に居なかった為である。


現代人から観れば、「え?重役に出世したのだから、幾らでもルート開拓出来るだろ?」と思えるかもしれないが、秀吉以外にもそれこそ丹羽長秀・池田恒興や、森・柴田・佐久間といった重役クラスが何人もおり、主家の織田家を頂点に尾張国内の、軍需物資供給を司る大手の有力商人達は、彼等を大口の顧客として抱えていたので、秀吉の入り込む余地が全くなかった。


同時に秀吉には、森・丹羽・池田の様に新参者であっても、「準一門兼信長の側近」という「背景力バックボーンに拠る信用」や、柴田・佐久間の様に「代々の譜代衆」という、「実績累代に拠る社会的信用」が両方無い為、商人的観点での「信用」が全く無く、金銭を直接持っていって契約を結ぼうと、躍起になるものの相手にはされなかったのである。


現代でもそうだが、その場での現金即払いなら兎も角、月を跨いでの一括後払いツケ払いは最低でも数度、場合によっては年を通しての付き合いで「信用」を得た後、漸く契約締結の有無に成るモノなのであり、幾ら目の前に金銭を見せても、「今は銭を持っていてもあくまでも現時点であり、後に払ってくれる保障にはならない」と、却って商人達の警戒心を煽る事になっていた。


そんなにっちもさっちもいかず、頭を抱えていた秀吉を見かねて、ソッと助け船を出したのが家次である。


自分の「紙問屋の主」という、長年商売人として培って来た信用と、得た人脈をフルに活用し、自身が仲介役となって流石に大手は無理だが、中小の商人達を秀吉に紹介し、補給ルート確保の便宜を図ったのであった。


そうして何とか、補給ルート確保の目処が立った秀吉だが、今度は家内でルート維持と、幾人もの商人から賄う事に成った為、統括管理出来る人材が必要不可欠となり、秀吉は家次に出仕を懇請こんせいしたのである。


秀吉視点で観れば、家次は信頼出来る一門衆であり、超の付く貴重な「※商工人脈」の手札を持つ激レアさんであり、経営者視点で金銭出納・帳簿付けも出来て、事務管理職としての資質と、部下達の教育係の適性を合わし持ち、海千山千の商人達と丁々発止ちょうちょうはっし、交渉も出来る交渉人ネゴシエーターという、喉から手が出る程欲しい逸材であった。


(※商工=商人や工人職人との間に、長年の売買契約や売り掛けのやりとりに於いて、一定以上の信頼関係を構築し、それらの信用を以て横の繋がりを持つ事。

某立志ゲームに於いては、わりと簡単に手に入る手札だが、実際には何十年もの実績と信用が必要となる、超貴重なモノである)


懇請された当初は、「武家勤めが嫌で商人に成ったのに、なんで武家勤めなんぞをやらねーといけねーんだよ!」と、けんもほろろに突っぱねていた家次だった。


しかしながら、秀吉の必死の説得=店先で居座り(営業妨害)や、夜討ち朝駆けの交渉(安眠妨害)を受けて、「テメー藤吉郎!説得している体で商売の邪魔してんだろ!?」と叩き出していると、近隣から「冷たい店主」という、何故か被害者なのに加害者扱いされ、世間体が悪くなった上、娘の様に可愛がっている姪=寧々と、実の娘の嘉代のダブル泣き落としに遭い、敢えなく陥落。


晴れて木下家に於いて、一族衆である秀長と小吉(家族扱い)を除いた、の幹部家臣となり、実質的に事務方のトップとして、本家筋の家定を差し置いて一門衆筆頭に、名実共になったのであった。


今現在は、秀長・家定・長吉をビシバシ厳しく教育する傍ら、金銭出納と帳簿の文面統一化を図り、木下家の事務基盤の構築と整備に奔走している。


又、中小商人経由の補給ルートなので、安定性に乏しい欠点を補う為に、積極的に人脈を活用して、尾張国外に開拓の手を広げて、抜け目なく不測の事態にも備えていた。


因みに、1番の幹部家臣は前野長康まえのながやすさんであり、蜂須賀正勝よりも前に秀吉に仕えていた、事実上最古参の人物である。


但し、元々正勝の紹介で秀吉に出仕した経緯と、正勝と長康は任侠的な兄弟分で、長康の方が弟分で有った為、兄貴分の正勝よりも年功序列で上にいくのをいとい、遠慮して2番手に進んで甘んじている、気配りと空気が読める人物であった。


立場としては、秀吉の母衣ほろ衆筆頭=親衛隊隊長の地位にあり、秀吉の美濃国人衆調略工作時には、護衛兼国境付近出身者として、案内人としても活躍している。


因みの因みにだが、家次が事務方トップに就任した際、「コレで働いて給金貰える!」と、小吉も家定達と同じく見習いになったのだが、即座にペイッと放り出されていた。


前世の記憶で、ガッツリ経理経験こそないが、建築図面からの建築資材の拾い出しや、見積書ぐらいは作成した経験があったし、簡単な営業回りもした事があったので、何とかなるだろうと思っていたら、


「いや、何で出来るんだよお前?

俺、ひとっつも教えてねーだろ・・・。

オメーだけ出来て、家定達が出来ない状態を長く作っちまうと、彼奴等が部下に舐められて馬鹿にされる、悪しき風潮を作ってしまうし、何よりも秀長殿がそう観られれば、木下家の内部がガタガタになっちまう。

つー訳で小吉、オメーは暫く出禁だ。」

なまじド素人の家定達よりも出来過ぎて、却って出入り禁止処分になったのであった。


それはさておき、


「ふ~む成る程・・・藤吉郎殿も人に恵まれているよな。

欲しい時に欲しい人物が、身近に転がっている感じがする。」

「確かにそうですねぇ・・・。」

言い得て妙な可成の言葉に頷く。


(美濃国人衆の調略時には、蜂須賀や前野のオッチャンがすぐ近くに居て、家臣団形成時には、類似こと優秀な秀長が弟として居るし、事務方の窮地時には、降って湧いた様に商人畑の家次義父様が居る。

天下人になる人物ってのは、豪運というか持つモノ持っているんだなぁ)

つくづくそう思う小吉であった。


「まぁ、それはそれで置いといて、だ。

殿からは報告とは別に、お主に尋ねて参れと命令を受けていてな。」

「はぁ・・・左様で。」

面倒くせーといった表情で答える。


「まあまあ、そんな顔をするな小吉。

よいせっと・・・。」

苦笑しつつ外に控えていた家臣から、ずっしりと粒金が入った袋を受け取り、


「報酬として約2百貫、殿から預かっているので、またぞろ方策を頼みたいのだ。」

ドン!っと、小吉の前に袋を落とす。


「へい、毎度あり!私の方策で良ければ、何でも聞いてください!」

おめめを「金」にして、あっさり了承する。


「先ず1つ目は、東の三河で発生している、一向一揆の事だ。

殿は尾張にも飛び火する可能性を、大いに懸念しておられる。

2つ目は、西の伊勢攻略についてだ。

調略を前提にするか、実力行使を行うのが良いのか迷っておられる。」

そう言って言葉を切り、難しい表情を浮かべて言いにくそうにしつつも、


「3つ目は、北の美濃攻略についてというより、お主の主君・藤吉郎殿についてだ。

去年より、「卑賤出の藤吉郎が調略出来るなら、我らであれば容易に出来る」という、者達が続出しており、殿も許可を与えて任せてみたのだが、悉く失敗に終わっている。

何故藤吉郎殿は成功して、他の者は失敗するのかを、殿は不思議でしょうがないと気になっておられる。

推薦したお主なら、理解していようとの仰せで尋ねて参ったのだ。」

一気にまくし立てた。


(う~んまぁ、美濃国人衆調略は、現状の織田家ではつーか、適任者が居ないし、有る意味で秀吉の出世の為の、みたいなモンだからなぁ。

理解というよりは、前世の記憶と予測の範疇で、読んだ感じだけども)

脳内で思考をしつつ、


「え~と、解りました。

私の予想に因る方策であれば喜んで。」

3つの事柄に解説していく小吉であった。


                 続く

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