第14話わ~るどいん銭~。

「すいません~、この愛子めごちゃんの絵をくださいな。」

「あ、私はコレとコレくださ~い。」

コレ可愛い~、コレも可愛い~と連呼しつつ、品定めをする娘達。


キャイキャイと華やいだ声で、若い娘達が家次の「杉屋」の店先で列を成し、小吉が描いた愛子ちゃんシリーズを、代わる代わる買っていた。


「・・・全っ然、客が来ねー・・・。」

そんな大盛況な杉屋の横で、『絵を描きます』とのぼりを立てた小吉の所には、数日間に渡って、ヒューと木枯らしが舞い散り、閑古鳥が鳴いていた。


1562年9月、披露宴騒動から半年が過ぎ、徐々に木々の葉が紅葉し始める頃、小吉はアルバイトと言うよりも、養家の副業の手伝いをさせられていた。


その副業とは冒頭にある通り、「愛子ちゃん」シリーズの販売であり、小吉の担当は当然、愛子ちゃんの絵柄の作成である。


キッカケは披露宴騒動の際に、思わぬ画才を見せて、列席者を驚嘆させた時に、「味のある落書きだ」とノッブが、龍と鳳凰図を10貫で買い取り、春夏秋冬の愛子ちゃん図を、「可愛いからどうしても譲って欲しい」と、生駒の類が各々を1貫ずつの4貫で、買い取りを強請ねだった事であった。


それを観て「商機!」と、キュピーンと目を輝かせた美代・嘉代母子は、半信半疑の家次を説き伏せ、「家業=強制労働」という、己の末路を悟った小吉が、抜き足差し足でコッソリ逃亡しようとするのを、瞬時に回り込んで笑顔で囲い、愛子ちゃんシリーズを販売したのである。


商魂逞しい母子は、当初は近隣の妻女に無償で愛子ちゃんの絵を配布し(ついでに小吉の労働賃金も無償)、「可愛い=欲しい」という、購買欲求を高めた後に販売を開始。


60文から80文と、かなり強気な値段設定で販売したが、売れ行きは大好調であり、自然と口コミで愛子ちゃんの存在が広まり、小吉達の居る清洲城下だけでなく、南方の尾張随一の商業区・熱田あつたからも、わざわざ買いに来る者が居る程であった。


この時代の富裕層の妻女は、「花鳥風月かちょうふうげつ」を愛でる風習は当然有ったのだが、感覚としては「美しい・綺麗」という感じに近く、「可愛い」といったモノではなかった。


一応、女の子向けとして「抱き人形」という、市松人形(髪の毛が伸びる怪奇現象で有名な人形)の原型になったモノや、手鞠などの遊具、くしかんざし・こうがいといった装飾品もあるが、コレ等も玩具おもちゃやお洒落しゃれの部類になる為、一定年齢を過ぎると物置行きになったり、お出かけ用の装飾品として、家内では化粧箱に仕舞ったりと、開けっ広げに飾るモノでもなかった。


その点愛子ちゃん図は、掛け軸等に表装ひょうそうし、部屋に飾って目で観て愛でる、即ちインテリアとして「可愛いモノをでる」という、女子部屋の彩りを添えるモノに適しているし、そのままの状態でも近隣の友達と、可愛いの共有・話題としても良しなので、飛ぶように売れているのである。


そうした背景を受けて、一応1枚に付き中間マージン10文(千円)を、貰っている小吉だったが、「そんなら自分で直接描いて売ったら、ボロ儲けやんけ」と皮算用し、愛子ちゃん図は描かない約束で、杉屋横に幟を立てて、満を持して2匹目の泥鰌どじょうを狙ったのだが、世の中そうは甘くなかった。


悲しいかな、見た目が幼すぎて只のお遊びにしか観られず、見本に描いた他の絵も、杉屋の絵の宣伝と捉えられて、マトモに相手にされなかったのである。


(フンだ、良いもん良いもんね。

俺にはもっとデカい利権が有るしぃ。

妙齢のお姉さんに囲まれて、チヤホヤされたい訳でもないしぃ)

ぶすくれふて腐れながら、妙齢の若いお姉さん達に囲まれて、だらしなくデレデレしている、養父の家次に呪念を送っていると、


「幾つか絵を頼めるか?」

「あっはい、毎・・・次の方~。」

「たわけめ!儂以外他に居るまいが!?」

目の前に※十徳じっとく姿のノッブが居り、無視してスルーしようとするも、一喝されてしまう。


男性の割には甲高く、良く響く怒声のせいで、あっという間に「何事か?」と、周囲の耳目を集めてしまい、ノッブの影供かげとも(コッソリ配備された護衛)と思しき浪人体の10人程が、ノッブの周りに即座に集結し、信長を中心として一定の距離を取り、円陣を組んだのであった。


いきなりの騒ぎに家次が、店先から飛んでくるが、ノッブが事前に手で制し、「私用故に放念せよ放って置け」と言ったので、慌てて飛んで戻るのであった。


(※時代劇で出て来るお医者さんや、茶道の先生の様な格好に近いスタイル。

室町時代には、身分の高い者が寺社仏閣への参拝時に、良く着ていた)


「伜の奇妙信忠や妹達が、貴様の描いた絵を観て大層欲しがってのう。

奇妙の分は何ぞ格好いい物を、妹達には類が愛でている、あのへちゃむくれな女の子愛子ちゃん図を、4~5枚分頼むぞ?」

自分が起こした周りの喧騒けんそうも何のその、我関せずと懐から巾着袋を取り出すと、小吉に向けて軽く投げて寄越す。


「?・・・こ、コレは※砂金?ウホッ!?」

鈍い山吹色の粉に、驚喜する小猿。


(※この時代は、小判が殆ど流通しておらず、粒金か砂金が貨幣代わりになっており、金銭価値としては、重量式で計算されて、4.4もんめ(約15グラム)=1貫ぐらいだった)


(コレだと100gぐらいか?

つ~事は約6貫分だから、1枚につき1貫ぐらいの絵画代か!)

目を「金」にして、懐に素早く入れる小物。


「どうも~、では早速。」

「うむ、疾く早く頼むぞ?

あ~でだ、これから言う事は、独り言だと思って聴くようにせよ。」

そう前置きすると、


「貴様の主・藤吉郎が、犬山の対岸側・鵜沼うぬまの豪族である大沢家を、調略でこちら側に引き入れた。」

突然に秀吉の活躍を、小吉に話し出す。


「へぇ・・・それはそれは大殿様に於かれましては、おめでとうございます。」

筆をすいすい動かしつつ、気のない口調で信長を言祝ぐ。


地理的に地元で木曽川と呼ばれる、信濃長野県の国の東から西に流れて、伊勢湾に至る川を大凡おおよその国境として、尾張・美濃の国が有り、尾張側の上流が犬山で、美濃側上流が鵜沼であった。


そして木曽川中流域から、下流域までの間の豪族は、とっくに信長に臣従しているので、上流の鵜沼の調略成功に因って、犬山の織田信清は斎藤家の援助を、マトモに受けれなくなる事で四面楚歌、事実上の滅亡待った無し状態に陥り、後はジワジワ締め上げれば良いだけの、雑魚敵と化したのである。


因みに中流域を纏めている顔役は、山賊の親分面こと蜂須賀正勝であり、藤吉郎は彼を信長勢力に引き入れた事で、斎藤家の中流域からの侵攻路を潰し又、信長側からの侵攻路の確保と、木曽川という防壁を作った功績を以て、足軽組頭から一気に、足軽大将に昇進したのである。


因みの因みにだが、蜂須賀正勝は元はバリバリのであり、現状でもノッブを嫌っていたりする。


元々蜂須賀正勝は若い頃、「美濃の蝮」こと斎藤道三の近習を勤めており、その影響で尾張国内でも有数の、「親斎藤派」であったのだが道三横死後は、斎藤家とは距離を置いて、中立的な立場を取りつつも尾張国内では、常にノッブの敵対勢力側に与力し、ことごとく反目していた。


本人曰わく、「道三公の敵討ちを、大義名分にしているクセに、その道三公の御息女・のう御前を相手にもせずに、蔑ろにしているのは許せねーし、心にも無いのが見え見えで白々しい」とのこと。


現代の色々な小説だと、信長の正室・濃御前こと通称・帰蝶きちょうは、メインヒロイン扱いになっている事が多いが、実際には政略結婚で夫婦になっただけの、完全な仮面夫婦な様で、ノッブは帰蝶さんを女性として、全く相手にしていなかった様だ。


ノッブの好みのタイプは、母性の強い女性=未亡人で、側室の殆どがそういったタイプで占められており、残念ながら帰蝶さんは、好みのタイプではなかった模様。


それはさておき、


「たわけ、犬山の信清は未だ健在ぞ。

それに鵜沼も引き入れたと申しても、はっきり旗幟きしを鮮明にした訳でもなく、我関せずといった、中立的な立ち位置に近い。」

フンッと鼻を鳴らす。


「元々信清の方は、大殿様を討ち取らない限り、先のない死に体も同然の身ですし、斎藤家の裏の援助が有るから、延命しているに過ぎませんので、気にする事は無いかと。

鵜沼の方は中立的な立場から、こちら側に引きずり込めば、良いだけの話でしょうし。」

意味深な台詞を呟く小吉。


「ほう?引き込むのではなく、引きずり込むとな・・・小猿よ、何か方策が有るのか?」

「・・・はて?私の様な又者の立場では、解りかねますねぇ~?

大殿様や重臣・側近の方々が、考えられる事柄でしょうから。」

ノッブの問いに、しれっと淡々と返答する。


「うぬっ!・・・鵜沼を無力化した今、このまま犬山を包囲しつつ、美濃に攻め込んでみようと、思うておるのだがのう。」

ピクリと青筋を立てるも、受け流して自分の計画の独り言を呟いた。


「美濃国人衆をいたずらに、龍興の下に団結させたいのならどうぞ。

小競り合いなら兎も角、現状で大軍を率いて勝っても、堅城・稲葉山城を攻めきれず、精々ふもとまでの物見遊山ピクニック、負ければ龍興の名を成さしめる事に、なりますけど。」

労多くして益無しと、ハッキリと言い切る。


「ぐぬぬ・・・ならば如何致す!?」

「北(美濃)は時期早尚、東(三河)は松平家徳川家康と(清洲)同盟を結んだばかりとなれば、来る北侵攻の時期に備えて、縦深じゅうしん(安全地帯)を得るべく西(伊勢)にですかねぇ。」

独り言の如く返事をする。


「ふむぅ・・・伊勢、か。」

「美濃と違って伊勢の国三重県は、1家に纏まって居らず、北はせき家や神戸かんべ家、中央から南は長野家と北畠家と、幾つかの大勢力と、多数の中小勢力に分かれていますので、付け入る隙は十二分に有るかと。

流石に松阪の町は無理でも、桑名の町は勢力下に、是非抑えておきたい所ですよね。」

絵を描きながら呟く。


古来より桑名は東海地方を代表する、商人が運営する商業都市且つ、自由都市として栄えており又、松阪は今でこそ高級ブランド牛で有名だが、この時代は摂津大阪府に有った、国内で最大の商業兼貿易都市・堺に比肩しうる、国内有数の商業都市だった。


金・銀・銅の貨幣が普通の時代に、日本で最初と云われる紙幣を発行し、松阪商人の世間的信用を以て、当たり前に通用して承認されていた程で有る。


「馬鹿を申すな。

桑名は東海地方を統括する、長島一向宗・願証寺に隣接する、長島一向宗の財布ぞ?

下手に桑名に手を出せば、こちらが大火傷おおやけどを負いかねん。

只でさえ、願証寺の影響で尾張内の海西かいせい郡に居る、虎の威を借るにっくき服部狐に、手を出せずにこまねいておるものを。」

憎々しげにボヤくノッブ。


実は尾張国内には、犬山の織田信清とは別に、隠れボスとも言える存在がおり、その隠れボスこそが、「忍者では無いハットリ」こと、尾張と伊勢の国境・海西郡に領地を持つ、服部友貞はっとりともさだである。


友貞自体は大した事の無い、信清未満の中小豪族に過ぎないのだが、バックに長島一向宗を付けている為、下手に揉めると一向一揆を敵に回しかねず、周辺豪族処か尾張国主になる信長でさえ、アンタッチャブル触ると危険な存在として、認知と忌避をしていた。


その為友貞が信長に対して、散々敵対行動を取っていて、度々侵略行為をしているにも関わらず、手出しが出来ずにいるのである。


正しく、「虎の威を借る狐」を体現した、生きた実例の様な人物なのであった。


(まぁ、俺からしたら、威を借る狐界の風上にも置けない、のハットリじゃなくて、だけどな。

ゴマする相手を、間違えてやがるわアホが)

ペッと内心で唾を吐く、生きた実例その2。


「桑名の方は、熱田と同じく大殿様に納めるみかじめ料(上納金)と、熱田宮に納める御布施おふせ冥加みょうが金とは別口の様に、大殿様が北伊勢に勢力を持てば威を畏れて、向こうから自然と納めに参りますので、さほど気にする必要性は有りません。

友貞狐の方も、長島一向宗と揉めずに、始末する事も可能ですし。」

事も無げにボソッと言い放つ小吉。


「・・・鵜飼いと、狐退治の方策を申せ。」

ドンッと、報酬代わりの脇差しを台に置く。


「いえいえ、では、腹が膨れませんので・・・おっとっと、失礼。」

換金不可品現金化出来ん物は要らん」と暗喩しつつ、脇差しを押し返して、これ見よがしに銅銭を袖から、台の上に転がした。


「ぐく!・・・30貫でどうだ。」

「いえいえ畏れ多い。」

「50貫!」

「・・・・・・。」

「貴様ぁ、足下を観よって!?

百貫でどうだ!」

「毎度あり~。」

報酬額に満面の笑みで返答し、


「では、ありがたく頂戴します。」

スッと手の平を、ノッブに差し出した。


「今は手持ちが無い。

後で持って来させる故に、疾く申せ小猿。」

「はい、又のお越しをお待ちしています。」

ノッブの返答に、笑顔で「おととい来やがれ!」と返事して、依頼分の絵画を描いて渡した後、テキパキと片づけを始める。


「待て待て待て!?

ちゃんと払うと申しておろうが!?」

「お客さ~ん、ウチはニコニコ現金払いのみの、対応しかしていないんスよ。

当然の如くツケ払いや証文払い約束手形も、受け付けておりませんので。」

焦った様に言い募るノッブに、この時代では当たり前のスタンスで応じる。


基本的にツケ払いや証文払いは、長い付き合い等の、信用の基で成り立っており、例えば尾張の国主たる、織田信長の立場で言えば、これ程の信用材料も無いが、今のノッブはお忍びの身なので、身元不明=住所不定で職業不詳の、謎の人物扱いにする小吉であった。


「後で「良く似た別人」とか言われて、報酬を踏み倒されたり、後々ケチを付けられて減額されるのは、こちらもかないませんので。」

キッチリと予防線を張る。


「お、おのれ~貴様!

おい、店主を呼べ!店主を!」

怒声を上げて家臣に言い付け、


「は、はいぃ!何でしょうか!?」

「三左(森可成)!急ぎ清洲(城)に戻って、金蔵から百貫持って参れ!

店主!貴様は証人として確認せよ!行け!」

「「ははぁ!!」」

全速力で清洲城に走っていく、家次と可成。


こうして小吉は、ノッブから百貫せしめる事に成功し、信長は家次達が帰還するまでの間、飄々と自分を翻弄する小吉を、睨み付けつつ待機をするのであった。


(((((誰か、誰かこの緊迫した雰囲気から、オレを助けてくれ!?)))))

自分達の背中越しに、不機嫌オーラを撒き散らす主君のノッブに怯え、声無き悲鳴を上げている影供達も巻き込んで。


                続く

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