第8話他意はない、無いと言ったら無い。

「フンッ!エィ、ヤァッ!!」

威勢の良い掛け声で、模造刀ならぬ模造槍を突き出している小吉。


「コラ!突きを出したら直ぐに引く!

敵はお前の隙や油断を、わざわざ見逃してはくれんのだぞ!?

それと足腰もふらついている!

そんなへっぴり腰じゃ、穂先に力が伝わらず、マトモに敵を討てんぞ!」

小吉の槍の振り方に、アレコレと真剣な面持ちで、指南を行う偉丈夫。


1562年2月、小吉は将来に備えて、主君・秀吉を介して偉丈夫こと前田利家に、武芸の稽古指南を受けていた。


3年程前に、同僚との諍いを起こして斬殺し、勝手に出奔しゅっぽんした利家は、信長の勘気をこうむり、信長から奉公構ほうこうかまい(追放処分兼、他家出仕停止処分)に近い処罰を受け、家中から追放されて浪人となっていた。


実はこの奉公構、藩幕体制の整った江戸時代には、キチンと機能した刑罰だったが、戦国時代は敵対している他家や、他国に行けばほぼ適用されない抜け道があり、「槍の又左またざ」の異名を取る利家だったら、再就職も難しくなかった。


だが、生来の生真面目さと律儀さで、一途に信長に忠誠を誓う利家は、それを良しとせず、浪人として織田家の戦に参加し、手柄をたてて漸く去年に勘気が解けて、再出仕を果たしたのであった。


そういった経緯で、信長の母衣衆親衛隊に復帰した利家だったが、帰参して間もない事もあり、戦評定以外はあまり召集されず、わりかし暇だったのに小吉は目を付け、有料での指導を受けていたのである。


(俺も9歳になる。

後5年もすれば、初陣を果たす事になるんだから、少しでも生存率を上げる努力をしねーと、利家のオッサンの言う通り、敵は遠慮会釈してくれねーんだから)

改めて左半身ひだりはんみに構えて、足払いと突きを重点的に繰り返す。


他方に数多居られる、チート持ち転生主人公と違い、近代兵器・未来兵器の知識も無い、どノーマルの小吉は否が応でも生身1つで、戦場に出ねばならない立場であり、殺るか殺られるか、殺られる前に殺れの世界に飛び込む為、生き延びる備えをしているのである。


因みに戦国期の近接戦闘に於ける、主流武器は槍であり、実戦で刀が使用された実例は、「剣豪将軍」と謳われた、室町幕府13代将軍・足利義輝あしかがよしてるが、敵対関係だった三好家に襲撃されて暗殺された、「永禄えいろくの変」ぐらいであり、極めて稀だったりする。


つまり実際の戦場では、柳生宗厳やぎゅうむねよし(柳生新陰流創始者)だの塚原卜伝つかはらぼくでん(新当流創始者)だのと言った、後世に名の知れた剣豪も、フツーに槍を使って戦っていたのであった。


それはさておき、


「・・・よ~し、止め!

今日はこの位にしておこうか、小吉よ。」

稽古を始めて2~3時間ぐらい経過した後、小吉に終了を告げる利家。


「・・・ハァ、ハァ・・・ご指導ありがとうございました!利家様!」

「うむ、指南が無い時にもいや、毎日欠かさず自主稽古はする様に!

特に足払いと突きは、戦場で使用する基本中の基本故、この2つは必ず熟達する様にな。」

厳しい表情で腕を組み、指導を終える。


「はい!では本日の束脩そくしゅう(指導料)をば。」

「おう、頂戴しよう。」

お金の入った袋を、笑顔で受け取る利家。


利家は凡そ2年に及ぶ浪人生活で、実家の援助も貰えず、悲惨な極貧生活を経験しており、その影響でお金の大切さと、金銭出納に関して、厳しい経済観念を持つ様になり、吝嗇家銭ゲバとまではいかずとも、かなりの締まり屋倹約家となっていて、どんなに出世しても終生、自家の帳簿付け金銭管理を欠かさなかった。


そういう事で小吉が払う指導料も、小銭であっても喜んで受け取る利家である。


因みに小吉が払っている指導料は、「110」文であり、何故か天啓の如く、極自然に思い付いた金額であり、他意はなかった。


そのまま口頭での講義・心構えの話を経て、利家の話は、愛娘のノロケ話になっていく。


「やっぱり娘の婚礼の儀は、盛大にやってやりたいモノだなぁ。」

「そ~いうモンですか?」

「そりゃそうだろ?

女子にとっちゃあ、一世一代の晴れ舞台。

親は華やかな舞台に立たせたい、当人は立って祝福されたいのが、人情ってモンだ。

例え政略結婚であれ、恋愛結婚であれな。」

既婚者と親としての意見を述べる。


(う~ん、姉ちゃんもそうなんかね~?)

利家の話を聴いて、寧々を思い浮かべる。


此処最近、寧々の様子がおかしいのである。


旦那の藤吉郎は知己の豪族、蜂須賀正勝はちすかまさかつの仲介を経て、国境の美濃国人衆から誰ぞの方策に沿って懐柔を開始、あっという間に国人衆を手懐け、織田家に引き込む事に成功。


懐柔を通り越して調略を達成し、美濃攻略の足掛かり=橋頭堡を確保した藤吉郎は、信長に功を賞されて足軽大将(課長クラス)に昇進、順風満帆に出世街道を進んでいた。


家禄も倍増処か10倍増以上も加増され、鰻の寝床or兎小屋の如き組長屋から、庭付きの屋敷に移転し、夫・藤吉郎の立身出世に併せて、充足した生活を送っている筈の寧々は、逆にため息を吐く事が多くなっていた。


前世で謂う、何とかブルーって奴か?と思っていた小吉だったが、利家の松との結婚式の話を聞いて、原因究明に至ったのであった。


恐らく寧々は、類や松達とのガールズトーク中に、彼女達の結婚式の話を聴き、自身の寂しい結婚式とを思い比べ、羨望している事に気づいたのである。


小吉以外、仲人役処か親族や出席者すら居らず、祝福する人も小吉以外居ない、夏場なのに寒々しい部屋。


新郎の藤吉郎は何処で調達したのか、所々擦り切れた緋袴ひのはかま(剣道等の稽古着に近い袴)を着用し、新婦の寧々に至っては、普段着の上に替えの服を、白無垢代わりに羽織っただけの、貧相な花嫁衣装。


幾ら庶民の藤吉郎が、武家の娘である寧々を嫁にめとった事に対する、周囲のねたそねみをかわす為とはいえ、余りにも見窄みすぼらし過ぎると思う程、酷い結婚式だった。


祝い事には無頓着な男の小吉でさえ、そう感じるぐらいであったので、当事者で一世一代の晴れ舞台を、そんな悲惨な状態で終えてしまった寧々が、他者の真っ当な結婚式の話を聴いて、羨望しない筈がなかった。


(う~ん・・・とりあえず、落ち込んでいる姉さんを励ます為にも、披露宴もどきでも開いてみるか?

藤吉郎義兄さん側は、義兄さんの家族を呼んで、こっちは浅野の叔父や、(杉原)家次の義父様おやじさまを呼んで・・・まてよ?バランスを考えると義兄さん側は、最近殿の寄騎よりきになった、蜂須賀のオッチャンも呼ぶべきか?)

前田邸を出て隣の木下邸に戻り、腕を組んでウンウン脳内思考しつつ、自室に戻る小吉。


(え~と、先ずは会場を押さえないと・・・って、大人数を収容出来る所なんて、生駒屋敷しか伝手がねーわ俺。

とりあえず家長のオッサンに、ダメ元で諸々相談してみっか。

一応、担保はコレが有るから、費用云々は賄えると思うんだけど・・・お願いしますね!織田木瓜おだもっこう印の脇差しちゃんよ!)

木瓜きゅうりの紋様が鞘に施された、脇差しちゃんを拝む。


(※現代では木瓜ボケ=梅の様な花が咲く植物の事を指すが、近代以前は胡瓜きゅうりではなく、木瓜=きゅうりと読んでいた)


(ぼちぼち姉さんの、感情臨界点が近い。

メルトダウンする前に、冷却しないと・・・頑張ろう・・・俺の明日の為に)

グッと握り拳と決意を固める小吉。


小吉の行動は、あくまでも麗しい姉弟愛であり、メルトダウンすると真っ先に自分が、寧々姉さんの説教と言う名の愚痴を、延々正座で聴く羽目になったり、落ち着くまでの間、殺人クッキングマシーンと化し、ダークマター的な一口ひとくち昇天料理を作り続け、彼岸ひがん(あの世)と此岸しがん(この世)を無条件に往復する、処理係は嫌だといった他意はなく、無いったら無いのである。


翌々日・・・


幾ら藤吉郎が足軽大将に出世しても、元服前の小吉の給金は、相変わらずのタダ働きであり、マトモな金策の当てもないので、なけなしの財産である脇差し(泣)を担保に、生駒家長に式場の貸与と、あわよくばと料理とかの手配を頼み込んだ小吉。


「いやいやいや!?過分過ぎですぞ先生!?

コレ1本で、屋敷が建ちますから!!」

首をぶんぶん左右に振り、対価に合う処か貰い過ぎだと断言する。


実質上の尾張の国主で、2代目・備前長船光忠びぜんおさふねみつただを中心に収集していた、かなりの銘刀コレクターでもある、信長が佩刀していた脇差しが、当然の如く数打ち量産品の鈍くらな訳がなく、歴とした銘刀であった。


(しゃあねーやん!?

他に対価に成るモンが無いんやから!)

じゃあその差額分を、現金化してくんない?と言いたい所を、脳内で血の涙を流しながら飲み込み、改めて頼み込む小吉。


多少の押し問答の末、「こんな銘刀を手放してまで、姉君の為にしてやりたいとは・・・感動致した!」と、感激の面持ちで脇差しを押し戴き、会場の提供処か食事等の諸々の、手配を約束してくれたのであった。


そして、そのまま生駒の方こと、類の許に赴いて、事情と寧々姉さんの友人として、出席をお願いした所、


「そ、そんな酷い・・・グス、そんな寂しい結婚式を・・・うう、可哀想過ぎるぅ!!」

ポロポロと涙を零して泣き崩れ、お付きの老女も「ほんに酷い話でございます」と、貰い泣きをした。


聴いた限りでは庶民の女性でも、もっとマシな式を挙げるらしい。


「そうだわ!披露宴には私の花嫁衣装一式を、寧々ちゃんに着せてあげる!

そのまま貰ってくれれば、私も嬉しいわ。」

「いや、流石にそれは・・・。」

「良いのよ小吉君。

ウチの娘はどうも、新しく新調しなきゃいけないみたいだから、ね?」

寂しげに微笑む。


そうこうしている内に、床を踏み抜くぐらいの大きい音を立て、類の隣室に足音が移動した後、ガラッと襖が開き、


「話は家長殿から聞いたぜ坊主!

俺も一肌脱ごうじゃねーか!?」

自身の顔を親指で差し、キラリと歯を見せて笑顔を見せる、池田恒興が現れた。


「間に合ってます。」

恒興を一瞥した後、スッと襖を閉める小吉。


「おいコラ待て小坊しょうぼう!?

人の好意を無下にするなよ!

それと勝が大見得切って格好付けた分、引っ込みが付かなくなり、硬直してしまっているから、どうにかしてやってくれ。」

今度は糸目をした丹羽長秀が、襖を開けて困り顔を覗かせる。


「はぁ・・・え~と、何ですか池田様?」

「おう、俺や万に殿まで、お前が姉ちゃんの為に、奔走しているのを聞いて感動してな。

それで一肌脱ごうって寸法よ!」

何事も無かったかの如く、サッと右向け右をして話を進める恒興。


「お気遣い誠にありがとうございます。

しかしながらお二方や、大殿様がご出席頂くのは、格式の釣り合いが取れず、余りに過分にございます。

お気持ちを頂けたら十分です。」

ソッと手の平を突き出す小吉。


暗に、「アンタらお偉いさんに来られると、宴が盛り下がるから来んな、銭だけ呉れ」と丁寧語で言いつつ、銭をせびっているゲス。


「お前・・・いっそ清々しいくらいに、現金なやっちゃなぁ・・・。」

恒興がマジマジと小吉を見つめ、感心する。


「良し解った、祝儀はたっぷり弾むし、勝も私も参加しない。

その代わり・・・。」

「その代わり・・・?」

ちょいちょいと長秀が手招きするので、口元に近づいて行くと、


(殿だけはどうにかこうにか、参加させてやってくれ!頼む!!)

コソコソ話で、拝む様な姿勢をしつつ、小吉に手を合わせた。


(無茶苦茶言わんでくださいよ丹羽様!?

いっちゃん釣り合いがとれない、最凶で最強の人バランスブレイカーですやん!?)

首と手を左右に振って、ムリムリと拒否る。


例えれば家族だけのパーティーに、勤務会社の社長が参加する様なモノであり、アットホーム和気あいあいな宴から、ゲットホーム家に帰りたいな宴に早変わりするのは確実である。


(いや~殿って、大のお祭り好きでなぁ。

それに加えて、慶事けいじ話も大好きなんだよ。

お前さんの話を家長殿から聞いて、どうにかしてやりたいって気が、満々な訳だ殿はよ)

顎をしゃくり、ノッブを見る恒興。


恒興に釣られてノッブを観ると、関心無さげな素振りをしつつも、チラチラこちらを見て、脇息を指でトントン叩き、片膝を立てて貧乏揺すりをしており、「小猿がどうしてもと頼み込むのなら、儂も協力してやらんでもないぞ?」と、全身で主張していた。


実際にノッブはお祭り好きであり、こっそり変装してお祭りに参加したり、「津島天王祭り」には審査員として参加し、特に踊りの上手かった者達を、そばに召し出して褒め称え、自らお茶を振る舞ったり、扇子で扇いであげたり、汗を拭いてやったりと、非常にサービス満点だったりする。


又、慶事=祝い事も大好きであり、嫡男の奇妙(信忠)が生まれた時は、生駒屋敷全体を巻き込んで、お祭り騒ぎをして踊ったと云う、逸話も残っている。


(そー言われても、流石に・・・)

(そこを何とか!先っちょでも)

(ちょこっと、少しで良いからよ、な?)

男の大人2人が、ビミョーに妖しく聞こえる発言を、子供の少年にするという、案件紛いなやりとりをしていると、


「ウンンッ!小猿よ。」

「はい、何でしょう大殿様?」

大きく咳払いをする、ノッブに呼び掛けられ、返事をする小吉。


「実は先程、家長から献上品を貰ってのう。

お主から姉の披露宴の代金として、譲り受けたと申しておったが、鞘のこしらえ(装飾・品質)こそ粗末なモノじゃが、鍔・柄・刀身の刃文はもんまでが、儂が貴様に呉れてやった脇差しに、怖いくらいなんじゃが、とっくりと聞いた方が良いのかのう?うん?」

平坦な声音で、扇子をパチパチ開閉させながら、小吉に問い掛ける第六天魔王。


「・・・・・・・・・。」

無言でスイ~ッと目が泳ぎ、顔をサッと横に逸らした後、


「我が姉の為に、お骨折り頂けるとは恐悦至極、末代までの名誉と存じ奉りまする。

伏して何卒なにとぞ大殿様に、宜しくお頼み申し上げる所存にございまする!」

打って変わってすがしい笑顔を浮かべて平伏し、しれっと前言をひるがえした。


「うむうむ、儂に任せておけ小猿よ。

大船に乗った気でおれ、ハッハッハ!!」

望み通りの返答を得れた事で、「善き善き」と、大口を開けて笑うノッブ。


(大船って・・・絶対タイ○ニックだよなぁ)

脳裏には何故か沈没した、某豪華客船が思い浮かぶ小吉であった。


そして、丹羽長秀と池田恒興の2人は、ビシリと石像の如く固まり、


((こ、コイツ、殿から貰った下賜品を、即座に売り払ってやがる!?何考えてんだ!?))

バレたら即、切腹か斬首が確実の所行を、平然としている小吉に、戦慄するのであった。


                 続く

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