第7話虎穴に入らずんば、虎子を得ず・・・秀吉が。
「さあ、とっとと申せ小猿。」
「え~と、犬山の信清と美濃の龍興の、どちらの方策を申しましょうか?」
「両方に決まっておろうが、たわけが。
儂の
ドスの利いた低い声で、小吉に圧を掛けた。
「ははっ・・・では先ずは犬山の信清から。
示威行為を盛んに行い、犬山勢に圧力を掛けつつ、和戦両用の構えを見せるべきかと。」
信清対策から論ずる。
「フンッ、和戦両用のう・・・信清は親父殿の不手際で、叔父=父親が殺されてから恨みを持ち、儂との場合は所領問題も有って、完全に間柄が
先ず和睦など応じるまいよ。」
鼻で笑って無駄と断じた。
「ええ、信清はそうかも知れませんが、しかし信清の家臣は、その限りではありません。
村井様が仰っていた様に、戦は将兵が居なければ話にならないのです。」
そう前置きして、
「つまり表では威圧して、犬山勢を怯ませて不安感を抱かせ、裏では犬山勢の有力家臣を中心に、積極的に調略を仕掛け、勢力減衰に持って行くといった、剛と柔を使い分けて、信清の戦力を削る事が肝要でしょう。」
調略に力を入れるべしと説く。
「あのな坊主、んなモンは言われんでも、とっくにやってんだよ。」
池田恒興が、小吉に向かって話す。
「どの様に、為さっておられるので?」
「俺が信清の側近連中に、万(千代)が古株の有力家臣達に、それぞれ働き掛けてるよ。
・・・成果は
「おい勝(三郎)!要らん事言うなお前!」
舌打ちしそうな口調で、小吉に機密情報を喋る恒興に、二重の意味で叱る丹羽長秀。
(う~ん・・・
まぁ、信用して使える手駒が、悲しいぐらい少ないのと、腹心達に経験と手柄を立てさて、少しでも早く育成と昇進をさせるのが、ノッブの狙いなんだろうけども)
ジ~ッと、信長を眺める小吉。
信長は庶次兄を中心とする、初期家臣団を自分の不手際で壊滅させてしまうと、
最も信用が於ける筈の母の実家・
一般的に信長の不良的奇行は、将来を見越した戦略であり、大人衆達は節穴だったと謂われているが、当時の大人衆から観た信長は、自分達の子弟で構築された家臣団を、采配ミスで壊滅させた挙げ句、本人は遊び呆けて政務も
当然の如く怒り、信長に愛想を尽かしたのも、極々当たり前であった。
そうして譜代衆達と、深い溝を作ってしまった信長は、
・森可成(外様・元土岐家家臣)
・丹羽長秀(新参・元
・池田恒興(新参・父母は他国者)
・前田利家(譜代・実家は反信長派)
・
といった、殆どの大名が9割強譜代衆で1割未満、他国衆や新参で家臣団を構築するのが、当たり前な時代に正反対な、前代未聞の新参・外様だらけの家臣団を構築し、現在に至っているのであった。
その上に愛想を尽かした大半の大人衆が、実弟の
現状人材不足で経験不足という、ダブル役満な運営内容の中で信長は、現代で例えれば企業の新人研修の様に、様々な業務に就かせて経験させ、長秀達に成長を速成栽培で促すと共に、重役クラスがごっそり居なくなった穴埋めに、躍起になっているのであった。
そんなスカスカの人材不足という、お家事情だったらこそ、豊臣秀吉は
それはさておき、
「・・・何じゃ小猿?儂をジッと見つめおってからに?
言いたい事が有るなら、サッサと申せ!」
「いえ、このまま丹羽様達に失敗経験を積ませるのが、大殿様の意に添うのか、個人的に思う、適切な目標と人選を述べた方が、意に添うのかが判らず・・・すみません。」
ぺこりと信長に謝罪する。
「「な!?貴様ぁ!?」」
「黙れ勝、万・・・ならば、貴様ならどうするのだ小猿?」
激昂する2人を片手で制し、興味深そうな表情を浮かべた。
「先ず、犬山勢の大人衆の調略に対しては、申し訳有りませんが、丹羽様では不適任なので、別の者に変えます。」
「ッッ!?・「待て万!」
バッサリと言い切る小吉に、脇差しを抜こうとする長秀を、キツく止める信長。
「何故か?」
「え~では論より証拠で。
村井様、もしも森様と丹羽様が口論しており、どちらにも一理あるとした場合、どちらの意見を取りますか?」
「又ワシか?・・・う~む、敢えていうなら、森殿になるだろうな。」
腕組みをして熟考した後に、質問に答えた。
「貞勝、一体何故だ?」
「は、森殿と丹羽の思慮と経験の差を比べたら、どうしても丹羽の方が不安感・・・ああ、そう言う事か小僧。」
信長に答えている最中に、小吉の質問の意味を理解する。
「貞勝、解ったのか?小猿の言う事が?」
「ははっ、
犬山の大人衆からすれば、自分の子と変わらないくらいの、若年の丹羽に説得されても、安心感よりも不安感の方が勝り、却って
年配者としての思考で答えた。
「?・・・よく解らぬ。」
「大殿様が私の調略を受けた際、「絶対大丈夫です!厚遇確実!家禄倍増!」と言われて、私の話を信用するかどうかの話です。」
「非常に良く解った・・・無理じゃな。」
嘘付けと言いたげに、真顔で頷く魔王。
現代風に例えれば、
前世で新人のペーペーの時に、先輩や上司に言われてやっている業務の、
しかしいざ自分が先輩になり、ペーペーの後輩に業務を任せた際に、「ああ、先輩や上司は、俺に疑心や不信を持っていた訳じゃなく、不安や心配で言っていたんだ」と、相手と同じ歳や立場になって、認識の隔たりを理解したモノである。
つまり、幾ら若手の丹羽長秀が説得しても、犬山の大人衆は「本当に大丈夫なのか?」、「若い衆に付いていけるのか?」と、不安や心配がもたげてしまい、大人衆が二の足を踏んでしまう結果を、招いているのであった。
「それに加えて犬山の大人衆は元々、大殿様の譜代衆から、枝分かれした者達です。
言わば「帰り新参」の立場になる彼等にとって、不安を覚えるのは尚更の事かと。
依って、適任者は「同様の境遇で、且つ大殿様から重用されている者」が、最も適任となりましょう。」
ジト~ッと見てくるノッブの視線を無視し、淡々と意見を述べる小吉。
「うむう、なる程。
となれば・・・帰り新参になる柴田殿か、大人衆の佐久間殿が適任か?
殿!此処は小吉の申す通り、柴田殿か佐久間殿を用いるべきかと。
柴田殿は、殿に対しての
信長に詰め寄る可成。
今までの国内平定戦には、両者は投入されて居らず、特に信勝に組して敵対した
其処で小吉の方策に乗り、織田家の大人衆の代表格である、柴田か佐久間を用いる事で、大人衆との溝を埋めるべく、信長に
「うむ・・・道理である。
犬山の大人衆は、柴田と佐久間に任せる。」
可成の提言を受け入れる。
「万の方は、若手には無理だと解った・・・が、して小猿よ、勝の方はどうなのだ?」
「え~と池田様の方は、信清の側近連中に対して、「
目標ミスを指摘する。
「謀略ぅ?それこそ無理だろ坊主。
彼奴等は俺の話に、全然聞く耳持たねー処か、門前払いをするぐらいだしよ。」
無理無理と手を振って、否定する恒興。
「いえいえとんでもない池田様。
池田様と丹羽様のお二人様こそが、今回の謀略の最適者なのです!」
「えっ?私もか本当に?」
意気消沈していた長秀が、顔を上げる。
「はい、そうです。」
「いや坊主、万と俺がどうしたら、あの聞く耳持たねー信清の側近連中に、謀略を成功させられるんだ?」
首を傾げて疑問符を浮かべた。
「表ではそのまま池田様が、側近連中に声を掛け、裏では池田様が声を掛けた者と、仲の悪い者に丹羽様が、「彼奴は大殿様に寝返ったが、お前もどうだ?」と、調略する振りをして密告します。
それを繰り返していけば、後は勝手にドンドン側近連中が、今度は信清に密告していきますので、君臣のお互いが疑心暗鬼になって、内部崩壊していくでしょう。」
恒興の疑問に答える。
「・・・
「ええ、表向きは反大殿様で、
内情を推察して、
「例え忠義心にせよ
どっちに転んでも、損にはならないと説く。
「フンッ、小癪じゃが道理じゃ。
万・勝、その様に進めよ。」
「「はは、承知しました。」」
両拳を床に付け、頭を下げる。
「それで最後に美濃攻略の件だが、何か良い方策があるのか小吉?」
感心しきりに可成が尋ねる。
「はい、先ずいの一番に言えるのは、大殿様が唱えている大義名分を、一刻も早く撤回する事ですね。」
笑顔で最早美濃国人衆への、最高級のヘイトスピーチと化している、撤廃を提唱する。
「貴様・・・喧嘩を売っているのか?」
「いえ、私は良かれと言っているだけです。
後は、軍事的には現状戦を起こせば、龍興の地盤固めに寄与してしまい、逆効果になるので消極的に行動し、裏でジックリと調略を進めるべきかと。」
「なぬ?調略だと?
貴様の言い分が正しければ、儂に
片目を釣り上げて
「まぁ、正確には調略ではなく、一歩手前の段階に当たる「
「懐柔、のう・・・ふ~む、回りくどいが、急がば回れといった所か・・・。」
扇子をパチパチ開閉しつつ、小吉の意図を読んで呟いた。
「しかし、懐柔を能う者が居るか小猿?」
「御家中の中で私が適任と思えるのは、我が殿只お1人です大殿様!
今回は下々の方からジワジワと、大殿様の良い所を殿を通じて喧伝し、偏見と誤解と悪評と悪口を揉み消しましょう!」
「やかましい!黙れ!
貴様の減らず口を先ず消してやろうか!?」
さり気なくディスる小吉に、怒鳴りつける。
「・・・ふぅ、貴様ぐらいぞ?儂にヅケヅケとモノを言うのは。」
「はぁ、左様で。
殿曰く、
「フンッ、主従揃って小癪な。」
瞬間湯沸かし器の様に沸騰し、瞬時に冷静さを取り戻して、小吉の言を聴いてあっさり機嫌を戻したノッブ。
「まぁ良い。
猿を派遣して
「御明察にございます。」
信長の推察に頷いた。
小吉の考えた方策は、コードネーム「福沢諭吉式
外様の
(※一般的には勝海舟の知遇を得て、咸臨丸に乗ったと思われがちだが、実際には
それはさておき、
「殿は出自柄、下情に精通しておりますし、美濃国人衆との縁が深い、
「ふむ・・・それならば確かに猿が最適か。
しかしお前、敵地に主を向かわせるとは、中々にいい性格しておるのう?」
皮肉気に問いかける信長。
「いや~それ程でも。
敵地に行くのは殿ですので、私は痛くも痒くもありませんし。」
照れた表情で後ろ手を後頭部に置き、サラッとゲスな発言をする小吉。
「お、お、お前は、猿の事を我が日輪と申していたではないか!
何故そんなに平然としていられるのだ!?」
小吉の態度に、目を白黒させるノッブ。
「我が日輪だからこそ、それぐらいの艱難辛苦は、殿なら軽く乗り越えられると、信じておりますので。
大殿様の田楽狭間戦に於ける、苦難に比べればそれこそ些事でしょう?」
「うむ、けだしその通りだ。」
小吉の言にコクコク頷く可成。
「それに、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と言う様に、危地で活躍するからこそ、立身出世も可能になる訳ですし。」
「虎穴の危地と判ってて、主君を行かせんなよ坊主、お前は・・・。」
ジト目で小吉をみつめる恒興。
「え?「獅子は千尋の谷に突き落とす」って、感じなんですけども?」
「逆だろーが逆!
子のお前が、親の藤吉郎を突き落としてどうすんだよ!?寧ろ蹴り落としているだろ!?
・・・彼奴が可哀想に思えるわ。」
深~く藤吉郎に同情する。
「え~まぁ、とりあえずコレで終わります。」
「ああ、もういい、下がれ・・・。」
疲れた表情でシッシッと、片手を上下に振り、追い払う仕草をするノッブ。
「はい、失礼します!」
快活に辞去する。
(うっひょ~!?大小貰っちった!
売っ払ったら、どんくらいになるんだコレ?
ウッヒッヒッヒ・・・)
ホクホク顔で脇差しと刀を抱え、寧々達の居る隣室に戻ると、
「小吉~?ちょ~っとこっち来なさいな?
お姉ちゃん、聞き捨てならない言葉の数々が、アンタの口から色々と、聞こえた気がするんだけど~?」
ちょいちょいと、地獄に誘う亡者の如く、片手を振って小吉を呼ぶ
(ヒィ!?姉ちゃんがガチ切れしてるぅ!?)
生まれた時からの付き合いで、寧々が激怒しているのを理解した小吉は、猛獣に出会った対処法の様に、そろ~りそろ~りと目線を合わせつつ、距離を取る。
「10、5、4・「早い!早いよ姉さん!?今参りますから待って!?」
寧々姉さんの最終警告、「死への
結局、数時間に及ぶ説教を受けた後、信長から分捕った刀を、寧々様に献上する事で、難を逃れた小吉であった。
因みに、預かり知らない所で、勝手に千尋の谷に蹴り落とされた秀吉は、「はて?何か今までオレを邪険にしとった、長秀様や恒興様が妙に優しいが?」と、首を傾げつつも、「よっしゃ!殿の期待に応えて、手柄を立てて出世するぞ!」と、自ら虎穴に入っていくのであった。
続く
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