動き出した瑠璃と幸貴
🌙ルリア商売に取りかかる
町の子供達が通う学校が夏休みに入った。
そんなある日の夜、シスターとルリアそしてコーネリアスは神父様の部屋で話をしていた。
誰にも聞かれてはならない。
「シスター、あれの売れ行きはどうですか?」
「大丈夫。売れていますよ。それももの凄い人気で、品物がすぐに無くなってしまう位だもの。ほら、もうお金もこんなに貯まったわ」と、帳簿を見せた。
「神父様の畑の方はどうですか?」
「早めに種や苗木を植えたおかげなのか、天気が良かったからなのか、もの凄い勢いで育っているよ。やはり肥料も良いのだろうね。野菜のカスや残飯が肥料に成るなんて、良いことを知ったよ。一部の作物はもうすぐ収穫が出来そうだしね。楽しみだ」
「レースが売れて忙しくなって来たので、これからは時間を見て僕が文字と計算の得意な子に帳簿の付け方を教えますね」
「ええお願い。暫くはサンフィールドに行って品物を売ることに集中したいから」
シスターのニコニコ顔は商売人の顔になってきたように見える。
「神父様とシスターには大変な事を頼んですみません。お二人共お体は大丈夫ですか?きつくないですか?」
心配顔のルリアに二人が笑顔で応えた。
「大丈夫ですよ。それはもう二人とも歳ですから多少の疲れはありますよ。でもね、楽しくてしょうが無いんですよ」
商売の事は、この町の人々にはまだ知られないようにしている。こっちに興味を持ってしまえば頼られてしまい、働く意欲などが薄れかねなくなってしまい、自分達の仕事に身が入らなくなってしまうからだ。
まだまだ創意工夫というものが身に付いて、仕事が楽しいと思えないうちは知られないようにしなければならない。
「シスター・マーガレットは毎回サンフィールドまで変装して出掛けて行くのが楽しみみたいでね。私も同じですよ。二人で交代交代隣町まで行くのは、ワクワクドキドキなんですよ。今日は前回より高く売って見せようとかね、思うんですよ」
「お二人共本当にありがとうございます。私達の夢に付き合って貰って・・・」
「ルリア、そんなこと言わないで。私も本当に楽しいのよ。最近までは人生の終盤が見えて来たかと少し残念な気持ちでいたんですよ。
それがどうでしょう?人生大逆転ですよ。ルリアの夢の一助と子供達のために仕事が出来るなんて、嬉しくて堪らないんですよ。だから謝らなくて良いのですよ」
シスターの言葉に神父様も笑顔で、「本当にそうなんだ」と頷いている。
「うれしい。あと、売り上げのお金は皆で美味しい物を食べたり、皆に洋服を買ってあげたりして下さい」
「ルリア、子供達にはまだ贅沢な暮らしは教えたくありません。
贅沢を知れば元の生活に戻ることが大変になるからです。自分達が働いて得たお金があれば好きなことが出来る。と言うことを教えたいのです。
まあでも月に1回くらいは少しのお肉をスープに入れてあげようとは思っています。美味しい物を得るために頑張って働こうと思う意欲も大切ですからね。
時々は餌を前に下げなくちゃ・・ですね。ウフフフ」
「流石です。それでも教会と孤児院の修繕は早めに出来るようにしますね」
それから三年。 凍っていた川もサラサラと流れ出した3月の始めころ。
教会も孤児院も、大工の見習いをしているコーネリアスが少しずつ手直ししてきたお陰で、大分修繕が進んでいる。
「ルリア、ちょっと私の部屋まで来てくれる?」シスター・マーガレットに呼ばれた。
もうおばあちゃんの部類に入るシスターだけど、本当に子供が好きで皆を厳しくも大事に育ててくれている。大好きな人だ。
「ハイ。ここを片づけてからで良いですか?」
皆で食事を終わらせて、片付けを小さい子達にも教えているところだった。
「シスターご用は何ですか?」
「ルリア、12歳のお誕生日おめでとう。
まだ先、来年の春になるけど、領主様が貴方をメイド見習いとして雇いたいそうよ。貴方たちの商売のこともあるけどどうしますか?断わっても良いのですよ」
「本当ですか?うれしい。そうなるとお給金も貰えるんですよね。
レースのことは内緒にして領主様のところに働きに行きます。色々勉強になるでしょうから。レースは編み続けて休みの日には持って来ますから今まで通り売っていただけますか?」
「分かりました。御領主ご夫妻はとてもお優しい方々ですから、安心してお勤めするんですよ。見習いの内はお給金も少しでしょうけど、貯めておけば後々役に立つでしょう。まあ今の貴女達の持っているお金に比べれば大したことも無いでしょうけど。うふふふ・・・。レースのことは安心して良いわ。でも無理しちゃ駄目よ。頑張りすぎて身体を壊したら何にもならないわ」
「貴女なら何処へ行っても大丈夫よ」と優しく抱きしめてくれた。
シスターの匂い大好き。香水なんか付けていないけど優しくて時には厳しくて、前世の母を思い出させてくれる人だ。
「はい。頑張ります」ルリアも痩せて今にも折れそうなシスターの身体を抱きしめた。
今度何かプレゼントしたいな。
レースの付け襟はシスターの服に合わないと言われたことがあったし、シンプルなブローチなら良いかな。子供ながらそう考えた。
「神父様、シスター。私が領主様のところから戻るまで、そうですね5年くらいで戻るつもりですが、それまで商売のことをコーネリアスと共に宜しくお願いします」
3人は何回もおかわりして薄くなったお茶を飲みながら、帳簿役や品物を作る役、梱包役など、大きくなった子供達の役回りを決めて行った。
コーネリアスの作った孤児院の新しい倉庫は、レース編み商品専門の物流拠点のようになっていた。
ルリアは来年春までに色々と下準備をしながらも、自身で品物を大量に作ることに集中しなければと思った。
翌年の春、コーネリアスと共にネコヤナギの咲く道を歩いて森へ行き、主様に挨拶を済ませてから孤児院の皆にお別れをした。
小さい子達には泣かれてしまったが、お休みの時には必ず遊びに来るよと宥めて孤児院を出た。
そして、ルリアは孤児院より南側にある領主エバンズ様の屋敷に向かった。
初代の領主様が教会と孤児院を作り、この地の親のいない子供達を住まわせ支援し始め、その後の代々の領主様達も同じように支援してくれていると聞いた。なんとありがいたいことか。
今の代の領主様も優しくて人間は良いのだが、何せ今ひとつ頭が良くない。
お勉強は出来たのだろうが・・・育ちが良すぎたのだろうか。
この町が発展しないのも領主様の政策が何一つ上手く行っていないからだ。
こんな事誰も口に出しては言えないが、コーネリアスとルリアは二人きりの時にこんな話しをしている。
町に仕事が少なくなったせいで、2000千人くらいの町民が隣町等へ出て行った。
この土地から言えば、10万人位までは楽に暮らせる土地がある。それが現在の人口は5000人ほどなのだからスカスカの状態だ。
そのため領主様に集まる税金が年々目減りして、町も発展出来ない。たくさんいたメイドなどの使用人も毎年少しずつ解雇していた。
その埋め合わせに見習いなら安く済むと思い、働きに出られる歳になったルリアに目を付けた。
エバンズ視点から。
シスターから話を聞いていたが、金髪のルリアは良く働く娘だ。森の主に守られていたと聞いているので何か特別な力があるかと思ったがそんな事も無いらしい。普通の子供だ。
銀髪のコーネリアスは、2年早く大工の棟梁のところに住み込みで働きに行き技術を学んでいるらしい。真面目で良い子だと聞いている。良い青年になるだろうとも言っていたな。ただ特別な才能は見受けられないらしい。
「主様も本当に可哀想だと思い助けたんだろうな」エバンズは単純にそう思っていた。
コーネリアスは仕事が終わった後の夜は、神父様達と倉庫を拠点にしたレース編み商売の責任者として忙しくしていた。
月に4度の休みにはルリアと待ち合わせて孤児院に行き、商売の話をしている。
勿論、子供達のおやつを持って。
こうして二人は、少しずつ大人になっていった。
ルリアが領主様の屋敷に働きに行ってあっと言う間に5年がたった。
先日17才になったばかりだ。
雀たちが鳴く庭の隅で、ルリアは仕事をいつ辞めるか思案していた。
レースは順調に売れていて、かなり忙しくなっている。
コーネリアスは大工仕事を辞めて部屋を借り、レース仕事の取り纏めと創薬に専念していた。
その日、夜の食事が終わった頃屋敷の全員が領主様の執務室に集められた。
全員と言っても執事のシュバルツさん(奥様が亡くなって独り身、娘は遠くの商人に嫁いでいて息子は首都であるアバランティアの中級貴族の執事見習いをしていると聞いている)
料理人のブラウン夫妻(奥様のアネットは厨房の手伝いとメイド長の二足の草鞋状態で、ルリアにメイドの仕事を教えたのも彼女だ)、それにルリアで四名のみだ。
そのため庭仕事をする人もいない。
広い庭は荒れ放題で、奥様の大好きだった色とりどりの薔薇は全て枯れてしまっている。他に馬と馬車も手放している。
ここの建物は貴族と言え、お城をイメージするほど大きくは無いので、普段の生活をする分の掃除などはメイド長と二人でもなんとかなっていた。
「急に集まって貰ってすまない。
実は・・・・はぁ、・・・この領地を発展させる事が出来ず、税収もかなり少なくなってしまった。
私の不徳の致すところだ。この屋敷を維持できなくなったのだ。
息子は隣国のフラニージュ・・・・、妻の実家があるが、そこで役人の仕事を得ている。だから、私たちもそこで余生を過ごそうと思う。この時代、他の貴族達も税収だけでは食べていけなくなってきた。
新しい商売を興し成功している者もいれば、失敗し多額の借金を抱え込んで行方不明になっている者さえいると聞いている。貴族が居なくなった土地も売却され始めているらしい」
「私は借金が無かったのは幸いと思う。
これからこの町は、町民がそれぞれの力で運営して行くことになるだろう。
国王と町長には既に報告済みだ。
皆の準備もあるだろうから今月いっぱい、後十日程あるが、それを最後に出て行って欲しい。隣国からの迎えの馬車は明日には到着するだろう。
予定通りだとその翌日にはここを出るつもりだ。後始末は、シュバルツ頼んだぞ」
「承知致しました。最後までやり遂げさせて頂きます」シュバルツさんはそう言って深々と頭を下げた。
領主様は苦しそうに顔を歪め、皆に向かって少しだけ頭を下げた。
隣に立って涙を拭いていた奥様も同じように頭を下げた。
そして暫く沈黙が続いた
領主様のお言葉と頭を下げるという行為は皆にとって少なからずショックだった。
がたいが大きくていつも堂々としていた領主様が小さく見えた。
しかし皆にとって、最近の生活の中からある程度は予想された事だった。
【今だ】と思い、沈黙を破ったのはルリアだった。
「領主様宜しいでしょうか?」
「よい。最後なのだ。聞きたいことがあったら何でも聞いて良い」
他の者は黙ってルリアを見やった。ルリアが何を聞きたいのか興味津々のようだ。
「ではお伺いいたします。まずこの屋敷並びに敷地、教会と孤児院はどうなるのでしょうか?」
「うむ。敷地と屋敷は誰か購入してくれる者がいればよいのだが、この街に出入りしている商人に聞いてみても良い返事が貰えなかった。 教会並びに孤児院、その敷地は神父とシスターに任せる。
子供達も住むところが無くなるのは可哀想だからな。ただあそこも古いから痛みが激しい。
修理はなんとか自分達でやって貰うことになる。頑張って欲しい」
(教会も孤児院も中は全て補修済みなんだよね。外壁ももうすぐ補修が終わるけど、領主様は自分の事で精一杯で見てなかったんだろうね)
「そうでしたか。・・領主様ちょっとだけお待ちいただけますか?」そう言ってルリアが走って部屋を出た。
みんな唖然としている。ルリアは何を考えているんだと。
息を切らして戻って来たルリアは手に持っている皮の袋と、大事に布に包んだ物をテーブルの上に置いた。
「この袋に入っているお金は、5年間ここで働いて頂いたお給金と趣味の物を売って得たお金です。お給金は手つかずのままです。これで、教会と孤児院その裏の土地を私に譲って頂けないでしょうか?
そしてこちらは奥様へ、私からのプレゼントです。
領主様は勿論ですが奥様には本当に良くして頂きました。
捨てられていた私たちがこうして暮らしていけたのもお二人のお陰です。ありがとうございました」
そう言い切ってお辞儀をしたまま頭を上げることの出来ない瑠璃を、奥様が近づいて優しく抱きしめてくれた。
領主様は革袋の中身をテーブルの上に出してみて驚いた。
革袋の中には、5年間のお給金の他に、それよりも何百倍どころではない価値のある金貨も20枚が入っていた。
この国の貨幣の価値は、青銅貨1枚で主食のパンが一本買えるくらいだ。家族単位でいうと一日1本から2本必要なくらいだろう。
青銅貨が10枚で黄銅貨1枚。
黄銅貨が10枚で白銅貨1枚になる。
銅貨の通貨名は纏めてリルだ。
白銅貨10枚で銀貨1ルアになり、
銀貨1ルアが100枚堪ると
金貨1ロアになる。
普通の町民、増してこの辺境の地で絶対にと言えるくらい手にすることが出来ないであろう金貨を20枚?・・・そんな・・ばかな・・
そして、もっと驚いたのが布で包まれた物だった。
「ルリアこれはどうしたんだね。今、商人達が、いや国中の貴族達が熱狂的に欲しがっている物じゃないか。
先日ここに来た商人がレースの襟を見せてくれた。誰が作っているか分からない品物だが、数が無くて商人同士の中で値がつり上がっていると言っていた。
それでももっと手に入れたいと、競争して奪い合っていると聞いているぞ」
増して大きくて質の良い品物だということは商売が下手な私でも分かる。普段は上品に貴族ぶってる、いや貴族なのだが興奮して声を荒げてしまった。
「はい。それは私が作った物です。奥様に使って頂きたくて、奥様の好きな薔薇の柄で造ってみました。・・3日ほど前に出来たのですが、御渡しして良いかと悩んでいました」
(嘘だ。こんな大きな物は簡単に作れない。ましてメイドとしてアネットさんと二人だけで、それ程では無いにしろ屋敷を掃除しながらなんてとても出来る代物ではない。
ただ、今売り込んでおけばきっと何かが上手く行く。
勝負どころだと頭に閃いたからだ。これからの人生を掛ける位なら、転生前に趣味としてたまたま薔薇の柄で作ったこの大判のテーブルクロスを差し上げることなんて、痛くも痒くも無い)
「町中で売られているものは、リボンだったり、付け襟だったりと小さなもので、割と簡単に編める方法のレースです。それらは時間の有るときにコツコツ造っていました。
これ等を売ったお金で教会の子供達のお洋服を買ったりしていました。・・勝手な事をして申し訳ありませんでした」
「そうだったのか・・・私たちが支援できるのは食べ物が殆どだったからな。
偉いぞルリア。これからもこれを造って孤児院を守って欲しい。頼むぞ」
「ルリア、こんなに立派なレースを作る事がどんなに大変だったのでしょう。ありがとう。向こうに行ったら兄たちに見せびらかして自慢します。私のメイドがつくったのよって」
そう言って奥様はちょっとだけ笑みを浮かべて又抱きしめてくれた。
妻とルリアが話している間エバンズは思案していた。
これから義兄に世話になるとしても、妻の兄だからと言って甘えた生活は出来ないだろう。
仕事もせず長居すれば、嫌われて放り出される事もあり得る。
それよりは、小さいながらも屋敷を買って気兼ねなく暮らしたい。
この屋敷は売れなかったが代わりにこれほどの緻密なレースなら間違い無くもの凄く高い値で売れるだろう。
そうすればルリアも、レース職人もしくは商人としてやっていけるかも知れない。
使用人の中でもシュバルツは私より年上だから引退しても良いし、ブラウンは料理人という技術も持っているからすぐに働く口を探せるだろうと思っている。
残るはルリアだ。
主様から預かった彼女を残していくのはどうしたものかと思っていたが、とんでもない話が飛び込んで来たものだ。やはり主様の加護があるのかも知れない。
「ルリア、取引をしよう。君が良ければだが・・・。このレースのリボンとテーブルに置ける丸いレース、大判のテーブルクロスを毎月少しずつ私宛に送って欲しい。
全てを受け取ったら屋敷の北側にある山から屋敷までの広いこの土地を君に渡そう。どうだね?」
それだけあれば向こうに行っても商売になるし、屋敷も買えるだろう。
そしてこの大判のクロスは売れば・・・ルリアにここの屋敷と土地を渡して商売の援助をすれば、主様もよろこばれるだろう。
【大事に育てれば良いことが起こる】と言われたのはこの事かも知れない。
「私たちが捨てられていたあの山も入りますか?教会や孤児院もですか?」
「ああ勿論だ、主様のいる山だからこそルリアの物になった方が主様も喜んでくれるだろう。・・・全て君の物にするとよい。細かい事は後で話そう」そう言って右手を差し出した。
「ありがとうございます。領主様」ルリアは両手でその手を包んだ。
『ようやく起業できる』
🌙この国アバラン王国・この街フォギーケープのこと
このアバラン王国のある大陸には全部で5つの国があるらしい。
昔はもっと小さい国が沢山あったが、遠い昔から何度も何度も戦いを繰り返し、吸収したりされたりの歴史がある。
唯一アバラン王国だけは一度も他国との戦いをせず今までやって来た国だ。
5つの国になった今は敵対せず、どの国も平和を維持し、貿易も盛んだという。
12才までの義務教育では、各町にあるいわゆる小学校でそのように学ぶ。ルリア達は同じ事を孤児院で学んだ。
この国は子供の教育には力を入れているがまだまだ学校が足りない。教育者もだ。
本来なら15才の中学校まで義務教育を受けることが推奨されているが、この町のように小さな街は人口も少ないしお金も無いことから、12才まで学校に通わせるのが精一杯だし、そもそもこの町に中学校は無い。
隣の町には中学校があるが、ここには中学校を作るためのノルマである子供の人数が足りない。
貧しい町だから、隣町の中学校へ通う子供もいない。何とか人口を増やして、せめて中学校を作りたいと領主様と町民達は思っていた。
その後は16才から18才まで学ぶ高等教育学校は、東西南北の大きな町に幾つかあるが、お金が掛かるため裕福な家の子女でなければ通うことが難しい。
大学も首都に教育者をそだてるための教育大学の他医療大学がある。
この国は衛生面に力を入れていて、早くから水道を引いているし、下水道の処理の方法も確立されている。
それによって周辺の国々に比べて格段に病気に罹る人が少ないらしい。そのためアバラン王国から医療を学ぶため、首都にある医療大学に留学生が集まって来ているという。
しかし国の事業である薬草からの創薬等は国家機密になっていて、留学生には教えていない。国の創薬専門の機関が担っているのだ。それに創薬自体がかなり難しいため、出来上がる量が少なく高価で一般の人々には行き渡っていないのが実情だ。
アバラン王国は大陸の中でも一番西側に位置し高い山脈と深い森に囲われた地だ。
東側のユリーナ帝国と北東側にあるロマナスベンタ王国との間の少し低い山に、両国側から協力してトンネルを掘った道2本しかこの国と繋がっているところが無い。
昔は東側のトンネル1本しか無かったため、そのトンネルを封鎖することで他国との戦いを回避してきた。
トンネル封鎖で一時は鎖国のような形を取ったこともあるこの国だが、今はその道を利用して、大陸のどの国とも友好関係を結んでいる。
それに伝説として、この国には昔から聖獣が棲むと言われていた。
それ故「この美しく豊かな国を守ろう」と小学校の教科書に書かれているが、フォギーケープの町民以外の国民は聖獣がいるなんて今は誰も信じる人はいない。
ルリアにとって異世界と言えば魔法を思い出す。ライトノベルを愛読していた人にとっても「魔法」と言う言葉は当たり前の言葉だ。
教会の中で小さく薄い教科書で習ったが、昔この国の人達の中には、魔法を使えた人が多くいたそうだ。
王宮には優秀な魔法使い達が集められて、専門の研究所や魔法軍もあったらしい。
しかし一部の魔法使い達が暴走したせいで、その人達は捕まり研究所は縮小し、軍は解体された。
その後、国に残っていた一般の魔法使いも、捕まるかも知れないと怖がって魔法を使わなくなり、それによって魔法使いは一気に減ってしまったとか・・・
そこまで教科書に書いてあった。
今は平和なこの国も大変な時代があったのだなと思った。
現在、魔法使いとして知られている人達は、国の管理の下で魔石に少しばかりの魔力を注ぎ込む仕事をさせられているようだ。
その魔石によって王都の街灯に火を飛ばして付けたり、薪の火付けに利用されているとコーネリアスが以前教えてくれた。
記憶を取り戻したばかりのルリアとコーネリアスからすれば、魔法の事よりどうしても前世と今の暮らしとを比べてしまって生活に物足りなさを感じていた。
物資の種類も少ないし、食べ物も同じような物ばかりで、素材が少ないしメニューも種類があまり無い。
それはこの地が辺境の地で生活が貧しい所為なのだろう。
ここはアバラン王国の最南端に位置するフォギーケープという小さな町だ。
ここアバラン岬から西側がフォギーケープだ。
東側のサンフィールドとの間には低い山が幾つか連なっている。低い山と言っても、裾野に森もあるため、人が徒歩で越えるには無理な場所だ。
森の裾野には二本の大きな川も流れていて、それは西に向かって延びている。
川は他の山からの川と合流しもっと幅の広い川となって西の海へと流れ出る。
北側には100メートルから1000メートル級の山々が連なっていて、西側と南側は海だ。
この国も山と森に囲まれて隣国からの脅威から守られて来たが、国内の大きな町も山や森に囲まれているところが多い。
ここは南に位置し土地は広大で、暖かい地方なのに冬には雪も降る。
それでも北と東の山の裾野には広大な森が広がっているため薪になる倒木や建設用木材、キノコや木の実などが豊富で、そういった面では恵まれていた。
南の岬も入り江になっていて漁もできる。
まだエンジンも無い小さな船ばかりだけど、漁師達は果敢に海に出ては網を使って魚を捕ってくる。
小さな漁場の割には魚の種類は思ったより豊富だ。
陸の孤島だったフォギーケープにも大昔は少数ながら人々が住んでいたらしい。
その人達の子孫が残した手記によれば、
小さなこの村に王都での大きな事件に巻き込まれ、それから逃れるようにここへ辿りついた人達がいたと書いてあった。
その人達は高い知識を持ち、特に薬草の知識に長けていたため、食べるために畑では野菜を育て、それとは別の畑で薬草を育て薬にし、それを密かに売って生活の糧にしていた。
その人達はいつの間にかこの場所から消えてしまったと書かれている。何処へ行ったのかも分からない。
今ではこの地では誰も薬草などを育てる人もいないし、そういった知識を持っている人もいない。
現在薬は商人から買っている状況だ。
だからそんな知識の高い人々がいたなんて信じられていない。
けれど、昔人々が暮らしたであろう崩れた建物の残骸は残っている。
朽ちてはいても家は何棟分も残っていたし、水道も通っていた跡があった。
手記を残した子孫と言われる人は、家族にさえも何も話さず亡くなった。亡くなっ た後、隠されていた手記を家族が見つけたと言うのだ。
それ以降人々が多く住まなかったのは隣町との間に道路が通っていなかった事と、春から秋にかけてしょっちゅう霧が出ることが理由だった。
山や森からの霧と海からの霧、町中が真っ白になり全く前が見えなくなる。
その状況が地名の由来となった。
昔の人々は濃い霧の中、何も見えないことが怖かったのだろう。
元々隣のサンフィールドには王都までの一本道が出来ていた。
サンフィールドは暖かい気候の地域で冬物の衣類も必要無く、そして農作物も豊かだった。
他には特別魅力的な場所は無かったが、冬になると寒さを凌ぐために王都から人々がやってきて「避寒地」として栄え、別荘なども多く建ち始め町は潤っていた。
しかし全ての町民が潤うわけではない。
何処の世界も同じで、利益を搾取したり、力で商売を独占したり。
税金も上がって嫌気がさした一部の町民は、僅かに隣り合っている草地を越えてフォギーケープへと流れてきた。
町との境で岬に近い場所である野原、30メートル幅長さは100メートルもあるだろうか、そこが隣町との唯一隣接する場所だった。
野原とは言え、当時は人の背丈より高い草も生えていたため、異動して来る人々は鎌で草を刈ったり足で踏みつけたりして、やっと獣道のようになった所を荷馬車や徒 歩で渡ってきた。
少しずつ人口が増えて、農業で食べられるくらいになり、商売をする人も出てきた。
住めば都で、朝や夕方に霧が出てきても【神秘的でなんとなく雰囲気がある】
【周りが見えないなら家にいれば良いんじゃないか】くらいの気持ちになってきた。
それと利点が見つかった。
霧が出る事で、野菜への水やりが少なくてすむ。
寒暖の差が大きいため野菜などは甘みが増して美味しくなるのだ。
自分達の植えた野菜の美味しさに、村の人々は嬉しくなり、頑張って畑を広くしていった。
人口も増えてきて、町としての形が整って来た頃王都からこの土地を治める初めての領主様、現エバンズ様のご先祖様が妻とやって来たのだ。
大変な道を、御者とエバンズ様は皆と同じように鎌で草を刈りながらやって来た。
始めてこの町を見た領主様は、町の小ささに驚いていたが、貴族の次男である自分が領主になれること自体有り難い事なので、この街を発展させここに骨を埋める覚悟で妻と暮らすことにしたのだった。
代々のエバンズ御領主様達は、皆優しくて人柄の良い方ばかりだった。
発展させるための第一歩が道を作る事だった。
まず、町の中心から隣町までの道を整備し人や馬車が通れるようにした。しかし隣町を通っている道に繋ぐにはサンフィールドの領主様の承諾が必要だった。
出来て間もないフォギーケープから土産になる物はまだ何も無かった。
エバンズがここの領主となるために家を出てくる時、財産分けとして父から少しのお金と宝石、エバンズ領特産のウイスキーをもらい受けた。
父も来られないような小さな田舎町。苦労するということは分かっていたのだろう。「何かあったら使いなさい」と寄越したに違いない。
第一、道路が無ければ、人の往来が出来ない。商人を呼べなければ生活が立ちゆかなくなる事が分かっていた。
エバンズ様は隣町サンフィールドの領主様にウイスキーを何本かと少しのお金を持って行って道を通させることを承諾して貰った。
それからはフォギーケープの皆と一緒になって鎌を片手に草を刈ったり、奥様と炊き出しをして持参したお金を使って道を通したのだった。
そして、ようやく馬車も通れるようにした。
そのお陰で月に一度は一人の商人が来られるようになった。
馬車に沢山の商品を乗せて来ると、町の人々が祭りのように集まって買い物に笑顔を見せていた。
他の豊かな町を回っている商人だったが、月に1度貧しいこの町に来ても嫌な顔をせず、色々な品物を持って来てくれた。
町の農産物など売れる物は全て買い取ってくれた。それは本当に有り難い事だった。町民が現金を手に入れることが出来る唯一の事だったからだ。
売買の税金も低く抑えられて、町民も領主様に感謝した。
「よい領主様で良かった」
そうして少しずつ人口も増えて行った。
エバンズ様は仰った。
「この地域は辺境の地ではある。人口も少ない。しかし、これからは作物や魚が多く獲れるだろうし、少しずつではあるが豊かになっていくだろう。それまでは、皆で助け合い住みやすい良い地にして行こう」
🌙ルリア会社を興す
エバンズ領主様が城を去った日、ルリアは他の使用人3人と話をした。
「皆さんはこれからどうされるのですか?」
シュバルツさん
「妻も居ないし、子供達の所に行く気も無いからね。のんびり一人暮らしをするかな?」
ブラウン夫妻
「まぁ何処かの食堂で働かせて貰えるかも知れないな。お給金はかなり安くなるだろうけど」
「しょうが無いわよ。宿屋なら二人で働けるかも知れないけど、この街に泊まりに来る人も滅多にいないだろうから」
「あの・・もしも・なんですが、もし宜しければ私に雇われて頂けませんか?」
「えっ?・・・・」
三人の目がルリアを見た。
「実は私、会社を興そうと思って居るんです」
「会社?会社ってなんだい」アネットが聞いてきた。
「会社という組織です。町で働くとすると、働いた時間や日数でお給金が出ますよね」
「そりゃそうだ」と料理人のブラウンさん。
他の二人もウンウンと頷いている。
「私の場合は皆さんを正社員として働いて頂きたいのです」
「決まった時間、例えば朝8時から夕方5時まで働くとします。昼の12時から1時までは昼休み時間にします。5日間働いたら2日間はお休みです。
大体ですが1年の内110日間近くが休みになる計算です。他に有給休暇を設けます。
そうですね、半年働いてくれたら5日間。
1年働いてくれたら10日間。
2年目からから2日ずつ増えて、6年間で20日間ですね。それ以上の勤務は、毎年20日間としましょうか。
有給休暇と言うのは、いつでも好きな時、或いは急な用事などがあったときに休めることです。 休んでもその月のお給金は減らないという制度です」
「細かい事は就業規則を作るのであとで見て頂けるようにします。最初は領主様と同じくらいのお給金は出せないかも知れませんが、どうでしょう。会社の利益が多ければ別に報酬を出します」
三人は唖然としていた。
「何処にそんなお金があるんだ?昨日だって領主様にため込んだお金を全部渡してたよな」ブラウンさんの言葉に他の二人も頷く。
「そうですね。あのお金はあくまで領主様から頂いていたお金と、今まで商売をして得たお金の一部です。あのレースを売って得たお金はまだ他にあるのです」
3人は又もビックリして口が開いたままだ。
シュバルツさんが問う。
「それで私たちが社員になったとしてどのような仕事をすれば良いのですか?」
「はい。まず、屋敷の資産の把握、会社の就業規則・商売とお屋敷の資料作り・そして売り上げなどの帳簿を付けて頂きたいです。
とても忙しくなるでしょうから、頼りになる若者を探してきて第2・第3の執事を育てて欲しいです。それに執事の経験を生かして、町民や商人との折衝等ですね」
「一番大事なことを言い忘れていました。子供達への教育が出来る方を探して欲しいです。
私は孤児院の皆がきちんと働けるようにしたいと思っています。
あの子達が将来、私の会社で働くも良し。何処かのお店や職人さんの所、他の町へ行っても良いと思っています。夢を追えるように教育したいのです。多岐にわたり大変でしょうが如何ですか?」
「うーむ、なるほど。・・・仕事量が多くて老体にはちょっとキツそうですが、子供達の夢・・叶えられるよう協力しましょう」
「ありがとうございます。嬉しいです。
ブラウン夫妻には今まで通りここの皆の食事と、あっ、あんなに豪華な食事は要りません。
町の人達が食べるような、時間のあまり掛からないような簡単な食事で良いです。
そして孤児院の子供達が自立できるようにお料理と洗濯、片付けの指導をお願いしたいです。
料理人になる夢を持つ子も出ると思いますので。その他にもお願いしたい仕事が出来たら知らせますね」
「俺はまだやるって決めてないよ」
「良いじゃないか。あんただって他に行くより気が楽だと思うよ。何より二人で働けるんだ。有り難いよ」
「ん~・・。まあ、そうだな。分かったよ。宜しく頼む。本当はどうすれば良いか分からなくて不安だったんだ。すまん」
「皆さんありがとうございます。領主様はこの屋敷が痛むのを心配して、そのまま使って良いと仰ってました。
まぁ直ぐに私の物になりますから、今までどおりの部屋で暮らしましょう。
一階の広間を会社の仕事をする部屋にしようと思っていますが、仕事によってどんどん変わって行くかも知れません。私は儲けが出るように頑張って行きます」ルリアの所信表明であった。
「あっ。忘れていましたが、会社の会長は私ですが、副会長はコーネリアス、私の婚約者です。皆さん、これから宜しくお願い致します」と恥ずかしそうにお辞儀をした、
皆は一瞬えって・・驚いた顔をしたけれど、次には「おめでとう」と笑顔で声を掛けてくれた。
「ところで商会名・・いや・会社名とかは決まって居るのですか?」シュバルツさんの言葉に、
「・・・・・考えてませんでした」
「それなら、ルリアの名字でハレミヤ商会で良いんじゃないの」
アネットの提案に他の二人も頷きながら「それが良い」と言ってくれた。
【ハレミヤ】
前世を思い出した時、自分の名字は「ハレミヤ」だと皆に伝えていた。
普段は名字を名乗ることもないので、久々に聞いた晴宮の名前に前世を、そして家族を思い出し涙がこみ上げてきた。
「はい。ハレミヤ商会で行きましょう。皆さんありがとうございます。そしてこれから宜しくお願い致します」
🌙ルリアとコーネリアス
ルリアとコーネリアス二人の関係は前世に遡る。
2歳違いの二人は、遠い親戚に当たる。
ルリアこと瑠璃は晴宮家の本家で三人兄弟の末っ子。祖父母と両親、それに兄二人からとても可愛がられて育った。
特に祖父母は全部で4人いる孫のうち、女の子が瑠璃だけということもあって、それはそれはとても可愛がってくれた。
それでも家族は甘やかし過ぎないように躾をし、好きなことを一生懸命頑張れる子に育てた。
見た目のお淑やかな雰囲気とは別に、兄達のおもちゃを分解しては怒られたり、鬼ごっこで走り回ったりという面も持ち合わせていて、中学・高校ではテニス部に所属して、顔を黒く日焼けしながら勉学と共に頑張っていた。
コーネリアスこと幸貴は瑠璃とは親戚とは言え、互いの家同士は滅多に行き来していなかった。
僕達兄弟の初参りの挨拶の他は、必要な冠婚葬祭だけの繋がりだったような気がする。
両親が晴宮の本家をなぜだか嫌っているのは分かっていたが理由は分からない。
まあそれだけ血も薄まった関係になっていたのだと思う。
僕の中学卒業の挨拶のために本家に向かう日。家を出る前に両親の話し声を聞いてしまった。
「中学卒業だから一応本家には挨拶に行かなくちゃ成らないけど、正直面倒だよな。・・・」
「でも幸哉が中学卒業を目前に肺炎を患って入院しても、卒業祝いを結構貰ったわよね。今回もきっと沢山貰えるんじゃないかしら。多分幸哉の時と同じ10万円はあるわよね。楽しみだわ。今晩はお寿司でも取りましょうよ」
普段は本家を蔑ろにしていながら、実は利用しているんだと思い込んでいる我が家が失礼なのに・・・聞いてると腹が立つ。
そんな思いを抱えながら本家に向かった。
本家の長男俊太郎さんと幸貴の兄である幸哉も、自分がこれから通う高校と同じ高校に通っていたがクラスや部活が違うこともあり、それ程付き合いも無かったようだ。
本家の人間は皆優しく応対してくれた。
来る者は拒まない人達で、普段関わらないよう疎遠にしている野宮の家族を鼻であしらう事はしない。
本家の客間でも、相手に対して失礼な話を平気で話す両親の話を聞いてうんざりしていると、女の子が「失礼します」とお茶とジュースを持って入って来た。
中学生くらいなのかな?前髪を少し流して三つ編みをお下げにした可愛らしい女の子だった。人数分の飲み物は持てなかったらしく、次男の俊介さんと二人で入って来た。
「どうぞ」と、可愛らしく僕の前にはリンゴジュースが入ったグラスを置いてくれた。
「ありがとうございます」
「えっ、・はい」
お礼を言われると思っていなかったのだろう。ちょっと驚いた顔をしたけど、にっこり笑ってくれた。
可愛い・・胸がドキドキ煩く感じる。
俊介さんが
「今度は僕と同じ高校だね。部活は決めてるの?中学では何の部活だったんだい?」
「中学では科学部でした。でも高校では運動部にしようかと思っています。運動はあまり得意ではないのですが・・体力を付けたくて・・恥ずかしいです。俊介さんはテニス部でしたっけ?」
「そうなんだ。うちはあまり強くない部なんだけど見学に来て見れば良いよ。そんなに厳しくやっているわけじゃないけど、みんな仲良いし真面目に且つ楽しく練習しているんだぜ」
笑顔が太陽のように明るい。
この人好きだ。直感的に思った。
「僕もぜひテニス部に入らせて下さい」
絶対この人達と関わりたいと思った。僕の直感はいつも当たる。
そんな僕を両親は変な顔で見ていたけど、晴宮家の皆さんは嬉しそうに「頑張れよ」とか「俊介、虐めるなよ」なんてからかっていた。
俊介さんの横に座った瑠璃ちゃんも嬉しそうに笑っている。
その時僕は、『この子は僕のお嫁さんになる』と思った。
時は過ぎて高校の先輩後輩だった関係に区切りを付けて、瑠璃と僕は付き合い始めた。
交際の申し込みは勿論僕からだった。
高校生になった瑠璃は、初めて会った時から見てずっと大人びて見えとても美人になっていた。
「まずい」と思った。こんなに綺麗になってしまって、他の男共が黙っていないだろう。
それでもラッキーだったのが、瑠璃もテニス部に入ってきて、二人の距離がぐっと縮まった。
今まで学年が違っても同じ高校にいたから、部活も一緒・生徒会にも誘った。
成績はトップだったことを良いことに、「勉強を教えてあげる」なんて言いながら、図書館で一緒に勉強もした。
そんな事を繰り返しても一年すれば自分は大学生になって瑠璃と簡単に会えなくなる。
何を考えているか分からないと、よく両親に言われるくらい冷静で表情をあまり変えない自分だったけれど、瑠璃の事を考えるだけで胸がドキドキして勉強をしているはずなのに、気が付けばノートには【瑠璃・瑠璃・瑠璃・・・】と瑠璃の名前ばかり書いていた。
もう我慢出来ない。明日は図書室で勉強を教える約束をしている。その時に告白しよう。
【もし断わられたら?】
いや、絶対OKしてもらう。
そして翌日「瑠璃、君が好きだ。僕と付き合って欲しい」と告白した。
最初瑠璃は戸惑っていたけど、「嬉しいです。宜しくね」って言ってくれて。
あーもう僕は嬉しくて、天にも登るくらい舞い上がっていた。それからは二人で、
図書室で勉強も一緒、帰りも一緒に帰った。
休みの日も市の図書館で一緒に勉強したし、帰りはカフェに寄ったりもした。
僕が大学に入ってからも、瑠璃の休みの日にはデートしたり、図書館で勉強を教えた。
その後何ヶ月かが過ぎた頃には、瑠璃を送っていった最後は必ずキスをするようになっていた。
僕はもう瑠璃と離れない。と心に誓っていたし、瑠璃も同じ気持ちだと信じていた。
大学に入って2年、瑠璃も高校を卒業する。
瑠璃が同じ大学に入れば、今までお互い見えない距離から少しは近づく事が出来る。お昼はなるべく学食で一緒にご飯を食べた。けれど帰りは研究などで遅くなることもあり、いつも一緒に帰ることは出来なかった。
ある日、友人から言われた。
「お前の彼女だろ。晴宮瑠璃って綺麗な女の子」
「昨日、他の学部の学生に告られていたぞ。・・困った顔して断わってもしつこく言い寄られてたな。運良く彼女の兄が間に入って連れて帰ったみたいだったよ」
「良かった。後で俊介さんにお礼言っとくよ。教えてくれてありがとう」
僕も周りの女の子から告られる事が多くなり、煩わしく思ってきていた。
何とかしなければ。やはり前々から考えていたことを実行に移そう。
僕の中では将来瑠璃と一緒になって、尊敬する晴宮家の手伝いをすることに決めていた。だから瑠璃を守るためにもプロポーズは早いほうが良い。
「瑠璃、瑠璃が大学を卒業したら僕と結婚して欲しい」
「本当に?・・・・、幸貴さん嬉しい。一緒に幸せになりましょう」
涙をためた瑠璃の瞳の輝きは今でも忘れられない。
こうして瑠璃の大学卒業と共に僕達は婚約した。
🌙町は発展していく
会社を興してからのルリアは忙しかった。
森の主様の名前をお借りしながらも、町の人々の暮らしを改善していった。
商売をする人達のために、同じ業種同士のギルドを作らせた。
そうしてそのギルドごとに第一段、第二段と徐々に難しい技術を伝えていった。
最初に一番技術の進んだのが、鍛治屋だった。
今までは野菜用菜切り包丁と魚捌包丁くらいしか使ったことが無かったため、肉切り包丁を作らせた。
今まで貧しさ故に殆ど肉を食べたことが無かったので仕方なかったが、これからはお肉も沢山食べるようになると確信していた。
その他にも、天ぷら鍋、魚や肉の燻製機、無水鍋のような物を試作してはその都度試してもらっていた。
鶏農家を増やすため雛を大量に仕入れ、場所と飼料も無料で買い渡した。
牛や羊を飼っている酪農家には子牛を増やすように伝え、肉や牛乳やチーズを多く生産できるようにした。
農家にはハーブ園を作らせて、何種類もハーブを作っては料理人に渡した。
漁業者には、魚を生で食べる方法を教えたり、冬にはなるべく多く干すことを伝えた。
こうしている内に、生産者達は自ら考え工夫して美味しくなるやり方、簡単にできるやり方を工夫し始めた。
初めは、苗や家畜や鉄製品などはルリアが出資していたが、それぞれ出来た品物が質の良い物に仕上がってくると、商人が買ってくれるようになって皆お金が貯まってきた。
こうして5年間はあっという間に過ぎて言った。
実は二人の会社の収入はボビンレースだけでは無かった。それよりも稼いでいたのはコーネリアスの作る薬だ。
この国において薬の製造は、薬に対する知識、つまり薬剤師になるための試験を受けて資格を取らなければならない。
大学が少ないため、大学で学ぶことが出来なくても小学校や中学卒業後独自で勉強出来るように時間を与え、17才になってそれなりの知識を身につけることが出来れば薬剤師の受験を受けて資格を得る事が出来るようになっている。
かと言っても17才で薬剤師になった人間は今までいないらしい。
ルリアが会社を興す前、17才になってすぐに、コーネリアスは一番近い試験会場のあるアユタリスという大きな町まで行って試験を受けることにした。
試験前3ヶ月も早く町に乗り込んで、薬に関する本を買い、宿に缶詰状態で勉強をしたのだ。
前世の知識との違いを確認するだけだったので割と簡単だった。
あとは薬の材料を売っている店に行き、見たことの無い植物を確認して歩いた。そうして、コーネリアスは最年少で試験を突破した。
まあ前世では薬剤師の免許(この時代大学4年でとれた)も持っていたし、宗右衛門の会社で研究員をしていたのだから楽勝だった。
前世を思い出した9才のあの時、驚いたのは、孤児院の裏の畑の奥。
ルリアと内緒の話をするために、子供の背丈より高い草むらの方に行った。
そこには草に覆われながらも、所々に薬草が何種類も生えていたのだ。僕達は内緒の話も忘れて「もっとあるかも」と草むらを慎重に探し歩いた。
驚いた事に、かなりの広い土地に100種類ほどの薬草が生えていた。
そのままでは使えないくらいひ弱な状態だ。
僕達は孤児院の畑からは見えないくらいの距離を置いて、ルリアの魔法で雑草を抜き薬になる植物だけを綺麗に植え直して行った。それが薬草園の出来上がりだった。
他の野原には絶対生えていない薬草。誰かが意図的に植えていたのだろう。
それはこの町の昔の住人の話を思い起こさせた。
ルリアが9才で前世の記憶を思い出してから見つけたこの薬草を、宗右衛門さんが持たしてくれた薬草の苗と種も二人で8年間大事に育ててきた。勿論収穫もした。
そしてそれらは僕が持って来たマジックバックにどんどん入れていった。
転生する前に祖父が幸貴君に持たせたバッグは魔法のバックだった。
どんなに沢山入れても軽くて、他の人には着替えが入っている分しか見えない。
一つのバックのその中には、私の大事なボビンレースのレース用糸が5種類の色で巻きが各300個、大豆が200粒、薩摩芋100個そして、なんと種籾60キロが入っていた。その他にもいろいろな種が入っていた。
もう一つの幸貴君用のバックには、薬を作るための器具も入っている。
流石に最先端の大型の物は持ってこられなかったが、緻密な上に小型の量りや粉砕機などを持って来た。
電気が必要な物は、ルリアが魔石で利用できるよう魔法を掛けてくれている。
この頃にはコーネリアスもルリアの会社で働き始めていたし、勿論同じ屋敷の同じ部屋で暮らし始めていた。
現在、屋敷の2階にある私達の寝室の両サイドにはそれぞれの部屋を用意してある。
コーネリアスは自分の部屋を薬造りの作業部屋にしている。
マジックバックには薬の材料がたんまり入って居るので、夢中で薬を作って居る。
あの後、私達は薬草園から離れた土地に食物畑を作った。この町に必要な食物を選ぶ。食用油が不足しているので、菜種とひまわりを植えた。
この国には無い薩摩芋と里芋。これが上手く育てば特産物として
売れるだろう。
大豆はカラスなどに食べられないように、バッドに種を蒔いて孤児院の庭で育て、苗にしてから畑に植えた。
大豆は枝玉として簡単に食べることも出来るし、何せ味噌と醤油が作れる。
そうすればこの町の特産物として売る事も出来るが、それより自分達が調味料として使いたいのだ。
綿花も植えた。ボビンレース用の糸を製造するためだ。この国の糸や布の質は悪くないのでレースは次々と編めている。
ただ、これからは量産を目指し機械で編めるようにしたいと思っているが、今の機械ではルリアの作るボビンレースの緻密さを作る事は未だ難しいだろう。
それでもレースはその内他の商会などが真似て機械で作るようになるだろう。そうなれば、こちらの値の張るレースは売れなくなるかも知れない。他社が真似る前に今ある機械の調整を急がなければと思う。
それまではレース編みの得意な子供達と一所懸命作って儲けなければならないし、平行して別の商品を考えて行こうと思う。
畑には他に、主食用の小麦と大麦を植えた。差別化を図るためにライ麦も植えてみた。
ここの農家も小麦を作っているが、毎年足りなくて商人から自分達の物より高い値の小麦を買っていた。
商人は最後にこの地に来るため麦の質も落ちているが、そんな麦を買うしかなかったのだ。
何年か前、国内各地の麦が不作で、この町に商人が来たときには殆ど麦は残っていなかった。
町の人々は町で獲れた麦を分け合ったり、多く獲れたジャガイモやカボチャ、そしていつもの豆料理で一年を凌いだ。
孤児院はもっとひどくて、食事は野菜くずを多く利用したスープが殆どだった。
太っている子は誰もいないが、益々痩せて目の大きさが目立つ子も増えていた。
もうそんな思いを誰にもさせたくない。
沢山収穫できたら、それを保存する倉庫を建てなくては・・・。
主食だけでなくみんなの食を守りたいとルリアは思っていた。
最後に、一番山に近くて他の畑から離れたところに見えるのが広々とした田んぼだ。
山から染み出た湧き水が川となって流れている。この川を魔法で田んぼに流れるようにした。
お米が食べられるという喜びはもの凄く大きな糧となった。
畑や田んぼを作った二人は、この作物が盗まれないよう、周りに柵を作った。高さが2メートルあり、先端が尖っていて当たれば痛い。元は廃材だが、二人はそれを石化して簡単に壊したりは出来ないし燃えないようにした。作って居るのを誰にも知られないように少しずつ長くして行った。それは、さも手作りしているように見せられた。
畑への入り口も孤児院からでないと入れない。畑の管理も孤児院の子供達の仕事にした。
この町の人達の中に悪者はいないと信じている。ただ、これからいろいろな人がこの町にやってくるだろう。そのための防衛策なのだ。
一生懸命働けば沢山食べられると思って子供達は皆懸命に働いてくれた。
ルリアとコーネリアスはその気持ちに報いたいと思った。
こうして春に植えた作物は徐々に収穫の時を迎えた。
この土地にも彼岸花のような赤い花がある。
畑から離れた道沿いにはその彼岸花が一面に咲いて、風に靡きながらうねる様は見事だ。
収穫はハレミヤ商会の社員、町長さん、孤児院のみんな、食べ物商売の関係者、町で無職の人をアルバイトで雇った。
枝豆は茹でて塩を振っただけで試食。
大粒の豆の大きさに驚きながら、こんなにシンプルな味付けなのにとっても美味しいと笑う皆の顔が嬉しい。
薩摩芋は大きな釜で蒸かし試食。
「こんなに甘い芋が・・・ほくほくして美味しい。お菓子みたい」と初めて食べた感触に感激していた。
後にケーキ職人はどんな物が作れるのかレシピを教えて欲しいと言ってきた。
里芋の煮付けにも驚いていた。
「このつるつるして、ねっとりした食感がたまらない」と言ってる。スープに入れて食べているが、腹持ちが良くて嬉しそうだ。
試食できたのは野菜や根菜などだけだ。
お米は収穫したが、今は稲架(はさ)掛けに干してある。干し上がるまで1ヶ月近く掛かるだろう。
それまでに木工や石工職人に頼んであるが、水車での精米機が出来上がると良いんだけど・・・って簡単だったみたい。
麦も一緒に挽けるということらしい。良かった。これでご飯が食べられる。
綿花は収穫だけして取ってある。糸巻きを用意してから製品にする。
こうして1ヶ月後、手伝った皆にお米を炊いて、振る舞うことにした。
漁協で今朝獲れた鮭に似た魚を買い塩焼きにした。それを孤児院にいる10才以上の子供達と身をほぐしてからご飯に間に詰め込み丸く握った。子供が作ったものだから形は歪な物が多かったけど、この国に来て初めてのおにぎりを食べたときは感慨もひとしおだった。勿論皆にも食べて貰った。
コーネリアスはゆっくりと噛み締めながら食べている。
「涙が出そうだよ。ルリア、美味しい!」
「よかったね。コーネリアス」
他の皆達も「美味しい。美味しい。こんなの食べたこと無い」って言っている。
「アハハハ」皆の驚く顔が面白くて、ルリアはつい声を出して笑ってしまった。
それに釣られ他の参加者も笑いだし、楽しい試食会となった。
無職だった人達も全員が農地・森林作業員兼雑務員として正社員になった。
孤児院の卒業生も皆ルリアの社員になった。
手の器用な子はレースを作り、計算や文字が得意な子は事務の手伝いとしてシュバルツさんの下に付いた。
力仕事が得意な子達は山や農地の整備と農作業に就いた。こうしてハレミヤ商会は忙しくなっていった。
この町が活気づいてきた。
偶にしか来なかった商人が毎月来るようになった。それも一人では無くて、月によっては3人だったり、4人が来る時もある。新しく出来た宿屋も忙しくなって来たようだ。
質の良い野菜、牛や羊の肉、チーズやバターなど、ハレミヤ商会が一度買い取って、買いに来た商会に売っている。商売を知らない町民に損をさせないためだ。
商人だけで無く、隣町サンフィールドのパン屋や食品店などの多くの個人経営の店主が、麦や包丁、鍋などを買いに来る。
薩摩芋は今のところ加工品だけを売っている。その内ここでしか育たないように魔法を掛けておかないと、と思っている。
シュバルツさんの下に着く若い執事が二人決まった。
町長さんの息子さんは王都で働いていたが地元で執事の仕事があると聞き戻って来たのだ。
もう一人は、土木・建設ギルド会長の次男だ。大工よりも算術などの勉強が好きで、王都の商会で働いていたそうだ。
二人とも優秀なので、シュバルツさんも「楽になった」と喜んでいる。
レースは相変わらず良く売れている。
神父様、シスター、シュバルツさんが話し合って、値段の交渉や商人への振り分けを決めている。
ハレミヤ商会では町民の皆さんが作った物で、他の町で売れそうな物も取り扱っている。少しでも儲けて豊かになって欲しいからと思い手数料が殆どない状態だ。
現在の会社は、薬の販売額がとてつもない事になっている。
初めて商人に薬を渡したら驚いていた。
「あのレースの他に薬ですか?どれだけ稼ぐおつもりですか?」半分呆れ声で言われてしまった。
それでも、
「全部うちで買い取らせていただきますよ。試しに少し売ってみましたが、ここの薬は良く効くんですよね。他の商人には渡さないで下さいね」と念を押された。
「大丈夫ですよ。初めてこの貧乏な町に来てくれた商人は貴商会だけでした。町民の皆、貴商会に感謝しているんですよ。
オリバーさんで4代目ですかね。貴方ももう5年くらい通って来てくれていますよね。これから暫くは貴商会と貴殿への恩返しです。うちの薬をどんどん売ってください。
あとうちの薬は一番必要だと思われる数種類を一袋に入れて説明書も入って居ます。それは、どの薬がどういう症状に効くのか細かく書いてあります」
ルリアから掛けられた言葉にジーンと感動するオリバーであった。が、『説明書』の言葉にはしてやられたと思った。
今まで扱っていた薬は、どんな症状に効くか説明はするが、日にちが経てば忘れてしまう人が多くいる。
ところがここの薬の説明書があれば、どんな症状にはどの薬が良いか、どれとどれを一緒に飲んで良い薬なのか書いてある。
そのために何種類かの薬をパックにして袋に入れて売っているのだ。
いざという時に役に立つようになっている。
国の政策によって、今は昔よりはずっと医者も増えている。
しかしそれでも未だ未だ医者は足りていない。この町にも未だ医者がいない。
それを補っているのが薬だ。
今出来たばかりの田舎の商会が、ここまで客に対して気遣うことが出来るなんて・・・
『恐ろしい。この若い会長はどれだけの知識を持っているのだろう』
オリバーは思わず身震いをした。
そばに居た執事達も、この若い女性会長がここまで気を配る商売が出来ることに感動していた。
第3執事のベンジャミンは、自身が王都の商会に勤めていた経験もあったから知っている。
金や地位のある人間の横暴さ、横柄さ、汚さ。そこの代表だって同じような人だった。
商会で働く人間を、タダの駒にしか考えないような人だった。
ここは出来てまだ新しいが、規模も結構大きな商会だ。今はそんな汚さは微塵も見えない。
兎に角町民のためになる事をやりたい。その思いの強さが滲み出ている。
お陰で父が働く建設業業界は、建設ラッシュだ。どの業界も同じで、それもこの商会からかなりの資金提供がされているからだ。
もっと利益を上げないと、会社は大丈夫なのだろうかと心配になる。思わず眉間に皺が寄った。
勿論経営状態は知っているので、全く以て心配は無いのだが。
それでも自社で各地に商人を送った方が儲けになる。なぜそれをしないのだろうと先日社長に聞いたことがあった。
「それをするのはもう少し後です。今はまだ今までのご恩を返す方が先ですよ」と。
恥ずかしかった。自分が今まで培った商売とは何だったんだろう。
数年前だが、横柄な客がいた。
「ありがとうの言葉の後、俺に頭を下げろ。たかが商人風情が・・」と言われて悔 しかった。
「もう来なくて言い」と心の中で叫びながら、頭を下げ見えないように舌をだしていた。
けれどこの人は・・・うちの会長は何もかも分かっているんだ。
この人に付いていけば間違い無いのだ。ベンジャミンの顔は晴れ晴れしていた。
こうして、ハレミヤ商会は取引量が大きくなり、町には観光客も増え豊かになっていった。
🌙町を作り直そう
冷たいパイナップルが食べたい。
うだるような熱い日。
ルリア達とコーネリアスが会社を興してから5年が経っていた。
今日は各職業ギルドの代表を集めての第2回目の会合だ。
ギルドは各職業ごとから商業ギルドとして一つになった。
嬉しいことにその考えは、土木・建設ギルドからの提案だった。未だ未だ町が小さいため、ギルドを一つにして、各職業は部門別にしてはどうかと。
皆が賛成して始まったが、部門が違ってもお互いの仕事の気がついたことを話し合うことで相乗効果が出て来ている。
この町も変わりつつあるのだ。
「皆さん、前回お願いした【新しい町を作ろう】の素案を考えて来ましたか?」
農業部門代表・・・
「畑のある地域と商業地域、住宅の地域など同じ職業を出来るだけ纏めたらどうかと思います」
商業部門代表・・
「荷馬車等が行く方来る方、両方の道幅を広く作り、その両側に人々の通れる道を作ったらどうかと考えています」
飲食部門代表・・・
「飲食系は清潔さが大事ですから、町や道が綺麗に保てるようにして欲しいです」
鉱業部門代表・・・
「我々は出来れば町から外れた方がいいなあ。音も煩いし、火を使うから危ないしな」
漁業部門代表・・・
「まあ、我々は海の側で良いしな。ただ、町民や観光客が遊びに来られると危ないから、港から離れた所に海遊びが出来る場所を作ったらどうかという意見が出たぞ」
町民代表・・・町長・トーマス
「皆さんの意見を元に、ハレミヤ商会と話し合って設計図を作りたいと思います。
その時は又、声を掛けます。
「前回皆さんに伝えた税金の件は了承して頂けましたか?御領主様がいない現在は税金は徴収していません。ただ、今後は自分達でこの街を発展させ、守らなくてはなりません」
「最近、他の町からの客や商人などが来るようになって、トラブルも起きて来ています。そのため、御領主様がいた時に協力していただいた方々に加えて町に住む何人かの退役軍人と兵隊経験者を募り町の自衛隊を作ろうと思います」
「現在殆どの活動資金はハレミヤ商会が出してくれていますが、何時までも甘える訳には行きません。如何ですか?」
そう町長が提案した。
少し沈黙が流れる。
お互い顔を見合わせたり、下を向いたりしている。
新しい町は作りたい。でもお金は出したくない。人の心の中を表している。
ハレミヤ商会の会長以下、執事も参加しているが、執事は参加者の顔を黙って見ていた。
第2執事のリアムが声を上げた。
「恐れながら意見を述べても良いですか?」
ルリアが言う。
「ここに居る参加者は忌憚なく意見を出して欲しいです。町のためを思っての会議なのですから。誰も咎めませんよ」
「では・・・エバンズ領主様が居た頃は売り上げ金に対して約3.5割の税金を掛けて居ました。現在この町に領主様はいらっしゃらない。
けれど、町の運営は自分達で行わなければいけません。
それならば、これからは3割の税としてやってみて、もっと儲けてきたら2.5割に引き下げて試しながらやっていっては如何でしょうか?」
誰かが「3割かあ」と呟いた。
そこに農家の代表が言った」
「良いじゃないか。私たちの作物や商品が売れるようになったのはルリア様のお陰だよ。今までに比べたら格段に裕福なったと実感出来ているじゃ無いか。
きちんと税金を払って、もっと良い町にしようじゃないの」
「んだな。ルリア様ばかり当てにしても駄目じゃ。自分達も協力しなきゃ」
「そうだ、そうだ」
「よし、それでは当面3割の税金で頑張って行きましょう」町長のトーマスが後を締めた。
🌙裏 切 り
それから何日か日を置いて2回・3回と代表会議をし、やっと新しい町作りの青写真が出来た。
今現在の町は、それぞれ好きなところに家や店を建てている。
店の位置もでこぼこで、そのため道も真っ直ぐになっていない。
簡単に言えば、きちんと区画整理して統一感を出し、道も広く真っ直ぐになるようにと考えた。
街路樹も植え、街灯も増やし、町のあちこちに小さな公園を作り、郊外には大規模な公園も作り憩いの場所にすることも考えた。
その公園の周りには・・・・・♪♪♪サクラ♪♪♪ 綺麗な町を作ろう、ルリアも楽しみだ。
店と家はなるべく別にして、もし商売を辞めるときは店を他の人に売り渡すことが出来るようにする。
家や店の【屋根と壁の色を統一】し、店の看板も職業を表すデザインで、鉄製で作られた。
農家も、個人の持つ畑を一カ所に纏め、すぐ近くに家や小屋を建てれば行ったり来たりする不便さが無くなるだろう。
お医者様がいないので、なんとか来てくれる方を探したい。
いつ先生が来てくれても良いように病院を建てるための場所は、町の一等地に広い場所を確保した。
木材は早いうちから主様と話し合って、間伐してある。
この森の広さだ。町の一つや二つ分の木材なら間伐した物だけでも十分に間に合う。
後は細かいところを詰めるだけだ。
会議が終わって皆が帰る前に執事のシュバルツは今日までの資料と設計図を会議室の隣のドアを開け、大きな金庫にしまった。
皆からも見えた金庫はあまりに大きかったので、思わず「凄いな」と何人かが言葉を発していた。
シュバルツは
「あぁ皆さんお帰りですか。もし良かったら隣の部屋にお飲み物とおつまみを用意していますのでどうぞ」と慌てて隣の部屋に案内をした。
珍しく慌てたシュバルツが金庫に鍵をかけ忘れたのを見逃さない人がいた。
飲み物とおつまみを頂いて小腹を満たした皆が帰り、大きな門は閉じられた。
ハレミヤ商会には、執事達3人や護衛も5人が一緒に暮らしている。
「そろそろかな」
「ああ。今日は間違い無いだろう」夜中に何やら物騒な話しが小声で聞こえてくる。
少しして、「来たぞ」一人の護衛が知らせに来た。
ぎっ。と通用門を開けて一人の人間が入って来た。
わざと鍵が簡単に開くように細工しておいた使用人用のドアから屋敷に入ったようだ。
明かりも消えて暗いのに、目的の物が何処にあるのか良く分かっているのか、迷うこと無く目的地に向かって廊下を歩いて来た。
その人は一つの扉の前に立った。左右を確認し扉を開け部屋に入った。
この部屋は日が変わる前に皆で会議をした部屋だ。
その部屋のもう一つの扉を静かに開け、大きな金庫を前に「よしっ」小さく呟く。
金庫の扉は重たくてもなめらかに開いた。
中には皆で話し合った議事録や町の設計図があった。そして金庫の一番下に丸々と太った袋が二つある。
「重そう。うふふ」そしてその袋を一つだけ両手で「よいしょっ」と持ち上げた。あまりに重く二つだと無理と判断し、名残惜しそうに一つを残し、背中とお尻を使ってなんとか金庫の扉を閉めた。
両手に乗る袋の重さによろめきながらも部屋を出た。先ほど来た廊下を戻る。
使用人用の扉を開けようとしたその時、「もうお帰りですか?二つ目の袋を持たなくて良いのですか?」第2執事のリアムが低い声で冷たく言った。
「ひっ・・・。えっと・・・」言葉を発することが出来ないでいる女に、
「中身を見ましたか?そんな銅貨だらけじゃ貴女の借金には遠く及びませんよ」またしても冷たいリアム。
「うそ」慌てて中身を開いて「騙したわね。こんな青銅貨だけを用意して。私を嵌めて・・・騙し討ちも良いとこだわ」
「騙し討ちも何も、分かっていますか?泥棒に入ったのは貴女の方ですよ。
細かい話しは明日町長と聞きますので、これから役場の地下牢に送ります。頼みましたよ」と護衛の連中に後を任せた。
「了解」
女は頭をがっくり垂れて連れて行かれた。
翌日。
雑貨屋の奥さんことナタリーは牢屋の格子の前で町長・神父様・セバスチャン・リアムの面会を受けていた。
ナタリーは町でも気立てがよく元気で快活な女性だ。
手が器用なことからビーズや押し花などを使ってアクセサリーや小物入れ、小さな 額縁、造花の花束などを作っていた。
センスも良く商人からの受けも良かった。
この小さな貧しい町ではどんなにおしゃれをしようと思っても、どんなに素敵なアクセサリーで人気があったとしても食べ物が優先される。
だからルリアが商人に売ってもらおうと仲介を引き受けていた。
ナタリーの試作したネックレスの技術は素晴らしいもので、本気でやるならとルリアが材料費と道具代を投資する形で支援した。
大工の夫には副業で宝石箱や、小物入れなどを作るようアドバイスもしていた。
喜んだナタリーは初めて作ったブレスレットをルリアにプレゼントしてくれた。
ルリアもブローチを買って、シスターにプレゼントしたことがある。
材料のビーズはこの時代でも高価な物だ。
ルリアに作ってくれた物は、数種類の蒼いビーズと金のビーズを数個使った物で、それはルリアの金髪と瑠璃色に近い瞳を表した物だった。
「本当はネックレスをプレゼントしたかったけど、蒼いビーズと金のビーズはちょっと高価だったから多く使えなくて・・・でも、とってもいい出来なんだ。
それにジョンが作った宝石箱もこの通り。どう?なかなか素敵に出来たでしょ?
ルリア、もらってくれる?」
「綺麗だわ。ブレスレットのこの蒼が取っても素敵。それを引き立たせた金のビーズのアクセントも素敵ね。それにジョンが作った宝石箱。猫足で引き出しの取ってが髪飾りのようにおしゃれだわ」
「ナタリー、ありがとう。沢山作ってね。私も頑張って売るから」
そうして手を取り合った二人だった。
町民同士など個人の売買以外、この町の商品はハレミヤ商会が値段を付けて売ってあげていた。
それは、今はまだ普通の町民が商人との交渉術を身に付いていないからだ。
皆に損をさせないためにしていた事だったが、ナタリーは初めて来た商人から、もっと儲けさせてあげると言われ信じてしまった。
まんまと商人の口車に乗ってしまったのだ。
ハレミヤは売りたい品物の一つ一つに値段を付けていたが、
商人はネックレスとブレスレットの数点、小物入れも付けて纏めて300リア払うと言ったらしい。その金額に惹かれてナタリーはどんどんその商人と取引をしていった。
ハレミヤ商会のようにきちんとした値段で売れば、その商品なら全てで500リアにもなるのに、騙された事を知らないで300リアで喜んでいた。
そのお金で200リアもするレースのリボンや付け襟を何枚も買って借金が増えたのだそうだ。
数ヶ月経って、大工をしていたご主人に売り上げの金額がおかしくないか?と言われて苦手な計算をしてみて初めて騙された事を知ったそうだ。
商人に訴えたところで「その金額で了承したのは貴女ですよ」といわれ愕然としたという。
「そんなにレースの襟が必要なのか?おしゃれにも限度があるだろう。
それに元々計算が苦手なんだから、交渉が出来るはずも無い。ルリアさん達に任せておけば良かったんだ。
あの人なら皆のために動いてくれるんだから」と言われた。
「ルリアが悪いんだ。こんなレース作って。誰だって欲しくなるじゃないのよ。人に借金負わせて利益を得ている悪魔だよあの娘!」
そう言われてさすがにナタリーの旦那も頭にきた。
「この町の誰もがハレミヤ商会の世話になっている。ハレミヤ商会は手数料も僅かしか取っていないんだぞ。町長もいつも申し訳無いと仰っている」
町の皆がハレミヤ商会に助けられて生活していて有り難く思っているのに、その言い草は何だ」
「いい加減頭を冷やせ。お前が悪いんだろ」
犯行の二日前そんな夫婦喧嘩をしたばかりだった。
借金をこさえた理由は既に目の前の面々は把握していた。
美人なナタリーは子供もいないので自分にお金を掛けていた。それが度を超していたのだ。何故なら、町人では高額で中々買えないルリアが作ったレースの付け襟を、何枚も買っていた。
町の代表会議に来たときも、毎回来るごとに別のレースの付け襟をしていたことに気づいた執事達がナタリーの生活を調べ上げていた。
「何よ。ルリアだけが儲けてさ。あたし達にも儲けさせてくれたら良いじゃない」
そこに地下牢にナタリーの旦那が現れた。げっそりと蒼い顔をしたジョンだ。
「ルリアに散々儲けさせてもらっただろう。せっかく繁盛してきて、二人で働いていればこれから子供が出来ても学校にやれるなって そう 思っていたのに うーぅっぅわー・・」
ご主人の切ない言葉と鳴き声に誰もが言葉を出せなかった。
数日してナタリーが釈放された。
ルリアとコーネリアスが、直接的な被害が無かったからとナタリーへの訴えを取り下げたからだ。
それでも、「ルリア様が許すのは今回だけですよ。次は許しません」
ベンジャミンが睨みながら語気を強めて言った。
ジョンは、
「ありがとうございました。ルリア様には本当に感謝しても仕切れません。ナタリーはきっと反省させて見せます」とナタリーの頭を手で押さえつけるように下げさせて、自らも頭を深く下げて二人で帰って行った。
町長がこの町を何度か訪れている商人の中に今回ナタリーを騙した張本人がいるのを見つけて話しを聞いたそうだ。
その商人もレースの襟を手に入れたはいいが、金持ちの少ない町を担当していてなかなか売れない。たまたま寄ったこの町で雑貨屋を開いている女主人に声を掛けて売りつけたら上手くいった。と言うことらしい。
町長はその商人見つけ出して話し合い、この町を出禁にしたと伝えてくれた。
🌙オオカミ様と麒麟様との会話(三つ月の夜、の話し)
町を再建する設計図も冬の間に作り上げて、町のあちこちで工事が始まった。
新しい場所へ移転をする人々。その跡地に出来るいろいろな形態の店々。
移転のために、今住んでいる家を壊さなければ成らない人々は、初めは不安もあったが、今より頑丈なレンガ造りの家が出来るとあって期待が大きい。
何せこの町自体が貧しいため、頑丈とは無縁の板を張っただけの、隙間風が入るような家ばかりだったからだ。
東風の風が強く吹く中でも張り切って移転の準備をしていた。
少し前、前領主様のエバンズ様には予定よりずっと早く注文のレースを送ってこの屋敷と広大な土地はルリアとコーネリアスの物になった。
「ルリア、結婚式を挙げよう」
「本当に?・・嬉しい。コーネリアスありがとう」ルリアはコーネリアスに抱きついた。前世はあんなに結婚式を待ち望んでいたのに、今の生活があまりに忙し過ぎて結婚式なんてすっかり頭から抜け落ちていたのだ。
既に自宅兼会社でもあるこの屋敷には二人の部屋もあり、とっくに夫婦としての生活は始まっていた。
それでもコーネリアスはけじめを付けたかったし約束を守りたかった。
コーネリアスが25才。
ルリアが23才になっていた。
お互いの家族はいないけれど、今までお世話になった人々に感謝する意味できちんとしようと思ったのだ。
会社を興して忙しい日々を過ごしているが、商売は順調に進んでいる。
社員達も皆仲良く、助け合いながら生き生きと仕事をしている。嬉しい限りだ。
そうして菜種梅雨の終わった頃、二人がお世話になっている教会で結婚式を挙げた。
教会はあの時のコーネリアスの修繕のお陰で、すっかり丈夫になり新しく白いペンキも塗られて綺麗になっていた。
ルリア自身が作ったレースを町の仕立屋の女将が丁寧にウエディングドレスにしてくれた。勿論ベールもレースだ。
豪華な家が数軒は建つだろうと思える素晴らしいドレスだった。
前領主様であるエバンズ様ご夫妻も駆けつけてくれた。
あちらでルリアのレースを扱って、商売が上向きになったそうだ。
小さいが屋敷も手に入れたと言っていた。
神父様は二人を前に緊張していたし、シスターは涙を流して顔がぐちゃぐちゃだった。
「では、指輪の交換を・・」神父様が優しく声を掛けた。
始めにコーネリアスが、この日のために二人で選んだ細めの金で出来た指輪とルリアに内緒で買っていた小さなダイヤの指輪も薬指に嵌めてくれた。ルリアは思わず驚いた顔でコーネリアス見つめた。コーネリアスはニコッと笑った。
次にルリアがコーネリアスの薬指に金の指輪を嵌めた。
指輪の交換が終わったと思った時、直ぐにコーネリアスが、胸ポケットから一つの宝石を出した。
「ルリア、これは宗一さんが用意した物だと宗右衛門さんが僕に託してくれた。
いつかはルリアにつけてあげて欲しいと願っていたものだ」
そう言ってルリアの左耳から、普段付けている真珠のピアスを取り外してそれを付けてくれた。
「瑠璃石のピアス? うっ 」ルリアの目からは大粒の涙が零れた。
心の中に家族皆の顔が、次々に浮かんだ。
神社を任せられている父の左耳には、大粒の瑠璃石で出来たピアスが付けられている。
いつもそれが見えないように耳が隠れるくらい髪を伸ばしていた。
神社の神主がピアスだなんて・・・と言われそうだが、
「これは初代から受け継がれている大事なピアスなのだ。大昔はこの石を見た者が泥棒に入ったことがあったと伝えられている。だから、その後は石に麻紐を通して首に掛けて他人に見えないようにして代々護ってきたそうだ。
戦後は本来の形であるピアスに戻したが、煩い奴はいるもので、そいつらに見えにくくするために髪を伸ばしているんだ。
なに騒がれたら、言い返すだけなのだから怖くもない」
父は笑いながらそう言っていた。
代々受け継がれているピアスは、次世代に渡す時に金具だけ新しくしていたと聞いている。
本家の子供達は大学を出た後、例えば俊太郎兄様は初めて神主の仕事をしたときに、俊介兄様は入社式があった日に、嬋媛大御神様の首に掛っている首輪から少し小さめの瑠璃石を頂いてピアスを作ったと聞いていた。
兄達はそのピアスを父から頂いて左の耳に付け始めた。二人とも父のように髪を伸ばしていて、普段ピアスは見えにくい。
そして本当に神社を継ぐ事が決まった者だけが、父から大きな瑠璃石のピアスを受け継ぐ。
でも何故、左耳だけなんだろう。父は詳しいこと教えてくれなかった。
結婚式の最中にふと家族のピアスを思い出していた。でも今、私もこのピアスを貰った。
私も本家の人間だと認めて貰ったということだ。あの家に戻ることは難しいだろうけれど。これは本当に嬉しい。
「コーネリアス、大事に持っていてくれてありがとう」
ルリアの左耳には、瑠璃石の落ち着いた蒼い光が輝いている。これから先、外すことはないだろう。
感激の結婚式が終わって、屋敷の広間ではパーティが催された。
普段仕事場にしている場所だが、この日のために綺麗に片付けて、多くの人を迎え入れるようにした。
前世での暮らしとはあまりにかけ離れた生活だったせいか、あの頃のほわんとした優しさが漂う顔とは違い、この世界の暮らしの中で二人ともキリッとした精悍な顔つきになっている。
あの頃は、会社勤めだった幸貴は服装や髪型も整えるように気を使っていたし、瑠璃は就職のために髪を肩でそろえて、入社式用のスーツを用意していた。
現在の二人は、会社の代表などをしているが、コーネリアスの髪は所々ツンツンと跳ねているのが当たり前だし、ルリアも切るのが面倒なので背中まである髪は首の辺りを紐で結んでいる。
二人とも綿で出来たシャツにカーゴパンツやウエストがゴムのロングスカートを履いて、町の人達と同じ格好で過ごし働いている。
そんな前世と今を比べて思いながら、二人とも結婚式を家族に見せる事が出来ないことだけが残念だと感じていた。
町の人達は、幾ら大金持ちになっても自分達と同じ格好をして気軽に話しかけてくれて、それにも増してとてつもない程のお金を町のために使ってくれている。
この二人に皆感謝しかない。本当に金と銀の子供がこの町に来たのだと信じるようになっていた。
だから結婚式に呼ばれなくても、少しでもお祝いを渡したいと駆けつけて来た町民が屋敷までの道に列をなした。
この日屋敷のパーティ会場は夜になっても賑やかな声が響いた。
この夜の遅くに、二人はやっと皆から解放されて部屋に戻った。
「私達は幸せ者だね(よね)。これからもこの町のために尽くしていこう」二人は顔を見合わせて微笑んだ。
結婚式をした翌日、二人は森の主様に結婚の報告をしに出掛けた。
以前結婚の報告をした時に、主様から結婚式が終わったら都合の良い日に来るよう言われていたからだ。
二人で手を繋いでゆっくりと森に入って行った。
いつも通りすぐに湖が見える場所に着いた。
そこには主様ともう一頭?
あれは麒麟?(聖獣?)前世でビールのラベルでしか見たことがなかったが、目の 前の麒麟の身体は揺らめく炎に包まれている。
熱くないのか?と思っていたら、
「フン。熱くないぞ」と低くて凄みのある言葉が返ってきた。
「すみません」コーネリアスが頭を下げた。
「まあ良いではないか。二人とも良く来た、結婚おめでとう」主様の優しい声に、特にコーネリアスはほっとした。
「そちらの方はお友達ですか?」
ルリアの脳天気な明るいその聞き方に、コーネリアスはぞくぞくと寒気がした。
『ルリア、強面の麒麟様に対してのその言葉、君って心臓が強いね』
心の中でそう呟く。
「ああ二人に紹介しよう。ここにいるのはこの国の北の山を守っている麒麟でギトークと言う。お前達の噂を聞いて会いに来たのだ」
「私達に会いに・ですか?・・・」ルリアが不思議そうに頭を傾げた。
「うむ」
主様達は、ルリアとコーネリアスをジッと見つめた。
二人はその目があまりに鋭いので、怖いのと緊張とで直立して固まったままだ。
「やはりな。子孫に間違い無いだろう」
「そうだな。それでは話そうか」とギトークが言う。
「ああ。そうしよう」ゲルッサも同意した。
私達に切り株の椅子を用意してくれて、座らせてから二人の主様達は話し始めた。
主様達は迷う素振りは無かったが、幾らか間を置きながら少しずつ、麒麟様と交代しながら話し始めた。
「この国には月が二つあるのは勿論知っているな。まあ夜には見えているのだから知らないはずはないだろう」
「はい。勿論です」とコーネリアス。
「お前達の前世では月は一つだけだっただろう?」
「はいそうです」今度はルリアだ。
「こちらには大小二つの月がある。大の月は見て分かるように右側が少し欠けた形をしている。が、満月の時は大きな分明るさも増すので、欠けた部分は見えなくなる。
そして大小二つの月が同時に満月を迎える事があるわけだが、何十年かに一度もっと小さな月が大の月の欠けた場所に少しだけ重なるように満月を迎える。
つまり三つの満月が現れる。私達はその日を『三つ月の夜』と呼んでいる。
ただ大の月の横に隠れている事と、ほんの少ししか見えないため、満月の明るさで殆ど見ることが出来ないのだ」麒麟様の説明に驚く。
「以前この世界とお前達のいた世界は隣り合っていると教えたことを覚えているか?」
「はい覚えています。ルリアにも教えました」
「先ほどギトークが言った通り、三つ月の夜、二つの世界は何十年かに一度、短い時間重なるようなのだ。つまり互いの世界を繋ぐ道が出来る・・・・ただ、三つ目の月の周期が分からないため、次にいつ重なるかは予測するのが難しい」
「繋ぐ?繋ぐってどういう事ですか?又向こうの世界に行けるって、帰れるって事ですか?」普段冷静なコーネリアスの声が大きくなった。
「ああ、三つの月が見えれば帰ることが出来るかもしれない。し、・・・出来ないかも知れない」
「見えれば?だって三つ重なったらいつもより明るいし・・・何故見えないのですか?」
「先ほども言ったが、大きな月の影に隠れて縁しか見えない。人の眼では見えないのだ。それに三つ月の夜は、今までは春に現れそして道が通じた。こちらの世界でのその時期は最も霧の濃い季節だ。霧に邪魔され月も道も見えにくい」
「この世界の人間の誰もが見たことも聞いたことも無いだろう。町の人も知らないからお前達も聞いたことが無かっただろ?」
「確かに。夜の月を見ても、誰もそんな月を見た話をしないし、言い伝えがあるとも聞いたことが無い」
「それに・・・通じるのはお前達の世界とは限らないのだ。この国と何処かの国が通じると言うことだ。もしかしたら、何処かの国同士が通じることがあるのかもしれない。そこまでは分かっていないのだ」
「けれど、必ずではないがその道を誰かが通って来ることがあるため、我々は見逃さないよう警戒して見ている」
「・・あの夜・・お前達が来た日も三つ月の夜だった。お前達は繋がった道を歩いて渡った訳では無いが、強い力でうまくその道の中に飛ばされたのだろう。森の中で見つけられて本当に良かった」主様の声が優しさを帯びている。
「この国には他にも東の山と西の森、そして中央の湖を守る聖獣がいる。この国の5大聖獣だ。三つ月の夜、5大聖獣は自信の守る土地に道が現れるか見守っている」
続けて麒麟様が話し始めた。
「昔の話をしよう。
大昔、この国で内乱に発展しそうな事件が起きた。昔はこの国も沢山の魔法使いがいたのだ。
王都には昔、魔法使いが在籍する魔法省があった。その管轄下には魔法研究所や国の治安を守るための小さな軍隊もあった・・・」
「省のトップは当時の王様の弟で、この国一番の魔法使いだった。
王である兄より優しい顔つきで、背も高く細身ながら魔法や剣術にも長けていて、将軍でもあった。
当時の王族は国民からも慕われていて、民を思い我々をも大事にする良い王族と国だった」
「だった?」
麒麟様が辛そうに話し出した。
「ああ・・・・・。魔法省のトップだったジョージ王弟殿下(以降・殿下)の信頼を得ていた魔法軍副隊長がクーデターを起こしたのだ。自身の魔法に溺れていて作戦が成功すると思ったのだろう。
軍の半分を掌握していた彼は、王様、ジョージ殿下、そして王族を殺して国を乗っ取ろうとした。
しかし、軍の中にはジョージ殿下を慕っていた若者達が多くいた。
そうして城の中で魔法使い同士の戦いが始まったのだ。
けれど城の敷地が広くて良かった。民の住んでいる地域までは被害が出なかったから。
軍副隊長達はジョージ殿下の魔法には敵わず敗北し、処刑されてしまった。クーデターが終わって見れば、争った魔法使いの多くも亡くなってしまった」
「戦いが始まった時、王様は私達聖獣にも協力を求めようとしたが、ジョージ殿下がそれでは死者が多く出てしまうからと頑なに拒否したんだ。それでも結果は・・」
「なんてこと・・・」
ルリアの目から涙がこぼれ落ちている」
「王様は、弟であるジョージ殿下のお陰で王族が守られたのだから、と言ってクーデターを起こされた責任は不問にした。
それでも、ジョージ殿下は、自分の目がきちんと行き届いていなかったせいで沢山の部下、有能な若者達を死なせた事への償いをしたいと王族からの離脱と魔法省のトップの辞任を願い出た。
どうしてもというジョージ殿下の願いを説得しきれない兄である王様は、離れがたい悔しさを押し殺し自身の左の耳に付けてあったピアスを弟に付けてあげた。
兄弟で右耳と左耳にピアスを分け合い、何時でも何時までも繋がっていると教えたかったのだろう」
「その後ジョージ殿下は共に行くと言ってくれた部下と王都を離れ、亡くなった部下の家族に謝罪する流浪の旅へと出た。そして行き着いたのがここフォギーケープだった」
「最後まで彼を慕って付いて来た20人程の若い男女の部下とここで暮らし始めた。元々住民がほとんどいない村だったが、憶測を招かないよう村人からは距離をとり、儂の住処であるこの森近くに住み始めた」
「彼等にとってこの土地は静かで落ち着ける住処となっていった。
その者達は得意の薬を作るため、マジックバックに入れて持って来た薬の苗を植え、出来た薬を交代で隣町まで売りに行っては生活物資を手に入れていた。
昔は隣町に行くのには道が一本しかなかったが、元々が魔法使いだ。境界まではひとっ飛びで行く事が出来た」
「3年が経ってここでの生活が安定した年、春にしては珍しく霧のない夜があった。そしてその夜は満月で、僅かながら3つ目の月も幾らか見えた。が、人間には見えていない」
【この道を行ってみる】とジョージ殿下が言うと、それなら私達も付いていく。
なあに皆で行けばどんなところでも暮らしていける。と、なった」
しかし迷っている者が一人いた。
付いて来た部下達は、住んでいた村の中で結婚をした者達が何組もいて、ジョージ殿下もその内の一人だった。ずっと慕っていてくれた年の近い美しい女性と一緒になっていた」
だが、迷っていたのはこの土地の娘と結婚した若者だ。
ジョージ殿下は言った。
【お前は残れ。この先が安泰とは限らない。ここでこの国を見届けてくれ】
若者は涙を流してジョージ殿下に頭を下げた。
残った彼はジョージ殿下に依頼されて、皆の素性が分かるような痕跡を消す役目を受けたし、自身も薬草栽培と薬作りを止めることにした。
「何故?何故その様子を見ていた主様はその道に入ることを止めさせなかったんですか?その道は、何処に続いていたんですか?皆さんはどうなったんですか?」
興奮したルリアが主様に問い詰めてしまった。
ルリアが言いたいことはわかっていた。当然質問されると分かっていた事なので怒りもしない。
「その内知ることが出来る」とだけ言った。
麒麟が一息ついたとき、
「ちょっと良いですか?
それがね ルリアごめんよ。実は宗右衛門から預かってきた物があるんだ。僕にも良く分からない事だったんだけど・・」唐突にコーネリアスが口を開いた。
「えっ。お爺さまから預かったって。何を?」
「それは、沢山の本なんだ。いずれ僕達に必要になるのだろうと思っていたけれど・・それだけではないようなんだよね。
似たような専門書ばかりなんだよ。だから宗右衛門さんは、この世界の事を知っていたような気がするんだ。多分・だけど、・・昔に晴宮家の誰かが、こっちの世界に来ていたかも知れない」
「うむ」
「儂の棲む北の山が最近雨が多く降るようになってな。雪の季節でも雨の日が混じるようになった。その所為で木が倒れたり、山の一部が崩れたりする事が多くなって来たのだ。昨年は麓の村も幾つか被害が出てな。何か対策があればと思っていたんだ」
「それで以前、王であるオーウェンと話す事があったが、その話しを聞かせよう」
「オーウェンと山の被害の話しを始めた時、奴が『そろそろ来る頃だと思うが・・』という。
「何がだ」と問うた。
「いやな以前来た奴が、いずれ来る奴はこの国に必要な本を持ってくるだろう。と言っていたから当てにしているのだ」
「お前なあ。自分の国のことだろ。自分で考えたらどうだ」
「あはは・・勿論だよ、ギトーク殿」
「ギトーク殿。貴殿達はこれからもこの国に住みたいと思っているのだろうか?」
冗談めいて話をしていた顔が真面目な顔つきに変わった。
「そうよなあ。儂達はこの国最初の王がこの土地に来るとき一緒に来て、それからずっとここに住んでいるのは知っているだろう」
まあ、もっと昔から棲み着いている我々の仲間の里は残っている。だから時々は顔を出すが、顔ぶれも変わってきているから挨拶程度だな。
「この土地に来た頃は、この大陸の他の地域にも住みやすい場所があったんだ。
最初の王になった兄弟に付いて来た時我々聖獣は棲み分けをして、この国を見守りながらも大陸のあちこちで暮らしていた」
「長い年月を経て今、他の国々は発展のための開拓だとか言いながら、計画も無しに森を切り開き、農地には良くない肥料とやらをどんどん入れて行った。
その所為で山は崩れ、森は未だ再生出来ていない。畑で作物が育ったのは2年ほどで、その後の畑は汚れ、作物もあまり育たなくなった。そしてその汚れは湖や川まで流れて行った」
「食べ物が生産出来ないと民の怒りが王や貴族に向かっている。生産できなくなった食料を奪うこと、民の怒りを逸らすための作戦として隣国へ戦争を嗾ける」
「そんなことが続いたことで、我々は彼の地を諦めこの国に定住している。ここはまだ心地良いが、ここも他国と同じになるのではないかと懸念している」
「我々が助けても良いがそれは一時の夢物語でしかない。
そもそも、そこに棲む者達が土地を大事にしなければ何度でも同じ事を繰り返すだろう。そうなれば我々はこの大地を離れる事になるだろうな」
「ギトーク殿。民を導き、そしてこの大地を守るのは王の仕事だと思っている。
貴殿達に責任を押しつける気は無いし、助けて欲しいとちょっとは思っているが、自分達の手で守って行きたい。
それが出来るならギトーク殿はこの地に住み続けてくれるだろうか」
「・・ああ。皆の意見は聞いていないが儂はここが気に入っている。出来れば住み続けたいと思っているぞ」
「良かった。儂は王としてより、人間としてギトーク殿の友達でいたいのだ。友達がいなくなるのは寂しい。聖獣達が棲む国だなんて、・・なんて素晴らしいんだろうと言った奴がいたが、儂も本当にそう思う」
「だから私は自分が王としての力を使って、貴殿達が棲む場所を守っていきたいと思っている。それに聖獣殿達が喜ぶ土地は、間違い無く民にも良いことと分かっているからだ」
「そのためなら・・・、この国にあったやり方があるなら、異世界の力を借りてでも成し遂げたいと思っているのだ」
いつもおちゃらけているオーウェンの顔は、王としての威厳を表した顔で真っ直ぐに麒麟を見ていた。
ギトークはこの時の会話を誇らしげに、ゲルッサやルリアとコーネリアスに聞かせた。
麒麟様の話を聞いて感動していたルリアとコーネリアスだけれど、胸につかえが残っているのを感じていた。
【最初の王様になった兄弟と来た?】【以前来た奴?に異世界の力を借りる?】
異世界から私達の他に来た人間がいる。それも、持ってくる本を託せるだけ私達に近しい人間。頭の中を謎がぐるぐる回っていた。
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