聖獣様の棲む国、この国の成り立ちと魔女
🌙ルリア 王に会いに行く
あれから間もなく、ルリアとコーネリアスに王様からの招待状が届いた。
「秋になったら城に来なさい」と言うことだ。
麒麟様の話しを聞いていたので、宗右衛門から持たされた本の事だと分かっていた。
現在、王都のアバランティアを中心に東西南北の要所にある町まで、片側二車線はある幅広の立派な道が出来ていた。
広い道は綺麗に平されていて、馬車の振動も少なく快適だった。
その道を、ルリアとコーネリアスが一台の馬車に乗り、執事のシュバルツさんとリアムがもう一台とそれぞれの馬車で1週間ほどの旅を満喫していた。
50才を優に超えているシュバルツさんの年を考えると、王都へ行けるのは最後かも知れない。息子さんに会わせてあげたい。
だからルリアとコーネリアスはシュバルツさんを絶対連れて行きたいと思った。
若いリアムが一緒なのと、会社の護衛として働いている男性が各馬車に二人ずつ御者として付いている。この人数なら私達でシュバルツさんを見守ることが出来るだろう。
空澄む季節。
この国に転生してもう大分経つが、他の地域に行くことが無かったので二人は物珍しそうに景色を見ながら旅を続けた。さながらお供付きの新婚旅行のようだ。
馬車窓から見える広いこの国は殆どが農地のようで、遠くには紅葉の綺麗な森が広がっている。
その奥には山が連なって見え、てっぺんの方だけは石や岩で出来ているように見えていた。
しかし森とみられる場所の所々が葉の色がなく、暗く枯れているように見えたりそこだけ木がないように穴が開いているように見えた。
町の側を流れている広い川は、水量が少なく水が濁っている。
王都にたどり着くまでいろいろな町の宿に泊まって町を散策して見たけど、森や川の状態は似たような感じのところが何カ所かあった。
道路事情が良いことから、王都までは予定通り到着することが出来た。
王都には午後早めに着いて、その日は王都でも一番の豪華な宿屋に泊まることにしていた。宿のことはシュバルツさんの息子さんに手紙を出して予約してもらっていたのだ。
王宮には三日後伺うことになっている。翌日、ルリアとコーネリアス以外の付き人達も入城する予定が無いとは言え、何か会ったら困るからと皆で貸衣装屋に行って衣装を選んだ。思いのほか衣装合わせに時間を取られ疲れてぐったりしたけれど、初めての王都と言うことで、次の日こそは楽しく観光しようと話していた。
宿で早めにお風呂に入り、皆それぞれ部屋でのんびり過ごしていた。
夜になって宿の食堂に向かうと、そこにはシュバルツさんの息子であるフレディが来ていた。
フレディも今日は故郷から父親がやって来るとの事で、使えている領主様から休みを貰って来たそうだ。
皆で一緒に食事をしながら第2執事のリアムが、発展したフォギーケープの町とハレミヤ商会の事を熱を込めて話しだした。
そしてそれは全てここに居るルリアさんとコーネリアスさんのお陰なんだと興奮して話しだし、段々声も高くなっていった。
ルリアとコーネリアスは笑顔でその話を聞いたり、一緒に食事と会話をしながらフレディの人となりを見ていた。
いつもはあまりお酒を飲まないシュバルツさんだけど、今日は本当に久々にフレディと会った嬉しさで、ついついお酒が進んだようで項が垂れたまま眠ってしまった。
食事も殆ど終わっていたことから、コーネリアスは護衛達にシュバルツさんを部屋につれて行ってくれるように頼み、その後は護衛達も休むように言った。何かあったら呼ぶからと。
後に残ったルリアとコーネリアスはお酒に強くてまだしっかりした口調で話しているリアムとフレディに話し出した。
「フレディ、今日君が故郷の父と会うためにとお屋敷から休みを貰うとき、領主様は喜んで休みをくれたかい?」
コーネリアスの言葉にフレディの顔が少しだけ曇った。
「いいえ。そんな事で休むのか?だから何時まで経っても執事見習いなんだと言われました」周りに聞かれないように小さな声で言った。
「君は13才から家を出て18才まで高等教育学校に通ったんだよね。
13才の君も寂しかっただろうけど、シュバルツさんご夫婦も寂しかっただろう。
その気持ちを隠して、君に教育を受けさせるために一所懸命に働いていたのだろうね」
「その君がそのまま10年も親とも会えずに頑張って来たのに、見習いのままというのはおかしな話だ。
少し調べたが、君の上司である執事は領主様の縁戚に当たるのだろう。仕事があまり出来なくて、面倒な仕事は全て君にやらせていると報告されている。
それなのに君は見習いでお給料も少ないと言うのは理不尽な話だよね」
フレディは、そこまで調べられていたのかと思うと恥ずかしい気持ちと面白く無い気持ちで、思わずぐっと歯を噛み締めた。
けれどコーネリアスの次の言葉に耳を疑った。
「フレディ、もし良ければだけど私達の会社に入らないかい?どうしても王都が良いというなら仕方ないけどね。
今、うちには3人の執事がいる。けれどシュバルツさんも年だからね。
今のうちにシュバルツさんから仕事を教わっていても良いと思うよ。あの人は昔気質の本物の執事だ」
「リアム、うちの会社の就業規則を持って来たよね。後で彼に渡して欲しい。今はそれを簡単に説明してくれるかい?」
「はい。・・フレディさん、私達の会社についてお教えしますね」
就業規則と言う物を初めて聞いたフレディは驚いた。週休2日に有給だなんて、そんな働き方が本当にあるのか?
しかしリアムが言う。
「そのお陰で僕達はどんなに忙しくても、自分の時間を持てるし、その時間は寝て過ごそうが買い物に行こうが自由だ。その楽しみがあるから仕事も頑張れる。
会社が多くの利益を揚げれば、給与の他にボーナスというお金も貰える。
【今の会社の売り上げは大体○○○○で、利益は○○○○なんですよ】
これからの時代は多くの商会で働き方がそのようになって行くんじゃないかな」
利益額を聞いたフレディは驚いていた。
王都の大きな商会と大差無いではないだろうか。あんな小さな町に?・・。
それでもフレディはその話しを眉唾物に受け止めていた。後で父に確認を取ってみよう。
まだ信じられないけれど、リアムの話は・・本当の事のような気がする。父からの手紙で知ったハレミヤのレースはもの凄い人気で、仕えている貴族の奥様も手に入れたいと躍起になっているからだ。
もしそうなら・・王都で働きたいなんて言っていられない。何れは自分も家庭を持ちたいと思っているけれど、家族の時間なんて・・・今のままでは無理だ。
それなら、誘いがあるうちに移った方が良いかもしれない。とても魅力的な話しだ・・・・。
今になって酔いが回ってきたのか頭がガンガンしてきた。
「返事を少しだけ待って頂いても宜しいですか?」
「勿論構わないよ」コーネリアスのその言葉を聞いて安心したように頭を下げて、フレディは夜中、仕えるお屋敷に帰って行った。
3日間、皆で王都での買い物や観光を楽しんだ。
その翌日、ルリアとコーネリアスはお供を宿に残して、迎えの馬車に乗り込み王城へと向かった。
城からの馬車が宿に止まった事で、宿屋の主人や泊まり客達も何事かと騒ぎ出した。ルリアとコーネリアスが、今現在【飛ぶ鳥落とす勢いであるハレミヤ商会】の代表だと聞いて驚いていた。
それを見たシュバルツ他残った面々は鼻高々だったらしい。
王宮に着いた二人は、謁見の間と呼ばれる広間では無く外国などからの要人が寛げる部屋。リビングが併設されていて、豪華な装飾がふんだんに飾られたサンルームに招かれた。
既にお菓子や果物が沢山用意されたテーブルに暖かいお茶を出されている。
「陛下がお見えになるまで少々お待ち下さい」と執事らしき男性が丁寧に案内をしてこの部屋を出て行った。
何種類かの果物を味見した頃、ドアがノックされ付き人によってドアが開かれた。
私達は慌てて立ち上がり頭を垂れた。
「どうぞ頭を上げて、座りなさい」渋い声で、それでも優しさを滲ませた声が二人に掛けられた。
顔を上げるとそこには明るい金髪で、耳と襟足を隠すくらい長髪の男性が立っていた。
顔は優しげだが威厳があって・・それはまるで・・宗右衛門お爺さまに似ていた。勿論もっと若いけれど・・・。
王様と共に席に着くと、先ほどのドアから何人かの人が入ってきた。多分王妃様と王子様達だろう。王様の背後にはお供の騎士らしき人が2名立っているが、王妃様達は王様の両脇に座った。
「今日は良く来てくれた。今は王都でも貴商社のレースは評判だぞ。今度王妃も購入したいそうだ」
「ありがとうございます。ただ残念ながら、あのレースは手作りのせいで今は在庫が予約で一杯な状況です。
ですが現在編み物の上手い人間も増やしていますので、早めに良い品を王妃様にお届け出来ると思います。
それに現在、機械で編めるように試行錯誤しています。
機械の調節が上手く行けば、いろいろな雰囲気のレースが出来上がると思いますので楽しみにしていただければと思います」
「ありがとう、嬉しいわ。あのレースはとっても素敵よね。手編みの良さが本当によく出ています。
時間が掛かっても大丈夫ですよ。納品されるまで、首を長くして楽しみに待っていますわ。うふふふ」
「王妃がそんなに気が長い人だなんて初めて知ったよ」
王様のからかいの言葉に王妃様の「まあ、私はそんなに我が儘な人間ではなくてよ」という拗ねた言葉と仕草で、この夫婦の仲の良さが覗えた。
和気藹々と歓談をしている最中だった。
この部屋に付いているバルコニーが騒がしくなった。騎士達が慌てることもせずバルコニーの背の高いガラス戸を開けた。
そこからは、北の地を守る麒麟・ギトーク、南の地フォギーケープの森の主のオオカミ・ゲルッサ、遠い東の地を守るドラゴン・ダルク、西の地を守るケンタウルス・パローワ、そして王都アバランティアの北にある湖の畔に住み王都を守るユニコーン・ユニタファ、 この国の聖獣達が皆やって来ていて、身体を人間の姿に変身させてこの部屋に入って来た。
(確かに聖獣のままの姿だと、この部屋には入れないよね。だけど人間に姿を変えられるなんて・・主様と麒麟様は話していなかったよね)
同じ事を考えていたルリアとコーネリアスは顔を見合わせて頷き合った。
「いったいどうしたというのだ?皆さんどうぞ中へ入って下され」
少し驚いてはいたが、落ち着いた声で王様は聖獣の皆様を部屋に招き入れた。
燃えるような赤い髪で大柄の麒麟様と、白銀髪で長身のオオカミ様は少し都合が悪そうにこちらから目を逸らしているが、反対に他の聖獣たちは少し興奮している感じがする。
端から見ていたルリアとコーネリアスでさえそれを感じ取っていた。
まず緑色の髪の毛に、二本の角を生やし肩幅が広い体格のドラゴン様が話し始めた。
「王よ。お主はギトークに対して二人は友達だと言ったそうだな」
「ああ、言ったがそれがどうかしたのか。聖獣を友達だと思うことは、不敬罪になるのだろうか?」
次は清閑な顔立ちで、茶色の長髪を靡かせている、筋肉質な感じだけれど少し細身に見えるケンタウロス様が話す。
「悪いわけではない。その・・ギトークとそれにゲルッサだけが友達なのか?」
「どういう意味かな?」王様が首を捻った。
最後に額にかかる真っ白い前髪をかき分けて長めの一本角を生やし、足が長くて細身のユニコーン様が言葉を発した。
「それでは聞くが、ギトークとゲルッサだけが友達になったのか?その理由があるのか?」
「我々には人間の友達がいない」そう言って、ギトークとゲルッサ様を睨んでいる。
ルリアは吹き出しそうになって、やっと自身の手で口を塞いだ。コーネリアスも笑いたいのをなんとか堪えている。
王が続けた。
「炎神のドラゴン・ダルク、猛神のケンタウロス・パローワそして清神のユニコーン・ユニタファ。勿論、貴殿達も私の大事な友達だと思っている」
「そして雷神の麒麟・ギトーク、勇神のオオカミ・ゲルッサ、ここにいる皆が友達であり仲間だともな。
いつでもここに来てくれ。
その時は酒でも飲みながら、友としてたわいも無い話をしながら時間を過ごそう」
「もしもこの国に危機が迫ったときは貴殿達にも相談するし、もしかしたら助けを請うかも知れない。
貴殿達の棲む場所を大事にしたいし、その場所のあるこの国を守る事が私達王族の使命だと思っている。
ここにいる私の家族と共に、そしてこれからも続くであろう王族達に、同じ思いを繋げていくからな。
これで納得してくれただろうか?」
「そうであったか。我々も大事な友であり仲間なのだな。
あい分かった。何かあったら協力しよう。だから遠慮はするなよな、友よ」
ドラゴン様たちがそれぞれ言うと、バルコニーで元の姿に戻りあっという間に自身の棲む場所に帰っていった。
ルリア達は、失礼だと知っていても可笑しくて、それを我慢しすぎて胸が苦しくなった。
後にルリアは手持ちの手帳に【聖獣様は寂しがり屋で我が儘で、とっても可愛い】と感想を書き込んだ。
王様との歓談も終わりに近づいた時、
「今日の目的を忘れるところだった。付いて来なさい」と促された。
ルリアとコーネリアスは
【そう言えば、私達が王宮へ呼ばれた意味を聞かされていなかった。前世から持って来た本を渡すことでは無かったのかな?】と二人はヒソヒソ話し、王様の後に続いた。
王族専用出口から城の外に出て、裏手にある王族だけが楽しめるこじんまりした庭に着いた。
庭師の手が丁寧に入った生け垣の入り口を進んで行くと薔薇のアーチがある。
今は秋咲きと四季咲きの薔薇が満開になっていて、うっとりする甘い匂いに包まれている。
アーチをくぐって噴水を横目に通り過ぎると大きな四阿があった。そしてその先には・・、そこは王族だけが眠る墓地だった。いくつもの墓石が建っている。
ルリアとコーネリアスは「何故お墓に?」と思った。
何基かの墓を通り過ぎた時、前を歩いていた王様が一つの墓石の前で立ち止まった。
私達にも見えるように、脇にそれてくれて・・墓石の名前は・・
「JYOTARO HAREMIYA」
「KAZU HAREMIYA」
(晴宮穣太郎・晴宮 和)
「どうして?・・どうして曾お爺さま達の名前が?」涙を貯めた瞳で王様を見た。
「今から170年程前、三つ月の夜を越えてやって来たんだ」
「そんな、・・だって曾お爺さまがいなくなったのは20年位前で・・」
「うむ、そう聞いている。三つ月の夜は多分あちらとこちらの世界を繋ぐ道で、時間の流れが変わるのか、それとも時間をも越えてやって来るのかは分からない。
・・・・穣太郎夫妻はこちらの世界へやって来て、この国の発展に多大な影響をもたらしてくれた。
全国に小学校と中学校を作らせるよう提言してくれたお陰で、子供達の識字率が100パーセントに近くなった。
その上で高等教育学校や大学をも作るよう提言してくれた。
和さんは、医療や衛生面を細かく指導して医療の発展に貢献してくれた。
お陰で生まれた子供の死亡率が格段に下がり人口もぐっと増えた。
結果、彼女に憧れて医療の世界を目指す若者が増えた。本当に有り難いことだ。
この国が他の国々から羨ましがられているのは二人のお陰だ。
だが、まだまだ地方には医者が足りなくて、もっと増やせるよう努力している。その間は薬に頼るしかないのだ」
「そう言えば、和・曾おばあさまは昔の女性にしては医療に興味を持ち、当時女性医師として活躍した人だと聞いていました。
薬造りに没頭していた曾お爺さまとは、薬草談義で盛り上がって恋に落ち結婚したと笑って話していた事を覚えています」瑠璃が昔の話を懐かしむように話した。
「君たちはこの国の歴史を知っているかい?」
「はい。先日麒麟のギトーク様から当時のジョージ王弟殿下のお話を伺いました。 辛い歴史だった思います」
「私達も穣太郎殿より話を聞いている。
そちらの宝物庫に穣司殿(ジョージ殿下)の日記が残されているそうだ。貴殿達が知らないようなら話してやりたいが如何かな?」
「日記があるなんて聞いていません。是非お聞きしたいです」
近くの四阿にある白いテーブルにはお茶とお菓子やサンドイッチなどの軽食がいつの間にか用意されていて、椅子に座り話しを聞くことになった。
それなら・・・と、王様は何処か遠くを見るような目をして話し出した。
フォギーケープに着て3年が経ちここでの生活が安定した頃、春にしては珍しく霧のない夜があった。そしてその夜は満月だった。(ゲルッサによると僅かながら3つ目の月も幾らか見えていたらしい)
森の近くでなんとなく月を見ていたジョージ殿下達は森の中がザワザワと音がするのを聞いた。振り返って見ると森へ続く道の中に、もう一本の道がぼんやりと重なって見えた。その道は青白くゆっくりと渦を巻いているのが分かる。
【あれは何だ?】誰かが叫んだ。
魔法使いの性か、不思議なことには興味を引かれる。
みんなで入り口に近づいてみると、大柄な彼等がやっと通れるほどの直径しか無い。
【この道を行ってみる】とジョージ殿下が言うと、それなら私達も付いていく。
なあに皆で行けばどんなところでも暮らしていける。と、なった。
実はジョージはこの青い道を見たことも通った事もあった。兄と聖獣たちに守られながら必死に青い道を走って、この土地に来た事は鮮明に覚えていた。
もし今この道を通って行けばあの国に戻れるかも知れない。
そうすれば父も母も未だ生きているかも知れない。あの時の戦い程度なら、今の自分達なら負けることも無いだろう。
そんな事が頭をよぎった。同行を決めている仲間にはなんと言えば良いのか?
けれど皆は、何があっても一緒に行くと決めていてくれていた。
しかし迷っている者が一人いた。
殿下に付いて来た部下達は、住んでいた村の中で結婚をした者達が何組もいて、ジョージ殿下もその内の一人だった。ずっと慕っていてくれた年の近い美しい女性と一緒になっていた。
だが、迷っていたのはこの土地の娘と結婚した若者だ。
ジョージ殿下は言った。
【お前は残れ。この先が安泰とは限らない。ここでこの国を見届けてくれ】
ジョージ殿下達はあの日、ゆらゆらとおぼろげに見えるその道を歩き続けたそうだ。
青白い道の中は渦を巻きながら揺らめいていて、強めの風が前や後ろから吹いてきて、真っ直ぐに歩くことが大変だったらしい。
そしてどんなに歩いても、揺らめいている道の周りは森の中のようだった。もしかして今回は何処へも通じていなかったのか?
いつの間にか道は消えていて、歩き疲れた皆は、持って来た布に包まってその場に横たわった。
太陽が高く昇り森の中にも陽が差し始め頃、眩しさで起きてみた。
そしてよく見ると少し遠くに家のような建物が見える。
それを見て、フォギーケープの住処とは違う小高い森に抜け出たのが分かったそうだ。
ジョージ殿下は少しだけがっかりした。父と母のいる国に戻れなかったからだ。
それでも皆を戦いに巻き込まずに済んで良かったと心から思った。
【建物が見える場所へ行ってみよう】ぞろぞろと歩いて行くと100人ほどの村人が集まっていた。
ボタンなども付いていない
建物も木を組んだだけだ。元いた世界より随分原始的な生活のようだと思った。
その村の人々はジョージ殿下達を恐れることはしなかった。
それより初めから友好的で、野菜と少しだけの鶏肉を使った出来るだけのご馳走を用意して歓迎してくれた。
代々この村を治める村長達の話しによると、明るい満月の夜には知らない世界から一度だけ訪問者が来たことがあると言い伝えられていたらしい。
とても知恵のある人で、その人のお陰で村の生活が豊かになった。
しかし病気を患っていたらしく、数年で亡くなってしまった。残念でならなかったと村の皆で悔しがったそうだ。と昔話をしてくれた。
村長達から、今度又そのような人が来たら大事にしなさい。決して争ってはいけないと遺言で言われていると。
その方が亡くなってから大分経つが、月が明るく見える時は【もしかして】と村中で待つことが習慣化され祭りのようになっていて、そのような人が来なくても【又今度】と思って待っていたのだそうだ。
そうしてジョージ殿下達は住むところを与えられ、一緒に農業をしながらその土地に馴染んでいった。
生活に慣れた頃、皆で人々のために薬を作ろうと言うことになった。自分達が出来ることはそれだけだからだ。
その事を村長に話してみることにした。
その話しを聞いた村長さんが驚いて話し出した。
【以前この土地に来た人も薬を作っていたそうだ。栽培が難しいため、この土地の人々は覚えることが出来なかったが、昔薬草を育てた場所は言い伝えで分かっている。行ってみるかい?】
まさかこんな貧しい村で薬を?
見るからにこの土地の人々は貧しく、薬というものを手に入れることが出来ないだろうと言うことは分かる。
昔来た人のお陰で豊かになったと言ったが、これより貧しい生活をしていたのか。
フォギーケープと同じような貧しい場所だと思ったが、あそこよりひどいかも知れない。
以前薬草を植えていたとされる畑に行ってみた。そこは草だらけで薬草と見られるものは何もないようだった。
けれどこの場所は、森が近いおかげか腐葉土がたっぷりと入っていて軟らかく、確かに数種類の薬草を植えるには良さそうなところだ。乾燥地を好む種類もあるから、それは後で別の場所に畑を作ろう。
意外にも村から借りた農機具は割と新し目でしっかりしている。貧しい村だと思っていたのでこんなに立派な道具を持っているとは考えもしなかった。
仲間と草を抜き土を起こし、夜中には村人に知られないよう薬草の種を捲き、早く育つ魔法を掛け一晩で苗にした。
これからも驚くほどぐんぐん育つだろう。
【ああそれと、その方が残した遺品と思われる物があってな、鞄が一つだけなんだけど何も入っていないようなんだ。それでも、次来た人に渡して欲しいと言っていたから大事に取ってあるんじゃ】
村長さんの言葉に何故か胸が騒いだ。
【はい、是非見せて下さい】
夜になって妻が寝た後で、一人でバッグを手に取った。
預かった鞄は魔法が掛かったマジックバッグで、誰でも開けられるようにはなっていなかった。
それなのに、ジョージが手を入れるとすんなり中の物が見えた。中には薬草の種が何種類もはいっていたが、それには少しだけ魔法が掛かっているのが分かる。
【私達のやり方と同じだ】
他にも小さなノミで掘ったのだろう、女性の像が出てきた。その像には瑠璃の首輪が二重になって首にかかっていた。この首輪は・・・・間違えようが無い。母であるサヤハナがいつも身につけていた物だった。
つまり、父もあの道を後から通ってここに辿り付いたのだろう。
ついに会えなかった。別れたときの両親の顔はもうハッキリとは思い出せない。
それでも二人を思い、口に手を当ててむせび泣いた。
翌日、村長さんにその人のお墓の場所を聞いて一人で行ってみた。
そこには大きめの石が置いてあるだけだったが、村人の誰かだろうか。近くに咲いている白い小さな花を何本も束にして供えてあった。
今でもこんなに大事にされているなんて・・。この村によっぽど貢献した証なのだろう。
さすが父上だ。【私もこの村にできる限り貢献していきますから見守っていてください】そうして静かに手を合わせた。生きた父上にはもう会えないけれど、時々ここに会いに来よう。そう誓った。
月日が経ち、育った薬草を薬にしては周りの村に売り歩いて、そのお金を村長に預けていった。
この村の農業を効率よく収穫を増やせるように指導し、冬や災害対策のための保存食の作り方も教えて行った。
意外にもここには村人が共同で使う小屋が建てられていて、豊作で実った米を保存してあったり、冬を過ごすための野菜が保存してあったりした。
意外だったのは、米から酒を造って売っていてそれが村の大きな収入源になっていたことだ。
どれも村人達の考えで作られていたのだという。
「大したものだ」ジョージ達は思ったより裕福なこの村に驚いた。
村人達は要領も良く、どうすれば効率よく出来るかを話しながら仕事をしていた。
見た目の格好から、頭もあまり良くないだろうと勝手に思っていたけれど、それがいかに失礼な考えかを思い知らされた。
こうして助け合いながら、その土地で何年も頑張って暮らしたお陰で、移民として初めて村長となった人がいた。・・名前は・・晴宮穣司。
「うわ~・・」涙がぶわっと出てきて、思わずコーネリアスに抱きついた。
今までなるべく冷静に話を聞いていたつもりだった。話が進むにつれて『もしかして、もしかして』と思うようになった。
それでも『まさか、まさか』と信じられないでもいた。
晴宮の歴史は嫌と言うほど聞かされて育った。
初代が村長としてどれだけ辛い思いや苦労をして、やっと認められる人になったのかを。
けれど教えられていた事よりも以前の生活は全く知らなかった。
ルリアは胸が一杯だった。今はただ泣けてコーネリアスにしがみついて泣くしか出来なかった。
ルリアが泣いている間、コーネリアスは黙って抱きしめてくれていたし、王様達も黙ってそこで見守っていてくれた。
「泣いたりしてすみませんでした。ジョージさん達が三つ月の夜を渡ったお陰で私達がいるのですね。
そう言えば私達家族は・・前世での家族ですが、一般的な人達よりも全員背が高くて、瞳や髪も薄い色でした。
『国の神社を守っているのに日本人じゃないみたい』なんて言われたこともありました。
それはこちらの姿で現れたジョージさんの血を継いでいるからなんですね」
「そして今度は私達がこちらへやって来たと言うことは、もしかして私達にも何か役目のような事があるのでしょうか?」
「そうだね・・・実は、穣太郎ご夫妻がこの世界に来たとき私はまだ生まれていないのだ。彼は三つ月の夜を狙ってこちらに来たと言っていたそうだ。
あの時は北の森にあの青い道が出来たらしい。
道の出口で穣太郎ご夫妻を見つけた時には消耗が激しい状態で、ギトークが二人を乗せてすぐに城に連れて来てくれたと聞いている」
「穣太郎殿の話しによると、きっとこの世界に来られるだろうと思っていたようだ。
私の四代前の王が、この城に穣太郎夫妻を住まわせて何日にも渡って話を聞いたと伝わっている。
その話しを聞いて、ジョージ殿下が何処に渡り、どれほど苦労したかを知ることが出来た。
そして今度は彼の子孫がこうしてやって来てこの国のために働いてくれた」
「穣太郎殿の話しでは、歴史はこの国アバラン王国の方がずっと古いけれど、今は自分達の国の方がずっと発展しているとも教えてくれた。・・・
けれどその時の王は、穣太郎殿から言われたそうだ」
【聖獣の棲む国があるなんて、なんて素晴らしいんだろう。
我々の国にも大昔は聖獣がいたらしい。けれど科学の発展と共に山や森や湖が汚れ、とうとう聖獣を見かけることは無くなった。
所によっては何十年も何百年も経って、森や湖は綺麗になって行った。
森は建材に使うためにと、以前とは別の種類の木を大量に植え付け、山も再生されたかのように見えた。
どんなに再生されても、いなくなった聖獣たちが戻ってくることは無かった。
少しの不便までも便利に改良していく事が、聖獣の棲む場所と引き換えたことに何の意味があったのだろう】と言ったらしい。
「こちらの世界がどのように発展しているか分からないため、穣太郎殿は思いつくだけいろいろな分野の専門所を沢山持って来てくれた。
その中には【歴代の王の失策】【無能な王様】などと言う本もあったぞ」
面白そうに笑いながら王様が教えてくれた。
「当時もらった本は翻訳し、王族で何回も読み直して国作りに利用して来たんだ。
今回はどんな本があるのかは想像できる。君たちも見ただろう」
「ここ数年。隣国が科学とやらに夢中になって山や川が汚れても構わないという政策をとった。
その所為で国民の多くが病気になったり水も飲めなくなった。そのため多くの隣国の民がこの国に逃げて来ているのだ。下手をすると争いに繋がる可能性がある。
だから、今の自分達で出来る方法を見つけて、隣国にも教えてあげたいと思っているのだ。教えた分は、まあしっかり金は取るつもりだがな」
王様はカップに残っていたお茶を飲み干して、又墓地へと歩き出した。
私達もその後ろを付いて行った。
「それでは次にあちらの墓石を見て欲しい」
そう言って王様は一番端に並んでいる二つの墓石の前に行った。
一番奥の墓石には、初代の王様
「HARYUMIYA・ABARAN」と書いている。
(ハリューミヤ・アバラン)
『ハリューミヤ?王様の名前?・・・』
先ほどから涙が止まらないルリアだが、いい加減泣きすぎて目が腫れてきた。
そして最後だよ、この墓石を見てくれないか?」
墓石には
「GEORGE・HARYUMIYA」
(ジョージ・ハリューミヤ )
「そうなんだ。ジョージ殿下は異国の地で名前を名乗るとき、尊敬する大好きな兄の名前を名字に使った。この話しは後から穣太郎殿から聞いたそうだ」
「あちらの国で呼びやすいようにハレミヤと言い換えて、代々忘れることの無いように。・・・・まさか誰かが三つ月の夜を通り、反対にこの国へ来る人がいるなんて考えられなかったに違いない」
「初代の王はあの事件で責任を負った弟を本当に残念に思っていた。
いつも気に掛けていて、ほとぼりが冷めたら城に戻そうと思っていた。
だから部下を付けておいて、ある程度は動向を把握していたのに、突然居なくなった。そう報告を受けた時は信じられなくて、部下に何度も捜索させたと言われている」
「まさか三つ月の夜を通ったなんて思いもしなかっただろう。
後からゲルッサ殿から【道に入ったのが見えたので止めようと思ったが、すでに後ろの道が消えかかっていて間に合わなかった】と聞いた。本当にあの夜にいなくなったんだと知った時はショックで動けなくなったそうだ」
「実はね、この国の初代ハリューミヤ王と弟のジョージは、聖獣たちに守られながら三つ月の夜を通って、以前暮らしていた国から逃げて来たんだ。
逃げて来た、と言うより内戦状態になった国から王妃である母が逃がしたのだ。
五大聖獣も番達を残し、兄弟を守る使命を帯びて一緒に来た。
だから、ジョージ殿下が又三つ月の夜の青白い道に入ったと聞いて驚いただろう。以前の内戦状態の国に戻ってしまったのではないかと危惧した。
けれど実際には、別の世界のニッポンという国に行き着いていたとはね」
【全く三つ月の夜とは・・・・不思議な事象が出来上がったものだ。それも私達王族に関係しているのだから】王様は小声で呟いた。
「王はその悲しみを少しでも和らげるため、自信の墓の場所は決まっていたから、その隣に、空の棺を埋め墓石を建てた。
その時はまだ墓石にはジョージ・アバランと掘られていたが、穣太郎殿から話を聞いた王が、ジョージ・ハリューミヤと掘り直させたのだ。
初代の王は、時間の有る時や重要な決断をする前など、ここに来ては語りかけていたそうだ。
二度と弟には会えない事を憂いて・・」
「けれど穣太郎殿が来て、今度は君たちが来た。
だからもう、大事な人を失うことの無いよう、私達は君たちハレミヤ夫妻を縁者として守っていきたいと思っている」
もう泣きすぎていて、頭がぼーっとしたままで、王様の言った言葉の意味を考える事が出来なかった。
「明日も用があるから今日は城に泊まって行きなさい」と言われたが、頭がいろいろ一杯になっていて早く休みたくて・・、それだけは固辞した。
「今日はルリアも疲れたでしょう。皆のいる宿でゆっくりさせたいです。
我が儘を言って申し訳ありませんが、明日もう一度お伺いさせていただきたいのですが宜しいでしょうか?」
コーネリアスはルリアを思って願い出た。
「分かった。よかろう。色々と知ったのだから無理も無い。疲れただろう。
明日は皆で来なさい。又、迎えを出すから今日はゆっくり休むとよい」
優しい口調だった。こちらを思いやってくれていることが分かった。
【助かった】
コーネリアスも王様の話を聞いて複雑な思いだった。
野宮だって元々はジョージ殿下の子孫に当たる。それでも分家としての生活が長く晴宮家との関わりも殆ど無くなっていた。だから話しを聞いていてもジョージ殿下が遠い存在にしか思えない。
今回王様の話を聞いて、晴宮家の歴史の凄さを知った。
ジョージ殿下の人生に加えて小さい時可愛がってくれた穣太郎さんまでもが転生してここに来ていたなんて、ユリアが泣くほどのショックを受けるのは当然だっただろう。
ユリアのために僕が今出来ることは、側に居てあげることだけ。
二人は朝と同じ王宮の馬車に揺られ二人は宿に戻った。
まだ夕食には早い時間だった。宿に帰った二人があまりに疲れ切って抜け殻のようになっていたので。
「何があったんですか?商売の廃業を命じられたとか?」と皆が心配したけれど、
「大丈夫疲れただけ。少し休むね」
コーネリアスはそれだけ言って二人の部屋に閉じ籠もった。
「ルリア、僕はいつも君のそばに居るよ」二人で抱き合ったまますぐに眠りに落ちた。
夜の食事の時間になっても二人が起きて来ないため、シュバルツさんとリアムは二人でルリア達の部屋の前まで来ていた。
城から帰ってからの二人は、明らかにおかしかったのがよく分かっていたからだ。
もっとゆっくり休ませてあげたいが、夕食も摂らせなければと思った。
執事二人で顔を見合わせ、シュバルツさんがドアを優しくノックした。
「は い・・」コーネリアスが眠そうな声で返事をした。そして少ししてドアが開いた。
「ルリアは疲れすぎて起き上がれないから、後で夜食を用意してもらおう」
皆が食事のためのテーブルに着いた時、シュバルツさんが口を開いた。
「今日の王様への謁見は上手くいったのですか?」
「ああ。心配掛けてすまない。悪い話は何も無かったんだ。むしろ良い話だったぞ。王妃様もうちのレースが欲しいそうだ。時間が掛かっても良いと仰った。王様との謁見は初めてだから、気を遣いすぎて疲れてしまったんだ」
皆は「王妃様までレースを注文して下さるなんて」と、興奮状態で喜び合った。
そうしてルリアの居ない食事を始めた。
「明日は皆で城に行くよ」突然の言葉に、
「えっ。私達護衛もですか?」
「そうなんだ。王様が皆で来いと仰った。何か話したいことでもあるのだろう。貸衣装を用意しておいて良かったよ・・・」
「お城なんて初めて入ります」
リアムの言葉に
「一般人なら皆初めてでしょう。エバンズ様に長く仕えてきた私でも入った事はありませんから。一生に一度だと思って、粗相の無いように、そして楽しみましょう」
シュバルツの言葉に皆、「そうだよな」と頷いている。
「コーネリアスさん。息子のフレディですが、ハレミヤ商会にお世話になりたいと言ってきました。
昨日コーネリアスさんとリアムから商会(会社)の事を詳しく聞かせて頂いたらしいのですが、あまりの理想的な就業規則を聞いてそれが本当の事なのかどうかを私に確認しに来ました」
「リアムが話した内容を私がその通りだと伝えたことで気持ちが固まったようです。息子の事まで気にして頂いて申し訳ありません。
それでも息子がフォギーケープに帰って来てくれることは親としてとても嬉しいです。これからは親子共々お世話になりますが、どうぞ宜しくお願い致します」
シュバルツは立ち上り、いつも通りの綺麗な姿勢で頭を下げた。
「ああ良かった。シュバルツさんの仕事ぶりは執事としてお手本になると思っている。今のお辞儀も見本そのものだからね。
リアムとベンジャミン、そしてフレディをしっかり教育して欲しい」
「はい。誠心誠意やらせていただきます」
「あの、あんまり厳しすぎるのはちょっと控えていただけると助かるかなぁって・・・」リアムの調子に皆が笑った。
「さあ。明日もお迎えが来てくださる。早く休もう」コーネリアスの言葉に皆が笑顔で頷いた。
皆と別れて、コーネリアスは暖かい野菜のスープと小さく切って貰ったサンドウィッチをトレイに乗せて部屋に入ったが、ルリアはまだ寝ていた。
「瞼がまだ赤い」
暖かいお湯を貰い、タオルを絞ってルリアの目に乗せた。ルリアの顔を見ながら何度かタオルを変えてあげた。
「今日はこのままにしてあげよう。良い夢を見るんだよ」
そう呟いて、コーネリアスはルリアの額に軽くキスを落とした。
そして、眠っている横に身体を滑り込ませた。
翌日は6人で城に入った。初めて着る豪華な衣装に、着せられている感はあるものの何とか様になっている。
昨日とは違って謁見の間という広間に通された。
始めは昨日と同じ王様の家族と私達だけかと思っていたが、謁見の間には、衣装から見ても分かる程の沢山の貴族と騎士達が既に並んでいて、貴族達は私達が入っていくと物珍しそうにこちらを見ながらヒソヒソと話している。
私達は謁見の間の最前列にまで誘導された。
目の前の高い段の上にある玉座を前に、一番前はルリアとコーネリアスが並んで膝をつき、直ぐ後ろにシュバルツとリアム、その二人を挟んで護衛が左右二人ずつ同じく膝をつき頭を下げて待った。
少しして、「王様のお出まし」と爽やかな声がした。厚い紅絨毯が敷き詰められた床でも、コツコツと歩く音は僅かに聞こえる。
玉座から「顔を上げよ」と昨日聞いた声と同じ優しい声が聞こえた。
皆で顔を上げた。
王様の両脇には昨日と同じ王妃様と王子様達が並んでいた。皆笑顔でこちらを見ている。
(あの笑顔には救われる)
その姿のお陰で緊張が少しだけ解れた。
「皆に紹介しよう。ここにいるのはハレミヤ商会の者達だ。皆もハレミヤのレースは知っているであろう」謁見の間がざわつき始めた。
「欲しくても手に入れられない貴族も多いだろう。
だが暫く待て。ここにいるルリアが手編みしている物は最高級で時間も掛かるが、
今は編み師もたくさんいるから納品も早まるだろうと言っている。
これからは機械化して少しでも安い品物を、早く提供してくれるよう考えているそうだ。
新しいタイプのレースも直ぐに出来るだろう。だから、皆の者は商人を買収したり値をつり上げたりしないよう頼むな」
そんな事になっているのか?
どおりで最近やたら商人が血眼になってレースを欲しがっていたはずだ。
そこを柔らかく正したのはさすが王様だ。
「今日皆に来てもらったのはそれだけでは無い。ここに居るハレミヤ商会夫妻の妻ルリアが、アバラン国初代ハリューミヤ国王の弟ジョージ殿下の子孫と分かった。
その言葉に対して周りからざわめきが起きた。
ハレミヤ商会はこの他にも、辺境のフォギーケープの街を美しい町並みに作り替え、他にも美味しい料理や食材・農産物などを各地に知らしめた。
今では多くの国民までもが彼の地を訪れたいと思わせる町に変貌させた。
そして夫のコーネリアスの作る薬は今までに無い程良く効く薬で、医者達がこちらも取り合いになっていると聞いている。
この功績と王族の縁者と言うことを考え、ルリアはフォギーケープ辺境伯とし、コーネリアスはルリアに変わってハレミヤ商会会長を命ずる。功績を考えればすぐに侯爵になるだろうが・・初めてだから、まずは辺境伯からで良いな」
あまりの出来事に8人は目を見開いたまま動けないで居る。後ろに控えていたシュバルツ以外は口まで開いている状態だ。
「なんてことを・・・」
初代王弟の子孫なんて知られたくなかった。三つ月の夜の事や、どこからやって来たんだと大騒ぎになるからだ。
肩を振るわせ、異論を述べさせていただかなくてはと思った時、
「王よ、間に合ったか」謁見の間の窓から小さいサイズになった五大聖獣達が姿を表した。
「友よ、良く来てくれた。たった今、ルリアにはフォギーケープ辺境伯の地位を授け、コーネリアスにはルリアに変わってハレミヤ商会の会長になれと告げた所だ。
小さな姿になってもらって申し訳無い。窮屈であろう」
「なに、これくらいは大したことでは無い」
「ルリアとコーネリアスよ。我々がジョージの子孫として見つけてきた甲斐があったのう」
「これからも領地の運営と商売に励めよ」
「友であるオーウェンよ、又遊びに来る」
ドラゴン様、ケンタウルス様、ユニコーン様は
「友」という言葉に力を入れて本来の姿で飛んでいった。その後を無言で麒麟様が飛ぶ。
オオカミ様は最後に
「ルリア、コーネリアス、儂が付いている。安心せよ」と言い残し窓から飛んでいった。
やられた。王様は五大聖獣と口裏を合わせ、三つ月の夜と、別の世界の事を隠したのだ。
聖獣様達もすっかり乗せられて・・・
それに聖獣様達が一度でも姿を表せば、悪いことを考える者は全くとは言わないが、かなり少なくなるだろう。
何も知らない周りの貴族達は、唇をガタガタ震わしてやっと立って居る状態だ。
「策士だなあ」頭の中でそう呟いたルリアは、王様への異論がすっかり消えてしまった。
謁見の間の後は、お供の6人は私達と離され別の部屋へ促され連れて行かれた。
美味しい食事が用意されているらしいので、皆嬉々として付いていった。
ルリアとコーネリアスは昨日と同じサンルームのある部屋に連れて行かれた。
部屋には先ほどの五大聖獣が人の姿をして思い思いに食事をし、酒を飲んでいた。
意外だったのが、人の姿の聖獣様達は人間の年で言うと20代後半の年頃の姿をしていた。(以外に若いのねと思った)
「皆さん人の姿になれるんですね」
「人間の食事をするときはこのほうが食べやすいし飲みやすいからね」と我が主様。
フォギーケープの森の主様であるオオカミ様は背も高くがっちりした体格だ。銀白髪の長い髪は後ろを紐で結わえていた。
「あれ?あの紐は私達が幼い頃にクッキーを包んで持って行った紐じゃない?」
コーネリアスも「うん、間違い無いよ」と言った。
主様にはその声が聞こえていても、恥ずかしがって聞こえないふりをしている。
「顔が赤くなってるのに・・・」知らない振りを決め込む主様にルリアは口を尖らせた。
人の姿の聖獣様達を見ていると、ドアが開いて王様が入って来た。
「友よ、今日は私の策略に付き合ってくれてありがとう」そう言って頭を下げた。
そして
「なんとしてもこの二人を守りたかったのだ。
これからハレミヤ商会は益々大きくなる。騙したい人間、取り入りたい貴族等、魑魅魍魎が跳梁跋扈するようになるだろう。
それでも王族の縁者で、聖獣様が付いていると知らしめれば、おいそれとは近づけまい」
そうなんだ。王様は私達を守るために手を打って下さったんだ。
その言葉を理解した二人は王様に深々と頭を下げ、次に聖獣様達にも同じように頭を下げた。
「ありがとうございます。これからはもっと精進して国や民のために頑張ります」
二人は思いを言葉にした。
「良かったのう。先ほどは何か言い足そうな怖い顔をしていたけれど、怒られずにすんだ。よかった」
王様が笑顔でお茶目に言った。
こうして人生最大と思える出来事を終えてから、再び皆で王都を観光して私達は帰路についた。
そうそう。シュバルツさんの息子であるフレディも一緒に帰ることになった。
仕える貴族の主に、辞めたい旨を伝えると罵詈雑言を浴びせられたそうだ。
しかし、次に仕える主がハレミヤ商会だと聞いてそれ以上は何も言えなかったと言う。
当然だろう。
その主人も貴族なのだから、あの日城に呼ばれていて、ハレミヤ商会の辺境伯授与と聖獣様達を目の前で見ていたのだから。
🌙未来へ続けば
フォギーケープに戻ると町中が大騒ぎだった。
王都に滞在している間、一部の商人達は早くも二人の偉業を聞きつけ、急いでフォギーケープにやって来ていた。
その情報を買い取ったのが最近地元に出来た唯一の小さな新聞社だ。ルリアの辺境伯授与とコーネリアスがハレミヤ商会会長になった事と、この国に本物の五大聖獣がいて城に姿を現した話を詳しく書き号外としてばらまいていた。
そんな騒ぎが何日も続いてようやく静かになった頃、商人として長い間この町を訪れていたオリバーさんが、家族を連れて移住するからと挨拶に来た。
そして、ハレミヤ商会で働かせて欲しいと言うのだ。
ハレミヤ商会としてもそろそろ営業に詳しい社員が欲しいと思っていた頃だったので、喜んで迎え入れた。彼の人となり、商売の巧さはよく知っていたから。
オリバーさんは若い頃からこの地にやって来ていたが、今では37才になっていて3人の子供がいるそうだ。
長男のレオ君は16才だと言う。
本人も父親と同じ営業を目指して一緒に働いていたので、このまま一緒に働いてもらうことにした。
他の子供達12才と11才でまだ学校に通っているとのこと。本人達はこの先中学や高等教育を受けるかどうかまだ迷っているのだそうだ。
そして奥さんのエミリーはなかなか強烈な人だった
。
本人曰く。
以前、主人であるオリバーから
「凄い物を手に入れたよ」と、家に戻るなり興奮して見せてくれたレースに、私も一目惚れでした」
「ここへ早く移り住んでハレミヤ商会さんで働きたいと夫を急かしました。
夫を中々辞めさせてくれない前の商会の会長を、やっと口説き落としたのもこのレースでした。会長の奥様にレースの襟をプレゼントしたんですよ」
「お金は高く付きましたがここへ来れるなら安いと思いました。それくらい惚れ込んでいるので是非雇って下さい。
それに元々編み物が好きだったので、自分で見様見真似で覚えて編みました」
そう言って、自作のボビンレースのリボンを持参して来た。
この情熱には流石にコーネリアスも折れた。
持って来たレースも出来が素晴らしかったからだ。直ぐ戦力になるだろうとルリアも太鼓判を押した。
「家族三人が同じ会社で働くことに不安は無いの?会社が潰れたら、家族全員が路頭に迷うのよ」と個人的に聞いてみたところ。
「この会社が潰れるなんて考えられません。けれどもしもその時が来たら、その時はその時です。働けるうちにお金を貯めておけば良いのですから」
それに、エミリーはここで働けるなら家族は二の次ですと言った。
「家の事より仕事を優先させるつもりです。ああ大丈夫ですよ、うちの家族は皆食事くらい作れますから。
私が働けるようなった時に困らないようにと躾しましたからね」
ときっぱり言う奥さんはかなり逞しいと思う。
オリバーさんが来てくれた事で、営業を目指す人間を何人か募集しようと思っていたことが実現しそうだ。新しい人材は彼に教育して貰える。
そろそろ町の人口も一万人に近づいて来ている。まだまだ増えそうな勢いだ。
そんな中、何年かすればこの国の東西南北に列車が通ると国が発表した。
実現すれば人も物もどんどん各地に流れるだろう。
その時、隣国のような環境破壊を起こしてはならない。
先日、城で王様と一緒に食事をしたときに、王様は国中に列車を走らせたいと言った。
それを聞いた私とコーネリアスは、王様と動力について話し合った。
「お勧めは・・多分・・魔石ですね」
「しかし魔石で列車は無理だろう。列車を動かせるだけ強い魔石を作る魔法使いはもういない」
「そう・・ですよね」
「昔、魔法使いがたくさんいたときの、国民へのエネルギーは何を使っていたのですか?」
「それは・・・魔石だった。魔法使い達がそれに魔力を注いでいたんだ」
「その使い古した魔石は残っているのですか?」
「使い古した魔石はかつての魔法省だった廃屋に山積みになっている。
処分しようとしたが、魔法省がなくなってからどうすれば良いのか分からないから、そのまま放置された状態だ」
「では現在残っているその魔石を再生すれば、エネルギー源として使う事が出来るはずです。そうすれば野山を汚すことも無く列車が走れます」
「うーん。しかし何度も言っているが、魔法使いは・・もうそれほどいないのだよ」
「それで良いのです」
1000年以上前の出来事で、王国は魔法使いを一掃した。
そのため、どの家も魔法を使える家族や、魔力測定で魔力が強いと言われていた家 族を家から出さずに隠して暮らすか、その本人と関わらないように、一人で暮らすようにと子供でも外へ追い出して、魔法使いとは関係を持たないようにした。
追い出されたその人達は、魔法を使えることを隠してひっそりと暮らしてきたし、結婚さえ諦めてきた。
そうしてこの国に魔力を僅かに持ったおよそ50人のその人達全員は、国に管理されていても魔法を使える人はもういない。
「今管理されている人達は弱い魔力しか持っていません。間違いを起こせる人はもういないはずです。それでも心配なら私が魔力を消してあげることも出来ます。
彼等にこの国に忠誠を誓わせて、魔力と科学を融合させる研究を進めるべきです」
「魔法使いは頭もよくいろいろな魔道具を作る事に長けていました。
その子孫達ですから、魔力が弱くても科学と言う物を理解出来ると思いますよ。
多分今まで持って来た本の中にも機械に関する物、自然科学などこれから必要になるであろう本が何冊かあるはずです。
それに、国のために働いて欲しいと告げ、最新の科学の研究も一緒に出来るとなれば、少しの魔力を持っていることを隠している人間も、表に出てくるかも知れません」
「将来、魔法使いがいなくなっても、科学を研究したい優秀な人材を集めることも大事です。その時のためにも、科学を発展させなければならないのです。
この広い土地を早い時間で移動させるには、今は列車が一番必要なことだと思います」
「それに王様、・・・王様は魔力が強く魔法も使えますよね。王様より強い魔法使いは居ないでしょうし、どれだけの魔力を持っているかは、本人に会えば分かるのでしょう?」
「えっ。・・・君には分かるのか?参ったなあ。そうか、分かっていたか」隠し事を見破られた王様は、都合が悪いのか頭をガシガシ掻いた。
「勿論です。ハレミヤの直系は皆魔法使いですから・・うふふ」
「私の魔力が強いにも関わらず、王都で出会った魔法使いと言われる人達は、誰も私の魔力に気が付きませんでした。本当に魔力が弱くなっているのです。
それに、今まで迫害されたりして苦労してきたその人達が汚名返上出来る機会でもあるのです。彼等を守ってあげて下さい」
「そうだな。それで森や川を守ることが出来、人々の身体も害さない。それも日陰の存在だった彼等魔力持ちの働いたお陰となれば、国民への売り文句になるだろう。やってみるか」
「はい。頑張りましょう」
そうして5年後アバラン王国に初めての列車が通った。
魔力を持った人達が魔石と科学、そして技術を用いて動力を完成させた。
ルリアとコーネリアスが、前世の列車の形や乗り心地などを思い出しながら参考になればと意見を出していた。
そしてこの時代に魔石の力を大きくするために、太陽光を利用する事に成功した。
私達の前世の記憶から提案した。簡単に説明すれば前世で使われていた太陽光発電のようなものだ。
大きなフライパンのような物に、魔石を敷き詰めて、上から同じように大きなルーペで太陽光を数日掛けて照射した。
王都は、フォギーケープと違って天気が安定しているので太陽光発電に適していた。
普通の石なら高温過ぎて割れて形が無くなる。けれど魔石は太陽光のエネルギーをたっぷりため込み、使い古され黒くなっていた魔石が綺麗な紫に輝いた。それは魔石が力を取り戻した印だった。
安心して欲しい。こうして力を取り戻した魔石では魔法には使えない。
何故なら魔力を注いだわけではく太陽光の力を吸収しただけだからだ。
過去にこの国の山で採れた魔石は純度も高かった。使わなくなった中古の物とは言 え、何千個?と残った魔石だ。未だ未だ十分に利用価値があると分かっていた。
魔力をつぎ込むわけではないので、魔道具には仕えないが、その分繰り返しエネルギーをため込むことが出来る。
魔石数個のエネルギーは、開発したモーターを回転させ台車を動かすことが出来た。
この時代の技術では、レールの出来はまだ良い物では無かった。そのため、あらかじめレールには粉々にした魔石を埋め込んである。
これで魔石同士が磁石の反発する効果を発揮してくれて少し車体が浮いて、スムーズに走ることが出来た。
埋もれていた魔力持ちの人達の奮闘が形になった瞬間だった。
魔力を持って生まれた所為で、今まで隠れるように生きていた彼等は王国での開発部門(列車開発課)に所属し、誇りを持って国のために働いた。
国民も彼等を賞賛したし、列車を作りたいと憧れる子供達も沢山出始めた。
客車も豪華な作りにしたし、各座席の窓側に小さな魔石の力で灯るスズランの形をしたランプも取り付けられた。
椅子の座面も柔らかく座り心地が良い。
コンパートメントが付いた客車もあり、それら全てが国民の列車での旅行心をくすぐった。
夜走る列車は外から見ると、客車の窓が光って見えとても綺麗だった。
それはまるで空を飛んでいるように見えると、線路から離れたところから眺める人達もたくさんいた。
開業したばかりの様子見で、客車5車両に貨物車が2車両しか引いていないが、これから乗車率などをみて車両の増減を考えて行く事になっている。
人気の観光地は慌ててホテルを建設し始めたが、国は厳しい規制を設けていた。
それは排水・汚水など環境に厳しい基準をクリア出来なければ建物の建設を認めないし、違反した物は即逮捕、資産没収となる。
それによって、益々外国からの観光客や商人達も増えている。他国は偵察隊を観光客と見せかけて忍び込ませていた。
無料で真似出来る所を探しに来ているのだ。
しかしどうやって列車を走らせたり、環境を守っているのか分からずじまいで、国に帰って叱られる事を覚悟するしか無かった。
列車の南側最終の駅はフォギーケープに近いサンフィールド側だ。
フォギーケープからはサンフィールド駅まで立派な道が出来上がり、駅の近くには鍵の付いた倉庫も作った。そこからフォギーケープの農産物と加工品を貨物列車に乗せて運ぶ事が出来た。
機械で編めるようになったレースは今までのボビンレースに加え、新しいオーガンジーというタイプのレースだ。張りがあってボリュームも出やすいので直ぐに人気に火が付いた。
現在は、オーガンジーに刺繍やビーズを施して付加価値を付けた物を売り始めている。
他にも飾りに使うビーズも作れるようになった。
以前ルリアを妬んで捕まったナタリーが、心を入れ替えハレミヤ商会で働いている。
ハレミヤ商会で新しくビーズ部門を立ち上げた時、ルリアがナタリーに声を掛けたのだ。ナタリーは涙を流しながらあの時のことを謝り、これからはしっかり仕事をして行きますと誓ってくれた。
今では主任として若い娘達にビーズ作りを指導している。
私のレースと、コーネリアスの作った薬とを我が社の営業が、それぞれ二人ずつ付いて列車で運んでいた。この事でフォギーケープは、辺境地とは思えないほど潤って行った。
念願のお医者様も家族で移り住んでくれた。
王様は魔石の利用価値をエネルギーに限定し、クーデターが起こってから閉鎖していた魔石の掘削作業を再開することにした。
掘り出した魔石は、二重三重に管理され国のために利用された。
何度も太陽光を浴びた魔石は粉々になる。
それを鍋やフライパンなどを作る材料に混ぜることで、熱伝導の強い調理器具が出来上がった。これは、開発部門の生活道具課の人達が作り上げた。
こうして魔石は粉になる最後まで、利用され国民の生活に浸透して行った。
🌙過去に何が?
ルリアとコーネリアスは二人で寝室にいた。あれから二人は辺境伯の仕事と商売、どちらも二人で助け合いながら一生懸命働いていた。
明日は久々にゆっくり休めそうだ。
今までの疲れを癒すため、今日は久々に二人の寝室で少しのワインとチーズを嗜んでいた。
「今日はなんか眠いね」
二人とも急に目が開けられないほどの眠気に誘われて、並んでベッドに入ったのだった。
「走れ、走れ」
「早く、早く」
「もう少しだ、後ろは俺たちに任せろ」
必死で走る後方には、森の木々が燃え広がる様子が見える。
「怖いよ。怖いよ。御兄様」
「頑張れ。頑張れ。今走って行かなくては、皆の努力が無駄になる」
夜の暗い森の中を渦巻き状の青白い光が遠くまで伸びていて、その中を二人の兄弟が手を繋ぎ走っている。
小さい少年は泣きそうな、否、既に泣いている。それでも必死で走る。
片方が転びそうになっても、助け会い絶対にお互いの手を離さない。
渦巻きに押し流されるように走って・・・何時間も走ったような気がする。
ふらふらになりながら何とか走っていたらやっと森が開けた。渦巻きもいつの間にか無くなっていた。
やっと木々の向こうに小さな光が見える。光が見えるとホットする気持ちが少しだけ芽生えたが・・・それ以上を考える余裕は無かった。
60戸前後の家々が見える。
あれ?さっきまで夜だと思っていたのに・・・森を抜けた今は明るい。
「さあ、あの村に行きなさい」
振り返ると自分達が赤子の時から一緒だった動物たちがいた。
白い毛は一部焦げていたり、身体に傷を負ったりと、皆ボロボロの格好をしている。
「君たちは一緒に行かないの?ずっと一緒だったでしょ。淋しいよ」
「大丈夫だよ。私達もほら傷だらけだろう。こちらの世界で住処を見つけて休めば傷も良くなる。寂しくなったらいつものように呼べば良い」優しく諭すように、麒麟のギトークが言葉を掛けた。
「ほんとに? 呼べばほんとに直ぐに来てくれる?」小さい方の少年が不安な顔で問う。
それに対して、いつもより小さな炎を纏っているギトークが応えた。
「ああ必ず来よう」
「他のみんなも来てくれるでしょ?」
「ああ勿論だよ」他の聖獣様達も応えた。
弟である男の子は、生まれた時からいつも一緒だった聖獣様たちと離れることに悲しくて、泣きだしてしまった。
「シロもユニもドラもタウも絶対だよ。絶対呼んだら来てね」
小さいときから名前をなかなか覚えられないからと、動物の種類と姿から教えられた簡単な呼び方で呼んでいた。
うわあーん・・・わあーん・・・さみしいよう」
弟である男の子は、聖獣様たちと離れることに悲しくて、泣きだしてしまった。
お兄ちゃんである男の子は、
「落ち着いたら呼ぶ。皆、棲む場所を見つけ、身体を癒やして待っていてくれ。
そして呼んだときには必ず・・必ず来て欲しい。宜しく頼む」と頭をさげた。
皆に「行け」と言われても、もう歩けないと思った。
走っている途中で木々の枝や倒木にぶつかりながら走ったせいで、聖獣たちだけで無く二人の少年の服もあちこち破れ、身体も切り傷と打ち身でひどい有様だった。
それでも逃げなければという恐怖。逃がしてくれた思いを受け止め、足を引き摺るように動かし、二人の少年は手を繋いで村へ向かってゆっくり歩き始めた。
「御兄様、僕達助かったのかな?」
何が理由かは分からなくても、命の危険が会った事は分かっていたようだ。
「ああ。たぶんもう大丈夫だろう。ジョージお前を守れて良かった」お兄ちゃんは弟の頭を小さな手で撫でた。
村人達は朝早くから集まっていた。というか、夕べの綺麗な満月を愛でながら、皆で酒盛りをしていたら、朝になっていただけの事だった。
若者達は、村の娘の誰が綺麗だとか、別の子がやさしいとかを話しているし、年配の男達は、今年は作物の育ちが良いとか畑を増やしたいとかを話していたのだった。
「あれを見ろ」誰かが指さした。
森から子供達が歩いてこちらに向かってくる。
その少年達は見るからに傷だらけで服もボロボロだ。
彼等の後ろ、森の出口に並ぶ動物たち。いやあれは動物じゃ無い。聖獣と呼ばれる動物達だ。それも五体いる。
少年達が傷だらけだとしても彼等に守られて森を抜けてきたのだろう。
ぼろい見た目と違って二人は神々しく柔らかい光を纏っているように見えた。
実際は大きい子が金髪で、小さい子が銀髪だったから太陽の日差しでそう見えたのだろうと思う。
村の人々の髪の毛は皆、茶色系の色をしている。
しかし何処から来たのだろう。この森の向こうは山が連なっていて、隣国までは行くのはとてもじゃないが無理だ。それとも聖獣の背に乗って飛んできたのだろうか?
皆のところまで来た子供達に尋ねた。
「どこから来たんだい」と聞いても
子供達は「分からない」と応えた。そう言えと言われていたから。
決して記憶を無くしている訳では無いようだが、自分達が何処に居たのか分からないのだと言った。
村人達は、この愛らしい少年二人を皆で育てる事にした。聖獣に守られた子供達だ。この村で大事に育てよう。
村人達は自分達が少年達を助けたと思っていたが、月日が経つうちに自分達の方が少年達に助けられていると感じてきた。
何処で教育を受けたのか、二人は村の大人達より物知りで、特に野草から薬を作っては村に貢献していた。
薬の話を聞きつけた近隣の村々から、町長の他沢山の人が来るようになった。
少年達の知識があまりに高いので、子供だと馬鹿にせず、村での決まり事や個人の相談をしに来るようになった者もいた。
こうしてどんどんそういった人達が増えてきた。
この土地は、まだ国にもなっていなかったが外の国から簡単に入って来られない。
山と森に囲まれていて、まるで自然の要塞に守られたような地だった。
多分、山の水が川になっている場所があるが、その川は何本かに別れ、一本が森の淵を通り山の反対側からの支流と合わさって大河となった。大河は海へと流れ込む。
昔の人々は、他国から逃れるためか、それとも興味を引かれたのか、船を作って果敢にこの川に挑んで上って来たのだろうと思われていた。親も祖父母も自分達の先祖がどうやってここに来たのか分からないと伝わっていた。
外の小さな国々が戦いを繰り返しているなか、高い山や広い森そして大河に守られたこの土地の人々は、争い事とは無縁の暮らしが続いていた。
特に兄であるハリューミヤのあまりの博識さに、沢山の村から呼ばれて相談事を受けるうち二人の人となりは各地に知られるようになった。小競り合いをしていた村々も敵対することを辞め、段々に纏まりを見せ、国を作ろうという機運が高まって来た。
彼等がこの地に来て10年が経っていた。
各村の町長等が、この地を国にするなら貴兄弟が最初の王と王の補佐になるべきだと勧められた。
兄弟の名は、17才のハリューミヤ・アバランと15才のジョージ・アバランだ。
ハリューミヤはこの国の初代王として即位し、弟のジョージは宰相として王を支え、各町や村の町長等がその脇を固めた。
未だ未だ小さなアバラン王国だったが、
「これからも、一度として戦いをせず民の幸せを守る」と言った初の国王を誰もが指示し、自慢した。戦いのない国ならと、その言葉を信じた国民は安心してどんどん子供を産もうと思った。
一緒にこの国にやって来た聖獣たちも、大陸全土を周り住処を見つけたが、時間を経てやはり一緒に来た少年達とその子孫を守るべくこの国に棲み着くことを決めた。
そうしてこの国の森や山や湖には五代聖獣が棲み付くようになった。
五大聖獣様達の満足そうな顔を見て・・・
目が覚めた。
ルリアは起きたばかりなのに、泣き顔になっている。
コーネリアスも辛そうな顔だ。
「もしかして同じ夢を見たのか?」
コーネリアスの夢を聞いたルリアは眼に涙を貯めて
「同じ夢」とだけ呟いた。
二人は言葉を無くして抱き合った。
兄弟の、初代王となるまでの夢。
しかし、どこから・・・何故逃げるように来たのかは分からない。
でも・・・あんなに小さいのに苦労して来て・・・それなのに、ジョージ殿下はま たもや異世界に飛び込んだ。何という人生だったのだろう。
ルリアの涙が止まらないこの日の朝、二人は起きるのを諦め、もう一度眠ることにした。
🌙この国の歴史と初めての災いそしてアヤトナの怒り
あの夢を見てから間もなく、王様から呼び出しがあって、二人は王都に向かった。
既に城には私達専用の広い部屋が与えられていた。寝室と続き間になっている居間で一服した頃、王様の部屋に呼ばれた。
王妃様に約束のレースをお渡しし、二人の皇太子様とも笑顔で簡単な挨拶をした。
「君たちはこの国の初代の王と、王弟がこの地にやって来た夢を見たか?」
「・・・・はい。私達は二人で同じ夢を見ました。小さな王様と王弟殿下が聖獣様達に守られてこの地に着いた夢です」
「多分・・君たちにも必要だと考え聖獣殿が見させたのだろう。
君たちには以前この国の・・歴史の一部を話したよね。
あの話しは初代の王と王弟殿下の話で、王弟殿下が三つ月の夜を越えてニッポンという国に行った話しだった。
今日話す事は、彼等がこの土地にやって来る前の話。何故三つ月の夜を通らなくてはならなかったかだ」
「この話は王に就いた者だけに代々伝わる話だが、以前聖獣殿にも確認したので確かな話だ。彼等が夢を見させたのなら君たちにも教えた方が良いと思ったし、皇太子達も知っていた方が良いと思ったからここに連れてきた」
「フー・・」王様は呼吸を整え、窓の外に眼をやりながら、それでも一つ一つを間違えないように話し始めた。
昔・昔のことだ。この国の歴史は二千年以上もあるが、これから話す事はそうだなあ1000年近く前の事だ。
広大なこのルーシニア大陸には、18もの大小様々な国が栄えていた。
幾つかの国には魔法使いがいた時代だった。
しかし、戦で使えるほど強い攻撃魔法が出来る訳でも無く、ちょっとした傷を治すような軽い治癒魔法や、竈の火を起こしたり明かりを灯すなどの簡単な魔道具を作るくらいの魔法しか使えなかった。どの国の魔法使いも・・・・
それから暫く時が経ったある日、大陸の東端に栄えていた大国【ロルデミア帝国】が、突然近隣の小国を襲い始めた。
周到に準備を進めていたらしく、小さな国を囲んで食料を奪った後、火を放ち国を焦土化して行った。
火に囲まれた人々は逃げるところも無く、食料庫などがある家の地下に逃げ延びた人々以外は皆焼かれて亡くなった。
そういうやり方で、いくつもの小国が消えて行ったという。
「ひどい・・」ここにいる誰もがそう思った。
ロルデミア帝国が、なぜそんな戦を仕掛けたか?理由はよく分からないが、帝国の皇帝マクナベアが言った言葉が伝わっている。
『私は魔女に守られた【大陸の薬箱】と言われるアバラン王国が欲しい。そこにたどり着くために沿線の国々を滅ぼす』
ロルデミア帝国は戦争で国を大きくしてきたが、医療体制が確立していないどころか薬も自国で作る事が出来ず輸入に頼っていた。
戦争ばかり仕掛けるものだから、今まで僅かでも薬を作り売ってくれていた国々が全く売ってくれなくなったのだ。
そのため、戦争で負傷した兵士が死なずに済むはずのけがでも、感染症などで簡単に死んでしまっていたらしい。
だから、アバラン王国が欲しいのだと。
いくら薬が欲しいとは言え、広大な大陸の東端から西端の国を目指すなんて馬鹿げていると側近達は難色を示したが、暴君には誰も逆らえなかった。
そうしてマクナベアは自分が先頭に立ち、言葉通り国々を滅ぼしながら西へ前進した。
そうした戦争が起きていることは、アバラン王国にすれば距離が遠過ぎていたため把握出来ていなかった。
しかし、アバラン王国まで後二つの小国だけが残った辺りで、流石にマクナベアの話が届いた。
今までの戦争で、彼は戦争狂の皇帝と言われるまでになっていた。
これまでの歴史の中で、戦なんてしたことも無いアバラン王国。王であるレオークは閣僚や騎士団そして魔女アヤトナとで作戦を練っていた。
そしていよいよその日が来た。
この頃のアバラン王国は広大な広さは今と変わりないが、周りの山は今ほど高くは無く森もそれ程深い森では無かった。それでも山や森を越えての進軍は不可能だっただろう。
絶対戦争をしないと決めているが、万が一を考え他国と繋がる道(短いトンネル)は一本だけとし入り口は兵士が守っていた。だから簡単に出入りは出来ないようにしていたし、こうして平和を保っていたのだ。
マクナベアはアバラン王国が隣国に繋がる唯一の道になっているトンネルの岩を、堅いツルハシのような道具を使って破壊させ侵入して来た。
そして王都アバランティアをぐるりと兵士で囲み近隣の町村までをも威圧した。
それから、マクナベア皇帝は一人馬で城の前までやって来た。
「アバランの国王よ。この国を私に渡せばお前を生かしてやろう。それと魔女アヤトナを私の妃にする」
確かにアヤトナは美しく、魔女のため既に200才は越えている年齢だと思うが、見た目はいまだ20代だ。 薬作りなど、国への貢献も知られていて国民にはとても人気がある。
遠い国のマクナベアがどうしてアヤトナを知ったのかは分からないが、この国の薬を扱う商人達がアヤトナのよく効く薬と美貌を、行く先々で風評していたのだろうと思う。
マクナベア皇帝に対して王は言った。
「突然のことで気が動転している。申し訳無いがどうするかは今から話し合いで決めたい。せめて5時間だけ待っては貰えないだろうか?」
今現在、午後の3時だ。
「暗闇を利用して逃げ通せるとは思うなよ。見張りの兵士を付けておくが逃げたと分かった時点で王都全体に火を放すからな。5時間後又ここに来る」
そう言ってマクナベアは郊外に設置した前線基地まで一度戻った。
その事を確認してから、王達は事前に話し合ったとおりに動いた。
王国内の町村の広場には伝言板が設置されている。
それは、国民に知らせなければならないことが起きた時に城の中にある城内基地伝言板から、リアルタイムに映像で知らせる仕組みになっていた。
これは魔女アヤトナが作った物だった。
昨日の昼、王様がマクナベアという他国の王が攻めて来ている事を国民に知らせた。そしてその後アヤトナは言った。
「明日の夜8時過ぎに、空が輝くほど明るくなるだろう。眼を開けていれば目が焼かれてしまう危険があるから、黒っぽい布で頭を隠し、目を開けないように準備していてほしい。そうすればこの戦から皆を守れる」
そうして夜の8時。マクナベアが再び城の前にやって来た。
「どうだ。答えは出たか?もう5時間も待ったんだ。早く国を渡して魔女を寄越せ」
大きな声で叫ぶマクナベア。
するとアヤトナが城のベランダに姿を現した。
「そんなに私が欲しいのですか?」アヤトナの纏った黒いローブが風に靡いた。
「おー、お主がアヤトナか。噂通り美しい。早く私の元に来い」
「そんなに焦らないで下さいな。異国からの訪問者に贈り物をしたいと思います。是非私の花火魔法をご覧頂きたいですわ。とても美しい光景になると思いますよ」
そう言うと、アヤトナは持っていた長い杖の先を、夜空に輝く二つの満月の大きい方の月に向けた。
すると、蒼い光と赤い光がもの凄い勢いで絡み合い、渦を巻くように月に向かっていった。
その間、王様達も黒い布で頭をすっぽり隠してしゃがみ込んだ。
事前の会議でアヤトナが皆に伝えた事だった。
杖から放たれた光は、もの凄い勢いのまま大きい月の右下に命中した。
直後、月は爆発を起こし朝が来たかと思うような明るい光を放ち空気が揺らめいた。
遠い月の爆発なのに、もの凄い爆発音と光がこの国だけを覆い尽くした。
月の爆発と光で、国を囲っていた敵の兵士の誰もが眼を焼かれて失明し動けなくなった。あまりの痛さで苦しむ兵士達。地上にはのたうち回る兵士達で溢れた
マクナベアは光があまりに眩しかったので、思わず右腕で眼を覆った。そのお陰で失明するまでは至らなかった。
眼を開けたマクナベアは唖然とした。目の前の城が綺麗に無くなっているのだ。
思わず周りを見回してみると、建物という建物全てが消え去っていた。
「やられた」
全てアヤトナがやったことだと理解した。
兵士の殆どを失った事でマクナベアは皇帝の座を追われるだろう。それでなくてもあまりにも遠い国まで来ていたため、東の自国に帰る意欲を既に無くしていた。
マクナベアはその後一人で放浪したあと亡くなったと伝えられている。
ここまでの話しを聞いていた王以外の周りの人間は、涙を堪えながら黙って聞いていた。
それでも王妃様が震える声で問うた。
「今のお話には初代ハリューミヤ王とジョージ殿下が出て来ていませんね」
「この国の歴史はまだ続くのだよ」
「ふー・・・」
王様は、目の前の冷たくなった紅茶を飲み一息ついてから、先ほどまでの話しを続けた。
魔女がアバラン王国の人と建物をまるごと転移させたのは、先ほどの爆発から500年ほどが経っていた時代だった。
元々森と山に囲まれた土地だったが、500年の間に地殻変動でもあったらしく、国の周りの山々はとてつもなく高くなっていたし、その裾の森は人が入れば出てこられないくらい広い森になっていた。
それだけでなく、国の中にもあちこちに山が聳え立って川や湖も出来ていた。
だから移転させた後の王国は、山々で仕切られた土地に会わせて町が出来上がって行った。
唯一のトンネルもあの時壊されたが、地殻変動で崩落し穴自体がなくなっていた。
そのお陰で誰も来ることが出来なかったようだし、隣国もこの土地を侵略したくても入って来られなかったのだろう。
しかし大陸の中は大きく変化していた。マクナベアに焼かれて滅びた国々と、ロルデミア帝国は無くなり、それらの土地は近隣の国々に統合され大陸の国は8つになっていた。
あの時、アヤトナは計算して魔法を使ったつもりだった。
アヤトナは次の災いを予知していて、王様と国民の魔力を無くし誰も子供を産めないようにし、一度この国を滅ぼしてしまおうと考えていた。
目に光を浴びないように促したが、身体の一部に少しでも光を浴びた者は魔力を失い子供が産めなくなるはずだった。
光は家の中まで届き、まるで昼間の外にいるような気になる程強力な魔法だった。
だから王様と王妃様それに国民には頭を覆い、目に光を当てないようにと呼びかけ、身体に光を浴びても良いように仕向けた。
けれどあの時王様は、頭をすっぽりと厚い布で覆い隠していたが、アヤトナ自身を守るドーム型結界は王様までも覆ってしまっていた。そのため王様の持つ魔力は消えずに残ってしまった。
王様はアヤトナに次いで魔力を多く持っていたが、魔法を使った事が無かったため自身は魔力を持っていることに気が付いていなかった。
別の部屋にいた王妃様は念のために侍女と一緒に頭からすっぽりと身体全体を隠して窓から離れた所にいたらしい。
けれどこの国の王様以外の国民は、魔力を持たず生活魔法すらも使えない事を思い出した。今まで通り子を産み育てる生活を送ることが出来るのだ。
流石のアヤトナもあの時は焦っていて、事を冷静に考えることが出来なかったのだろう。
計画が失敗に終わってしまったショックは大きかった。計画自体がアヤトナの怒りだったのに・・・。
アヤトナは王様には内緒でこの国を潰そうと思っていた。
こんなに尽くしてきたのに、愛娘であるサヤハナの未来が真っ暗に見えているからだ。だから王様とお妃様の身体に光を当て子供が産めないようにしたかった。
しかし・・それは敵わなかった。王様の魔力を消す事は今のアヤトナの残った魔力ではもう無理だ。
サヤハナごめんね。この国の未来を変えることが出来なかったよ。貴方と貴方の宝物を守り切れなかった。
国民の生活が少し落ち着いた頃、ここまで国を守ってきたアヤトナが倒れた。国をまるごと転移させるという大きな魔法を使った所為だった。
ベッドに横たわるアヤトナ。
見舞いに行った王様との二人だけの最後の語らいで、彼女は王様に伝えた。
「私は 今回の転移魔法で魔力を 使い果たしました。
こう見えて 300年を 越える人生を歩んで来たのです。 魔女としては短い人生になりそうです。
大陸 を転々として 暮らして 来ましたが、 あるときこの国の話しを聞きました。
自身の 王位 継承権争いに 巻き込まれ、 暗殺の手から逃げて ここまで来て王国を作った 初代の王様の 【戦は 決して 行わない】 と言う言葉、 そしてそれを実行し 続けた 代々の王様達 に感銘を 受けました。平和と いう希望 の あるこの地に 来て20年間ここに住み続けて来ました」 言葉をやっと紡いでいる。
「・・大陸全土 を旅し、この地を 選んだのは 正解 だったと思います。・・
まだ 若い レオーク様が 王になっても その意思は 持ち続けると信じて来ました。けれど 王様、 最後に 忠告します。
国を 滅ぼすことを 夢見るような 王位 継承権を 持つ者が 生まれるでしょう。 その時、 役に立てるよう 一人の魔女を 紹介しておきます・・・」
そう言って、自分の侍女を呼んだ。
【サヤハナ・・ 】私の 娘 であり、この国を 守る 次の 魔女です。・・・王様、今まで あり がとう ございました。これから も 良い国を 作って下さい」
この言葉は、息切れを起こしながらやっと語ったアヤトナ最後の言葉だった。
アヤトナの死は、「この国を守ってきた大いなる魔女が亡くなった」と伝言板を通して国民に知らされた。国民の悲しみと動揺は大きかった。
それでもアヤトナが亡くなって3年後、王様に待望の双子の王子が生まれた。
失意の中にあった国民には悲しみを乗り越える光だった。
そして金と銀の髪を持つ二人の王子はすくすくと育っていった。
🌙二度目の災い
10才になった兄であるナルカミア王子は、誰にでも優しく国の事・国民のことをいつも考える皇太子になった。
金色の髪を持ち、勤勉家で努力家で、次の王になるべく人間として期待を裏切らないように見える王子だ。
一方、同じく10才次男の王子ルナハデカは銀色の髪の毛を持ち、兄よりも勉強が出来、将来参謀として兄を支え兄弟でこの国を守って行ってくれるだろうと誰もが信じて疑わなかった。
それから2年が経って、サヤハナは感じ取っていた。
ナルカミサ王子も少しは魔力を持っている。
けれど、ルナハデカ王子は強い魔力を持っていて、黒い魔法に捕らわれ始めているように見える。
普段ナルカミア王子の侍女として側にいることが多かったために、ルナハデカ王子の魔力をしっかりと感じ取る事が出来なかった。
ルナハデカ王子の魔力を見極めるために、何かと理由を付けてはルナハデカ王子の様子を探る事にした。そうすれば彼の魔力が白か黒かハッキリするだろう。
それまで王様には知らせないでおこう。王様は自分の息子達を信じ切っている。
何かしらの行動の証拠を掴まなければ、どうせ信じては貰えないだろう。
けれど危ない匂いがプンプンする。
早く尻尾を掴むために、二人に簡単な試練を与えるよう王様に仕向けた。
二人に12才のお祝いを授けたいと思う。
兄には卵が10個「大事に育てよ」
弟には沢山の宝石。「国民のために使って見せよ」
ルナハデカは面白く無かった。
別に兄の卵が欲しかった訳では無かった。あんな物、面倒くさくて自分で育てたいと思わない。
けれど、卵はナルカミアのためにと賜わされたのに対し、宝石は国民のために使えと言う。
なぜ、自分のために使えないのだ。不満が募った。
王様とすれば、ナルハデカに宝石を渡したのは、子供ながらこの国のためにどう使えるか、参謀としての資質を見るためだった。・
それから、ナルカミアは卵を毛布でくるみ、毎日様子を見ていた。
二週間が過ぎた頃の朝、一つの卵の殻にひびが入った。
「パキパキ」それは少しずつ広がって穴が開き始める。その時中から嘴のような物が見えた。何の鶏だろう?
勉強部屋に行くのも忘れて眺めていた。
その内、他の卵にもひびが入り始めた。「大変だ」慌てて侍女サヤハナを呼んだ。
ドアをノックしたあと、
「おはようございます。ナルカミア王子」
眩しいくらいの笑顔と優しい声でサヤハナが入って来た。
「サヤハナ見てくれ。二つの卵が割れて・・、これは何だろう。
ウロコを持っていて、似たような形に見えるが・・一方は身体から一寸だけ炎が出ているし、もう片方は翼を持っている。
あっ、こっちも割れた。白い毛に覆われてふわふわだ。
あれ?こっちの二つは馬っぽいけど、片方にはおでこに小さな角が生えているね。
もう片方は、何々?人?みたいなのが乗っている?」
小さな子供みたいにはしゃぎながら、卵をジッと観察しては感想を述べている王子。
「ナルカミア王子。初めのこちらは麒麟とドラゴンです。次はオオカミ。そしてユニコーンとケンタウルスです。
それぞれ卵は2個ずつで、これから大きくなり番になるでしょう。
そして、彼等はナルカミア王子と契約すれば王子をずっと守ってくれる聖獣様となってくれます。
この子等皆に早く名前を与え、どうか大事にして下さいね。
ちなみに麒麟とドラゴン以外は卵からは生まれません。ずっと前から育てやすいように、卵の殻に入れられたまま預かっていました。
そう。この卵はカルハズナが助けた聖獣たちから貰った卵だった。
カルハズナはそれを使う事もなく亡くなり、アヤトナに遺された物だった。
あのマクナベアとの戦いの時、事前に知っていれば卵を出して育てる事が出来ただろうが、間に合わないと判断したのだった。
だからアヤトナは渾身の力でこの国を守り亡くなった。
サヤハナはこの卵を自分で育てようかとも思ったが、ルナハデカ王子を見ていると恐ろしいことが起こるような気がしてならない。
彼をどうにかするならナルカミア王子に託したほうがこの国の将来に繋がる気がした。
一方ルナハデカ王子は、青年になるにつれ城にいることが少なくなっていて、いくら注意しても街中に出掛けて行く事を止めなかった。
貰った宝石は、数を減らしてきている。
宝石をお金に換えて、まだ子供だというのに、町のごろつきや悪さを繰り返す子供達をお金で雇っては好き放題を繰り返していた。
王子に近づけばお金が手に入る。
一緒に盗みをしたり、国で管理している綺麗な公園の噴水、ベンチなど、ハンマーを使ってことごとく壊していったし、綺麗に咲いていた花々は全て手で散らして行った。
初めは物を壊すことに罪悪感を感じていたが、何回も繰り返す内に気分がすっきりするような気がしてきた。彼の髪の毛は銀色の輝きも艶もすっかり消え、暗い灰色になっていた。
この国の人々は元々あまり欲と言う物が無かったが、王子が見せる宝石やお金に惑わされる人々が出てきた。
「宝石を一つだけでも手に入れる事が出来たら、新しい家を建てて・・・、新しい女房を貰って・・・新しい服を買って・・・・美味しい者を食べる。・・・働かなくても良くなるのだ」
王子の近くにいて気にいられるようにしなければ。
そんなふうに思い、王子の周りにはいつも人が溢れるように付いているようになった。
それから月日が経ち、双子の王子達は二十二才になっていた。
これまでの行動によって、ルナハデカ王子の身体から溢れる魔力は真っ黒に染まっていた。益々欲望と言う物をすっかり国民に植え付けてしまった。
王様にはルナハデカ王子が魔法を使っていると伝えても「この国の人々は魔法を使えないから影響はない」と信じて貰えなかった。
国の雰囲気も徐々に変わって行った。
今までは、街中で知らない人とすれ違うだけでもニコッと笑って挨拶するのが当たり前だったのが、今ではすれ違うだけで他人を見る目は睨むような眼差しに変わった。
他人を信じることは無くなり、望を成し遂げるために刃物を使って脅したり、けがを負わせる事件が頻発し始めた。
国民の心を戻すための策を側近達と考えて来たが、どれも上手く行っていない・・・・
それどころか、益々治安が悪くなっていた。
そもそも王様とその側近達は、なぜ治安が悪くなったのかどこから欲望という物を覚えたのかさえ理解できていなかった。
そんな国の暗い雰囲気の中でも明るい話題があった。
王子ナルカミアは小さい頃から慕っていたサヤハナと結婚したのだ。
サヤハナはナルカミアよりずっと年上なのだが、魔女と言うだけあり見た目はナルカミアと変わらないくらい若く見えた。
それからも相変わらず国の治安対策が思うように効果を得られなかった。そのまま月日だけが過ぎた。
そのうちナルカミアとサヤハナの二人には、二人の王子が生まれていた。
大きい子は7才、小さい子は5才になったばかりだ。
親たちと違い、とても仲の良い兄弟だ。兄の方は将来自分が王になるんだと言われているためよく勉強をしていたし、弟は兄を助ける人間になりたいとこちらも勉強に励んでいた。
王様は憂いていた。ナルカミアが幸せを掴んで、この国のためにと必死に仕事をしているのに・・・・、それなのに、ルナハデカは遊んでばかりいる。
そう思っていたが、それだけでは無かった・・・・。国民の欲望を焚き付けたのがルナハデカだと、今になってようやく分かったのだ。
王様の頭は痛かった。まさかルナハデカが?あんなに優しい子が・・・・
「国を滅ぼすことを夢見るような王位継承権を持つ者が生まれるでしょう」
アヤトナの言葉を思い出した。
もしかして、いつかは・・・いつかはそんな人間が現れるかも知れないとは思った。
しかし幾ら国民と国を混乱させてはいるが、戦争を起こすことは無いだろう。
近隣の国々を滅ぼすために戦を仕掛けるためには、一本のトンネルを渡らなければならない。
けれどそこは今、国の状況を見て封鎖してある。以前より強固になっているため簡単には渡ることは出来ない。
他に可能性は、この山と森を越えることだ。しかし相手国もそうだが、自分達も越えるのは無理だ。
「うむ・・戦争は起こらないだろう。ルナハデカを無視し一刻も早く国内を安定させることを考えれば良い」
ルナハデカは他国と戦争しようとは、最初から考えていない。この国を一度潰して、 自分が王になるつもりだった。自分の父と兄を殺して・・。
何年も掛けて万全に準備して来た。
「うはははは・・もうすぐだ。楽しくなってきたぞ」
サヤハナは夫であるナルカミア王子と騎士団、そして聖獣様達を集めて、密かに策を練っていた。
王様が盲目的にルナハデカを信じているため、ルナハデカのやろうとしていることを、王様に知らせてしまっては、こちらの作戦に支障が出ると思った。
ギリギリまで話さず、その時が来たら私から話す。ナルカミア王子が小声で皆に言った。皆は小さく頷いた。
アヤトナ以来の危機だ。まさか、こんなに早くやって来るなんて。
あの戦争で、アヤトナが大きい月を割って、月が3つになった。割ったと言っても小さく欠けた程度の欠片が大きな月の後方に飛ばされたのだ。それは時と共に丸い形になって、いつもは大きな月の後ろに隠れて見えないだけだ。
けれど小さな月は大きな月の重力に捕らわれていて、何十年かに一度の満月の夜、大きな月の欠けた部分に少しだけ顔を見せる。本当に少しだけ。
偶然にも二つの月が満月の時に、明るすぎて少しだけ顔を見せても、三つ目の月を見ることは容易ではない。
サヤハナはアヤトナの言葉を思い出していた。
アヤトナが月を割った瞬間に起こったこと、それは大気が歪んだ事だと言っていた。
大気が歪むまではないが、この所大気がザワザワと騒いでいることを感じている。
もしかして三つ目の月が現れる前触れかも知れない。
そして、その時現れる現象は・・・?
サヤハナはアヤトナが書いた魔術本を棚から取り出した。
その本は、一見日記帳になっている。
サヤハナの生まれたときからの事を日記に記して、その間に術式などが書き込まれていた。
日記は誰かに見られても中身が分からないように、魔術で隠してある。
もしも、これから万が一にも強い魔力を持つ他の魔法使いが出てきても、その力を無効化する魔法をサヤハナに教えてあった。
サヤハナの作戦も心も決まっていた。ルナハデカ王子の魔力を無効化すること。
まずはそれだ。
「時を待つだけ」
サヤハナはナルカミア王子と決めた作戦の他に、皆には内緒の作戦を決行するつもりでいた。
その作戦を思うと、胸がドキドキする。
その時が来るまでまだ時間はあるだろう。
誰にも言えない作戦をしっかり胸にしまい込み、今まで数えきれない程読み返してきた母の日記を、最後にもう一度だけ読みたいと手に取った。
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