エピローグ:聖女の祈りとルーネの夜明け
いつものように修道服に身を包み、ウィンプルを被る。クララはこの時間が好きだ。クレメンス卿にエリウスの書の写本を命ぜられた彼女は、その時間までに人々に奉仕しようと思っている。
ルーネの事件から数日経ったが、セルゲイは元気だろうか。昨日、二つの月が満月になったから、もう『隣人の国』にいるのかしら。ピコピコ動く尖った耳のハーフエルフの青年は土と白百合が香る、クララの想い人だ。
「女神マリテよ、セルゲイ様を導いてください……」
真からの祈りを聞き届けてくれるかは分からない。でも――。
「クララー! 礼拝堂に行くよー?」
アイリーンの声で我に返ると、扉を開けた。
「もう体調は大丈夫ですか? 無理はしてはいけませんよ」
「クララがそれ言っちゃう? あたしをたくさん心配させたくせにー」
「それを言われると……本当にごめんなさい」
クララが申し訳なさそうに笑い、アイリーンがカラカラ笑う。
礼拝堂の外でドラズとニャルティが亜人と人間の子どもたちに、エリウスの書を分かりやすく読み聞かせていた。
「『女神様、ワタシに光をください』」
ネズミ耳の少女がそう祈ると、小さな光が灯った。驚く子どもたちに、無骨なドワーフの顔が緩む。それを見つめていたクララは、ルーネが信仰の自由が芽吹いていると確信した。
クレメンスは聖堂の執務室で教皇宛の書簡をしたためている。
『敬愛なる教皇猊下へ
ルーネはもはや交易都市に非ず。女神マリテの顕現により聖女クララが認められ、禁書の教えが信仰の自由を灯す聖都と化しました。枢機卿クレメンスとアルテリア王国第三王子リアン・フェルド・アルテリウスがこの奇跡を証し、教会の改革を誓います。マリテの導きの下、ルーネは全ての者に祈りを広げん。 謹白』
眉間を指で押さえ、羽根ペンを置くとため息をついた。
「部下は次の教皇はわたくしだと言われているが……まだまだですよ」
ラッセルの目を思い出し、一人呟くとエリウスの書をめくる。この事実の書は教皇に認められるのだろうか。
礼拝堂に入った二人は他の見習いたちに笑顔で迎えられた。
「一緒に祈ろう! 私もクララと一緒に祈りたい!」
「もちろんです!」
アイリーンは面白くなさそうにしている。
「アイリーンさん、隣、いいですか?」
クララにそう聞かれると、アイリーンの顔に花が咲いた。
「当たり前でしょ? それにしても……聖女様、ちょっと背伸びしすぎじゃない?」
「アイリーンさんだって。私も頑張って追いつきますよ!」
アイリーンの腕に抱きつくと、彼女は顔を真っ赤にした。
「き、貴族のマナーなら任せなさい!」
上ずった声を態度で誤魔化すが、他の見習いたちに指摘され、ますます彼女は汗をかく。
礼拝堂の外にいたラッセルが尊い女性の友情に気づかないはずもなく、柱の影で涙ながらにサムズアップしていた。レオは「サボるナ」と無理やり外に連れ出し、歌と魔法で子どもたちの面倒を見ていたリリスとガルドの元に戻っていく。
冒険者志望という少年のためにレオが剣の型を見せると見ていた子どもたちが沸き立った。
少しかけた二つの月がルーネの街を照らしている。クララは修道院の屋上で星空を見上げていた。
「『冬木悠真』様……。セルゲイ様の前世の名」
エリウスの書のページにスズランの栞を挟む。これはセルゲイに「クララさんに」と贈られたものだった。『日本』の空は狭くて余白が多いってこぼしていたっけ。
「いつか、またみんなで」
風がリリスの歌を運んでいる。美しい旋律に耳を傾けると、短い旅の思い出が脳裏に浮かぶ。
星の瞬きが、遠い森のセルゲイにクララとルーネの絆が届くことを信じて。
クララとルーネの絆 江藤ぴりか @pirika2525
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