第八章 学園長の遺した謎(三)

 牢屋は学園の地下にあったらしい。祥子の後に続いて階段を登ると、地上では夜明けを迎えていた。白みはじめた空と黒い木々との境目が明瞭になっていく。暗闇から解放された咲羅の目には、その白黒の世界が妙に鮮やかに映った。冷たい朝の空気が、牢屋の重苦しい匂いを洗い流してくれるようだった。

 祥子と別れた咲羅は、学生寮に戻った。寮の前には舞弥と夕希の姿があった。

「咲羅!」

 駆け寄ってきた二人に抱きしめられた。人肌を感じた咲羅は改めて「自分はなんてバカだったのだろう」と思った。怖がらず、最初から二人に助けを求めればよかったのに。

 シャワーを浴びた咲羅は自室に二人を呼び、昨日の出来事をすべて話した。

 舞弥が長く息を吐いた。

「驚きましたわ。まさか持之さんと咲羅に、そんな関係があったなんて」

「でも、本当に咲羅が関係してんのか?」

 夕希の唐突な言葉に、咲羅は首を傾げた。

「どういうこと?」

「だって、今わかってんのって、持之さんの《結界》が咲羅のいた村に張ってあったってだけだろ? もしかしたら、他の場所にも張ってて、そっちを守ろうとした時にやられたかもしれねえじゃんか」

「なるほど」

 咲羅は納得しかけたが、すぐに舞弥が反論した。

「私はそうは思いませんわ。五田村の《結界》は持之さんの死後、四年近くも壊れなかったのですわよ。そのようなものがいくつもあるとは思えませんわ。実際、風原の《結界》のうち、彼が担当していた箇所はすぐに張り直しが必要だったそうですし」

「そうなんだ……」

「ええ。ですからやはり、何か理由があって咲羅を特別に守っていた、と考えるのが自然ですわ。あ、ごめんなさい。これは咲羅を責めたわけではなくて」

「大丈夫」

 咲羅は舞弥の手を握った。舞弥の気持ちはわかっていた。彼女は冷静に推理しているだけだ。その公平な目がありがたいと思った。友だちだからと遠慮せず、事実を述べてくれる舞弥は、得難い存在だ。

 闇から抜け出した咲羅の胸には、新しい感情が芽生えていた。自分を責めるのではなく、持之の死の真相を知りたい。その思いが、静かに、しかし確実に大きくなっていく。

「持之さんは、誰と戦ったのかな」

 咲羅の問いかけに、夕希は唸り声をあげ、舞弥はゆるく巻かれた毛先をいじった。

「学園長になるような方が、ただの魔物に遅れを取るとは思えませんし」

「めっちゃたくさんいたとか?」

「それでも、持之さんには《結界》がありますから。一旦、《結界》に閉じこもって応援を呼ぶこともできたはずですわ」

 舞弥は、はたと動きを止めた。

「そう、応援。なぜ持之さんは応援を呼ばなかったのでしょうか」

 咲羅は「確かに」と呟いた。風牙たちが長い間五田村に来なかったということは、彼らは咲羅や五田村の《結界》の存在を持之から聞かされていなかったということだろう。誰にも話せない事情があった?

「あー、もう難しいことはわかんねえよ!」

 夕希は叫び声とともに腹を鳴らした。器用だ。夕希につられたのか、急な空腹感が咲羅を襲った。そういえば、昨日の昼食以来、何も食べていなかった。朝食まで抜いてしまったら、午前中の授業を乗り切れる気がしない。

「朝ごはん、食べに行こっか」

 夕希と舞弥が先に部屋を出た。後を追おうとした咲羅は、姿見に映る自分と目が合った。不安と迷いに曇っていた藍の瞳が、朝日で光っている。何かが動き出す予感がした。

 謎を頭の片隅に残したまま、咲羅は食堂へと足を向けた。

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