38話 「太陽の鳥」

 崩落によって本物の太陽光に照らされた外層、その光を遮断していく。

 今日は大切な日だからと仕事を済ませておいたはずなのだが、こんな日に限って崩落が起こるのはいただけない。


 まぁとはいえ、本当に小さな穴だ。

 そうそう魔物は入らない。


「これで終わりだ。無いとは思うが、しばらくしてまた崩れそうな予兆があれば連絡してくれ」

「あ、はい、分かりました、すみません休みの日に」

「これはうちで作った奴だからな。俺達の不備だ」


 本来なら俺以外の誰かを出動させてもよかったのだが、いかんせん天井となると高所なので土の魔術を正確に使える奴で無いと危険だ。

 とはいえ約束の時間には間に合いそうなので良いかと思い、婆さんの家へと歩を進める。


 外層の大通りを歩いた。

 建物の隙間から人工太陽の光が顔を出し、自分の影がうつる。

 それを見て、ふと5年前に想いを馳せた。


 最初は、一通の手紙から。

 婆さんに呼びつけられ、計画を聞かされた。

 エルム区の崩落事故で少女と初めて言葉を交わして。


 グロムのせいで、大変な騒動にもなった。

 だがそれのおかげで、グロムを理解する事が出来た。

 ひとつ何かが欠けていれば、奴とは険悪だったかもしれない。


 そして旅をした。

 少女を連れて、こんな世界を。


 どうしようもない別れもあった。

 この世界全てを拒絶してしまいそうな、悲しみ。

 けれど同時に、誰も見たことの無い景色を見て。

 美しいものも、この世界に溢れていると確信した。


 少女を救って翌朝。

 書置きを見て最初に、ミリーらしいと思った。


 出会った日に、ごめんなさいと謝っていた少女。

 杖を片手にエルム区の大通りを歩き、俺の元へと来て。

 少し危うさを感じる程に勇敢で、優しい子だ。

 きっとそれは今も、変わりないのだろう。


ーーー


「戻ったぞ」

「早かったじゃないか。大した崩落じゃなかったのかい?」

「あぁ。5年前と比べれば、崩落とも呼べないような奴だ」

「そうかい。だったらほんとにあたしが行ってもよかったかもね」

「足を滑らせて天国に行く事になるぞ」


 婆さんの家へと上がる。

 あれから5年でコロニー128の外層は大方補修した。

 あまりの広さだった為いくらか組織化し、婆さんも一応名ばかりにそこに入っている。

 歳も歳なので実働係では無いが。


「そりゃ困るね。今日が過ぎないと、流石にあたしも死ねない」

「まぁ、だろうな」


 時の重みを感じながら、椅子に腰かける。


 この5年で状況は大きく変わった。

 アルヴァンの研究結果である人工太陽の寿命と炎魔術の衰退。

 それは彼の死後多くのコロニーへと伝わり、多数の人間が救われると同時に、争いの火種となったらしい。

 あの日の出来事は、その最初の事例に過ぎなかったのだろう。


 レンとノアは内層で仕事に就いた。

 それがまた忙しいらしく、今日は来られないのが残念だ。

 新兵になった頃は結構舐められたらしく数々の愚痴を聞いたものだが、それからも数年。

 今となっては上手く馴染んだらしい。


 そしてこのコロニーの光は未だに衰えない。

 ヴァリウス曰くコロニー128は十数年前に人工太陽の取り換えが済んでおり、交換の必要はないらしい。

 誰かの屍の上に立ち、皆今日も息をする。

 やはりこんな世界は無情で、悲痛な嘆きで溢れているけれど。


…………

……


 ふと、机の上にあった手紙に手を伸ばす。

 読み返す途中に呼び出されたものだから、ここに置きっぱなしだった。


 今から3年前に希望の象徴である太陽の鳥によって届けられた、ミリーの手紙。

 少し達者になった字で書かれたその一文目から、また目を通す事にした。



 拝啓カイラス・ヴァレンティア様


 突然の手紙、ごめんなさい。

 お元気ですか?

 出会ってからたった十数日の旅でしたから、もしかしたら貴方はもう私をあまり覚えていないかもしれませんね。

 そうだったら、ちょっと寂しいです。

 私はとても大切に、今でも覚えています。


 今、小さなコロニーの隅でこの手紙を書いています。

 真っ暗な夜ですが、今では炎を出しながら、ペンをとる事が出来るようになりました。

 夜に地上を旅する時も最初は出来ませんでしたが、いつも貴方が作ってくれたようなドームの家も作る事が出来るようになりました。


 今日こうしてこの手紙を書くことにしたのは、色々あって別のコロニーに旅立つ事になったからです。

 そこは遠くて、恐らく太陽の鳥が届かなくなってしまうような場所なので、もしかしたら最後の機会かもしれないと思い、ちゃんと言いたかった事を書くことにしたのです。

 なにを今更、と思われてしまうかもしれませんが。


 あの日は、ごめんなさい。

 裏切られたと思われても仕方がないような行動だったと思います。

 私がまだ弱くて、未熟で、自信が無くて。

 だから無理やりに自分を奮い立たせる事でしか、胸を張って生きる方法が見当たらなかったのです。


 あの日も、カイの元から離れて生きるなんて、全然したくありませんでした。

 出来るならカイやお婆さん達と一緒に、大人になりたかったのです。

 今では1人でコロニーや地上を旅する事にも少し慣れましたが、それでもカイが居てくれたらどんなに良かっただろうと、思ってしまいます。


 ただ、辛い事ばかりでもありませんでした。

 水が無くて砂だけの砂漠という地や、火を吹く山にも行きました。

 コロニー128での近づけばたちまち火を吹くというのは、なんと迷信でしたが。


 魔術もきっとカイも驚くくらい、使えるようになりました。

 ミミズの魔物や、オバケのような魔物に、丸呑みにされてしまいそうな黒い龍とも戦う事もあり、それでもなんとか平気でした。


 友達が出来た事もありました。

 一番仲良くなったのは赤毛の、すっごく明るい女の子です。

 その子とはもう離れ離れになってしまいましたが、それでもこんな世界で見つけた、大切な人でした。


 きっとこれから先もこの世界では、何度も勇気を振り絞る必要があるのでしょう。

 たまにどうしようもなく不安や、後悔に溺れてしまう日もあります。

 もしかしたら今日こうして手紙を書いたのも、それを抱えているからなのかもしれません。


 けれど、私はきっと大丈夫です。

 だからどうか、心配しないでください。


 この先どれだけ朝が来ても、心細い気持ちは尽きないでしょう。

 でもその度にあの頃を思い出せるので、今はそれすらも大切な時間です。

 どんなに時間が経っても、私はカイを本当の家族のように思っています。

 それを、覚えていてください。


 いつか必ず、会いに行きます。

 私があなたの手を汚さないような強い大人として生きれたのなら。

 それだけの自信と勇気を持つ事が出来たのなら。

 その時に、会いに行きます。


 もう明日には旅立つので、お返事はいりません。

 また会う日まで、お元気で。


 ミリセア・フローラ



「……」

「なんだい。またその手紙読み返して浸ってんのかい。今日で何度目なのさ」

「別に何度読んでもいいじゃないか」


 どこか、心が重くなる。

 1人で生きていけるだろという言葉を吐き捨てて。

 少女に苦難の道を歩ませてしまった。


 この手紙には、その旅路が詰まっている。

 そう肩を落としていると、婆さんが口を開いた。


「あたしは、あんたがした事に感謝してるよ。人は、いずれ生きる強さを持たなくちゃいけない。あの子は、他の子達と比べてそれがちょっと早かっただけさ。強さを持った子達は、ちゃんと生きていける」

「……この手紙を見ていれば、そう思える気がするな」

「あぁ。準備不足が過ぎるから、そりゃあもう苦労したんだろうけどね。でもこの手紙を見るに、結構楽しそうじゃないか」


 そう言われ、もう一度手紙を見る。

 力強い言葉と、旅で得た大切な物。

 きっと少女もこんな世界を肯定できたのだろうと、信じてみる事にした。


 ……いいや、もうそんな想像に頼る必要もないか。

 今日彼女と会ったら、全部聞いてやればいい。

 旅での感動も、絶望も、不安も、全部。


 1秒がやけに長く思える。

 待ち遠しく感じているからだろう。

 刻一刻と迫る約束の時間に少しの高揚を感じる。


 思えばミリーと初めて出会ったのも、旅の始まりも、この場所だった。

 俺は外層に新たに家を構えたが、そこじゃミリーは分からないだろうし。

 そう思って、ここで待っている。

 少女の旅の終着点として、ここほど相応しい場所もないだろう。


 外に人の気配を感じた。

 その音は家の外の砂利を踏みしめながらゆっくりとこちらへと近づき、扉の前で止まる。

 少し心が跳ねて、少し緊張したのが分かって、心の中で笑ってしまう。


 婆さんが扉の方へ顎をしゃくり、いけとジェスチャー。

 扉を叩かれ、俺はその元へと近づいた。

 期待と少しの不安を抱えながら扉を開き、対面する。


 少し髪が伸びているが、見間違うはずがない。

 彼女も顔を上げて、こちらに小さく笑顔を作った。

 その仕草にあの頃を思い出しながら、少女を迎える言葉を紡ぐ。


「おかえり、ミリー」

「ただいま、カイ」


 あの日始まった長い旅の終着点で、俺達は出会った。



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魔物世界と太陽の鳥 -完-


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魔物世界と太陽の鳥 ~魔法軍最強の俺はコロニー上層部が腐ってるので少女を連れて別のコロニーを目指す~ 中島伊吹 @nakajima_ibuki

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