37話 「ミリーの覚悟」

 工業区の外層に当たるであろう場所。

 人がまばらなその地区の空き家で、ミリーが起きるのを待った。

 犯罪の名所のような空気感だが、中央区では俺を血眼になって探す連中が居るので仕方が無かった。


 時間を潰す。

 退屈な時間には気が狂いそうになる瞬間があったが、同時に幾分冷静にもなれた。

 あの惨劇を抱えて生きる事に現実味が増し、未来を受け容れる用意ができた。

 そう感じていると、ミリーが虚ろに目を開く。


「ん……えぁ……え?」


 ミリーは目を覚ますと、呆けたように家をくまなく見渡す。

 自分の体をぺたぺたと触り、こちらを見る。

 どう言葉を発すればいいのか忘れたかのように、目線だけをこちらに向けた。


「死んでないぞ。現実だ。ここはコロニー003の空き家で、今は隠れている」

「あぁ、そっか……そうなんだ……。カイが、助けてくれたの?」

「まぁ……そうだな」

「そっか、えと、ありがとう」


 少女も、どこか複雑そうだった。

 自分が死なない事でコロニー003の人間が危機に晒されるかもしれない事を、罪に感じているのか。

 コロニー003に入り出会った奴ら。

 皆俺達と同じような人間で、悲しんだり、尊く思ったりする奴ら。

 そいつらを皆殺しにするかもしれない決断と考えれば、罪にも感じるだろう。


 俺がそう感じた事を悟られたのか、ミリーに凄く嬉しいよと付け加えられた。

 妙に気を使わせてしまった事を恥じつつ、明日以降の事を考える。


 コロニー062へと高飛びし、旅への装備を整える。

 太陽の鳥でそっちにも俺の手配情報なんかを流されたらたまったもんじゃないが、ありえそうなのがまた困る。

 どのみち手早く旅支度を済ませ、知り合いの住むコロニー128に帰るのが妥当だろう。


 だが、ミリーはコロニー128の惨状、皆がどれだけ太陽を求めているか知っている。

 もしかすればコロニー003よりも自分が太陽とならない事に、罪を感じてしまうかもしれないとも思った。


「ねぇ、カイ。いっこ、聞きたいんだけど」

「なんだ」

「その服の汚れ方、なに?普通じゃないよ、それ」

「あぁ……」


 触れたくない所だったが、突っ込まれてしまった。

 当然だろう。これで気にならない方が阿呆だ。


「ここに来るまでに買った飲み物をこぼしてな。この有様だ」

「嘘。絶対飲み物じゃないでしょそれ」

「お前も知らない、未知の飲み物だったんだ」

「ねぇカイ、隠し事は辞めてよ。やっとお互い、隠し事なくなったなって思ってたのに」

「……」


 少女に軽蔑されるかもしれないと恐怖に感じたのか。

 いいや、少女が自分のせいだと、罪に感じてしまうかもと思った。この子は、そういう子だ。

 だが隠し事を無くして、少女と向き合いたい気持ちもあった。

 迷った末に前置きをして、話す。


「これは俺がしたいと思った事で、お前はなんの罪もないんだが……」

「うん」

「ここに来るまでに……人を、殺してきた。数人、お前を攫った奴らを」


 神妙な顔を崩さずに、ミリーは聞いてくれた。

 半ば予想していたのかもしれない。

 こんな辺境の地まで来なければならない程なら、強引に助け出した事は想像できるだろう。


 次に、カイは辛くないのかと聞いてきた。

 微笑んで、大丈夫だと答える。

 それを受け止めるのに時間がかかったのか、少しの間無言になる。

 人工太陽は、消灯となっていた。

 炎の灯りだけが光で、その奥で、少女の影が揺らいだ。


「カイはさ、どうして私に、そこまでしてくれたの?」


 無音の中で、少女の声だけが響く。

 なぜだろうか。

 あの時感じた渇望を思い出した。


「お前が1人で生きていけるようになるまで、見届けなければと思ったんだ」

「それはカイが、優しいから?」

「……いいや、もっと個人的な理由だ。ただ俺が、そうしたかった」


 それが本心だった。

 この少女を失い生きていく事を、拒みたかった。


「そっか」


 なぜか少女の声が、震えていた。


「なぜそんなに、泣き出しそうなんだ」

「だって……ごめん。私多分、死ぬ勇気なんて無かった。なのに死にたいなんて言って、カイに、ここまでさせちゃった。ここまで、旅をさせちゃったから。……ごめんね」

「……」


 自分のせいで相手をここまで旅させてしまった。

 ミリーも、俺と同じ事を思っていたのか。

 互いに罪悪感を抱えていたらしい。


「謝る事なんて無い。これはきっと、誰のせいでもない。そういう出会いで、そういう運命だっただけだ。それに俺は今、この運命で良かったと思っている」

「それは……私も、だよ。でも、カイはさ」

「信じてくれ。ほんとに、思ってるんだ。嘘なんかない」


 納得がいかぬ様子で、少女は言葉を飲み込んだ。


 これから、あまりに大きな物を抱えて生きる事になる。

 アルヴァンの言った通り、ミリーを守ろうとする度に人と戦い、罪を背負うかもしれない。

 だがそれでも、この子に、こんな世界を生きる力を与えたいと思えた。


「出発は、4時間後、日が昇る頃だ。それまで俺は少し休む。起きたばかりだから寝付けないかもしれないが、休んではいろ」

「……うん」

「あぁ、あと、悪い。ここに来るまでにお前に貰った指輪を無くしてしまった」

「そっか。じゃあまた、新しいの作るね」

「あぁ。ありがとう」


 少女はどこか暗い表情で声を発した。

 明日からも過酷な旅になるだろう。

 そう思い、その日は眠る事にした。


「おやすみ、カイ」

「あぁ」


 瞳を閉じるその一瞬。

 なぜか脳裏に、そこにいるミリーの顔が深く焼き付いて。

 しばらく、離れなかった。


ーーー


ミリセア視点


 本物の太陽が昇る1時間前。

 カイはまだ寝ている。

 それを横目に見ながら、ガタガタな机で手紙を書いた。

 内容を確認して、荷物をまとめる。


 元からあまり大荷物ではないから、名残惜しい程に準備はすぐ終わった。

 最後の荷物を詰め、思い切ってそれを背中に背負う。


 最後の最後に。

 また私はカイに酷い事をしてしまう。

 ごめんね。

 でも、これでちゃんと最後にするから。


 必要な物があるか、何度も確認した。

 それは多分、私の心がまだ揺らいでいるから。

 どこかで不安で、怯えているから。


 コロニー003の出入り口は恐らく見張られている。

 土魔術で穴を作って、地上に出よう。

 それからはいつもの旅と変わらない。

 ただ、1人での旅になるだけだ。


 荷物を抱えてカイの方を見る。

 その度、胸に何かが突き刺さるようだった。


 彼はこんなにも優しい人なのに、私が変えてしまった。

 辛い過去を抱えていて、誰よりも幸せにならないといけない人なのに。

 私よりもっとずっと、泣いている人なはずなのに。


 これから一緒に旅をすれば、また彼に甘えてしまうだろう。

 その度に彼を苦しめてはいけない。


 アビスティアで炎の龍を仕留めた時。

 カイに、お前はもう1人で生きていけるだろと言われた。

 その夜はずっと、その言葉が頭を離れなくて。


 私には1人で旅をする力がある。

 コロニー128に居た時からそうだったけれど、臆病な私は足が震えた。

 この旅の話が上がった時も、あぁ言われた時もその決意は出来ず、まだ震えていた。


 けど今なら、きっと出来る。


 コロニー062までは、26km。

 地上を教えてくれたから、歩ける。

 こんなにいろんな世界があると教えてくれたから、歩ける。

 カイは12歳で軍に入り、1人で生きていけるようになったという。

 なら、私がこのままでいいはずがない。


 ひとつ、大きな呼吸をして立ち上がる。

 扉の方へ一歩ずつ、小さな石の音をさせながら歩いた。


 ねぇ、カイ。

 カイは出会ったばかりの頃、私には幸福になる義務があるって、言ってくれたよね。

 それはきっと、カイにもあるんだよ。


 自分の指輪をはずす。

 それを机の上に置いた。

 新しいのを作るって話は、嘘になっちゃったけれど。

 これを持っていてくれたら、彼との繋がりは切れない。


 その指輪は、私の大切な物だから。

 それを手のひらで包んでくれれば、私はあなたを感じる事が出来る。


「いってきます」


 起こさないように小声で告げて、扉を開いた。

 ここにあった不安も悲しさも。

 きっと太陽が昇る度に思い出し、一生忘れる事はない。

 もうすぐ朝が来る。


 いつかきっと、私がカイの手を煩わせないような大人になれたのなら。

 その時に、会いに行こう。

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