34話 「私のせいなんです」

「ミリセア君の魔術は、本物なのだな。踏み入った7人の部下のうち2人が、軽いけがらしい」

「……アルヴァン」


 罠の中で、魔術を生成するイメージが湧かない。

 魔術が使えなかった頃はこんな感覚だっただろうかと、そんな事を思った。


「本来はこの結界があれば、魔術など使えなくなる筈なのだがね」

「……チッ」

「不用意な行動は、避けた方が賢明だぞ」


 アルヴァンの後ろで、大剣持ちの女が姿を現す。

 赤黒く揺れる光は張りつめた緊張感を増幅させ、拮抗すらしていないであろう実力に、死を予感した。


「殺さないのは、あんたの高尚な趣味か」

「きっと私の、未熟さだろうな。不真面目さと言い換えてもいい」

「……」


 周囲を見渡す。

 人が抜け出せそうな窓も無く、よく見ると敷き詰められた絨毯から赤黒い光が出ていそうなのが分かった。


 結界魔術の為には、魔法陣が必須。

 あの会議室にも丁寧に絨毯が敷かれていた。そこで不審に思い、気が付くべきだった。

 恐らく昨日は急な来訪でこれを用意できず、あれほどの軍人を呼び警戒したのだろう。


「君とミリセア君は、まだ会って間もない関係では無かったのか。だから私は君の同行を歓迎し、君に我々の希望を託す事にした。だが、随分と少女も君に信頼を寄せていそうだったぞ」

「……ミリーが、何か言ったのか」

「説明してやれ」


 アルヴァンが目配せし、大剣持ちの女が語りだす。


「あの子は、私と軍人の男6人とで取り押さえた。無抵抗なふりをして魔術を放ってきたもんだから、2人けがをして、殴られ、やりすぎだと思う程に、暴力を受けた。そんで意識を失う前に、あんたの名前を、呼んでた」

「……」

「許してほしいわけじゃないよ。ただあたしらには、それが必要だったんだ」


 声が微かに震え、暴力の残酷さを思い出すように女はそう言った。


 胸の内に泣き出したくなるような無力感がうごめいて、それが自分のせいであるから、怒りの矛先は自分にしか行かなかった。


 俺が、少女を1人にしたから。

 俺が、少女をここまで連れてきてしまったから。

 あの少女は、死にたくないという想いを切実に抱えながら、少女の死を歓迎する人々に囲まれながら、死んでいくのか。


「アルヴァン……あんたは、妻に誓ったんじゃなかったのか」


 切れ切れの声で絞り出したのは、そんな弱者の訴え。

 どこか迷いのある視線を俺に向けると、奴は口を開いた。


「妻は、死んだよ。5年前にね」


 鍵をかけ見張っておけと女に言い残して、奴は部屋を後にする。

 扉は固く閉ざされ、ここでミリーが事切れる時間をただ無為に過ごす事になるのだと分かった。


ーーー


ミリセア視点


 全身に残る鈍い激痛の中で目を開いた。


 どれほど気を失っていたのだろうか。

 上体を起こそうとすると顔と胸にズキリと痛みを感じ、力強く殴られたのだと思い出す。

 地面に広がる赤黒い魔法陣はただ無情に、死を予感させた。


 部屋は灰色で仰々しい扉だけが鎮座し、その格子の隙間から数人の屈強な男が見える。

 その瞬間、全身に恐怖の感情がこもり、頭が真っ白になる感覚があった。


 けれど、どこか納得感も感じる。

 さながら処刑を知らされた死刑囚のように、定められた死の運命に、ただ向かってきて、辿り着いた。それだけの話なのだろう。


 暫くするとその扉が物々しい音を立てた。

 それに反応して体はぶるりと震え、自分の届かない生への執着を実感する。

 けれどそれはアルヴァンさんで、私に触れず、会話を始めた。


「目が、覚めたのだな」


 声を出そうとするが、かすれていた。

 体に響く激痛からか、恐怖からか。恐らくその両方だろう。


「今から、私達の研究を始めさせてもらう」


 アルヴァンさんの手のひらから、紙に乗った粉状の薬が手渡された。


「これは、意識を失う為の薬物だ。気休めだが、痛みを消す効果もある。君はこれを飲めば無意識のまま楽になり、皆に感謝の念を抱かれる」


 淀んだ空気の中渡されたその薬を前にして、躊躇った。

 それでもどのみち無理に飲まされるだけなのだろうと思い、少し強くそれを握る。

 手が震えていた。それでも勢い任せにそれを飲み込めばあっけなく今世が終わるのだと理解でき、最後に聞きたい事を聞く事にした。


「カイは……どうなったんですか」


 もしかすれば彼が助けに来てくれると思ったのかもしれない。

 それでも帰ってきた答えは、それを飲み込むには十分な答えで。


「カイ君は、私達の方で捕らえたよ。君が役目を全うしてくれれば、解放すると約束しよう」


 その言葉を聞いて、なぜか私は覚悟が出来た。

 指輪を見て、それがとても大切な物だと再認識する。

 きっと私は素晴らしい人間じゃないから、大勢の為と言われてもあまりピンとこなかったけれど。

 カイが救われるのなら、自分の死が肯定されるような気がした。


「アルヴァンさん、お願いがあります」

「なにかね」

「カイには絶対に、誰も、乱暴しないように言ってください。私のせいなんです。私のせいで、カイをここまで来させてしまったんです。カイは、絶対もっとこの世界で、幸せにならなきゃいけない人なんです」


 自然と出てきたのは、そんな言葉だった。

 アルヴァンさんはゆっくりと、約束しようと告げる。

 もう薬を持つ手の震えは収まっていた。

 その手を動かして、口に流し込んでいく。


 一度心臓が大きく跳ねた。


 苦しくて熱い感覚が喉を滑り、体の奥へと染み込んでいく。

 指先から力が抜けていき、思考に霧がかかるような感覚があった。


 私は、魔術も使えたのに。

 カイに言われた通り、1人でも生きていけたのに。

 わがままでこんな事をして、カイに悲しい想いをさせてしまった。


 ごめんなさい。

 そう強く思ったのを最後に、視界は暗闇へと堕ちていった。

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