24話 「生きたい」
「……あの日の約束の通り、俺は、お前を許そうと思う。力を貸してくれるか」
「おぅ。やっぱ約束守っただろ?俺はおめぇの思う程、いい加減な人間じゃねぇのよ」
その言葉を最後に、俺達は家から飛び出した。
龍と向かい合い、身がすくむ感覚を抑える。
するとグロムは走れと一言告げて、龍の方へ向かっていく。
俺はミリーを抱えて、俺達の向かうべき先に走った。
「ねぇ、カイ、カイ!」
ミリーは抱えられた腕を掴み、こちらを見やる。
「ほんとに、言ってるの?ほんとにいいの、それで」
声はどこか芯が無く、気の抜けた口調。
どうしようもない現実に、まだ唖然としているのだろう。
「後悔しないかどうかなんて分からん。だが今はそれが、3人の中で生存者を最も増やす方法だ」
「なに……それ。おかしいよ、そんなの」
「軍じゃよくある話だ。お前は、何も考えなくていい」
ただミリーを抱えて走った。
出来る限り遠く、せめて平野を抜ける。
龍はどこまでも追いかけてくる。
100年前の情報でそれなら、より人間に飢えた今なら、こちらを血眼になって追いかけてくる事だろう。
鼓動が速くなり、すぐに息が乱れた。
体が休息を求めても、ただ脳を奮い立たせて走った。
グロムが奴を引き付けている。
その為、龍がこちらを追ってくる感覚は無かった。
ーーー
グロム視点
「全く……俺はなにしてんだろうな」
龍から一時的に身を隠しながら、そう呟く。
だが街の建物はほとんど全てが壊され、もはやこの一帯しか隠れられそうな場所は無かった。
そしてそれを理解しているように、龍は1つまた1つと隠れ場所を破壊し、こちらに余命宣告を告げに来る。
だが不思議と、恐怖はあまり感じていなかった。
あまりの非現実感から、夢かなんかだと思っているのか。
ビビりな自分がこんな時に出てこないのなら、それすらも好都合だと思った。
最後の最後まで自分を否定するのは嫌だったからな。
龍が最後のこの家に狙いを定める。
瓦礫が散乱する前に離れ、爆音と共に今居た場所に龍が刺を飛ばした。
そしてこちらを見て、翼を広げて追って来る。
その姿は、どこか美しかった。
今にも殺されそうだってのに見惚れてしまうような2枚の翼は朱く、こちらへ向かう。
恐怖の象徴なんていうが、それは昔の人間がこいつを近くで見た事が無いからなんじゃないかとすら思った。
引き付けるべきは、カイの行く先の反対側。
そしてなるだけ時間を稼ぎ、あの2人を逃がす。
俺は街の入り口への道、そこに何本も連なる柱に目を付けた。
少しでも遮蔽物が無ければ、龍の全てを見切る事は出来ない。
「行くか」
その羽による攻撃を避けながら、柱まで後退する。
剣で刺の数々を切り刻み、勢いを殺していく。
翼で何度かえぐるように攻撃をしてきたが、体が反応し、間一髪逃れる。
今までの数々の死線をくぐった自分の経験値を称賛すると共に、それらで役に立つ物は無いかと思案する。
これが走馬灯だろうか、なんて呑気な思考がよぎった。
柱に隠れる。
少しの時間耐え、攻撃を受け流し、柱が死ねば次の柱へと移る。
カイはそろそろ、街を抜けただろうか。
さっきも思ったが、なぜこんな真似をしようと思ったのか考える。
感情でこうしたいと、あの時は思えた。
旅は、ただ楽しかった。
見た事無い物を見て、知らない事を知った。
もう少し心の準備ってもんがありゃもっと良かったのかもしれないが、心残りはそのくらいだった。
だからこの出来事は、悪魔が現実へと引き戻そうとするようにも思う。
この数日間、夢を見てた。無情な世界と向き合わなくていい、自由な夢だった。
コロニー128での現実を思い出す。
ヴァリウスに上手く使われて、使い捨てられた。
元々疲弊していた心は壊れて、バカな自分に嫌気が差した。
だが、あいつらが機会をくれた。
こんな俺に夢を見せて、コロニー128から逃げ出させてくれた。
この空気と景色を見なきゃ、俺はどのみち死んでいたようにも思う。
そんな奴に貰った物をキッチリ返して終われるのなら、無念を抱えて魔物に食われた同僚よりはマシなのかもしれないと感じた。
龍が、ここら一帯を焼き尽くさんとばかりに炎を振りまく。
ブレスが来ると察知した瞬間、体中に熱が伝わった。
あぁ、炎魔法で殺される魔物ってのは、こんな感じなのかな。
炎を感じながら、一歩ずつ前に出ていく。
苦しく感じて息をしたが、喉から肺が焼ける感覚があった。
だが瓦礫を陰にしながら、少しずつ、距離を詰めていく。
なんでそうしているのか、分からなかった。
倒してみたいのか、いいや、違う。
やっぱりまだ、生きてみたいからだ。
海も空も太陽も、この世界の見ていない物を見てみたい。
そこには無情な現実があったとしても、夢のような現実もあると信じて。
「あぁクソ」
まるで俺の人生そのものだと思った。
結局取り返しのつかない所まで来てから、あとで後悔するんだ。
龍が息切れしたその瞬間、炎が止まった。
その苛立ちをぶつけるように俺は龍に近づき、腹を裂こうとした。
次々と繰り出される刺の弾丸を視やる。
不思議とゆっくりに視えたそれを避けながら、手の届こうかという位置に近づく。
剣先がその鱗に触れ、入っていく。
巨体の、たった一部分。だがその一突きに自分の人生の全てが集約されている気がした。
生きたい。
生きて、もっとこんな世界に夢を見たい。
だがそれを打ち砕くように龍は体をよじらせる。
全身にあまりに強い衝撃が走った。
内臓が震え、肺が圧迫された感覚になる。
体中に残った骨の残骸が、俺を貫いて回った。
朦朧とする意識の中、自分が数m吹き飛ばされ、岩に叩きつけられたのだと分かる。
龍が炎を纏い、眼前が真っ赤に染まった。
体中が熱くなって、皮膚が溶かされていくのを感じる。
足を必死に動かそうとするが、自分のものじゃないように動かなかった。
瞳を閉じて、その肌が灼ける感覚に身を委ねる。
目の前に、ぼんやりと人影が見えた。
あぁ、俺はあんたらに託された人生を、ちゃんと生きられたかな。
出来てねぇ気がするなぁ……子供に幸福な人生を託すって思ったはずなのに、結局バカして迷惑かけて、後悔ばっかりが残っちまった。
そんでこんな風に、誰にも見つからずに独りで逝くことになっちまった。
いや、まぁもう別に独りじゃねぇんだけどさ。
なぁ俺今、結構剣術凄いんだぜ。
それに、ちゃんと託したいって思えた奴に託せた。
憎たらしいが、あの頃死ぬよりはまぁ、生きてみて良かったって思うな。
やがて痛みが無くなって、暖かな感覚に包まれた。
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