第5章 グロム・バーナード
23話 「許そうと思う」
身の毛もよだつような絶望感の中で息をする。
交戦は、避けられなかった。
次の瞬間、龍が自らの翼を翻らせると、そこに付随した棘をこちらへ連射してきた。
「……!」
唖然としていたグロムも正気に戻り、剣を抜いてそれらを切り刻む。
俺も即座に魔術を展開する。
土と風の壁を生成し、鋭利なそれの勢いを殺していく。
が、圧倒的な物量と押し返す力はこちらの想定を超えており、何発かが俺達の間合いを掻い潜った。
「チッ……」
顔の横を掠めた。
血が出ていると気がついたのは、口まで垂れた血が鉄の味を感じさせてからだ。
龍はそれを好機と見たのか、次の瞬間には再生した棘を2撃3撃と飛ばしてくる。
とても受け流せない量。
だがその技はもう初見では無い。
俺とグロムの対処の精度も数段上がり、なんとかそれらを凌いでいく。
だが問題はこのままでは一方的にこちらがジリ貧な事だ。
龍はもう次の弾丸の用意を始め、こちらはもはや息が切れている。
「おいカイ!攻撃は出来ねぇのか」
「受け流すので限界だ。手が回らん」
「おめぇに攻撃がいかなきゃいいんだな」
「待て、無茶だ」
「こちとらもう目が慣れてんのよ」
グロムが俺とミリーの前に立ち、棘を迎え撃つ。
その隙に俺が攻撃しろということだろうが、これまで分散されていた棘の全てが、グロム1人に襲いかかる。
グロムはその全てを視て捌く。
信用し、攻撃をする事にした。
意識を指先に集中させ、圧縮した水の弾丸を生成。
ほぼ最高火力にまでそれを磨き上げ、広い図体へと打ち込んだ。
本来ならば人を撃ち抜き、建物すら倒壊させるような一撃。
だがそれを奴は翼を使い、堅牢な鱗で受けきって見せた。
即座に追撃を入れようとするが、もはや見切られたのか急所に命中しない。
それどころかあまりの巨体から、急所となる臓器に狙いを定める事が難しい。
攻撃の手段を思案したその一瞬、それは起こった。
龍がこちらとの距離を詰めてきたのだ。
「うぉっ……」
龍の主な攻撃は棘の射出とブレス。
その印象があったからか俺達は完全に虚を疲れ、その攻撃を避けきれない。
狙いとなったのは、先頭に立つグロムであった。
翼で地面を抉るような一撃。
何が起きたのか、頭は理解を拒んだ。
「グロムさん!」
グロムが背後の木製の建物に叩き付けられた。
吹き飛ばされ、為す術なく激突したのだと分かった。
恐らく棘で攻撃したのは、翼で攻撃すればこちらを跡形もなく消し去る可能性があるからだ。
捕食の為に、小規模な技で様子見をされていた。
龍はこちらを向き、もう一度翼でこの辺りをえぐり取ろうとする。
死を予感し、一か八かで俺とミリーを風で吹き飛ばした。
「……!」
背中に強い衝撃。
衝撃を吸収する為の風が逸れたのだと分かる。
だがなんとか龍の一撃は回避した。
グロムの意識もあり、いってぇと漏らしながらよろよろと立ち上がる。
「街の奥地に入るぞ、ここは死角が無さすぎる」
ミリーが頷き、全員に治癒魔術をかけながら街の中へと駆ける。
その時グロムの背中が見えた。
真っ青になった背中は強い衝撃を想像させる。
恐らく骨が砕け散っているだろう。
「グロム、平気か」
「ちょっと……きちぃな。歩く度、骨が刺さっちまうみてぇだっ」
その姿は、とても前線で戦える人間のそれでは無く見えた。
治癒をかけ体が再生しても、体の内部の骨がまた臓器を貫いてしまっては意味が無い。
戦線離脱。その感覚が脳裏をよぎった。
とにかく姿を隠さなければ。大蛇に使った装備を構えれば、ある程度戦況を好転させられる可能性もある。
小さな家に皆で入り込み、荷物を開けた。
複数方向へ魔術を連射する装備。
高威力広範囲になる杖。
どちらかと言えば後者か。だが先の攻撃に龍はびくともしない様子だった。
多少威力が上がった所で、龍を貫ける領域に達するとは思えない。
「カイ、これは、逃げ切れると思うか」
「……まず無理だ。この街を抜ければ平野しか見えない。来た方向もそうだ。人の速度じゃ、引き離すことはできない」
「地下を通るのは無理なのか?」
「考えたが、あの翼で地下を抉られれば崩落する。さっき吹き飛ばされるだけで済んだのはただの幸運だ」
「……じゃあ、倒すのか?やりようはあんのか?」
俺は婆さんから聞いていた炎龍の弱点についてを思い出す。
奴はその鱗と堅牢な体でどんな攻撃も弾いてしまい、致命傷にならない。
だがそれは外側だけだ。
「なんらかで奴の腹に風穴を開け、そこに炎魔法を打ち込む。内側から臓器を焼き、殺す」
「……んなこと、出来んのかよ。俺はこんな状況だぞ。逃げんのと大差ねぇ」
幾つもの家が破壊される音が響いた。
いずれここも更地になり、奴の餌食となるだろう。
それと対になるように、ここには静寂が広がる。
グロムの問いに答える事が出来なかった。限りなく不可能に近いと、理解していたからだ。
答えは出ぬまま、破壊の限りがすぐそこまで迫る。
するとグロムは1つ大きく呼吸して、意を決したように口を開いた。
「なぁカイ、コロニー38ってのを知ってるか?」
何の話だと言おうとして、止まる。
「話に聞くとそこはめちゃくちゃ栄えてるらしくてよ。丁度この山を超えた先にあるみてぇだから、俺はそっちに行こうと思うんだ」
何を言おうとしているのか分かった。
こいつは強がる時、よく分からない嘘をつく。
今回もそれなのだろう。
「なぜ、そう結論を急ぐ」
「そりゃあ俺はおめぇと違って、行く先が栄えてりゃどこでもいいからだな」
「悪いが、今は回りくどい言い方は求めていない」
「……」
「お前、死ぬ気か?」
コロニー38なんて、聞いた事も無かった。
龍から逃げ込めるような距離にあるのなら、婆さんとの旅の計画で話題に上がるだろう。
グロムは座りつつ、真っすぐにこちらを見つめ返す。
「別に死ぬ気はねぇよ。ただ俺がここでこうしてるだけじゃ、俺もおめぇも、3人で犬死になっちまう」
「お前はコロニー003で、やりたい事があるんじゃないのか」
「……ま、今はそういう状況だからな」
「それは本当にお前の、最良の判断か」
「知らねぇな。俺はおめぇと違って合理性じゃなく、感情で動くタイプなんだ。知ってるだろ?」
龍が間近に迫った。
隣の建物が瓦礫となって一帯に散らばり、狙いを定めたように龍はこちらへ向かってくる。
いよいよだった。
あとはもう覚悟を決める事しか出来ないと悟り、口を開く。
「……あの日の約束の通り、俺は、お前を許そうと思う。力を貸してくれるか」
「おぅ。やっぱ約束守っただろ?俺はおめぇの思う程、いい加減な人間じゃねぇのよ」
その言葉を最後に、俺達は家から飛び出した。
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